蛍路に手紙を見せると、予想通りの反応を見せてくれた。
「マジか」
『マジ』なのは俺の手元にある手紙のことだ。昨日告白して来た男からのラブレター。下駄箱に入っているところがなんとも古典的で面白い。内容は当然俺への愛の言葉で埋められているが、紙はただのルーズリーフだし字は綺麗だけど男の字という感じで可愛らしさは無い。
「仁志の愛を、受け止めて来るわ」
仁志は俺のクラスメイトらしいけどはっきり言ってどんな男だったか覚えてない。
だけど俺は一目惚れしてしまったのだ。
あいつの天然記念物級の大ボケに。
「お前ねー、マジな話さ、普通に女と付き合った方がいいよ」
「それってココでする話なん?」
ここは学校の玄関で、遅刻寸前の駆け込みでそこそこ人通りがある。
蛍路の言いたいことは分かるけど、分かるのはほんのちょっとで、それは俺が蛍路を理解しようという心意気があるからだ。ぶっちゃけ蛍路と付き合ったのも好きとかそういう感情からではないし、俺的には楽しければそれでいい。
シリアスっぽい雰囲気を察知した俺はだから蛍路を牽制した。
「あー、じゃあとりあえず仁志ってのと会っとこう」
「そうそう。ダチってことで挨拶しとけって」
「ダチかあ」
元彼の方がいいっすか。
俺はいきなり修羅場になるのかと身構えたけど蛍路はころっと態度を明るくした。こいつがダチとかそういう言葉を好きなことは仲間内では有名である。
「見た目的にはね、ちょっと、そこも面白いとこなので、期待しちゃってオーケーよ」
「マジー?」
「あ、あれかな」
教室に着くと俺は仁志のところへ向かった。
蛍路は俺とはちょっと離れたところでそれを見物している。俺は「仁志くん、おはよう」とかそんな風に声を掛けたけど、どうもおかしい。
「野口」
え?
聞いたことある声だと思ったら、隣に仁志がいた。俺が声を掛けたのは全く関係ない奴だった。
蛍路を見ると完全にめんどくさそうな顔をしていたので俺は笑ってごまかしておいた。
「あー、仁志くん、おはよう」
「お前いま人違いしたのか」
「昨日のことさ、ちゃんと話そうと思って」
「俺の顔も覚えてないのか」
仁志はけっこう怒っていた。
ここ最近では誰も俺を真面目に怒らないのでかなり新鮮だ。新鮮過ぎてリアクションできない。そんなところもムカつくのか仁志は相当怒った感じで俺を睨んでいる。
俺はとりあえず笑っておいた。
「ジョークじゃん。怒んなって、ね?」
「そういうジョークは好きではない」
仁志はそのまま廊下の方へ歩いて行った。蛍路の横を通り過ぎて、俺も仁志を追い掛ける。
「この手紙さ、ありがとう」
「もういい。忘れてくれ」
「怒んなって。ジョークっつってんじゃん」
仁志は突然立ち止まって振り返った。
「なあ」
俺は仁志と正対した。授業の始まった廊下は静かで時間が俺たちを残して行ったみたいだった。
「お前、本気じゃないならそんなもの破って棄ててくれ」
「えー、それはどうだろう」
「俺は男だ。泣いたり陰口を叩いたりはしない」
「もう絶対間違えないよ、おれ」
「間違えてもらって一向に構わない」
「ごめんって」
「俺はお前にチョコレートを渡されてからお前のことをよく考えた。それで俺はお前が馬鹿でもいいと思ったが、それはお前が本気だと思ったからだ」
「いまは、けっこう本気だよ」
「それなら俺に示せ」
はあ?
俺はビビった。正直かなりビビった。
「示すって…」
仁志は真顔だった。俺は笑ってられなくなって仁志を見返した。昨日まではもっと笑える雰囲気だったけど今は全く状況が違う。
「今のままだと俺のことを蔑ろにされている気がして、とても普通には付き合えない。俺は野口とのことを真剣に考えたのにすごく気分が悪い」
「ないがしろとか、してないよ」
「それを俺に示してくれ」
示すってなんだよ。
蛍路がしたようにすればいいの?
わかんない。
「俺はただ仁志くんのこと好きなんだよ。なんで分かってくれねえの」
俺は馬鹿みたいに真っ直ぐに仁志に言った。ちょっと泣きそうになってたと思う。仁志の目は真っ直ぐ俺に向いてるから俺だって笑ってられなかった。
仁志はふと笑った。
「俺もだ」
仁志の言ってることはよくわかんなかったしなんか違うって気もしたけど、仁志が笑うのを見たら全部忘れた。急にキレ出して意味わかんないって思ったけど、その笑顔はそういうことをみんな吹き飛ばしてくれた。
『俺もだ』
仁志の言葉が頭を巡る。ぐるぐる回って出口を見付けられずにいる。ふわふわする。どきどきする。くらくらする。
俺は仁志と両想いなんだと思った。
こんなこと初めてだ。
「それって付き合うってこと?」
「ああ、異存がなければ」
仁志は笑った。静かな廊下に俺の心臓の音が響いてるんじゃないかと不安になるくらい俺は仁志の笑顔にハートを撃ち抜かれていた。
「俺ね、仁志のことけっこう好きだわ」
俺はそれだけ言うのも一苦労だった。緊張して手が震えた。恥ずかしくて仁志の目を見られなかった。
教室に戻ろうとしたとき、そこに男が居ることに気付いた。それは蛍路だった。
蛍路は信じられないと言う風に目を見開いている。
最悪だ。
なんてことだ。
俺はマジの愛の告白をいい加減な気持ちで付き合っていた友達に聞かれていたのだ。興味本位で付き合おうとしていたのに、本当は俺がマジで一目惚れしていたことを知られてしまった。
恥ずかしい。
顔が熱い。
曰く、“穴があったら入りたい”。