「寒いわボケーーーーーー!」
 突如として響き渡る少女の叫び。通りを行き交う人たちが思わず振り返るーー怪訝なものを見る目つき。
 ああ恥ずかしい。
「ねぇ…雪降ってんだけどサルファー」
 サルファーー少女の使い魔たる自分の名前。背中に蝙蝠の翼を持つ黒猫の姿(便宜上の外見にすぎないが)。
 首の鈴をちりん、と鳴らし、流暢に人語を喋り出す。
「そういえば、今日は初雪になるって聞いたっけ」
「うぅ…冗談じゃないわよ全く…」
 寒がりな少女、テロルの忌々しげな呻き。
 テロル・ミリオンベルーー14歳。目深にかぶったフードから覗く艶やかな紺色のセミロング、金茶の瞳、げんなりした表情。マフラー以外、服も手袋も靴下も長ズボンも重複着用ーーすなわち着ぶくれ。それでも足りないとばかりに自分を胸に抱きかかえ暖をとる。いつものふてぶてしさもやや減少傾向。
「雪とか…!何でフィルはこんなもん好きなのよ理解に苦しむわ全く」
 足早に歩きながらぶちぶち文句。
「ねー火炎弾撃っていいー?」
「止めて」
 燃えないから。雪。
 んで一応市街だから。ここ。
「なんかさぁー。魔導師のイメージってテロル1人が貶めているよにぎぇッ!?」
 無言でヒゲを引っ張られた。

 ここはアルナー。田舎町。交易都市からさらに北東へ進んだ、乗合馬車の終着駅。その気候は寒冷。すなわち冬は長く、春は遅く。
 そんな町にテロルがわざわざ帰って来た理由ーー母からの手紙。『たまには帰って来なさい。そして雪掻きを手伝いなさい』ーー有無を言わさぬ調子。
 そんなもの無視すりゃいいのにーーとは口に出さず。

 べちゃべちゃと音ーー薄く積もり始めた雪を踏みしめる足音。かなり不愉快そうにテロルが舌打ちしたその時、
「テーロルッ」
 スッ、と横から差し出される傘。自分とテロル、顔にかかる雪が遮られる。
 慌てて目線を上げると、2人組の姿。
 少女ーーパステルカラーの傘を差し出す白い指。焦げ茶の髪に大きなリボン。その表情は喜色満面、飼い主の帰りを素直に喜ぶ牧羊犬のような笑顔。
 少年ーー黒い蝙蝠傘。イヤーマフ、額にサークレット。鋭利なスカイブルーの眼光。無理矢理つきあわされてます大迷惑ですオーラ全開。
「フィル!!…………………………………………と、ヘリオス」
 テロルの逢いたかった人と、遭いたくなかった人。
「フィル…何でこいつといんのよ」
 テロルーージト目。
「一緒にテロルのこと待ってたんよー」
 フィルーーマイペースににこにこ。
「誰も待って無い。そもそもお前が無理矢理…」
 ヘリオスーー鋭くフィルを睨むも効果なし。
 ああ、3人のこんなやりとりも随分と久しぶり。
「何笑ってんの」
「べっつにー」
 そらっとぼける。
「それより、テロルは2人に何か言うことあるんじゃないの?」
 テロルは一瞬キョトンとしたが、すぐに照れくさそうな笑みを浮かべた。
「その…ただいま」
「おかえり。テロル」