暖炉の中で薪が爆ぜる。

「夜分に台所の飲み物を拝借するくらい構わんよ。ただし、倉庫から盗み飲みするようなら咎めるがな。何せ帳簿を管理するのは大変なんだ」

「ごめんなさい」

小さな子供、フランが頭を下げた。彼女もヘリオス同様、寝間着に上着を羽織っている。昼間なら高く結っている鉄色の髪は下ろしたまま。炎に照らされる瞳の色は普段よりも赤味を増して見えた。寝間着の大きさが背丈に合わず、袖を捲っても持て余している。
椅子に座るフランの足元では大型犬のラザフォードこと、わん太が寝そべっている。真っ白な毛並み、垂れ耳、ふさふさした尾、優しげな顔立ち。年齢は人間に換算すると四十代相当らしい。

「ほら。できたぞ」

居間は客間を兼ねているためそれなりに見目の良い壁紙が使われている。
一番存在感があるのは暖炉だ。暖炉は家のほぼ中央にあり、居間の反対側で台所の竈としても使われる他、上部の配管で各部屋に暖気が運ばれる。
ヘリオスは椅子に腰掛け、彼女らが台所で物色しようとしていた山羊の乳を暖炉で温め、よく吹いて冷ましてやった。

「熱さはこれくらいなら平気か? 気をつけろよ」

「うはぁ……。ありがとうございます」

それぞれに渡せば、わん太がすぐに飲み始める。フランもそれを確認してからカップに口を付けた。
彼女は特異なホムンクルスである。生まれつき体感や痛覚が鈍く、飲み物の熱さなどは知覚できない。

「おいしいです」

「それは良かった」

ヘリオスは果実酒を盃に注ぐ。甘酸っぱい香りが漂い、フランが羨ましそうな顔をした。森で採れた木苺などを使った自家製の酒だが、彼女の年齢にはまだまだ早い。

「今夜はなんだかねむれなくて、わん太もおきてたから、何か飲もうって思って」

「今夜は冷えるからやもしれんな」

ヘリオスはカーテンの隙間からそっと窓の外を見た。夕刻まで降っていた雪は止み、皓々たる星空が瞬いている。冴え冴えしく澄んだ空気に触れれば指先が凍るようだ。

「ふむ……」

ヘリオスは窓から視線を戻す。
朧げな記憶の淵から浮かび上がる光景があり、無意識下で声に出していた。

「……そういや、あれを見たのもこんな冷え込むような夜だったか」

「アレってなんですか?」

「いや、何……。そうだな、眠れるまでその話でもしてやろう」

フランの目が好奇心に輝いた。こういう表情をすると、ただの子供と変わらない。

「何てことの無い話だ。俺が十三、いや十四歳だったか? その当時に見た……ああそうだ、時にフランよ、狐の火を見たことはあるか?」

「キツネの火?」

「正式な名前は知らぬ。だが俺達はあれを、狐の火と呼んだ」

いつかの夜を手繰り寄せるように、ヘリオスは語り始めた。