2012-9-20 04:18
カポッ。
青い髪を隠すように、僕は黒髪の鬘をかぶった。
今日の鬘は、真っ直ぐに背中に垂らし、下の方を赤い紐でゆったりと結ぶ。
主役は女の子達なので、少し落ち着いた着物に袖を通し、白粉と紅で顔を彩り、よし、と立ち上がった。
ふんふんふふーんと鼻歌を歌いながら廊下を歩いていると、丁度着替え終わったところなのか、きょーちゃんとくれまちゃんと鉢合わせした。
「おお、可愛いじゃん」
「なんで私が着替えないといけないの〜?」
表情は苦々しいが、きょーちゃんは更に可愛く変身していた。
黄緑の着物に、深緑のような帯。飴色の髪を、後ろで小さな団子にして、薄紅と碧い簪で彩っている。
「えー?だって、きょーちゃん言われたくない?しのぶちゃんに『梟さん可愛い!』とか『綺麗!』とか」
「私が可愛かったり綺麗でもねー。気持ち悪い」
「そう言わなさんな。って、くれまちゃんは着替えないのかい?」
そう言いながら、きょーちゃんの後ろにいたくれまちゃんに視線を移すと、くれまちゃんは真面目な顔のまま頷いた。
「応。私は着替えるより着替えさせる方が好きだから」
……堂々と言い切った。
年頃の女の子として、それはどうなのだろう。
「偶には自分のお洒落にも気を使いなよー」
「動きにくいのはかまわんからな」
「ちぇー。まあ、今日は可愛い子ちゃんがいるからいっかなー」
そう言いながら、僕はきょーちゃんに向かってへにゃりと笑った。
しかし返ってきたのはすっごく嫌そうな顔で、ちょっと傷付く。
「まあいいや。お客人をあまり待たせる訳にもいかないでしょ。さ、行こうか」
へにゃり、もう一つ笑って見せて、僕は踵を返した。
――――――
この店は、昼夜交代で従業員がいる。
朝から店先に出る者は、夜には余程の事がない限り夜は眠り、明日の朝に備え、夜から出る者はその逆。そのせいか、この店は小さな屋敷のように広い。
その廊下をトタトタと歩き、お客人や店員が犇めく中、ヒョイヒョイと歩く。
後ろに続く二人も、誰とも裾を触れあわせることなく、店先に進む。
店先には、大きな番傘で影を作り、長椅子が二つ置かれている。
その左側に、しのぶちゃんはほっぺたに団子を詰めて、パタパタと足を動かしていた。
「やあ、今日も可愛いね、しのぶちゃん。お待たせー」
「あ、お兄さん!」
パァ――ッ、と顔を輝かせたしのぶちゃんに、心が浄化される。
ああ、やっぱり女の子は笑顔がいい。ここ数日、きょーちゃんの蔑むような顔や、くれまちゃんの仏頂面や、従業員の貼り付けたような笑顔ばかりだったから、とても癒される。
僕は本能の赴くままに地を蹴り、しのぶちゃんに抱きついた。
「か、可愛い……っ!可愛い可愛い可愛い可愛い〜〜〜〜っ!!!て痛っ!?」
「荒ぶりすぎだ、店主」
頭を抑えつつ振り返ると、刀を腰に戻しているくれまちゃんがいた。多分あれで殴られたのだろう。
「酷い……っ」
「わわわ、お兄さん泣かないで?ね?」
「しのぶちゃん……っ!」
「涙目になってる癖にしのぶちゃんの手を握ってるとか、懲りてないよね、このおっさん」
「ああ。もう少し強くいくべきだったかもしれない。気を失う程に」
背後で物騒な話をしているけど、僕は聞こえないふりを通した。
今振り向いたら何か危ない気がする。
「……ってあれ。なんか聞いたことあるような声が?」
「あ、そうそう。今ね、きょーちゃんが店にいるんだ。ほら」
そう言いながら横に退く。
そうすると、今まで死角になっていたきょーちゃんがしのぶちゃんの瞳に映った。
「梟さん……!?え、なんでお兄さんの所に!?」
「いろいろあってね〜」
「そう、いろいろあったんだよ」
詳しい事情を話す必要もないだろう。
内容は、とても血なまぐさいものだから。過保護と言われようとも、しのぶちゃんには純粋なままでいて欲しかった。と言うより、伝えたら面倒くさくなりそうだというのが本音だけど。
「ところで、今日はしのぶちゃん一人なの?」
「うん。月丸は……うん、ちょっといろいろあって、ね」
……この『いろいろ』も触れない方がいいのだろうか。情報を扱っている身としてはとても気になるところだが、まあ、後で調べておこう。
「え〜?しのぶちゃん一人で大丈夫なの〜?」
「大丈夫だよ。この辺り、結構治安いいし」
「へぇ〜?でもしのぶちゃん一人じゃあ何も出来ないじゃん。この前のお仕事だって、月丸に庇われてさ〜」
「っ…………!」
「ほんと、お荷物だよね〜?」
「……梟、あまり言い過ぎるな」
「だって本当のことでしょ?ね、しのぶちゃん?」
「梟!」
「んー……。はい、そこまでそこまで。これ以上は駄目だよ。女の子いじめるの、駄目、絶対」
「……どの口がそれを言うのかな〜」
「ん?この口っ」
「殺していい?」
「きょーちゃんにはまだ無理かなー?」
「……ふんっ」
そっぽ向かれてしまった。
まあ、仕方ないだろう。
しのぶちゃんは、目線を下に下げながらも、涙を零さまいと唇を噛んでいる。
思っていたより、強い子なのかもしれない。僕は認識を改める。
「ほら、しのぶちゃん、顔を上げて?」
頭の上に手を乗せながら、僕は囁くように言った。
しのぶちゃんは素直に顔を上げる。
「大丈夫。大丈夫だから。さあ、行こうか」
「……どこに?」
「お買い物、だよ」
そう言いながら、僕は頭の上に乗せていた手を差し出す。
恐る恐るといった風に手を重ねられると、その手を引いて歩き出す。
背後できょーちゃんもくれまちゃんに引っ張っていかれるのを感じながら、僕は笑った。
「さ、まずは服だ!」