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空木が咲く前に 閑話休題

あの情事から数日、しのぶはあまり動けていなかった。


痛みがある、ということは流石の俺も知っていたのだが、まさかそれが数日続くだなんて知らなかった。


少し動いては下腹部を押さえるしのぶに、後悔が頭をよぎる。

『なんでもないよ、ちょっとお腹壊しちゃっただけ』

『大丈夫だってば!ちゃんと治るよ。だから心配しないで?』

そんな、些細なことだが嘘をつかせてしまっている。


優しい嘘。


甘くて、苦くて、どこか胸を焦がす嘘。


その唇にさえ欲情を覚えてしまう、どうしようもない俺に、しのぶは笑って見せた。


ああ、やめてくれ。


俺は、もうお前を傷つけたくはないのに。


髪に、首に、肩に、腰に、脚に。


あの日を境にいちいち胸が高鳴る。


どうしようもない。俺は、本当にどうしようもない男だ。


もうこんな歳だから、色欲も衰えていればいいのに。そうすれば、こんなに悩むこともないだろう。


こんな俺の心中を知ってか知らずか、しのぶは今日も俺の隣ですやすやと眠っている。


あまりにも無防備な姿に、寧ろ苛立ってしまう。


俺の気持ちは、しのぶに届いているのか?本当に、分かってくれているのか?分かっていて、いつもと同じようにしているのか?


しのぶを起こさないように、そっと起き上がる。


寝顔はとても安らかで、安心以外の何物もなくて、男として見られているのかとすら疑ってしまう。


「しのぶ……」


顔にかかった髪を、そっと指で掬う。


絹糸のような質感のそれを、名残惜しく感じながら離すと、不意に視界が歪んだ。


「え……?」


ポタリ、ポタリ、しのぶの顔に雫が落ちていく。


(ああ、そうか)


やっとわかった。


ここ数日、しのぶを憎らしく思っていたのは、しのぶのせいでもなんでもない。ただの、自分の心。鏡のような、正反対のぶつけ方。


普段と同じしのぶを憎らしいと思ったのは、寂しかったから。何の変化もなくて、自分の思いが通じていないと思ったから。


ただ、寂しくて、悔しくて、奪ってしまった後悔から逃げようとしていただけなんだ。


「すまない……。すまない、しのぶ……」


涙の上から口付けを落とした。


それは、塩の味しかしなくて、俺はまた泣いた。

空木が咲く前に 十七

カポッ。

青い髪を隠すように、僕は黒髪の鬘をかぶった。

今日の鬘は、真っ直ぐに背中に垂らし、下の方を赤い紐でゆったりと結ぶ。

主役は女の子達なので、少し落ち着いた着物に袖を通し、白粉と紅で顔を彩り、よし、と立ち上がった。

ふんふんふふーんと鼻歌を歌いながら廊下を歩いていると、丁度着替え終わったところなのか、きょーちゃんとくれまちゃんと鉢合わせした。

「おお、可愛いじゃん」

「なんで私が着替えないといけないの〜?」

表情は苦々しいが、きょーちゃんは更に可愛く変身していた。

黄緑の着物に、深緑のような帯。飴色の髪を、後ろで小さな団子にして、薄紅と碧い簪で彩っている。

「えー?だって、きょーちゃん言われたくない?しのぶちゃんに『梟さん可愛い!』とか『綺麗!』とか」

「私が可愛かったり綺麗でもねー。気持ち悪い」

「そう言わなさんな。って、くれまちゃんは着替えないのかい?」

そう言いながら、きょーちゃんの後ろにいたくれまちゃんに視線を移すと、くれまちゃんは真面目な顔のまま頷いた。

「応。私は着替えるより着替えさせる方が好きだから」

……堂々と言い切った。

年頃の女の子として、それはどうなのだろう。

「偶には自分のお洒落にも気を使いなよー」

「動きにくいのはかまわんからな」

「ちぇー。まあ、今日は可愛い子ちゃんがいるからいっかなー」

そう言いながら、僕はきょーちゃんに向かってへにゃりと笑った。

しかし返ってきたのはすっごく嫌そうな顔で、ちょっと傷付く。

「まあいいや。お客人をあまり待たせる訳にもいかないでしょ。さ、行こうか」

へにゃり、もう一つ笑って見せて、僕は踵を返した。



――――――

この店は、昼夜交代で従業員がいる。

朝から店先に出る者は、夜には余程の事がない限り夜は眠り、明日の朝に備え、夜から出る者はその逆。そのせいか、この店は小さな屋敷のように広い。

その廊下をトタトタと歩き、お客人や店員が犇めく中、ヒョイヒョイと歩く。

後ろに続く二人も、誰とも裾を触れあわせることなく、店先に進む。

店先には、大きな番傘で影を作り、長椅子が二つ置かれている。

その左側に、しのぶちゃんはほっぺたに団子を詰めて、パタパタと足を動かしていた。

「やあ、今日も可愛いね、しのぶちゃん。お待たせー」

「あ、お兄さん!」

パァ――ッ、と顔を輝かせたしのぶちゃんに、心が浄化される。

ああ、やっぱり女の子は笑顔がいい。ここ数日、きょーちゃんの蔑むような顔や、くれまちゃんの仏頂面や、従業員の貼り付けたような笑顔ばかりだったから、とても癒される。

僕は本能の赴くままに地を蹴り、しのぶちゃんに抱きついた。

「か、可愛い……っ!可愛い可愛い可愛い可愛い〜〜〜〜っ!!!て痛っ!?」

「荒ぶりすぎだ、店主」

頭を抑えつつ振り返ると、刀を腰に戻しているくれまちゃんがいた。多分あれで殴られたのだろう。

「酷い……っ」

「わわわ、お兄さん泣かないで?ね?」

「しのぶちゃん……っ!」

「涙目になってる癖にしのぶちゃんの手を握ってるとか、懲りてないよね、このおっさん」

「ああ。もう少し強くいくべきだったかもしれない。気を失う程に」

背後で物騒な話をしているけど、僕は聞こえないふりを通した。

今振り向いたら何か危ない気がする。

「……ってあれ。なんか聞いたことあるような声が?」

「あ、そうそう。今ね、きょーちゃんが店にいるんだ。ほら」

そう言いながら横に退く。

そうすると、今まで死角になっていたきょーちゃんがしのぶちゃんの瞳に映った。

「梟さん……!?え、なんでお兄さんの所に!?」

「いろいろあってね〜」

「そう、いろいろあったんだよ」

詳しい事情を話す必要もないだろう。

内容は、とても血なまぐさいものだから。過保護と言われようとも、しのぶちゃんには純粋なままでいて欲しかった。と言うより、伝えたら面倒くさくなりそうだというのが本音だけど。

「ところで、今日はしのぶちゃん一人なの?」

「うん。月丸は……うん、ちょっといろいろあって、ね」

……この『いろいろ』も触れない方がいいのだろうか。情報を扱っている身としてはとても気になるところだが、まあ、後で調べておこう。

「え〜?しのぶちゃん一人で大丈夫なの〜?」

「大丈夫だよ。この辺り、結構治安いいし」

「へぇ〜?でもしのぶちゃん一人じゃあ何も出来ないじゃん。この前のお仕事だって、月丸に庇われてさ〜」

「っ…………!」

「ほんと、お荷物だよね〜?」

「……梟、あまり言い過ぎるな」

「だって本当のことでしょ?ね、しのぶちゃん?」

「梟!」

「んー……。はい、そこまでそこまで。これ以上は駄目だよ。女の子いじめるの、駄目、絶対」

「……どの口がそれを言うのかな〜」

「ん?この口っ」

「殺していい?」

「きょーちゃんにはまだ無理かなー?」

「……ふんっ」

そっぽ向かれてしまった。

まあ、仕方ないだろう。

しのぶちゃんは、目線を下に下げながらも、涙を零さまいと唇を噛んでいる。

思っていたより、強い子なのかもしれない。僕は認識を改める。

「ほら、しのぶちゃん、顔を上げて?」

頭の上に手を乗せながら、僕は囁くように言った。

しのぶちゃんは素直に顔を上げる。

「大丈夫。大丈夫だから。さあ、行こうか」

「……どこに?」

「お買い物、だよ」

そう言いながら、僕は頭の上に乗せていた手を差し出す。

恐る恐るといった風に手を重ねられると、その手を引いて歩き出す。

背後できょーちゃんもくれまちゃんに引っ張っていかれるのを感じながら、僕は笑った。

「さ、まずは服だ!」

お誕生日ってことで、一年を振り返ってみる。

最早小説置き場となったこの場所ですが、元々はブログでした。

全盛期はほぼ毎日更新してましたね。懐かしい。

今や週に一回小説を更新する場所に……まあ、小説が流れないからいいのですが←

もういっそここは小説置き場にして、ブログを新設しようかな、って思ってます。

サイトも、サーバーの影響で移転しなきゃですしおすし。

明日はニコ生で何か記念枠でもやろうかと思ってます。

病院行かなきゃいけないので、丸一日ってわけにもいきませんが(笑)

多分チャットしながら絵描くことになるかな……?あ、でも面倒くさがってやらないかも。

今暮麻ちゃんの下書きあるので、それを描こうかな、って思ってます!お姉さん頑張るよ!

空木が咲く前に 十六

シャラン

放物線を描いて、鎖鎌はきょーちゃんの手元に収まった。

先日僕が彼女から取り上げた物だ。

手に馴染んだそれを吟味するかのようにきょーちゃんは軽く振り回し、くるりと回転させて、再び握りしめる。

対するくれまちゃんは、体を斜めにして、いつも持ち歩いている愛刀を腰に提げていた。

両者の間に緊迫した時間が流れる。

「二人共、準備はいいかな?」

そう言う僕は、道場の端で胡座をかき、呑気に煙管をふかしていた。

二人からの返事はない。

ただただ睨み合い、相手の様子を窺う。

「じゃあ……始め!」

先に踏み出したのはくれまちゃんだった。一気に間合いを詰め、懐に入り込もうとする。

鎖鎌は射程が広い。しかしそれは、一定の距離を詰められれば攻撃しにくいということだ。

きょーちゃんもそれは分かっているようで、後ろに飛び退き、鎖鎌を一閃する。

しかしそれはくれまちゃんの髪を微かに切り裂く程度に終わった。

屈み込んだ体制のまま距離を詰め、居合いできょーちゃんの首を狙い――

「はい、そこまで」

首筋にピタリと刃をつけていたのを外し、刀を収め、くれまちゃんは礼をした。

しかしきょーちゃんは憮然とした表情のままだ。

「まだ決着ついてないよ〜?なんで止めたの?」

「決着はついたさ。くれまちゃんの勝ち」

「でも、まだまだいけたよ〜?」

「ああ。君は頸動脈一歩前で防ぎ、反撃しただろうね」

「それが分かっているならなんで……!」

「あのねえ、これはただの手合わせだよ。殺し合いじゃない。分かってるの?」

「分かってないのはおっさんでしょ〜?私達の世界じゃあ生きるか死ぬか、どっちしかない」

「じゃあ生きればいいじゃん」

プカリと煙を吐いて言うと、きょーちゃんは顔を歪めた。

「私はおっさん達の敵だよ?何甘っちょろいこといってんの〜?馬鹿じゃな〜い」

「馬鹿で結構。で、どうする?くれまちゃんは強いよ?月丸君程度には」

ふふん、と笑ってみせると、きょーちゃんは汚物を見るような顔をした。

「……そこまで知ってるの?」

「ちょっと調べさせてもらいました☆」

「流石なんだけど、ちょっとムカつく〜」

「でも、君はここにいる限り誰も殺せやしないよ。知ってるでしょ?こっそりくれまちゃんが付いてたの」

「ウザくて殺しそうだったよ〜。てか今殺したい」

「そんなことしたら僕が容赦なくいかせてもらいます!てか、きょーちゃんじゃあくれまちゃん殺せないよ。経験値が違うもの」

へにゃりと笑うと、きょーちゃんは眉をひそめた。

それとほぼ同時に、コンコン、と合図が送られる。

「おやおや、思ったより早い到着だね。くれまちゃん、用意してね」

「応」

「用意……?」

「ふふん、気になる?」

「別に……」

「そうかなあ?きょーちゃんには嬉しいことだと思うんだけどねえ?」

「は?それってどういう……まさか」

「そう、きょーちゃんの愛しの、しのぶちゃんのご来店だよ」

空木が咲く前に 十五

サアサアと、静かに雨が降っている。

こういう時はお店は暇で暇でしょうがない。

雨は人の足を鈍くさせる。物理的にも、精神的にも。

コロンと、碁盤に黒い石を置く。

碁盤と言っても、囲碁をしている訳ではない。そこには、僕の頭の中の図に添った配置が並べられている。

数は黒い碁石が多く、そして白い碁石は囲まれ、見事なまでに劣勢だということがよく分かる。

「ねえくれまちゃん。長い物に巻かれることって、どう思うかな?」

「――身を守る、ということであれば、ある意味賢いことかと私は思う」

無作法に畳の上に寝転がり、足をパタパタさせる僕の斜め後ろで、くれまちゃんは静かに答えた。

「だよねー。ここの主としては、賢い選択かもしれない」

「しかしそれでは……」


「「面白くない」」


「だろう?」

「分かってるじゃん」

「店主の考えも、最近やっと分かるようになった。納得は別として」

「くれまちゃんは堅物だからねぇ」

へにゃりと笑って、僕は黒い碁石を指で弾き、碁盤から落とした。

「……もう手を打ったのか?」

「ううん。でも『あれ』は此方に負い目がある。数に数えなくていいんだよ」

よいしょ、と起き上がって、くれまちゃんの顔を見る。

いろんな感情が入り混じった顔だ。

少し触れたら壊れそうな顔。

そこにそっと指先を這わせると、彼女の肩がひくりと震えた。

「大丈夫だよ。くれまちゃんは何もしなくていい。戦場に、女の子は似合わない」

「否。私は店主を守る為に在る。貴方がどのような命令を下そうとも、私はその身を守る。それが、その思いが私を救ってくれたのだから」

指先に、彼女が手を重ねる。

彼女の頬は、この時期なのに微かに冷たかった。

温めるように、頬に手を当てると、猫のようにすり寄せた。

「僕が信用出来ない?」

「信頼はしている。しかし、貴方は無茶が過ぎる」

「ごめんね、こんな僕で」

「否。そんな貴方だから、私はここにいるのだ」

「僕を誉め殺す気かい?」

「そんなつもりはなかったのだが……」

「まあ、それがくれまちゃんだからね。それでいいんだ」

そう囁くように言うと、彼女は顔を綻ばせた。

「――きょーちゃんも、こんな表情が出来るようになればいいと思うんだけどねえ」

「一筋縄ではいかないと思、う……」

「ああ、また玉砕したのか」

「……………ああ」

きょーちゃんには、基本的にくれまちゃんが付いている。

彼女の普段着もくれまちゃんが見繕っているのだが、なかなかどうしてきょーちゃんの態度は変わらない。どうやら、きょーちゃんの『綺麗』の基準に、くれまちゃんは入らなかったようだ。

「くれまちゃん、こんなに可愛いのにねえ」

「――それは、ない」

「ふふん、可愛いの基準は人それぞれさ。――っと、」

人が近付く気配を感じたので、そっとくれまちゃんの頬から手を離す。

すると、障子を開けてきょーちゃんが入ってきた。

「おっさん、筋肉馬鹿がご飯冷めるってうるさいんだけど。アレ殺しちゃっていい〜?」

「だーめ。明君殺したら美味しいご飯食べられなくなるよ。ところで……」

「……何?」

「そろそろ体なまってきてない?」

「……まあ」

「ご飯食べたら、腹ごなしにくれまちゃんに手合わせして貰いなさいな」

「え〜?なんでこの人と〜?」

「鎖鎌の弱点、克服したくない?」

「……それ、は」

言い淀むきょーちゃんの脳裏には、おそらく先日僕にあっさり負けてしまったことが思い浮かんでいるのだろう。

そう思いながら、僕はニヤリと笑った。

「くれまちゃんに勝てたら今度は僕が相手してあげる。それじゃあダメかなあ?」

「……こんな男女には負けないよ?」

「ふふん、くれまちゃんを舐めないことだよ。じゃあ、ご飯食べようか」
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