ケトルは両手で自分の頬を叩いた。

「しっかりしろ、おれ! 冒険の旅に出てからまだ一日なのに女の子の空耳が聞こえるなんて情けないぞ!」

わざわざ声に出したのは、自らを鼓舞するためだった。
短い蜂蜜色の髪に、水平線色の眼。顔立ちには精悍さよりも幼さが色濃く残る。チュニックにブーツという出で立ちはその辺の農民と変わらないが、腰に剣を下げ、大きな荷物を背負っていた。
昔から英雄豪傑の物語を好み、村を訪れた吟遊詩人に弾き語りをせがむ子供だった。
そして、つい昨日十四歳の誕生日を迎え、胸踊る冒険を夢見る少年は旅に出た。
両親に書き置きを残したとはいえ、家出である。罪悪感が無いわけではない。それに、初めての野宿は緊張のせいかよく眠れず、ケトルには早くも家に帰りたい気持ちが芽生えていた。
だからこそ、気合いを入れ直す。
平穏ではあったが退屈な村での生活が嫌で飛び出したのだ。旅に出ればすぐに日常を一変させるような出来事を期待していたが、実際には大きな蜘蛛の巣を剣の先で払うことしかしていない。このままでは終われなかった。
そこに再びあの声が響く。