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空木が咲く前に 三十五

空木が咲く前に 三十四

宿木さんはその後、ぽへー、と気の抜けたようにすら思える笑顔で、双子を雪唯様の家に残し、ぽへーとした顔で明さんに宿を探させ、値段と質がそこそこの宿に腰を落ち着かせた。
宿の一階はまるで娼婦のような女の人を連れた男の人ばかりでうるさかったけれど、二階は喧騒が微かに届くだけで。むせかえるような白粉の匂いも届かず、一応の安寧があるように感じた。
部屋は案外狭かったので、私と月丸、明さんと梟さんが一部屋に。宿木さんと暮麻さんが、一部屋。宿木さん達の部屋は此方の部屋より狭かったのだが、暮麻さんに運ばせた書簡で部屋は更に狭くなっていた。
「どうするつもりなんだろう、宿木さんは」
独り言のようにそう呟くと、隣で月丸が唸った。
「無謀な策……とも思えるが、まあ……今まで宿木が間違った事はしていないがな。ただ、此方としても安心出来る言葉は欲しいところだ」
その言葉は私の思いを代弁してくれているようだった。私はこくりと頷き、目線を明さんに向ける。この中で一番宿木さんを知っているのは明さんだから。
「んー……。そうは言われても、宿木さんは生粋の文官みたいなものだからなぁ。でもって俺は武官みたいな感じ。専門分野が違うから、全部は分からない」
「しかし、俺たちよりは分かっているのではないか?」
月丸の言葉に、明さんはうーんと唸った。
「言えるのは一つだけかな」
「と言うと?」
「宿木さんは目的の為にはどんな遠回りでも出来るけど、遠すぎたら我慢が出来なくなると言うか……。なるべく近い遠回りをしようとするんだ。今回のはそれかな。道を通る為の道を探していると言うか……うーん、これ以上は分からない」
「……よく分からない話だな」
「えー……、あ、じゃあこう言ったら分かるかな。将棋をしようとして、お互いの力量が分からないのに、こちらの駒が少ない。そしたらなんか頭にこない?」
「そちらの方がなんとなく掴めるな。なるほど、今宿木がやっているのは駒を合わせる作業か」
「多分」
「ふむ……」
明さんはどう話せばいいか苦戦しているようだが、私もなんとなく分かった。
手駒の揃っていない戦いなんて、わざわざしたくないものだろう。戦略を練ればそれも可能なのかもしれないが、好きでそうする人間が何人いることだろう。
「宿木さんは意外と短気なのかもね」
「当たり」
なんとなしに呟いた言葉に、明さんはなんだかげっそりとした顔で同意した。
「……どうしたの?」
「今まで宿木さんとはいろいろあってな……いや、なんでもない」
「なんでもないのにこの表情?」
こて、と首を傾げて明さんを見上げると、明さんはうっ、と息を詰まらせた。
「可愛い子にはいえるわけじゃないか……っ!」
「ひゃぁっ!?」
ぎゅーっと全力で、しかし痛いと感じないギリギリの力で抱きしめられ、私はどうすればいいか分からなくなった。
「あ、ああああの、明さん!?」
「あー……なんか、しのぶちゃん抱きしめていると落ち着く。すっぽり収まる感じがいい」
「ち、ちいさくてわるかったですね!」
「小さいのが可愛いんじゃんか。あー、なんかやすやら……ぐっ!?」
グイッ、ドガッ、ゲシゲシ
「わ、月丸!?って、きょ、梟さん……?」
月丸に明さんを剥ぎ取られ腕の中に閉じ込められたと思ったら、ほぼ同時に明さんは梟さんに足蹴にされていて。
梟さんはチラリと此方を見やると、小さく囁いた。
「……これ、今夜は貰っていくね〜……?」
笑顔なのが凄く怖いです、梟さん。
同意を求めるように月丸の顔を見上げると、月丸は怒ったような顔をしていて。月丸は「好きにしろ」とだけ言うと、私を褥の上に転がして明さんを軽々と引き摺っていく梟さんには一瞥もくれず、バシンと勢いよく襖を閉めた。
「つ、月丸……?んんっ」
押し付けられるように唇を重ねられる。
「ぷはっ……、え、なに、どうしたの月丸」
驚きのままに月丸を押し返してそう尋ねると、月丸の顔に悲痛そうな色が滲んだ。
「俺のは、拒むんだな」
「え……」
「あいつがよくて、俺は駄目な理由はなんだ?」
「月丸……?どうしたの?なんか怖いよ……?」
「しのぶは、俺のものじゃないのか……?」
「あ……」
そう懺悔するようにその言葉を口にした月丸の顔は、母親に捨てられた子供のような顔で。
拒むことなんて、私の中に選択肢として存在していなかった。
「月丸だから、いいのに」
私はそう囁いて、月丸を抱きしめた。

空木が咲く前に 三十三

「まずは……ご承知の方々だと思われますが、私は雪唯。奈湖の国藩主が三男坊にございます」
雪唯様はそう言い、緊張に体を固めながらも、礼儀作法が行き届いている所作で軽くお辞儀をした。
その間にこの家に馴染んだのか、明さんは荷具の中から茶器を取り出し、湯を沸かしている。日も落ちかけ、ほんのりと肌寒さが身を包んでいたところに湯を沸かすための火と湯気が狭い室内に行き渡り、体の緊張がほぐれていった。暴漢に襲われ青白くなっていた雪唯様の顔も、今は少しだけ元の生気が戻ってきている。
雪唯様の正面に座る宿木さんはほんにゃりと笑ったまま「ところで」と切り出した。
「凄い有様ですねえ。端にある宿町は普段通り……いえ、宿町だからこそ普段通りだったのですかね。いろいろ情報は得てきていますが、百聞は一見にしかず、ですね」
「申し訳ありません……」
雪唯様が申し訳なさそうに顔を下げる。時期藩主という責任の重さは、彼の細い肩には重すぎるような気がしてならない。
「謝らなくてもいいですよ。貴方だけの責任ではないんですから。それより、事のあらましをお聞かせ願えませんか?」
「私から、ですか?」
「ええ、貴方から。主観が入っていても構いません。貴方自身も、どれだけ事情を知っているか。それは意外と重要な事なので」
宿木さんがそう告げると、雪唯様は太ももの上でぎゅっと手を握りこんだ。力を込めすぎて手は白くなり、小さく震えていた。それでも覚悟を決めたかのように大きく息を吸い込み、緩く吐き出すと、辛そうな顔をしつつも覚悟を決めたように話し出した。
「始まりは、父上……奈湖の国の藩主が病床に伏せたところからはじまります……。主治医の言うことには、そう、長くないと……。父上はそれまで大きな怪我も病気もしたことがなく、年もそれ程ではなかったので、次期藩主を決めていなかったんです……。私には兄が二人おります……。一番上の兄は正室の子ではなかったものの、知に秀で、さだにい……じゃなくて、雪定兄上が次ぐものだと私は考えておりました……。しかし、次兄の母上……えと、現在の正室が、雪綱兄上を次期藩主に、と推してまいりまして……。それからです。この国が荒れ始めたのは……。長兄は、本当に優秀なんです。でも、正室の子ではないから、と政(まつりごと)からは避けられ、肩身は狭かったことでしょう……でも、さだ……雪定兄上は執着していなかったんです。然るべき者が政を行えばいいと……。それで当然のように雪綱兄上が力を増していきました……。しかし、それが……この国を荒廃させていきました」
「……と、言うと?」
宿木さんが次を促すと、雪唯様は悲痛な表情で、それでも震える声で話してくれた。
「雪綱兄上を次期藩主に、と声を上げ、その……えと……貢物、を、差し出す者を、藩内で優遇を始めたのです」
「ふむ。賄賂ってやつですね」
「……そう捉えてくださって構いません。恥ずかしながら事実ですから……」
そう、肺腑に残った空気を押し出すようにした雪唯様は、あばら家の中央で縮こまってしまった。
まあ、分からなくもない。全部分かるなんて驕ったことは言えないが、身内の揉め事が藩内に及ぼしてしまうなんて。
「そうなると……役人は賄賂を贈るために税を上げる。商人は品の値を引き上げる……」
「はい……。しかも、挙って、争うように……」
月丸の言葉に、雪唯様は更に悲痛そうな顔になっていく。自分自身も体感しているからこそ、民の辛さも分かるのだろう。
「ねえ、ちょっといい?」
少しの疑問が胸の中に生まれ、私は右手を挙げた。
「はい、どうぞしのぶさん」
「奈湖の国、元々はまとも……っていう言いかたは失礼かもしれないけど、普通の国だったんだよね。隣の常の国にはまだ在り様は伝わっていないんだし」
「商人や、耳の早い方はもう知っているでしょうがね。一般の方々にはまだ届いていないはずです」
「そうだよね。うん、そうなんだよ。だったら、賄賂を贈ろうとしない、良識?のある役人さんとか、商人さんとか、いないわけじゃないよね?その人はどうなってるの?」
「それは……いま、した」
「過去形か……」
「月丸……」
なんとなく想像はしていたが、……いや、この在り様を見ていたなら想像は難くなかったはずだ。しかし、尋ねずにはいられなかった。
「命は、あるんだよね。一部でも」
「……はい。村八分状態ですが」
「どういうことだ?あ、お茶どうぞ」
そう言いながら明さんは皆にお茶を配っていた。月丸たちはもう口にしているから、私たちが最後だったのだろう。近くにいる人間から配るというのは明さんらしい。
話は聞いていたがよく理解していないような明さんに、宿木さんは深い……ふっっっかーい溜息を吐いた。
「いいですか。賄賂を渡す人間が上に行くんです。順番は賄賂が多い順と考えた方がいいですね、この場合」
「あー、そっか。次男坊が賄賂を要求していたって言ってたな」
「言外に、かもしれませんがね。そうなると、良識も立場もある人間は、賄賂を受け取る側からしたらどう思われます?」
その言葉に明さんはうーんと唸り、一瞬だけ鋭い目をした。
「あー、分かった。つまりこうだろ?煩くて立場のある人間は賄賂云々の人間からしたら面倒くさい。だから降格したり……最悪暗殺とかもあるってことだな。商人はともかく、役人はもうやばそう。政どころじゃなくなってるだろうなー」
「及第点ですね。もう少し加えるなら、商人も危ういです。衣食住関連なら尚更。自分だけ今までどおりに商いをしても商品が無くなって、値段を上げざるを得ないはずです。安いところがあればお客は殺到するでしょうからね。外から仕入れるにしてもそれはそれでお金かかりますし」
そこまで話したところで、室内に何とも言えない沈黙が落ちた。
でも、私はあれ、と首をかしげた。
「じゃあ、なんで雪唯様が時期藩主なの?話の流れからしたら雪定様か雪綱様が争っている感じじゃないの?」
「ああ、えと、それは……私にもわかりません」
「え?なんで?」
「床に臥せっている父上の独断……としか聞き及んでいません。雪綱兄上からすれば父上は唯一手出しのできない人間ですからね……」
「えと……こういうのはアレかもだけど、うんと、暗殺?とかはしないの?雪綱様は。病気で長くない人なら、いつ死んでしまってもおかしくないんじゃないかな」
「……父上は、現在のお庭番と強いつながりがあると聞き及んでいます。そのせいでしょう」
雪唯様の言葉は私の頭をさらにこんがらせた。道筋が見えない。お世継ぎ問題と言う難しい問題のせいもあるのだろうけど、どこか……意図的に話が見えなくなっているような気がする。この中で一番頭が回る宿木さんも、困ったような笑顔を見せている。ただ、私が見えている物とは違うものを見ているような気がするのだけど。
宿木さんはしばらく顎に指を当てて悩む仕草をすると、よし、とパッと顔を明るくした。
「私、藩主様の所に行って話を聞いてきますね!」
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
予想外の変化球だった。いや、ある意味直球なのだけど。
絶句する私たちをよそに、宿木さんは花がほころんだような笑顔を見せたのだった。

はぴはぴ

バーッスディ!!!!

お酒の勢いで此方のブログに飛んできました!!!!書いちゃうぞ書いちゃうぞ!!!!

ここ、元々はブログサイトだったんです。小説に乗っ取られましたが。
現在のブログはuekiya_medakaのついぷろからおなしゃす!

誕生日と言えば、美味しい食事に、ケーキ。成人済みだったらちょっと奮発したお酒とか。楽しいことがいろいろありますが、サプライズな贈り物は何より嬉しいです!
因みに作者は、二十歳の誕生日は、お風呂場で一人涙を流してたぞ!

まあそんなことはどうでもよくてですね。

贈り物!

ってことで、ツイッターでこんなものを見つけました。コピペしちゃいますよドドーン!


江戸時代の辺境の国では、男が女に贈る物には意味があった。着物は『その着物を着たぬしを脱がせたい』。簪は『綺麗な髪を乱してみたい』。紅は『唇を吸うてみたい』。またこれら全てを女に贈ることは『ぬしの全てが欲しい』という、情熱的な求婚とされた。


はい、ということで、各キャラクターの贈り物について考えました。

月丸くんからしのぶちゃん。現段階のストーリーでは『着物』ですかね。
月丸くんと言えばむっつり。鉄面皮の下ではムフフなことを考えていそう←
簪もいいかなーって思ったんですが、月丸くんに、着物と簪の両方を買う度胸があるのかどうか。
呉服問屋に小間物問屋。両方とも女性が多そうなお店ですよね。現代で言うレディースのショップに、男性が切り込みに行くのは大変そう……。こなれた感じならともかく、月丸くんは挙動不審でしょうね……、ドンマイ、目立つよ月丸くん。
しかも、しのぶちゃんは小柄なので、更に衆目を集めそう(笑)

なので、頑張って『着物』ですね。

明は……うーん、全部?
いや、ここはあえての『簪』で。
トークスキルがあるので、小間物問屋の旦那さんや女将さんと一緒にあれやこれや買っちゃって「予算が……!いやでもこれ全部梟さんに似合う!つけて欲しい!」と、あるいみ短絡的な結末になりそう。
身を固めると決意した時には、是非とも計画的に全部買って頂きたいです。

真座から暮麻……。一番悩みます。
客商売だから暮麻もそういう暗喩は知っていそうだし。
だがしかし!相手をおちょくるのが真座の本性!全部買って、「偶には暮麻ちゃんも着飾った所を見たいなー?」と小悪魔的にお誘い。
勿論『全部』なのですが、暮麻はただの我が儘なのか、それとも暗喩が籠もっているのか、悩みに悩んで結局一日中着飾った格好をするんでしょうね。どちらとも受け取れず。

『紅』については宿木さんに送られました。相手は今後登場する……かも(断言は出来ない)
ただ、男前であることは保証します。

では皆さん、おやすみなさい!今日は楽しかった!

ニゲラの思慕

目覚めた時、そこは薄青の世界だった。
辺りはぼんやりと見渡せられるが、障子越しの部屋は薄暗く、しかし夜目を鍛えている為と、慣れ親しんでしまっている部屋のせいなのか、どこに何があるのかは理解出来た。
寝起きでぼんやりとした頭で状況を理解すれば、後はやることは二つ。早すぎる目覚めに二度寝を決め込むか、そのまま顔を洗うか、だ。
二度寝というのはとても魅力的だ。眠りにつけなくとも褥の中で過ごす時間はとても充足感がある。
早く起きても隙を持て余すだけだろう。そう腹をくくり再び寝転がったのだが、そこで、小さくだかとても近くで水音がした。
ピチャリ。
すこし粘り気がありそうな音。決して雨じゃない。
バッと掛け布団を跳ね退けると、障子の前に明がいた。
「明……?」
逆光で顔は見えないが、確かに明だ。ひょろりと背が高く、ゴツゴツとした体は確かに明だ。
ピチャリ、ピチャリ。
水音は続く。
なぜだか、その音は不安を掻き立てた。聞き覚えのある音。だって、その音は、――血が滴り落ちる音だから。
「明、何があったの」
尋ねる。しかし返答はない。
明はゆっくりと正座し、いっそ厳かな動作で顔を下げた。
「ごめん」
「……何が」
「約束、守れないっぽいんだ」
「え」
約束。あの宿屋で交わした言葉。褥の中で、むつみごとのように交わした狂った言葉。少しだけ、悲しい表情で微笑むと、体は傾げ、ゆっくりと、倒れた。
「あき、ら……?っ!?」
明が倒れると、それまで堰を止めていたように明から血が溢れ、部屋は一気に血溜まりと化した。
「あきら、明!?」
自分でも、らしくない程慌てて、褥の中から明に駆け寄る。だけど、空間がねじ曲がったように明までがとても遠くて、床を蹴れど蹴れど、距離は縮まらなくて、明は底なし沼に沈むように、血溜まりの中に姿を消していって、嫌だ、だけれども全然届かなくて、やっと血溜まりに届いたと思ったら今度は血溜まりが吸い込まれるように姿を消していって。その場所に残ったのは、明がいつも作ってくれた、少しいびつな練り菓子だった。
「あき、ら……。明、嘘、あきら、あきら、明!」
呆然と、悄然と、叫びながら練り菓子を手に取る。
丸みを帯びた桜の形をしたそれは、明とは違って触れても消えることはなく。まるで、明が全部の力を振り絞ってこれだけを残したようだった。
『梟さんに、笑って欲しくて』
そう言って、毎日菓子を作った明の顔が、その笑顔が浮かんで。
――ぱたり。ぱたりぱたり、ぱたり。
畳の上に、雫がいくつも落ちる。
いつの間に、こんなにも執着してしまっていたのかと思うほど、頬を伝う雫は多くて。
首から下げている指輪の持ち主を思う。彼にも、私は執着していて、彼もいなくなって、いなくなって。
姿形は全然違うのに、彼と明が重なる。違うのは、そこに恋慕があったかどうかで。
「私が、悪いの……?」
明に執着したから。私が、望んだから。だから、明も消えてしまったのか。
――いや、明にも、微かであろうと、恋慕はあったのだろう。でないと、あんな願いはしない。
雫でぐちゃぐちゃになった顔で、練り菓子を頬張る。
甘くて、口の中で溶けていって、少ししょっぱくて。
私は無理やり顔を笑みの形にした。
だって、これを残した彼は、練り菓子が朽ちることなんて望んでいないだろうから。
「美味しいよ、明」
――そして、世界はグニャリと歪んで、黒に染まった。





「……さ、……さん、梟さん!」
「……?」
歪んだ景色を不思議に思いながら、寝ころんだまま声が聞こえる方を向いた。
すると、歪んだ景色は頬に跡を残して、いつもの景色になった。
「明……?」
「びっくりした。梟さん、大丈夫か?」
びっくりしたのは此方の方だ。
布団を蹴り飛ばし、私をのぞき込んでいた明の着物を無遠慮に左右に開く。
「きゃっ!?」
女みたいな悲鳴をあげる明に構わず、その体の隅々を見渡す。古傷はあれど、血を流しているところはなく、そこでやっと深く息を吐いた。
「え、あの、どうしたんだ?え、え?」
「……なんでもない」
悪夢を見たなんて言えるはずがなかった。しかも、それで不安になったなんて尚更。
夢より暗い世界に、私は不貞寝を決め込んだ。気分が悪い。あんなことで動揺するなんて、絶対に墓まで持っていってやる。
背を向けて寝転がる私に、明は私の肩を揺すって、不安げな声でまくし立てた。
「なあなあ、本当になんでもないんだよな?梟さんどこか悪いわけじゃないんだよな?なあ、梟さん、梟さ」
「うるさい。黙って」
苛立ちを隠そうとせずそう叫ぶように言うと、明はしょんぼりとした気配で肩から手を離した。
「……一つだけ、いい?」
「……何」
「梟さんが泣いてたのって、その……指輪の人のせい?」
「……、……さあね」
そう呟くように告げると、明は更に落ち込んだ様子で、それでも何も言わず隣に寝転がった。
それで、私は少しだけ気分が良くなった。
心配しつつも嫉妬に駆られる男を愛おしく感じながら、まぶたを閉じる。
それから見た夢は、二人で縁側に座りながら、お茶と茶菓子を食べる。そこには二人以外誰もいなくて、明はいつも以上に私に甘えてきて、私もそれを受け入れて。まるで恋に恋をする乙女が見るような夢で。これも、墓まで持っていってしまおうと、私は心に決めた。
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