「相変わらず混沌とした品揃えだな。繁盛しているのか?」
「失礼だなぁ。これでも生活を切り詰めなくてもいいくらいには、やっていけてるんよ」
「それは悪かったな。てっきりお前のことだから、客に言われるがままに値引きしてしまっているかと思ったのだが」
「う……」
「お、目を逸らしたな。図星ってところか」
「……そこまでじゃないけどなぁ。これでもテロルに鍛えられてそれなりに対抗できるようになったんよ」
「そうだろうとは思っていたが、あいつは親友の店でも買い叩くのだな」
「そこで手加減されるのも違うしなぁ。それになぁ、商売のイロハを教えてもらったからありがたいんよ」
大人達の会話はそこで一旦途切れた。フランとラザが見上げると、ヘリオスとフィルはカウンター代わりの小さな机を挟んでいながら、同じようにして苦笑を浮かべていた。
「テロルといえば、あいつ今どこにいるんだ?」
「また厄介事に巻き込まれてるって手紙が来たんよー」
二人の話題が共通の友人へと移行して行ったので、フランは上げた視線をそのまま一回転させた。
(ヘリオスさんが雑多って言うのもわかるわね)
魔法道具類を売るこの店は、床から天井まで数多くの商品が陳列されている。中には得体の知れない物も多く、今も、天井から吊り下げられた手足と顔のあるランプが目玉を光らせてフラン達のいるあたりを照らしている。
(ふつうのランプには目玉なんてないわ)
だがここは魔法のかかった道具を売る店である。不可思議な力を持つ道具なら何があってもおかしくはない。
そういう点も含めてフランはこの店が気に入っていた。尋常ならざる店内を見ているだけでも楽しいし、わくわくするからである。
だがフラン以上に、彼女の主人であるヘリオスの方がこの店を気に入っているようだった。友人の店ということもあるだろうが、何かにつけて立ち寄るのである。
シュピーゲルシリーズを読み終わってから、あの1ページがほぼ文字で埋め尽くされているのが恋しくなっています。あんなに文字が多いにも関わらずぐいぐい引き込まれる、あの没頭。あれが欲しい。また欲しい。また最初から読み返したくなってます。
テロルはヒートアップする二人にデコピンを食らわせた。ミーナが額を擦り、リャオが卓に沈む。
「……なんかオレの方だけ威力乗せてないかヨー?」
突っ伏した体勢のままぼそぼそ呻く。
「あんたはちょっと悪ノリしすぎなのよ。……おかげでミーナの気晴らしにはなったみたいだけど」
ミーナに聞こえないように囁くと、リャオは倒れたまま軽く手を振った。テロルは細く息を吐く。
「でも筋肉がカッコイイって言ったのは本気ヨー」
「うわ台無し」
サイードが堪り兼ねたように吹き出した。
「なんにせよ、主役のお帰りだわ」
酒場の扉を開くケトルの姿を認め、ミーナが足早にそちらへ向かった。
「たかだか鎧の新調に出掛けてただけなのに、ミーナは大袈裟ヨー」
「まるで、新婚の、ようだ」
「それ聞いたらまたミーナが騒ぎ出すからやめてよね……」
テロルが若干青ざめていることにも気付かずに、渦中の二人は立ち話に興じている。
ケトルの所作の節々にはミーナへの気遣いが感じられた。脈が無いわけではないのだろう。それを見て取り、テロルは思いっきり顔をしかめた。
「ほーんと、さっさと告白でもなんでもすりゃあいいのにね」
身を起こすミーナに気を良くしたのか、リャオは甲高い声でまくし立てた。
「テロルも考えてみてヨー。大抵の男は小さいころからはカッコイイものが好き! 筋肉はカッコイイ! つまりケトルが筋肉好きでもフツーのことヨー!」
「そうなんですね。勉強になります!」
「待てオイ」
「女の人もカッコイイ人が好き、つまり筋肉が好きってことダロ?」
「違うわい。っていうか盛り上がってないで話を……」
テロルの制止が聞こえているのかいないのか。リャオとミーナは微妙に噛み合わない会話を続ける。
「筋肉はあったかい! 強靭! 全てを包み込む包容力! 筋肉があればだいたいなんとかなる! だから、ミーナだって筋肉を鍛えたらケトルなんて一撃で仕留められるヨー」
「ああっ、そ、そんな! イチコロだなんて……!!」
「いたいけな少女の瞳を筋肉で曇らせるのは止めなさい!」
ここにきてようやくこの相談が少女の恋心に由来するものだと気付き、テロルはげんなりと椅子にもたれた。なんとなく疲労さえ感じる。
「なんかもー、色恋沙汰とかひたすら面倒くさいわね。あんた達さっさとくっついちゃいなさいよ」
ズビシと告げれば、ミーナは目に見えて動揺した。しどろもどろになり、指先を意味も無くもじもじ組み合わせたり離したりする。
「べべべ別にわたしはケトルさんが好きとかそうでないとかでなくてですね!? 確かに感謝していますがそれとこれとは……」
「あーハイハイ。でも多分当人以外は皆気付いてると思うわよ?」
給仕のマイトあたりも気付いていなさそうだが割愛する。
「でで、でも、結局はケトルさんの気持ち次第じゃないですか。……ケトルさん、ムキムキにしか興味ないかもしれないじゃないですか」
言いながら悲しくなってきたのだろう。どんどん俯いていく。
そこに、
「でもヨー、気にすることないと思うヨー?」
リャオはコップの水をあおった。不敵に笑う。
「だって男は基本的に筋肉が好きヨ!」
「何言い出してんのこいつ」
「そっ、そうなんですか!?」
「あんたも信じるなっちゅーに」