※BL
※ヤリチンと付き合い始めたけどエッチはしたくないっていうだけの文章
「好きだから、セフレじゃなくて俺の彼氏になってくんない?」と言われて、俺は「いいよ」と答えた。
答えたのはついさっき。俺はそのことをさっそく後悔している。
四方は俺に熱い視線を向けている。ライトセーバー級の熱い視線。ライトセーバーが熱いのかどうか知らないけど。とにかくすごい目ヂカラで見てくんだもん。
四方の彼氏になったとはいえ、俺は居心地が悪くなって目を逸らした。だってその目はあれだろ。ヤりたいんだろ。突っ込みたいんだろ。だいたい俺達のこの体勢が、ちょっと怖い。
俺は四方の部屋のベッドに寝かされて、四方に押し倒されていた。
「え、ちょっと。マジで?」
俺の言葉に、四方はにやっと笑った。
こわいこわい。
でも俺の頭の中、怖がっている自分の隣には、四方ってカッコいい、とか考えている自分もいる。ふつう、こういう時には、冷静で頭が良い自分と、感情的で素直な自分が葛藤するものだけど、俺の中の俺はというと、二人ともただの馬鹿だった。
どうしようもねーよ。
俺って真性の馬鹿。
無言のまま四方の顔が近付いてきて、頬にキスされた。頬から首筋にかけて何度もキスされた。
今まで色んな女にこうやって迫って口説き落としてきたんだろうな、とか思うのは、四方に嫉妬しているからだろう。それが彼氏としての嫉妬ではなく、男としての嫉妬であるのは言うまでもない。
だってこいつ、上手いんだもん。
他の男がどうやって女とセックスしているかなんて考えたこともなかった。飲み会でそういう話しになれば、性欲が強いか弱いかぐらいのことは判明する。前戯と合体で30分かからないとかいうやつもいたし、前戯に1時間以上かけるやつもいた。でもそれだけ。細かいことまで話すやつはいないし、誰もそんなことには興味がない。
落ちの無い話しと笑えない話しはしないのが男同士の暗黙の了解だ。
でも今は事情が違う。
俺は、キスされて、触られて、舐められる立場になって、初めて他の男はどうしているのかということを切実に考えた。そしてこれまでの自分のセックスを省みた。
俺って下手だったんだ。
なんかこれ、すげー悲しい。
四方は手が早いし調子いいことばっか言うのに、何故かセックスからは愛情を感じる。
愛なんて無いクセに。
流石にじゃれてるでは済まされないところにまで手が伸びたので、俺は四方を制止することにした。
「ちょっとタイム」
「なに?」
何、じゃねーよ。
「今日はちょっと、できない」
「は? なんで?」
なんで、って。
理由はない。でも何かしらの理由を言わないと確実にヤられてしまうと俺は確信していた。四方の目はマジだし、だいたい手が止まっていない。
「腹の調子がちょっと」
「そうなの? 大丈夫?」
「あ、まあ。でも、だから今日はちょっと」
女みたいで嫌だけど、やむを得ない。体調不良なら理由としては十分だろう。
四方は「そっか」と言いながらキスを再開した。
待て。待て待て。
「四方、おい!」
「なに?」
何、じゃねーよ!
「お前、あの、もしかして、レイプものとか好きなやつ? ヤバい性癖とかある系?」
「ヤバい性癖?」
レイプのところをさらっとスルーされて寒気がした。そういえば今までもこいつ、俺が嫌とか言っても無理やり事を進めようとしてきた気がする。
これってそういうこと?
そもそも体格差があるせいで、ちょっとの抵抗では四方の動きを止められない。かと言って本気で抵抗するのは四方に悪い気がする。でもこのままではヤられる。どうにかしてこの状況から抜け出したい。
「あるだろ、なんか、SMプレイとか、複数ものとか、そういう……」
SMがヤバいかどうかはこの際どうでもいい。俺はそっちじゃない、ということが伝わればいい。
すると、四方の手が止まった。そして黙ったまま浮かせていた腰を俺の太腿辺りに下ろして座った。
なんだよ。なんか言えよ。
四方を止めることに成功したのか?
俺は畳み掛けるように話し続けた。
「なんか、こんなタイミングで悪いけど、女とヤる時もそういうの確認しときたい主義で。ヤりたいこととか、ヤって欲しくないこととか、あるだろ、いろいろ」
嘘だ。風俗以外でそんな確認したことない。
そんなことはヤりながら「これは好き?」って聞けばいい。「嫌だ」と言われたらやめるだけ。
四方は真面目な顔で俺を見下ろしている。正確には、俺の腹の辺りに視線がある。
ちょっと怖い。
「あの、ごめん。なんか、俺、……」
余りに沈黙が長いので俺はそう言いつつ上半身を起こした。
すると、四方は俺に抱き着いた。いつもより四方の体温が高い気がする。本気でヤる気だったんだとわかって申し訳なくなった。俺ってそんなに色気あるかな、なんつって冗談を言える雰囲気でもない。
「治は、俺としたくないの?」
その声は、雪原の奥深くから聞こえてくる動物の鳴き声のような、哀しい声だった。
求められている、と思った。
俺は四方の気持ちがよくわかったし、同じ男として応えてやりたいとも思った。でも俺の体は、それにもかかわらず、四方のことを拒否していた。
「ごめん、ほんとに、体調が悪いんだよ」
ごめん。
今までずっと女と恋愛関係にあったんだから仕方ないだろ。家庭教師のお姉さんに色々教えてもらうAVとかで抜いてきたし、男とこんなことになるなんて考えもしなかった。今日の俺に千の可能性があったとして、四方と付き合うのはきっと可能性順で七百番以降だっただろう。
四方はカッコいいし同じ男として憧れる。お前みたいな男に生まれたかったよ。俺がお前なら女を嫌いにはならなかった。
そしてお前とベッドの上で抱き合うこともなかっただろう。
望むものが手に入るなら、望まないものを手にする必要はない。
ああ、四方に抱く憧憬と嫉妬とか、同世代の女に抱く憎悪に近い嫌悪とか、そういう煩わしいもの全て捨ててしまいたい。可愛いと思う女の子と付き合って結婚して働いて稼いで友達と飲んで老いていく、それだけの人生じゃいけないのか。
お前は俺に向かって言う。好きとかなんとか。今時小学生や中学生ぐらいしか喜ばないようなそんなしょうもない言葉一つで俺の感情はかき回される。
わかっている。四方にとってそれが女とヤる為の道具でしかないってことぐらい。
なんでこんなに苦しいんだ。
あー、クソ。
醜い憎悪。詰まらない嫉妬。体の欲求。女に対する恐怖。愛に対する疑問。俺の中にはまだまだあるよ。四方と関わるとそれが増殖していく。
暫く黙っていた四方が体を離したと思ったら、俺のことを押し倒した。
そして、俺の名前を呼びながら頬を撫でて、キスをした。
俺は抵抗しなかった。
できる訳がない。
「なあ。これはレイプ? 好きなのに、なんでダメなの?」
また言った。好きとかなんとか。
睨みつける積りで顔を四方の方に向けたら、四方も俺を睨んでいた。四方の目付きの方がずっと鋭かったので、俺は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。
死ねとか言ったら間違いなく返り討ちに遭う、そういう目。
こういうところ、ほんとに不平等だと思う。
なんでこんな気持ちにならないといけないんだ。すげー好きな相手ならともかく、よく知りもしない男と付き合うことになって、体調不良を言い訳にセックスを拒否して、そして今みたいに睨まれる。
俺だって、言いたくなかったよ、レイプなんて言葉。男としてちょっとでも好意のあるやつに、触ろうとして、レイプなんて言われたら傷つくよな。口にしていい言葉じゃなかった。
なんなんだよ、クソ。
好きとか言いやがって。
そのクセ、目的は一つだけ。
四方がセックスしたがるせいだ。好きならまずはデートとかすればいいんだよ。好きとか言う前からセックスしたがっていたお前が、今更好きとか言ったって嘘みたいじゃないか。
前に言ってたもんな、ビッチは嫌いって。だったら処女みたいな今の俺の対応はさぞ魅力的なんだろうな。それを口説くのが好きなんだろ。
俺は心の中で悪態をつきながら、ふと思った。
それが本音?
「お前が好きとか言っても信じらんねー」
俺は余裕そうに笑って言う積りだったけど、声は震えていたし顔も引きつっていた。カッコ悪い。どーせ俺は四方とは違う。
「じゃあ、どうしたら信じる? 1年セックスしないで付き合ったら信じる? お前のケツを舐めたら信じる? 這いつくばってなんでも言うこと聞いたら信じる?」
「は?」
「なんで? なんでだよ!」
四方は怒鳴った。
正直怖い。
「おーこわ。デカい声出すなよ。じゃあもうそんなに俺に突っ込みたいならさっさとヤれば? 俺のこと好きとか言わなくていいよ。そのかわり、いつも女にするみたいに上手く優しくヤってくれる?」
そのテクニックを教えてくれよ。
ただ横に寝ていただけで、どうしてこんなに好きにさせられるんだ。
ああ、クソ。
そうだよな。それがこの気持ちの正体。
なんで好きになったんだ。好きって言われたからか。でも嫌いじゃなかった。ずっと、四方が髪を切った時から、きっと、好きだった。
俺は涙目になって四方を見た。
四方も泣いていた。
なんでお前まで泣くんだ?
「そんなこと言うなら、お前こそ、女にするみたいに俺に優しくしろよ。女にするみたいに笑えよ」
「は?」
「俺にはできない。お前は女じゃないし、俺は他の誰よりも一番お前が好きだから。治と出会うってわかってたら、今みたいな人生にはしなかったけど。でも、時間は戻らない」
「好きだからってこんなにしつこくするか?」
「は? 好きじゃなければ好きとか言わねぇだろ」
「俺に突っ込みたいだけじゃねーの?」
「ぶっ殺すぞ。治を喜ばせたいだけだし、急に最後まではしねぇよ」
言われてみればそうかもしれない。
マジか。
「あのさ、正直に言っていい?」
俺が聞くと、四方は俺の目を真っ直ぐ見詰めたまま頷いた。
「あの、俺はさ、男とヤったことないから、たぶん、すぐそういう気になれないんだと思う。このままお前が続けたら、まあ、そしたらイクだろうけど、俺はお前のを抜いてやれるか、ちょっと自信がない」
要するに、そういうこと。
そういうことだったんだ。
俺は四方のちんこを触れない気がする。でも付き合って触れ合う機会が増えれば、抵抗感もなくなるはずだ。
「体調不良は?」
四方は不気味に俺を見詰めたまま尋ねた。
「悪い。それ嘘」
俺の答えを聞いた四方は、怒ったりせず、にっこり笑った。
「なんだ、良かった。大丈夫。治は何もしなくていいよ。今日はただ気持ちよくなればいいから」
「は?」
「治、好き。治も俺のことを好きになってくれて嬉しい」
は?
好きとか一言も言ってねえ!
それからの四方の勢いは、何かの野生動物のようだった。俺は腰が抜けるといういうことを初めて体験することになった。
全てが終わって、俺は半泣きになっていた。
「お前、女より男の方が好きなの?」
俺が尋ねると、四方は笑った。
「ババアよりは男の方が好き。でも男より若くて可愛い女の方が好き」
「うわ、最低」
最低だ。
聞かなきゃ良かった。
俺は、「あ、そう」と言った。俺の不機嫌そうな声は我が儘な若い女みたいだったけど、それを四方が好きだと言うならまあいっかと思った。
横向きに寝転んで床に散らばった服を眺めていると、後ろから四方の腕が伸びて、俺の体はすっかり抱き締められてしまった。そして後ろから四方が耳元に口を寄せたのがわかった。
「でも、一番好きなのは治だよ」
なんか、そんなことを言われる気はしていた。
俺は真っ赤な顔を見られないように、体を丸めた。