「あ、ああ……」

弱々しく水黽が呼吸を繰り返す。その体は腹部から切断され、辛うじてくっついているだけに過ぎない。

「あああ……!」

腹部にある男の顔が叫んだ。血ともそれ以外ともつかない液体に塗れ、目を見開き、口から泡を飛ばす姿は凄絶と形容するしかない。

「まだ生きているぞ……」

「どうやったら死ぬんだ?」

取り囲む傭兵達が顔をしかめる。

「あああ……!」

水黽が一際強く叫んだ。
その背の翅が呼応するように広がり、羽ばたき出す。

「退避――――!!」

ふわりと巨体が浮かび上がる。ぶつっと音を立て、腹部から下が千切れた。開いた天井から見える空を目指して飛翔する。

「させるか……!!」

雨のように矢が降り注いだ。二人の弓使いが己の技量の限り矢を撃ち尽くす。
だが、それでも羽ばたきは止まらない。

「みなさん出来るだけ離れて下さい!」

ケトルはミーナが大声を出すのを初めて聞いた。傭兵達もそうだろうが、彼らは何も聞かずに即座に広間の端へ移動した。
直後。
夜空に雲がかかったと思えば、雷鳴が轟いた。稲妻が真っ直ぐに水黽を穿つ。装甲に覆われた肉を焼く。翅を散らす。
ケトルは一瞬遅れてテロルとネコモドキが雷雲を呼んだのだと理解した。ミーナは直前で気付いたのだろう。
落下したそれは酷い有り様で、何と形容して良いのかわからなかった。
焦げたにおいが周囲に漂う。
テロルは油断なく次の詠唱に入っている。
ケトルも剣を構え、ミーナの前に立った。