帰宅すると、誰もいない室内がいつもよりも広く感じた。
高槻家からお土産に頂いた桜餅を仏壇に供え、お線香を上げる。祖父が亡くなってから一年。めぐるましかったような気もするが、それほどでもなかったような気もする。
いつだってルカが隣にいたような気がする。
自室に戻り、窓を開けた。皓皓と照る月が部屋の中に光と影を作り出す。隣家の桃の木が月明りに揺れている。満月が近い。
たぷたぷとした暖かな風が頬を撫でた。桃の花びらが舞う。ほろほろとたゆたうそれに手を伸ばしすと、確かに指先をかすめていく感触。
花の匂いがする。川のせせらぎが聞こえる。

「――また、春が来た」

いつもと変わらない、いつもと違う春が。終わって、始まる。
変わっていくものもあるだろう。変わらないものもあるだろう。自分も、それ以外も。
ふと、視界が滲んだ。胸がいっぱいになって、ひとりでは抱えきれそうにない。
こんなにも大切にしてくれる人達がいる。賑やかな毎日がある。――そこに、確かに自分もいる。
感情が満ちていく。
悲しくないのに涙が出るのは不思議だった。いいや、きっと、こんなにも幸せだから、涙が止まらないのだ。
花の香りと暖かな光に包まれ、満たされた感情を抱きしめ、ワタシでありかつてはオレであった水無瀬千織は、春風に髪を遊ばせていた。