男は何を言われたのか一瞬理解できないようだった。水黽の複眼がテロルの方角を向く。

「人が魔を取り込んで、人以外のモノになろうとしたら……」

よろめきながら、それでもテロルは眼前のそれを見つめる。彼女は脂汗を浮かべ、それでも強気な姿勢を崩さない。

「変質するしかないわ。それはあんたが求めた通り。でも、その後はどうするつもりだったのかしら? 変質した『力』の行き着く先を想像してみた? この遺跡を使えばで制御できると踏んでたんでしょうが、なんで自分は……自分だけは無事に済むと思ったの?」

「だまれだまれだまれぇぇぇぇ!!」

水黽が六本の脚をでたらめに振り回す。
ケトルはその一本をかいくぐり、テロルを庇うように前に出た。精細を欠いた動きではあるが、当たれば相応の打撃を受けるだろうと推測する。
司会の端でテロルは汗を拭っていた。

「……なんとか怒らせることに成功したわね」

「わざとだったの!? なんでそんなことを!?」

「こっちも消耗してるし、暴れさせた方が対処は楽かと思って……」

「テロルって結構行き当たりばったりじゃない!?」

叫びつつ、突き出された口吻を剣で弾く。斬り落とすつもりだったが、想像以上に硬かった。二撃目の刺突をかわし、なんとか反撃の手立てはないかと考えた矢先、石畳の一角が動いた。