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PIERRE MARCOLINI

ピエール・マルコリーニ
PIERRE MARCOLINI

ヌーヴェル セレクション(6個入)
NOUVELLE SELECTION
2,916円

可愛らしいハートだけのアソート。色合いもパステルカラーでやわらかい。新作のショコラが4種すべて味わえる。

パッションフルーツ、レモン、ユズ、ライムと、フルーツの爽やかな果実感を味わえる。すべてガナッシュではあるが、ナッツやカカオニブのような食感もあり、定番のガナッシュにはない楽しさがある。ミルクチョコレートやホワイトチョコレートなので甘めのアソートになっている。

ピエール・マルコリーニのチョコレートを食べたことのある人のリピート買いにおすすめ。

悲観するイデア・シュラウド/ツイステ夢

※15歳未満の人の閲覧を禁止します


※twstBL
※イデア夢
※イデア×モブ寮生♂
※notイチャラブ
※イデアが経験豊富っぽい描写があります




イデアは校内にあるベンチに腰掛けて、ゆらゆら踊るオルトを観察していた。授業にはタブレットが出席しており、イデアはヘッドホンでその音声を聞いている。“イデア・シュラウド”は天才であるので、2つのタスクを同時にこなすことくらい造作もない。イデアは実のところ脳の働きの97パーセントをオルトの不調の分析に割いていたが、魔法解析学の授業には残り3パーセントでもお釣りがきた。

オルトはこのところメモリ不足やCPUの発熱があり、イデアはその原因を調べていた。最近ギアを増やし過ぎたか。しかしスペックは十分なはず。

イデアはオルトが木の隙間を縫うように進みながら宙を舞う落ち葉に細やかな出力でビームを放つのを真剣に見つめていたので、第三者の足音が自分に向かっていることには気づかなかった。

「こんにちは」

その声に最初に気づいたのはオルトの方だった。

「あの……、ここ座るね」

その人物はイデアに無視されたので気まずそうにしながら、静かにイデアの隣に腰かけた。

イデアはなおも気づかずオルトを観察している。そのオルトがふわふわ浮かびながらイデアに近づいてきたのでようやく、おや、と思った。

イデアはヘッドホンを外して「どうしたの」とオルトに声をかけた。

「メル・ミュラーさん、こんにちは!」

オルトの目線の先には、知らない生徒がいた。手が届きそうに近い。いつからそこにいたのかイデアにはさっぱりわからない。

「ヒィッ!?」

驚きのあまりイデアはベンチから転がり落ちた。長い髪は不安定に燃えていつもより多く青い火の粉を飛ばしている。イデアは手を握りしめて「だ、だだだ誰!?」と叫んだ。

イデアはまず少年の頭にある目立たないがふわふわで可愛い耳を凝視した。ねこちゃんっぽい。しかしこのメルという少年のことは、見れば見るほど覚えがない。オルトがふわりと浮かんでイデアの元へ来て、背を優しく支えてくれたので、イデアはオルトの体にしがみ付いた。

「えっ、だ、メル・ミュラーさん!?」

イデアはようやく脳に届いた音を認識した。

「だ、誰……オルトのお友達……?」

イデアがオルトに隠れて小さい声でそう尋ねると、オルトは「そうだよ」と答えた。

「メル・ミュラーさんは、僕のアスレチック・ギアのテストに協力してくれた人で、記録にも残っているはずだよ、兄さん」
「あ、あのときの」
「うん。あの、驚かせてごめん」

メルはとても傷ついていた。こんなに何度も「あなた誰?」と言われることは想像以上に堪えるものだ。それも天才と名高いイデア・シュラウドに。

自分は詰まらなくて記憶する価値のない人間だと言われたようなものじゃないか。それに、当たり前に顔も名前も覚えてもらえていると思っていた己の自意識が恥ずかしい。

メルは羞恥に顔を赤くして頭を下げると、ふとイデアの骨張って神経質そうな手が見えた。先ほど地面に転がり落ちたせいで土で汚れている。

イデアが姿勢を変えて立ち上がろうとしたので、メルはイデアに手を差し伸べたが、すげなく手を引っ込め身構えられてしまった。

イデアの硬質な色の瞳がメルを品定めする。

べつに、イデアにとって差し伸べられた手を振り払うことは何てことない。そのせいでその相手が何か思ったとしても、どうだっていい。

イデアは今までたくさんの人に手を差し伸べられてきた。

優しい人もいたし、優しくない人もいた。

でも、どうだっていいことだ。

イデアは多少冷静になった頭で、一人でゆっくり立ち上がりながら、再度メルを観察した。オルトの様子からしても危害を加えるような人間には見えない。イデアより背は低くて魔力も力もそう強くはなさそうだ。しかしユニーク魔法の中には少ない魔力で強い影響を与えるものも存在するため警戒は怠らない。少年の頭には三角の小さな獣人の耳、自分の知らない特別な力を持っていてもおかしくはない。

「サーセン。勝手に驚いたのは拙者の方ですしむしろ忘れていただきたい。はー、初対面でこれってオルトのお友達なのに拙者の印象悪すぎか? 拙者のことは嫌いになってもオルトとは今までどおり仲良くしてね。じゃ」

イデアがぶつぶつ呟いて立ち去ろうとしたのでオルトが引き止めた。

「兄さん、僕のデバッグは終わり?」
「え。あっ、そうそうそうだった。終わってないし原因まだわかってないし。でもせっかくお友達がいるのに兄ちゃんがいたら邪魔でしょ」

オルトは「うーん」と唸ってから、メルを見た。

メルはまだ恥ずかしそうに顔を赤くして目線をさまよわせている。イデアに顔も名前も記憶されていなかったことが相当堪えているらしい。それでもその場に留まっているのは少しでもイデアの近くにいたいからだ。

もっと話したい。自分のことをちょっとでも特別にしてほしい。俺の名前を呼んで。もっと近くで体温を感じさせて。

いつからかそう願うようになっていた。

こんな機会は二度とないかもしれない、そう思ったらどんなに恥ずかしくても自分から彼の元を離れるなんてできなかった。

メルはイデアのことが好きだった。憧れと言っていい。オルトといる時にイデアに声をかけられたこともあったが、この様子だとイデアにはすっかり忘れられていそうだ。

「メル・ミュラーさんは、兄さんに用事があったんじゃないの?」

オルトはメルにそう尋ねた。

たまたま同じ時間に授業をサボっていたから運命だと思って話しかけた、とはとても言える雰囲気ではない。

「オルトがいたから様子を見に来ただけ……。デバッグって? どこか調子悪いの?」

メルは仕方なくそう答えた。

「詳しいことは言えないけど。時間あるならしばらくオルトとその辺で遊んでくれない?」

イデアは愛想の悪い顔で言った。メルとは目を合わせないし姿勢も悪い。どうしたらこのおかしな人間を好きになることがあるのかと、メル自身も不思議になるくらい印象の悪い男だ。

でも好きだった。

「もちろん、いいよ。時間ならある」

メルは自分の一番いいと思う笑顔をつくった。

好きな人とならどんな理由であっても一緒にいたいじゃないか。それにオルトといることを許されたのが嬉しかった。イデアにとっては一定の合理性があるから許可されただけだとしても。

イデアは、遠くからメルとオルトがくるりと回ったり魔法で火花を散らして遊ぶ様子を観察するうち、メルの名前を再び忘れていた。自分のとった失礼な態度などもなかったことになっている。天才とはなんだったのか。

イデアに再び名前を忘れられているとも知らず、メルはオルトと体を動かしながらときどきイデアを盗み見ていた。

オルトに恋愛感情はわかるだろうか。

それはイデア次第だろう。

イデアがヘッドホンで何の音を聞いているのか、メルにはさっぱりわからない。でもそんなイデアのことを何度も何度も見てしまう。メルにはイデアに関することすべて、ただ考えるだけ、ただ想像するだけで楽しい。

イデアのことをもっと知りたい。

イデアの心の中、その奥深くまで。

それは贅沢過ぎる願いだろうか?

イデアは何よりオルトを優先している。でもイデアを彼の閉鎖された世界に閉じ込めているのはオルトではないとメルは感じている。もっと大きな強い運命の力にイデアが引きつけられているような、そういう不気味な引力を感じるのだ。

イデアはこの学園の生徒に興味がないように見える。卒業して別れてやがて忘れ去られるのを待ち望んでいるかのように。

あの手この手でイデアに近づいても、彼はクラスメイトの名前はおろか、かつてのルームメイトの名前も覚えていないという話しである。

触らぬ神に祟りなし。

俺だってはじめはそうだった。

でもね、だんだん我慢できなくなるんだ。彼に知ってもらえたら、彼に触れてもらえたら、それはなんて甘美なことか。人の欲望に限りはない。今日はそのことを嫌というほど思い知らされる。

「メル・ミュラーさん?」

オルトに呼びかけられてはっとした。イデアのことが気になって、ぼうっとしていたらしい。

「ごめん。ぼうっとして」
「メル・ミュラーさんのバイタルを確認しますか?」

機械的なオルトの声がしたので、あわてて「大丈夫。必要ない」と断った。

「オルトの方は、どう?」
「兄さんが調整してくれるから、大丈夫。僕の兄さんに不可能はないよ!」

オルトはにっこり笑った。口元は見えなかったけど、目元が優しく細められたので彼が笑っていることはよくわかる。

イデアはオルトを「弟」だと言う。

オルトの燃える髪、神々しい瞳、病的な青白い肌、それらはイデアとそっくりだから、誰もオルトが弟であることを否定しない。イデアにとってオルトは家族に違いないのだろう。たとえオルトが魔導式ヒューマノイドだったとしても。

メルはときどき、イデアの弱い部分を抉ってやりたいと思う。

美しく煌めく薄氷の下にある彼の真実を知りたいと思う。

でもそれよりもっと、彼には悲しい思いをしてほしくないとも思う。

「あの、ども。もういいよ。ありがと」

いつの間にか近くを飛んでいたイデアの端末から声が聞こえた。イデア自身はベンチに座ったままである。ヘッドホンを外して、何か深く考え込むような感じで、こちらのことはちらりとも見ない。

メルは不安そうにイデアを見つめた。

余計なことをしただろうか?

役に立たなかっただろうか?

「あのー、聞こえてますか?」

その声はやはり端末から聞こえた。

イデアはようやく顔を上げてメルを見て、目が合うとゆらりと立ち上がった。

メルは端末から聞こえるイデアの声と幽鬼のごとく自分の方へ向かってくるイデアの体と、どちらに集中すべきかわからず困惑した。陽の光りのもとでもイデアの髪は美しく輝いている。

「なに?」

イデアの近くにいることを喜ぶくらいは許されるだろうが、へらへら笑うのも印象が悪い気がして、メルは緩みそうになる頬を一生懸命引き締めた。イデアの声を聞けただけで喜んでしまうのだから恋とはおそろしい。

イデアはいま自分の言葉を待っている。その事実にメルの心は痺れた。

「俺がさあ、シュラウドのこと好きって言ったら、俺のこと嫌いになる?」

それは、普通なら我慢できただろう。偶然会った好きな人と雑談をして、好きという気持ちに少し気分が昂った、というだけのことだった。

でも恋に「普通」なんて言葉は野暮である。

今まで2年以上の月日をかけて、イデアとこれほど長く面と向かって話せたことはない。断言できる。おそらくこれから先もそんな機会は皆無だろう。数学的に無視できるほどの確率、ほとんど奇跡に思えた。彼が自分を見て、自分も彼を見ている。血圧は上がって心臓が脈打ち交感神経が優位になって緊張して獲物は目の前にいる。

だから告白した。

一方イデアは余りに突拍子のないことだったので趣味の悪いジョークだと思うことで納得した。イデアほどの天才であると、このくらいのイベントは何かの冗談であると瞬時に判断できるものである。

「……そスか。じゃ、拙者はこれで……」
「え、待って!」
「いやいや待つわけないでしょ脈絡なさすぎ怖すぎでしょ。好きとか嫌いとか以前の問題ですわ。イグニハイドに恨みがあって拙者に何かしようとしてるとか? どっちにしてもこわいから拙者はもう帰ります」

メルはすがるようにオルトを見た。

「オルト! 俺、オルトのお兄さんのこと好きなんだ! 二人で話せないかな!?」

イデアは大きな声で「ハァ!?」と叫んだ。それはメルの声よりずっと大きくて、メルとオルトを驚かせた。

「なんでオルト巻き込むの!? ヤメて!」
「だってシュラウドが俺から逃げようとするから!」
「いやあれで本気と思う方がどうかしてるよ! 拙者のこと好きって言ったね? 色んな意味で趣味悪すぎ!」
「好きなんだから仕方ないだろ! 好きな気持ちに趣味が良いも悪いもない!」

メルが今にもイデアに掴みかかろうかというとき、オルトが二人の間に割って入った。

「兄さん!」
「ヒィッ、ハ、ハイ!」

イデアは元気よく返事した。

「ケンカしないで!」
「ハイ!」
「じゃあ僕は行くから。僕のデバッグは急がなくていいんだから、二人でちゃんと冷静に話し合ってよね」
「ハイ……」

残された二人は静かに見つめ合った。くだらないことで言い合ってしまったことが恥ずかしい。二人は黙っていても、お互い冷静ではなかった、という共通の認識があった。

「興奮してごめん。でも好きなのは本当だよ。シュラウドと付き合いたいとも思ってる。こんな機会はもうないと思うから、返事もほしい」

メルは優しい声でそう言った。

「いいよ」

イデアはそう答えた。

いいよ。それだけ。

メルは信じられないというようにイデアを睨んだ。あれだけ真剣に告白したのに、まだ本気と思われていないようで、いっそ悲しくなった。

「いいよってどういう意味?」
「え? 付き合うってことでしょ? 君が言ったことなのですが……」
「こんな場所で、こんなこと俺も言いたくないんだけど。期待して、失望して、あとでまたケンカになりたくないから言うんだけど」
「はい……?」

イデアの態度は、メルにはいまだに他人事のように見える。

「友達からとかじゃなくて、付き合うってことでいいの? 付き合うって、俺、男だけど、体くっつけたりとか、そういうこともしたいって意味だけど」

こんなこと、太陽光きらめく昼日中に言いたくはない。少しずつ親密になってから、お互いの合意を形成していければそれでよかった。メルだって、今すぐ裸でイデアと抱き合えなどと言われたら正直喜べるかわからない。それでも、イデアの長い指がメルに触れることは何度も想像してきた。

イデアにその気持ちが理解できるとは、メルには到底思えなかった。

イデアは、しかめっ面のメルを眺めてから腕を広げた。

「わかってるよ。こっち来る?」

イデアは低くてぼそぼそとした声でそう誘った。タブレットは介していなかったので、彼の話す言葉、彼の厳かな声は、いま自分だけのものだとメルにははっきりわかってしまった。

心臓が止まった、とメルは思った。

興奮で早鐘を打っていた心臓は、ただでさえいつもより働き過ぎていたので、ついに止まってしまったのだ、と素直に思った。そうだとしたら短すぎる人生である。さすがに恋によっていま死ぬことは親不幸が過ぎる。心臓が痛い。でも目の前には好きな男がいる。

これは現実だろうか?

イデア・シュラウドとの邂逅は、焦がれた末の幻想だろうか?

「…………嫌なの?」

嫌なわけない!

止まったと思った心臓は、次にどくどくと、止まっていた分を取り戻すように動き始めた。

これは現実だ!

こっち来る、とは?

緩く広げられた腕の意味、とは?

決まっている!

メルは息を荒くしてイデアの手を凝視した。顔は見られないので。目が合おうものならいよいよ心臓は永遠に動きを止めるであろうと思われたので。

すすす、とメルが少しずつイデアに近づくあいだ、イデアは妙な気分でメルを見ていた。そわそわするような、落ち着きのない、浮ついた気分だ。魔力が供給されたイデアの燃える髪は、ぼぼぼ、と不安定に揺れて桃色に染まった。

イデアはそのまま静かに自分の腕に収まったメルを楽しんだ。目前にもふもふとした耳がある。至福である。

「ぼぼ、ぼ、僕のこと本当に好きなの。君、かか変わってるね」
「そんなことないと思うけど」
「変わってるよ」
「シュラウドだって変わってるよ。だから俺のこと好きになって」
「ええ、わがまま言うじゃん」
「……わがままだよ。ねえ、シュラウドのこと、イデアって呼んでいい? それで俺のことはメルって呼んで欲しい」

イデアは戸惑った。

イデアにとって名前で呼ばれるのは何も特別なことではなかったし、イデア自身も人を名前で呼ぶことが多い。ナイトレイブンカレッジでもそのように過ごしてきて2年以上が経っている。

「名前なんて、好きに呼べばいいんじゃない」

自分のことを特別に好きだと言われるのは心地いい。気分がいい。イデアは誰かに好意を向けられれことが好きだ。でもそれ以上に、理由のない好意や要求はこわいと思う。

なぜ自分なんかを好きになるのか?

たとえば魔導工学が好きだとか、耳や尻尾のような獣の部分を撫でられたいとか、ゲームやアイドルが好きだとか、イデアにしか頼めない願いがあると安心できる。イデアはその好意や要求に見合った報酬を得られる。イデアにとっての報酬は、だいたいの場合は性的な欲望を満たすことだった。

でも「名前を呼ばれたい」という要求は“少な過ぎる”。

イデアは途端にメルを不審に思った。

「ねえ、名前なんか付き合わなくても呼んであげられるけど。僕にして欲しいことってそれだけ?」

イデアは腕の中に収めていたメルを突き放した。

イデアにとってはにっこり微笑みかけられたり、目を合わせて名前を呼ばれたり、手をつないだりするだけなら、推しにしてもらうのが一番いい。現実の知り合いにそれらのことをしてもらっても、推しに敵うわけがない。交際が無意味だと言うのではない。きっちり役割を分けて楽しんでいるのだ。

「あー、あのさ、もしかして男と付き合うの初めて? 悪いけど、それなら相手は拙者じゃない方がいいのでは?」

イデアに言われてメルは目を見開いた。

まさか付き合って数分で別れを切り出されるとは。

「ごめん。変なこと言ったかも。呼び方はなんでもいい。イデアがいい。イデアが嫌なことはしなくていい。たしかに男と付き合うのは初めてだから、イデアが教えて。イデアの言うことちゃんと聞くから」

イデアは片目をすがめていやらしく笑った。

「フヒヒ。へえ、そうですかあ? 拙者の言うことちゃんと聞けるの? ハジメテなんだからもっと優しくしてくれる人がいいのでは? 拙者は効率重視ゆえ全然優しくないでござるよ。それでもほんとにいいの?」
「うん。いい。それがいい」
「デュフフ」

それが二人の関係を決定付けた出来事となった。


 **


その日、メルとイデアは久しぶりにナイトレイブンカレッジの外で食事をした。

イデアは人混みを嫌って寮に引きこもっているが、寮内だから常に快適というわけでもない。寮長室と言えど部屋にはトイレや水道設備がないのでときどきは部屋から出る必要があるし、そう頻繁に誰かを寮長室に連れ込んで長いあいだ二人きりというのも変な噂が立ちそうだし、寮生が急に訪ねてくることもあるし。

幸いメルはたまに外に出かけるのをとても喜んだ。

利害が一致している。

一つの行為で二人以上が楽しめるのは効率的だ。イデアは効率的なことが好きだった。だからその日もイデアは、自分たちの付き合い方は効率がいいと考えて口元だけでにやりと笑ったりしてメルに気味悪がられた。

そう、イデアはそんな風に傍から見れば機嫌が良さそうだったので、メルは油断した。

メルはイデアの長い指が器用にスマホをいじるのを眺めるのが好きだ。急ににやにや笑ったりするのはいつものことなので、ちょっと気味が悪いと思うか、機嫌が良さそうだと思うくらいですんでしまう。学外のレストランで彼と同じテーブルについていることの感動は何もかもを凌駕してしまうから恋とはつくづく面白い。

テーブルの上には一人分の食事がある。それはもちろんメルの分だ。イデアは飲み物だけ頼むことが多く、今日も例外ではなかった。

「これ美味いな。海鮮の味が染みてる」

メルが食べているのは日替わりメニューのパスタだった。シーフードがたっぷり入っている。ナイトレイブンカレッジが建っているのが海に囲まれた賢者の島なので、島のレストランで提供される魚介料理はどれも格別に美味しい。だから、イデアも食べればいいのに、という気持ちがつい言葉に乗ってしまうのも仕方がないことだった。

イデアはそういう押し付けを鬱陶しがる。

「料理は化学する芸術ですからな。拙者は専門じゃないけど、凝るひとの気持ちはわかるかも」

イデアはそう言ってレストランを見回した。

そういう見方もあるのか、とメルは感心した。

イデアとは何度も二人で食事する機会があったが、彼があまりに関心なさそうにしているからよく話したことがなかった。このことがメルの気持ちをさらに油断させた。

「イデアも食べてみる? オルトもきっと喜ぶよ」

その言葉は、言わないようにしていた言葉のひとつだった。

オルトってなに?

その髪ってなに?

ゲームの時間減らしてもっと寝たら?

もっと外に出たら?

もっと人と触れ合ったら?

もっとご飯食べたら?

もっと、もっと、もっともっともっと。

それはイデアを気づかう振りをした自分自身の利己的なアドバイスだと、普段ならしっかり自覚して自粛しただろう。でも今は、ずっとずっと好きだった憧れの人と付き合って、デートして、レストランで彼を独占して、視線を集めている。そんなときに自分を律して慎むなんてできるわけがなかった。

イデアといるときはいつもそうだ。特別なのはイデアなのに、自分が特別であるかのように勘違いする。イデアにとって自分が無二であるとは、思えたことは一度もないのに。

イデアの許可なく彼の世界に土足で踏み入ることのないよう、十分注意を払ってきたのに。

メルがイデアを伺い見ると、彼の薄暗い瞳と目が合った。

「はああああ、そういうこと言われるのめんどくさ。食べたかったら自分で勝手に注文してるし、そうじゃなくても一口ちょうだいって言えるくらいの仲でしょ。美味しそうに食べてるとこ悪いと思うから言ってないだけでそういうの食べたいと思わないし価値観押し付けられるのも虫唾が走るっすわ。こういう人の多いとこ出てきてるだけで君のために頑張ってるのにこれ以上を求められるの無理すぎ。オルトが喜ぶ? 会ったこともないくせに。だいたい今はオルト関係ないだろ……」

イデアの棘のある言葉がメルに刺さった。敵意剥き出し、悪意、嫌悪、恋人からかけられた言葉とは思えない憎悪に満ちていた。

そしてイデアはメルから目を逸らし、それからは何を聞かれても生返事しか返さなくなった。

レストランを出て寮に戻る途中、メルは激しく後悔していた。せっかく食べた美味しかったはずの魚介のパスタも、そんなはずはないのに食べ過ぎたみたいに胸焼けしている。

イデアが追い払わなかったので、メルはイデアの部屋までついて来てしまった。

「僕の言葉で傷ついたって顔、やめてくれない?」

メルがイデアの言葉で顔を上げると、イデアが目の前に立ち塞がっていた。立ち塞がると言っても、イデアはひどく姿勢が悪いので、自分より背が高いはずなのに同じくらいの高さに顔があった。だから妙に顔が近くて緊張する。

「違う。さっきは、俺の方が、ごめん」

メルがこわごわイデアを見ると、いまだにどこを見るでもなく顔を俯かせている。少しも機嫌が直っていなかった。

「あああ、無理無理ほんと無理」

大きなイデアの手がメルの頬を包んだかと思うと、急に口付けられた。キスと呼ぶには性急すぎる口付けだったからメルはそれを楽しむよりも驚いた。

「ん、んっ」

口を離すとイデアは長い腕をメルの体に回して密着し、「外泊届出してるの?」と事務的に尋ねた。その声は笑ってもいないし優しくもなかったけれどメルの欲望を心地よく刺激した。メルは何度も頷いた。

イデアにはサディストの気がある。痛いこと、苦しいこと、汚いことを強いて興奮する。セックスでは道具を使って拘束したり体を叩いたりする。イデア以外に経験のないメルでもイデアとの行為が一般的ではないことはわかった。天才というのはセックスもふつうと違うのかもしれない。

イデアは靴を脱いでベッドの上に座り、靴下をベッドの端に放り投げた。おそらく後でオルトが片付けるのだろう。

「こっち来て」

イデアに呼ばれたメルは顔を赤くしてベッドの近くまで寄って行く。指示がないので床にも座らないしベッドにも乗らない。早く触ってほしくて堪らなかったが、そんなことを言えるはずもなく、心許なげに視線をさまよわせた。

イデアは焦らすようにメルをじっと見てから体をベッドの縁までずらし、メルを挟むように両足をベッドから下ろした。そしてメルの腰に添えた手を動かして体を撫でていく。

メルは耳まで顔を赤くしつつ、イデアの端正な顔を見つめた。

イデアの顔をこんなに間近で見ていられるなんて、付き合っている者の特権なのだから、とメルは遠慮せずに見てしまう。普段なら「なに見てるの」と嫌がられるだろうが、こういうときくらいは許してくれるのも嬉しい。

イデアの左手がじょじょに上半身を上って、メルの胸の敏感な場所を探り当てた。

ああ、気持ちいい。

精密機器を扱うから、こういうことも得意なのだろうか。メルはそんなことを思って少し笑った。特に利き手の左手はそうだ。

メルはイデアの手が好きなのだった。

大きくて、繊細で、でもがさつで、メルのいいところを簡単に暴く。強引で、傲慢で、臆病で、優しい、イデアの心をそのまま表している。

メルが目を閉じて脚を震わせると、腰に添えられただけだったイデアの右手がメルのベルトを掴んで、一気にベッドの上に引き倒した。イデアにそんな力があるわけがないから魔法を使ったのだろうがどんな魔法だったかメルにはわからなかった。

イデアはメルの上にかぶさり膝でメルの股ぐらを押し上げる。

強すぎる刺激にメルは「あっ、」と声を上げた。

「痛がらないで。手は上」

イデアが無茶なことを言う。

でもメルはイデアの期待に応えたくて、懸命に快楽を拾おうとした。腕は頭上に置いて、動かないよう拳を握りしめて痛みに耐える。

イデアは膝でいじめるのを止めると、左手をメルの服の中へ滑り込ませた。頭を下げてメルの耳元にこすりつけるとイデアの燃える髪がメルの顔にかかった。

「……ハァ、ハァッ……」

はじめはイデアの息が荒くなるのを、メルは興奮して聞いていた。

しかしイデアはしばらくして動くのをやめ、「うぅ、ううぅ……」と唸った。

泣いている、と気づくのには、だいぶ時間がかかった。

「イデア……?」

メルが腕を下げてイデアに触れても、イデアに咎められることはなかった。ふだんならあり得ないことだ。行為中に言いつけを破り、無断で彼に触れるなんて。

「イデア?」

メルはイデアの髪に触れ、彼の痩せた体を優しく抱き締めた。何があったかは皆目わからないが、イデアが泣いている原因は自分にある気がして恐ろしかった。

はっきりイデアの涙を見たわけではない。でも少なくとも彼のこんな態度は初めて見た。

苦しそうにうめいて、震え、泣いている。

イデアが落ち着いた頃、ようやく「ごめん」と返事があった。

「あ、スマソ。拙者今日勃たないかも。口で抜くだけでもいい?」

メルは驚き過ぎてすぐには返事ができなかった。

こんなことは今まで一度もなかった。もともとイデアがメルの中に挿入することは基本ないのだが、二人とも十代の若者であり、セックスすれば互いに一度は射精する。普通のセックスが何かわからなくても、互いに性的な興奮を得て射精に至るのでメルはそれをセックスと呼んでいる。

イデアに顔も上げないままベルトに手をかけられたところで、メルは慌ててイデアを制止した。

「しなくていいよ!」

恋人が泣いているのに口淫させようとは思えない。たぶんしてもらったら勃ってしまう気がするのも情けなかった。

「俺が言ったことのせい? なら本当にごめん……」

何がイデアをこうも傷つけたのかメルにはわからなかった。それでも黙ってイデアを放っておくこともできなかった。

「君が言ったこと? 本質的には全然違う」

イデアは外しかけたベルトを元に戻すとメルから離れたところで膝を抱えて座った。イデアの大きい体は折り畳まれて小さくなって、そのほとんどが彼の燃える青い髪に隠された。

「ごめん……」

メルに謝られるとイデアは顔を膝の間に隠した。そしてしばらくすると再びうめいてまた泣き出した。その声が余りに苦しそうだったので、メルを辛くさせてもらい泣きを誘うには十分だった。

「オルト……、」

メルに聞き取れたのはそれくらいだった。

「オルトって、弟の?」

メルがそっと近づいてイデアの背を撫でてもイデアに嫌がられなかったので、手を振り払う気力もないのだと思えて余計に悲しくなった。

「弟は死んだ。だから、お、おると、……うぅ、オルトは……、」

メルはベッドの上に置いてあったティッシュの箱を引き寄せて、イデアの足元に差し出した。

イデアはティッシュに気づくとそろりと顔を上げて、ティッシュを一枚取って鼻をかんだ。それでも足りなかったのかまた一枚取って鼻をかんで、三枚目は顔を拭くのに使った。

メルはイデアの泣き顔を、不謹慎にも可愛いと思って眺めた。目元にきらめく涙の滴は電子の光と彼の燃える髪に照らされて、イグニハイド寮生の魔法石のように輝いていた。まつげが濡れて束になり、普段より彼の目元は儚く見える。自己肯定感が低いくせに強気で自分本位なイデアらしくもなく、俺なんかに慰められて。

『弟は死んでいる』というのは、実のところメルには予想できていた。

オルトは死んでいる。

魔導ヒューマノイドの“オルト”とは別の存在。

イデアはオルトについて何か打ち明けるということはなかったが、かといって事実を隠して秘匿することもなかった。「今のオルトならできる」とか、「今のオルトは知らないけど」とか、魔導ヒューマノイドの“オルト”ではない存在を感じさせることはよくあることだった。

でもイデアにとってのオルトとはなんだろう?

本当のところは何もわからない。

彼らのことをもっとよく知る日が来るだろうか?

メルはイデアの小さく丸められた背を撫でながら、きっとそんな日は来ないだろうと思った。

そうとしか、思えなかった。

「イデア。俺帰った方がいいかな」

メルは「引き留めてくれ」と強く願ったが、叶わなかった。

「うん」

それだけ。

俺のことなんてどうでもいいんだろう。

まあ、失恋とはそんなものだ。

イデア・シュラウドという男は、案外なんでも言いたいことを口にする。独り言だから聞かなくていいですよ、という体で悪辣なことを言う。その男が何も言わずに帰れと言うなら、これから百年待ったって彼は何も言わないに違いない。

失恋をした。

でもメルはそれほど悲観しなかった。

イデア・シュラウドは天才だが性格に難があり恋人としては最悪な男だった。

イデア・シュラウドはサディストでメルに対して悪趣味な性感開発をおこなったが愛ある交接は行わなかった。

イデア・シュラウドはちょっと信じられないような引きこもりで校外でのデートはほとんどなかった。

イデア・シュラウドは弟を深く愛したがメルのことは愛さなかった。

それだけのこと。

これから数えきれない人と出会ってそのうち何人かとは恋愛関係になるのかもしれない。でもイデアほど弟を愛する男と出会うことはないだろう。

イデアを知るほど、イデアは弟しか愛せないのだと思い知る。

あんな失礼で引きこもりで口の悪い男、何も惜しくはない。

何も惜しくはない。

何も惜しくはないが、メルはただ、イデアが弟以外の誰かを愛して、その人に同じだけ愛してもらえる未来があればいいのに、と思った。

Mont St. Clair

Mont St. Clair
モンサンクレール

Champagne royal
シャンパーニュ ロワイヤル(1個入)
1,320円

ドンペリニヨンヴィンテージを15パーセント含ませたという贅沢品。レジを打ってくれた店員さんが、フフ…と笑ってくれたので満足です。

BENOIT NIHANT

BENOIT NIHANT
ブノワ・ニアン

インカコレクション(4個入)
2,160円

目覚めるような黄色い箱にどこか神秘性のある半球体のチョコレートが入っている。チョコレートはつやつや輝いて、自分の姿が映り込んでしまうほど。

ペルーにちなんだチョコレートで、シナモン、チノーラ、ピンクペッパーなど、スパイシーで野生味あるショコラになっている。チョコレートの甘みはあまりないが、カカオのすっきりした味わいとフルーティな香りは異国のデザートを食べるような楽しさがある。

Christine FERBER

Christine FERBER
クリスティーヌ・フェルベール

Chocolats pour le gouter
ボワット ル グーテ ショコラプール グーテ(9個入)
4,320円

可愛らしいイラストが描かれた箱に入っている。チョコレートの形は同じ正方形で並んでいるとそれがまた可愛い。グテはおやつを意味するフランス語で、おやつ好きのフランス人には欠かせないものだそうです。

ガナッシュやプラリネなど、口溶けがいい優しい味わいのチョコレートのアソート。プラリネにはシトロン、オレンジ、ジンジャー、ガナッシュにはマンジャリ、コーヒー、コンフィ入りのものはフランボワーズ、カシスなどフルーティで華やかなショコラが揃っている。

クリスティーヌ・フェルベールらしい優しくて甘やかでとても美味しい。

CLUIZEL


CLUIZEL PARIS
クルイゼル

コフレ・ル・ショコラNo.15(15個入)
5,400円

色味の少ない近代的な外装が特徴的。中のチョコレートも色味は少なく無骨なくらいの印象を受ける。唯一赤みのあるフランボアシンも情熱を内に秘めるようなショコラにデザインされている。

ガナッシュ、プラリネ、キャラメルなどバリエーション豊かでオーソドックスなボンボンショコラのアソート。ダークチョコレートのガナッシュやアーモンドとヘーゼルナッツのプラリネなど、ごまかしの効かないシンプルなショコラが多く、チョコレートへの自信を感じさせる。

Christine FERBER

Christine FERBER
クリスティーヌ・フェルベール

クール ドゥ フルール(6個入)
3,996円

外装の箱には可愛らしい花やフルーツでハートが形作られている。中にはさらにハートの形のチョコレートが入っている。

敷き詰められているチョコレートのボールはダークチョコレートで苦味が心地よい。ハートの中身はフランボワーズのコンフィとキャラメル。外のダークチョコレートの苦味と、中のコンフィとキャラメルのとろける甘みがちょうどよくバランスがとられている。まるでハートの果実のようにみずみずしくて華やかなボックスになっている。

LA MAISON DU CHOCOLAT

LA MAISON DU CHOCOLAT
ラ・メゾン・デュ・ショコラ

オ クール ドゥ パリ(8個入)
3,996円

パリの夕暮れを描いた美しい外装。ブロンズの箔押しが効果的に使われ、煌めく街並みが表現されている。中に収まるチョコレートは対角にラインが入ったシンプルなデザインで、落ち着いた雰囲気を引き立てている。

ミルクチョコレートガナッシュは甘やか。ハチミツのガナッシュは対照的にすっきりした苦味の美味しいチョコレート。ダークチョコレートのガナッシュとプラリネが重ねられたショコラにはアクセントにブラックペッパーが使われているが、不思議と奇抜さは感じない口に馴染む味わい。

Michel Belin

Michel Belin
ミッシェル・ブラン

ヴィオレット(4個入)
1,836円

すみれの花が描かれた綺麗な箱に4粒のチョコレートが入っている。そのうち3粒がすみれのチョコレート。すみれ色が特徴的に使われているが全体に落ち着いた見た目になっている。

すみれのチョコレートは、ガナッシュ、お茶のガナッシュ、アーモンドショコラと種類が豊富。見た目のとおり洗練されていてスタイリッシュ。芸術作品のようなショコラ。

Olivier Vidal

Olivier Vidal
オリヴィエ・ヴィダル

Escargot’s de Bourgogne
エスカルゴ ミックス(7個入)
5,080円

グレーのマットな質感に赤い箔押しがされた箱に、カラフルな色違いのエスカルゴをかたどったチョコレートが入っている。アンティークの置物のように重厚な見た目はエスカルゴならでは。上からだけでなく360度どこから見てもエスカルゴを再現している。

一粒がとても大きく食べると満足感が得られる。レモン、カシス、フランボワーズのようなフルーティな味わいのもののほか、プラリネやキャラメルのような濃厚な甘みのものも入っている。色味はチョコレートの種類を反映していて楽しい。

日本人にはどきっとする見た目のエスカルゴだが、フルーティな爽やかな甘みやプラリネなどの香ばしい味わいなど食べて楽しいアソートになっている。チョコレートを好きな人にぜひ食べてほしい。

Olivier Vidal

Olivier Vidal
オリヴィエ・ヴィダル

Tour de L’Horloge Auxerre
トゥールドゥロルロージュ(10個入)
4,968円

藍色の美しいパッケージに浮かぶのは時計の盤面。15世紀につくられた実際にオーセールにある時計塔がモデルのようです。一度焼けたけれど2年かけて職人の手によって丁寧に復元されたそうで、ブルゴーニュ地方にお店をかまえるオリヴィエ・ヴィダルのブルゴーニュ地方への愛が込められた渾身の作と言えます。オリヴィエ・ヴィダルでこういった物語を感じさせるパッケージは初めて見ましたが、とても素敵です。

ショコラはどれももちろん美味しいです。看板とも言えるエスカルゴとはまた違った味わいを楽しめます。プラリネ、ガナッシュ、コンフィなど食感も楽しいショコラがアソートされていますが、いちご、フランボワーズ、オレンジなどと組み合わされて、とてもフルーティで明るい甘さが特徴的です。一見ダークチョコレート中心のシックなショコラが多く見えますが、食べると甘みもよく感じます。

全体的に赤やピンクを使った見た目のチョコレートが多く入っていて、バレンタイン向けともいえます。フルーティで食べやすく、ボンボンショコラの魅力を楽しめるため贈り物にも最適です。そして中央にあるハートのチョコレートは、おそらくアルコールが含まれていて、かじった途端にハッとするほど刺激があり、そういう意味でもバレンタインの贈り物に向いていそうです。

PALET D'OR

PALET D'OR
パレ ド オール
キャラメルアソート(6個入)
2,640円

キャラメルガナッシュだけのアソート。一つひとつが高級なブティックを思わせるパレドオールらしい華やかなでスタイリッシュなショコラ。

いちご、バナナ、レモン、栗、ピスタチオなどがセレクトされ、フルーティさと香ばしさのバランスがよく、キャラメル好きには堪らないアソートになっている。食べごたえがあり、深みのある甘味とみずみずしい食感とチョコレートらしいすっきりした苦味がよく調和している。ミルクチョコレートとダークチョコレートが半数ずつ入って、飽きずに楽しめる。


※メール投稿できない不具合のため画像がついていませんが後日添付したいと思います
※添付いたしました(2022/11/25)

パライソの愚痴

『静かの海のパライソ』の愚痴です。

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刀ミュ『静かの海のパライソ』感想

ミュージカル刀剣乱舞『静かの海のパライソ』感想です。


※DMMアーカイブ配信版
※ネタバレあります
※超長文です




パライソ、本当によかった。今後再演することがあればチケット申し込みたいくらい。



※説明のため文中で曲名を挙げます。曲名を知らなくてもわかるよう時系列順に書くようにしていますが、違うところもあるのでご了承ください。

※この記事は文字数が約16,000字ありまして、1分に500字読むペースだと読了に30分以上かかる計算になります。



ミュージカルではオープニングがかっこいいのをよく好きになるのですが、パライソはまさにそれ。オープニングがとてもよかった。一人で優しく歌うところからの、厚みのある大勢でのコーラス。これは民衆が主役の話しなのだと思わせます。

レミゼラブルのLook downからはじまるオープニングが好きな方はパライソも気に入りそう。

歴史に詳しくなく、なんとなく島原の乱がテーマなのだろうとざっくり知っているだけでしたが、それでも見応えありました。



冒頭では白髪で背が丸まった老人が『おろろん子守唄』を歌いながら海辺で幸せそうに過ごしている。しょっぱな方言で始まってのどかな気持ちでいたのに、そこからじょじょに音楽が歪み村人が苦しみだし、『インフェルノ』が始まる。

「インフェルノここは 闇の果て
ここに明日はない 光はない」
(『インフェルノ』)

アーカイブ配信だとわかりにくいですが、この老人はこれから登場する山田右衛門作と考えていいと思います。彼は長生きした右衛門作なんですかねえ。


『おろろん子守唄』はこのあとも何度か歌われます。歌詞は少しずつ違っているけど、旋律はどれも同じで、ほぼすべて右衛門作が歌います。

「朝ん木漏れ日に
昼んぬくさに
ゼズス様はおっとばい
やったら夜はどこに
おっとやろか
見えんばってん
そこにおるやろが
すぐ側に おるやろが」
(『おろろん子守唄』)

実際に九州で歌われていた子守唄を元にしていると思いますが、聞き取って書いたので違っていたらすみません。ゼズス様はオランダ語由来のキリストのことです。

「見えんばってん そこにおるやろが」って素敵な歌詞ですね。

天草四郎といるとき、右衛門作にとっては彼が「光」だったのかな。

この曲がこの公演での第一曲目に歌われ、また人間である右衛門作の心情表現に使われるのは、それだけこの公演にとって大切なテーマだからだと思います。

大事なことがわからなくなったり、見えていたはずのものを見失ってしまう瞬間、そういうときは誰にでもありえる。この一曲目が余りに幸福で平和的で故郷を想起させる方言で歌われるから、その後の心の揺らぎや絶望感を、より繊細に訴えかけてくる気がします。


また、この公演はテーマが普遍的でわかりやすいところもいいと思います。

信じていたものの存在が不確かに思える不安とか。自分がしたことの罪悪感に苛まれる苦しみとか。朝には確信していたのに、夜暗くなると見えなくなってしまったり。

それはあるときは刀剣男士ならではの悩みのようにも語られるけど、根底にあるのは私たちが生きるうえでの共通の苦悩であるように思います。だから右衛門作は『おろろん子守唄』を歌うし、彼の心象風景のようにも見える場面から舞台が始まる。


右衛門作を演じた中村誠治郎さんは博多のご出身らしいですね。2部でバキバキの殺陣を見せてくれるけど1部では絶妙なよぼよぼ具合を演じられていて逆にすごかった。

ちなみに劇中ではほとんど標準語ですが、他の登場人物も含めて時折話される方言がとてもいい味を出していました。私の父が博多出身だからそう感じるだけかもしれませんが。



右衛門作が扇動して民衆を集めます。オープニングが好きと書きましたが、『おろろん子守唄』からの『インフェルノ』『神の子』『鯨波(とき)の声〜謡えパライソ』の流れが全体として好きです。何度でも見られる。

「光はない 明日はない」
(『インフェルノ』)

「集え! 神の子のもとへ!」
(『神の子』)

「天と地はひとつ 父と子はひとつ」
「我らは行く パライソへ!」
(『鯨波の声謡えパライソ』)

民衆は天草四郎の元に集って信仰を得ていく。みんな背筋が伸びて天草四郎のもと調和した動きを見せる。観劇する側も天草四郎という神秘的で美しい青年に魅入ってしまうし、なんとも言えない不思議な高揚感を味わえます。

3曲目の『鯨波の声』では民衆はパライソを「我らをつなぐ言葉」「我らを導く教え」と言っている。そしてコーラスで「パライソ パライソ 痛み苦しみを超えて 何も怖くはない よろこび よろこび……」と歌詞が続く。

いやいや、なんだこの公演は。

だって彼らはこの後……。

何が幸せなのか。闇の底でただ死んでいったのと、どっちがよかったのか。彼らは光を得たのか。


はじめ右衛門作は民衆を扇動するように振る舞って、民衆はそれに乗せられていくだけにも見えます。

このあたりの流れ、高揚感があってどきどきしますが、その一方で『神の子』で右衛門作が劇中初めて「パライソ」と歌い、その後に天草四郎が「パライソ」と口にする流れが存在します。やがて信徒たちも口々に「パライソ」と歌いはじめ、それまで神の子や光を求めていた信徒たちの目指す場所がパライソへ誘導されていく不気味さがあります。

でもね、『謡えパライソ』で民衆が「パライソ」と繰り返し歌うとき、民衆は自らパライソを求め叫んでいるような確かな力強さがあるんです。だって飢えているのは変わらないし相変わらず税は重い。何が変わったかと言うと、彼らの心の持ち様だけ。

自分たちは闇の底にいる、明日はない、光はないと嘆いていた人に確かにいっとき光を見せたのは天草四郎であるし、右衛門作だったのではないかな。

誰かに言われたからとか、口車に乗せられてとか、それだけじゃない。欲しかったもの、見たいと思えるもの、信じられるものに気づけた人間の、生への活力みたいなものがある。少なくともそう表現されていると私は感じました。

それは右衛門作も同じではないでしょうか。

民衆を煽っているとき民衆の方ばかり気にしていた彼が、「天と地ひとつ 父と子ひとつ」と歌うときには天草四郎と同じ音階、同じ調子で、切実そうにユニゾンする。彼も光を求める民衆のひとりであるかのように。

最後の「主よ 我らは行く パライソへ!」のところでは右衛門作と天草四郎と民衆が一緒に歌い、全員が同じ方向を見て、同じ光を見ている。

なんて美しいんだろう。

ここの一連の流れを見ているときの興奮ったらないよ。



場面が変わって鶴丸のソロが始まります。鶴丸のソロ、本当にかっこよかった。

この曲は『無常の風』というタイトルです。無常の風は時を選ばず、という慣用句から取ったものでしょう。無常の風が時を選ばず吹いて花を散らすさまから、人の命もいつ終わりを迎えるかわからないのだということを意味している言葉です。

「驚きを生め
あがけ もがけ
ただ無情に吹く風に
逆らえるなら
逆らってみろよ」
(『無常の風』)

無常の風を止めることはできない。だからこそ穏やかなときを喜ぶのではなく、突然吹く風にもあらがい逆らって生きてみよと言っている。

人でも刀でもずっと形の変わらない「モノ」は存在しません。モノであるならどんな重要な刀剣だってある日突然失われてしまうかもしれない。所在不明の豊前はあったかもしれない鶴丸の姿かもしれない。「神様だから普遍」なんてことは言えないのが現実ではないでしょうか。

役者の声質もあってか、すごく迫力のある曲です。聞くひとに選択を迫るような。でも同じくらい静かな曲です。

鶴丸はこのあとヒップホップとかポップな歌をいくつも歌うけど、彼の内省はこの曲なのかと思うとぐっときます。任務のため色々な歌を歌うけど、彼の中に流れている音楽はこれなのかと思うとね。すごく静謐で、それでいて勇ましい。


歌いはじめてからしばらくは鶴丸は刀を持たずに歌っています。それからお待たせ!と言わんばかりに刀を抜いてくれる。

部隊のみんなに言えることですが、この公演のあいだ簡単に刀を抜かないんですね。簡単に刀を抜いてはいけない、その思想がこの公演を通してずっと貫かれていて、こういう演出や振付けにも行き届いているのが素晴らしいです。

刀を抜かずに戦うと手や足が出るのでかえって乱暴に見えるけど、実際はまったくその逆なのではないかな。

ちなみに農民の武器は包丁とか農具から自作したものだから、刃が常に剥き出しです。

刀を鞘に納めているのだって大変なんだ。

『無常の風』の終わり、抜いた刀をしまうとき、「キィン!」って効果音が入ってすっごく気持ちいいです。他の公演でもこうだったかな? 記憶ない。でもとにかくかっこいい。



次はいよいよ松井の出番で、ソロです。待たせるねえ! 彼が舞台に立つと真っ赤なサスが入って扇情的です。

ところで、この公演に登場する刀剣男士は鶴丸、松井、大倶利伽羅、豊前、日向、浦島の6振です。うち3振は赤が差し色の男士で、松井と浦島は青系です。これは視覚的にまとまりがあっていいなと思いました。海辺の村、それが血に染まっていく。青い空と燃え上がる炎。赤と青。照明も赤と青が多用されます。

2部のことを考えたら担当カラーは見分けやすい方がいいに決まっているんですが、だからこそこの編成はそういうことはちょっと後にして、編成される「意味」に重きを置いているように思えます。

松井についてですが、松井は青グループです。その青いはずの松井が、血の幻影を見ることで舞台上で赤い照明を浴びる。最初に登場したときは特にそう。暗転した舞台から青い照明をバックに登場したかと思ったら、原色みたいな真っ赤なサスが点く。

赤い照明を浴びる松井は、倒錯的で、扇情的で、浦島や豊前とますます対比されます。

この赤と青の構造が印象的なので、鶴丸がのちに言う「白の中にも黒がいて、黒の中にも白がいる。赤だって青だっているかもしれない」というセリフは、一揆軍だけでなく、自分たち刀剣男士のことも言っているように聞こえました。そんな鶴丸は白なので、ニュートラルに、あるいは少し異質な存在として表現されているのかもしれません。


話しを戻しますが、松井が歌うのは『滾る血』。

「ぽたり ぽたり」から始まるこの曲、もったいぶらせるようにためて歌うから、血が滴るさまが伝わってきます。

「どれだけ流し続ければ
拭い去れるだろう
錆びた血の記憶
くすんだ血の匂い」
(『滾る血』)

松井の血の記憶とはなんだろう。松井は恍惚としているようで、でもどこか苦しそう。

松井が歌い終わると赤い照明は消えて、豊前が颯爽と現れる。このときの豊前、高さ2メートルはあろうかという壇上からスムーズに降りてきます。もう初見から爽やかで速くてかっこいい。


刀剣男士はキャラデザが本当にいいなあといつも思います。イラストで見てかっこいいだけではなくて、立体にして動いたときにも目を引く。蜻蛉切の後ろ髪とか、にっかり青江の肩にかかる死装束とか、小狐丸の内番着のラフさの中にある上品さとか。本当に純粋にキャラデザのよさに驚かされます。2.5はキャラデザの良さを堪能できるのも魅力です。

豊前が歩くと揺れる右肩の、鎧で言ったら大袖にあたる部分、あれがすごくちょうどいい具合に揺れるんですよね。いつも速く動いている豊前にピッタリで、体を防御すべき鎧の代わりに掴みどころのない柔らかな布があることも、すべてが豊前らしくてかっこいい。

あと、ここの松井と豊前とのやり取りで、豊前はけっこう前からこの本丸にいたんだなあと思いました。このあとの殺陣や振る舞いからもそれは伝わってきます。


松井のソロ曲で気づいたことが他にもあって、ここ、松井とたくさん目が合うんですよ。カメラワークやスイッチの技術が上がっているのもあるだろうし、カメラも含めたテクリハも重ねているのではないでしょうか。

そう思うと他の場面でも他の男士ともよく目が合うことに気づかされます。意識できないくらい当たり前にカメラを見てくれている。

現地で観劇する楽しさも知っているのですけど、配信だからこそ味わえる優位性も用意しているところが2.5らしいというのか、DMMらしいと言うのか。配信のクオリティが高いから何回も見られるのかもしれません。



続いて日向、浦島、大倶利伽羅が登場します。

日向は、紀州に長くあったというだけにしては異常な梅干しへのこだわりがあって、それがなんだかかわいくて癒されました。浦島が亀吉を探しているのも、知ってる!って思えて楽しかったです。

しかしゲームのセリフをこれでもかと取り込んでいてゲームファンを喜ばせるのがうまいねほんと。


ちなみに、さきほどは村正と蜻蛉切が、ここでは蜂須賀と長曽祢が「旅に出た」と言われていました。

個人的には独立した舞台なら他の公演を見ていないとつまずくような思わせぶりなセリフは入れるべきではないと思っています。本筋と違うところで頭に残っちゃうから。村正や蜻蛉切って誰なのかのわからない人もいるのだし。

豊前が松井に対して言った「たいそうなお出迎えだったそうじゃないか!」くらいの、知らなければそれで済むし、知ってるともっと面白くなるような触れ方が一番好きです。



島原では一揆軍の行動がエスカレートしているさまが演じられます。右衛門作が信徒にやらせていることが、超えてはならない一線を超えていると同時に、右衛門作自身が天草四郎に対して信徒と同じような救いを熱心に求める仕草をしているのが印象的です。

『鯨波の声』では、革命前夜のような、緊張と熱気が高まる感じがありましたけど、ここではすでにその次の段階へ移行してしまっているように思えます。

報告を受けた伊豆守は怒りに震える。

天草四郎は、『神の子』では「私たちは何を許された?」の問いに「愛すること 愛されること」と答えた。『御霊と共に〜謡えパライソ』では武士身分らしい人を殺す信徒を前に微笑みながら同じ口振りでやはり「私たちは許された」と歌う。

信徒は、辿り着くべき「パライソ」への道程で、「愛すること」からかけ離れた行いで手を血に染めてしまった。

もう戻れないところまで来てしまった。



鶴丸たちは日向と浦島と大倶利伽羅と合流して主と対面する。豊前はこのときも鶴丸に対して「どうなっているんだ?」って気さくに声をかけられる立場で、古株っぽいの嬉しいです。

めーっちゃ今更だけど明らかに年配の男性審神者を「君」って呼ぶ鶴丸いいですね。「つーぎーのー、任務!」とかわがまま言ってたのもよかった。ゲームで聞いたことある気がするもんな。

鶴丸はなんでもどんどん決めていくけど、仲間の意見も聞かないこともないんですよね。

出陣するときの鶴丸、豊前と松井の「異論はねーよ」「血にまみれに行こうか」と言う言葉を待ってから「決まりだ!」と出陣を決定したところ、今回の任務が二人に負荷がかかるものだとわかっているからなんだな。

この鶴丸は松井が途中で帰還したいと言えば「そうか!わかった!」と言って全然引き止めなさそう。その分、本人が頑張っているあいだはサポートしてくれているんだろう。


出陣が決まり『刀剣乱舞』が始まる。

豊前の指ぱっちんがかっこよかった。



島原に着いた6振。戦うときに機動順に出てきてくれるお約束が嬉しいです。ゲームファンを喜ばせるのがうまい。

鶴丸が一歩引いたら豊前と大倶利伽羅が同時に出てきて息ぴったりに刀を振るうの最高でした。互いの信頼関係や実力の拮抗を想像させる。

時間遡行軍が引いたときに「逃げた? いや違うな!」ってすぐ気づく豊前もよかった。

このミュ豊前は初期実装組よりはあとに顕現したけど、それでもけっこう経験豊富っぽく設定されているようで、意外性があって好きです。豊前を経験豊富なサポートポジションに置くっていう発想に拍手。松井をサポートしてくれるし、鶴丸のことも理解している感じ。それでいて自分を犠牲にしたり歴史において死んでいったひとに心を痛めるほどの献身さはなく、自由で個人主義。

ミュ陸奥守が近いけど、彼には垣間見える影があったのだけど、豊前はそういうのもなくてさっぱりしていると思います。

泣いている右衛門作を引きずる鶴丸を守って、「一応戦闘中だぜ?」って言った豊前も大好き。まあ守るっていうか、鶴丸も自分の実力に自信があってどうとでもなるから無防備にしている風なところがあって、強キャラ感増し増しでした。

殺陣もよかった。太刀と打刀の中間な大倶利伽羅は、一太刀が重くて、速さが際立つ豊前と対照的でよかった。


天草四郎が死んだあとの右衛門作の嘆き具合もよかった。無気力になってめそめそ泣いて、時間遡行軍の攻撃目標が余りに的確で笑っちゃう。

ここで天草四郎が死ななくて鶴丸たちがいなくたって三万七千人は死んでいるのだとわかっていても右衛門作の背中を撫でてあげたくなるよ。

この辺からあとずっと鶴丸が右衛門作に冷たく当たっているようなのですが、天草四郎が死んで浦島や松井がうろたえ歴史が変わりつつあるなか、鶴丸は諦めずなるべく放棄された世界をつくらないよう手を尽くしていて、それは別に鶴丸自身のためではなく主のためなんだと思うと、刀剣男士って健気でいじらしい。

天草四郎が死んだあと大倶利伽羅たちが鶴丸に追いついたとき、鶴丸は仰向けに寝転んでいたんですよね。それもなんだかよかった。

寝転んで、無常の風が雲を流すのを見ていたんでしょうか。

ああ、人間は突然死んでしまう。

死んだ人間と墓場に埋められたことがあったかもしれない鶴丸、死んだ人間は「生きていない」と思い知っただろう。死体と墓場にずっとあったなら、鶴丸だって人に忘れられ、ただの錆びた鉄塊になっていたかもしれない。

人間は突然死んでしまうし天草四郎が死ぬことだってある。それを鶴丸はよくわかって遺体を「モノ」と言ったのだろうけど、無常の風にあがいてもがいて逆らって生きる道を歌っていたのも鶴丸なのだ。

鶴丸の熱い心はここではよくわからないけど、主には見せているし私たちも知っているという構成ずるいよほんと。


鶴丸は歴史に善悪はなくただの事実であると突きつけた。歴史が変わるというのは事実が変わるだけ。生きたり死んだり生き延びたり、そこには善悪による因果関係なんてない。

それじゃあなおさら鶴丸たちが戦うのは、主のためなのかと思える。

なんてかわいい奴らなんだ。

なんのために顕現したのか、それはこうして戦うため。事実を変えないため。こうだったらいいみたいな感傷が動機であってはならない。

でもその感傷にさえも善悪はなくて、なんのために生まれたのか、それは問い続けるしかない。刀剣男士も、私たち人間も。(『乱舞狂乱2019歌合』のエキス。)


めそめそした右衛門作が歌うのは歌詞違いの『おろろん子守唄』。

「その光はガラサ
ばってん消えた 消えてしもうた
夢やと誰か言ってくれんね」
(『おろろん子守唄』)

ガラサは神の恵みのことです。右衛門作は、一曲目の『おろろん子守唄』では、ゼズス様には「夢ん中なら会えるやろう」と歌っていた。悲しいとき、寂しいとき、光を見失ったとき、それでも目を閉じれば光はあると歌っていたのに、目の前にあった光が消えてしまったとき、これが夢なら覚めてくれと歌うのだ。

現実がつらいときはいい夢を見たいし、希望に溢れていた現実を失ったときには悪い夢だったと思いたい。

人間はもろくていい加減で身勝手だ。



鶴丸は、歴史を守るため、天草四郎を演じることで難局を切り抜けようと提案する。歌うのは『パライソ讃歌』。これは『謡えパライソ』に代わる刀剣男士版の天草四郎テーマソングです。まず鶴丸が歌う。

「目的地はひとつ
道は無数
辿り着きゃいい
手段は任せる」
(『パライソ讃歌』)

歌の最後の「エイメン(アーメン)」がキリシタンである右衛門作をおちょくってていい。ただし「嘆いてねえで付き合えよ おろろん おろろん」っておろろん子守唄を改変して口ずさむところはもっと最悪で最高でした。

右衛門作の憎しみのこもった目を笑って受け流す鶴丸格好よかった。

これが鶴丸の最適解ですか。これくらい憎まれなきゃ、その人に憎しみを持ち続けられないですからね。右衛門作を可哀想だとか思って同情したら、使命を果たせなくなってしまう。


三振は天草四郎を演じるにあたって、彼のカリスマ性、パライソへ導くもの、秀頼の忘れ形見であるという側面をそれぞれが分担して担っていく。

鶴丸はカリスマ性を、浦島はパライソへ導くものを、日向は秀頼の忘れ形見を。

すごい。脚本が気持ちいい。

この分担について劇中でははっきり説明されません。鶴丸が直感で天草四郎を演じるよう指示したように見えるけど、それもきっと計算づくなのでしょう。


『パライソ讃歌』では、音階の違いで民衆の歌っていた「パライソ」が失われて塗り替えられてしまったように聞こえます。

民衆の歌う『謡えパライソ』では「パライソ」は「ラ」で下がる谷型。

鶴丸の歌う『パライソ讃歌』では「パライソ」は「イ」で上がる山型。

まったく違う言葉で「パライソ」へ導こうとしているのに、鶴丸の歌の上手さが圧倒的な説得力となって民衆は疑わず着いていく。これこそが鶴丸が担う天草四郎のカリスマの部分なのだとあとからじわじわ実感しました。こういうの、ミュージカルならではの表現で好きです。

いやしかしカリスマの部分を自ら担って実行するところ、鶴丸のすごさですね。



浦島は、刀剣乱舞(ゲーム)をやっているとわかるのですが、顕現すると「ヘイ! 俺と竜宮城へ行ってみない?」と言います。竜宮城は存在しないかもしれないがあると信じたいものであり、パライソと似ています。その浦島が「パライソへ行こう」と言う役を演じる。

刀ミュがゲームのセリフを引用するのはファンサービスに近いと感じていたのですが、それだけではないと気づかされました。

浦島は亀吉を探していたり、虎徹の「兄」の話題に触れたりします。それによって「パライソへ行こう」という誘い文句とゲームでの「竜宮城へ行ってみない?」というセリフが結びつきやすく工夫されている気がします。もちろんゲームのことを知らなくても公演は楽しめるけど、浦島はたまたま天草四郎の役を与えられたのではないのだということです。


浦島にはまた別の役割もあると思います。

『浦島虎徹』という刀には浦島太郎らしき人物が彫られているけど、亀が彫られていないそうです。亀吉をよく見失ってしまうのはそのせいではないかな。そもそも彫られているのは浦島太郎ではないとも言われていて、浦島の求める竜宮城や亀吉の実在性はいっそう希薄になっていく。

浦島は平和な時代に打たれ人の血を知らない。彼の夢想する竜宮城は「パライソ」のように闇の果て、闇の底にあるのかもしれない。それでも実在を証明する手立てはなくても、あるかもしれないと信じることで楽しく生きられるなら、その方が健全です。

浦島が島原の乱のあとに打たれることは劇中で明言されます。浦島が朗らかでいられるのは、このあとの平和な時代を当たり前に過ごしたからかもしれない。

「見えんばってん そこにおるやろが」

浦島にとってのそれは竜宮城であり、戦のない平和な時代なのかもしれません。

信じたいと思うからそこにある、とも言える。それは救いを求め天草四郎に集った民衆も同じなのかも。



続きまして日向。

右衛門作が『右衛門作音頭』で「秀頼公の忘れ形見」と歌うとき、日向が短刀を提げている腰のあたりに触れていて、ダブルミーニングになっていることが暗示されています。天草四郎がそうではないかと噂されていた「かの太閤殿下のお孫様」ということと、秀吉に所有されていた『日向正宗』としての「形見」であること。

浦島だけでなく日向も天草四郎を演じる因果があったんですね。

日向に集まる民衆は、はじめ6人だけど、歌の終わりには13人に増えており、多くの民衆が次々と集まっていくさまが視覚的にわかりやすく表現されています。

豊前の「インチキくせえ気がするんだが」「嘘っぱちじゃねえか」に対して「嘘ではない! あれは光だ。人は光を求めているのだ!」と答える右衛門作。天草四郎が死ぬ前、右衛門作がどのように人集めしたか垣間見せるようにもなっています。たしかに「インチキくさい」。


また豊前のキャラクター性もさらにわかってきます。

豊前は重要刀剣に指定され確かに存在した記録のある刀だけれど、現在は所在不明になっているそうです。かつての来歴を頼ってアイデンティティとすることもできただろうけど、それより「今は所在不明」ということに重きを置いて、それを受け止めているということです。

存在しない(所在不明である)ことを自分らしさにするなんて、本当に豊前は潔い男士だ。

かもしれない仮定や推測より、今がどうか。

豊前にとっては嘘かもしれない「太閤殿下のお孫様」なんてうたい文句は魅力的でないし、人を集める手法として問題があると思っているのでしょう。

実際ここで集まった信徒たちがこのあと何をするか。

やはり何事もインチキはよくないですね。



大倶利伽羅ソロ。

「己からこぼれた息
白く染まり 消え行く
見えぬはずのものが色を持つ」
(『白き息』)

「息」は普段は目に見えないものだけど、白くなって目に見えることもある。見えないから存在しないわけではない。そして息があることは生きていることの象徴でもある。

また「白」という色は慣例的に無色と同一視されがちですが、実際は違います。白にも色がある。

刀剣男士も白い息に似ています。いつでもそこにあるものではないけど、確かにそこにあって、でも見え方は一定でなくあっという間に消えてしまいかねない存在。だから自分が存在していること、その意味を必死に肯定したり否定していかなければならない。

このソロからの流れも好きです。

歴史は、大勢の信徒が集まったところから、その信徒が虐殺されたという流れを辿り始めます。止まらない川の流れのように、流れる雲のように、時代が望まない人の波に乗せられ進んでいくような息苦しいくらいの勢いがある。



島原では、日向のもとに集まった信徒たちが強引な勧誘をし、そしてそれを拒む人たちも現れる。

民衆は日向が秀頼に似ていたかどうかコミカルに言い合っていたのに、ふと暴力を振るったことが引き金となり事態はどんどん悪化していきます。

ここは、右衛門作が「嘘っぱち」で集めた民衆が人を殺したことで、右衛門作の手法の不誠実さを示している場面でもあると思います。

暴力を振るったら暴力で応じられるし、さらに凶暴な力に発展する覚悟も必要になる。

その連鎖を断ち切るための手段が「敵を全員殺す」になるのは、正直どうかと思いますが、このあと江戸時代では大きな内乱がないのも事実。そもそも暴力がなければ「刀」という武器も存在しなかったわけで。

歴史に正解はない。

歴史は事実。偶然だろうが必然だろうが。

そこに善悪を求めちゃいけませんね。

ともあれ右衛門作を単に不憫で同情されるべき存在にしないようバランスが取られていて、そこもいいなと思いました。

事態はさらに悪化し信徒は寺社を襲い非武装の僧侶をも殺していきます。

正しい歴史のはずなのに誰かに手を加えられたかのような狂気がたまらないですね。何が史実で何が嘘っぱちか、もう誰にもわからない。

浦島が意味を知らずに兄弟に「パライソへ行こう」と言っていたこと、反乱に加わった他の信徒も同じだったのかもしれません。



ついに信徒は原城を奪い『三万七千の人生(ライブ)』が始まります。ライブはコンサートと命の両方を意味しています。

城を落とすっていうのは容易じゃないですよ。地理的に攻めにくいようにできていて、職業軍人(武士)がそれを守っているわけですから。これは只事ではない。城主側(幕府)は強い危機意識を持ったと思います。

一揆軍は飢えた農民や信徒だけではない、攻撃的な力を持った集団になっていたということです。

ここに集まった民衆を見ていると武家身分っぽい人は刀を持っていて、農民っぽい人は棒に包丁をつけたような武器を持っている。さまざまな人が寄り集まっていることがわかるよう丁寧に表現されています。

この歌がまた格好いい。

「轟かせよう三万七千の鼓動
俺は名指揮者
歴史に残る
ライブをしようぜ」
(『三万七千の人生』)

好きだ。天草四郎(シロー)、白(シロ)、城(シロ)で韻が踏まれているのとかどうでもいいくらい歌がいい。

たくさんの人が死んでいく。でも誰が生きて誰が死ぬか、それは誰かが選べるものでは決してない。それは刀剣男士も同じ。

歴史(事実)を守る以外の選択はあってはならない。死んでいった人が正しく死ぬように事実を守ることが任務。歴史というのは死の累積という気もしてくるなあ。だから鶴丸に許されたのは、生きた証を残すことくらいだったのかもしれない。

三万七千というただの数字ではなく、ひとりひとりの違う人生を鶴丸が受け止めてくれているようで、彼はこのあと民衆が死ぬよう先導しているっていうのに、もっと生きろと言ってくれているようで、無常の風に逆らう鶴丸の生き方を体現しているようで、勇ましくて格好いい。おそろしいほどのカリスマ性とともに。

でも死へ導いているのも事実。

「この城は俺たちの城
キリシタンのパライソだ」
(『三万七千の人生』)

違うだろー!

みんな思ったはず。

パライソはこんなところにはない!

みんな思ったはず。

でももう引き返せない。引き返せないことが正しい。



鶴丸が板倉内膳を討ち取るとき、彼の殺陣がサブリミナル的に刀と鞘で十字をつくっていてそれで次々に人を斬るんでこわいですね。天草四郎のまま人を殺している。

鶴丸と大倶利伽羅のデュエット『静かの海』ではタイトルを回収します。「静かの海」は月の地形につけられた名前でした。月には砂地しかないですが、海があると想像して行ってみたいと話す鶴丸たち、かわいいなあ。

「見えんばってん そこにおるやろが」

それは人の心次第。

光、竜宮城、パライソ、秀頼の忘れ形見、豊前江、天草四郎、静かの海、月の裏側、血の記憶、吐く息、神の子と信徒、三万七千の人生、平和な時代。そのどれも信じればそこにあるし、ないと思っている人にとってみればないのと同じ。

見ないように考えないようにして生きることもできる。

それを月にある海に例えた鶴丸、詩的で完璧すぎる。


「そこに風は吹かない
退屈な場所さ」
(『静かの海』)

「静かの海」に対して大倶利伽羅が「穏やかな場所」と形容して、鶴丸は「退屈な場所さ」と返す。

劇中、鶴丸の人生観は一貫しています。

野暮な説明になりますが、月には大気がないので風が吹かないんですね。それを「退屈な場所」と言うんだ、鶴丸。

無常の風が吹かない世界なら突然散ってしまう花の命はないのだろうけど、「予想し得る出来事だけじゃあ、心が先に死んでいく」。「退屈で死んでしまいそうだぜ」という鶴丸のボイスを彼の生き様として徹底的に表現している。

風に逆らうのは簡単なことではない。

でもそれは生きているからできること。

いつか死ぬから何もしないのならすでに死んでいるのと同じ。苦しくてつらくてひもじくて喉が渇いて自分の命を散らそうとする強い風に吹かれても、それに逆らって生きるのが鶴丸の人生なのだ。



続いて松井のソロから始まるのが『明け暗れ刻』。赤いサスが差して海も空も月も真っ赤になっています。でも松井の心境には変化があると思う。

登場時『滾る血』では「鮮やかな血が映えるのは静かな月灯りのもと」と歌っていたけど、今回は朝日を期待するように「朝ゆく月の仄かな光」「今はまだ明け暗れ刻」と歌う。明け暗れ刻は夜明け前の明るくなりつつある時間のことです。

豊前は途中から現れて松井とデュエットします。

松井が「耳に残る遠い海鳴り」と歌えば、豊前は「風が運ぶ遠い海鳴り」と返してくれる。

この二人のデュエットは、寄り添っている感じがとても強い。

他の人からしたらただ夕陽に赤く染まっただけの海だとしても、松井にとってはそこから聞こえる唸りが自分を責める叫びに聞こえるのかもしれない。それを豊前は否定せず、「俺にだって聞こえるさ 海の歌」と返す。

海の音、風の音、それは豊前にも聞こえていて、でも豊前にとっては「海の歌」なんだ。豊前にだって迷うとき、苦しいときはきっとあったと思うけど、今は違う。松井だっていつかこの海の音を、滅んだ者たちの叫び声ではなく、ただの海の歌なんだと思えるときが来るかもしれない。豊前はこのデュエットでそうして松井に寄り添っているいる気がします。

「今がまだ明け暗れ刻なら
ともに朝を待とうか」
(『明け暗れ刻』)

豊前は、朝は来るとか、明けない夜はないとか、そういう励ましじゃなくて、そのときがいつになるかなんてわからないけど、一緒に朝を待とうかと優しく言ってくれる。かっこよすぎか。


松井がはけてから豊前のソロ。

「朝の光だけじゃない
同じ赤に染まってやるよ」
(『明けに染まる刻』)

はあ、優しい。

豊前は明るい場所で待ってるだけではなく、朝は来るって言うだけではなく、まだ暗いなか朝を待っているとき隣にいてくれるんだ。この豊前、地獄へ行くなら一緒に行こうかって言ってくれるタイプです本当にありがとうございました。豊前のポテンシャルがすごいんだわ。

松井に寄り添うデュエットのあとの豊前のソロ、嬉しい。

私はずっと、豊前は今回の公演で、自我がないキャラクターだと感じていたんです。お金を払ったら隣に座ってくれるホストのごとく、自分というものがない。何が君のしあわせ?って聞きたくなる。

自分のことも幽霊みたいなものと飄々と言うし、松井が島原に来たのも任務だから仕方ないくらいにしか思ってなさそう。人間を斬るのにもちゅうちょがないし、インチキに加担していると感じても結局そのまま流されちゃう。

だからこのソロを聞けてよかった。

松井に対して「しんどいだろうけど」と心理的な寄り添い方をしてくれた。

豊前に自我がないように感じたのはそれは脚本の狙いと言えばそうかもしれないけど、彼は何かに抗って逆らって光を求めるタイプじゃなかったからなのかもしれない。

鶴丸の生き様を見せられて、それが「強さ」だと思っちゃってた。

豊前はそうじゃなくて、無常の風に吹かれているとき隣にいて、風に逆らうのかまだ決められてなくても、朝を待つって言うなら一緒に待つと言ってくれる。血の海を見ているとき、一緒に見てくれる。そういうリーダー像なのではないでしょうか。

「大したリーダーだよあんたは」と豊前は鶴丸に言ったけど、豊前だって頼もしいリーダーだよ。

待つタイプのリーダーだから、豊前は松井が人を斬るまで何十年でも待てるんだろうと思えたし、それに気づいてからは逆に鶴丸はショック療法的に他に選択肢がなくなるまで追い詰めていく感じで自分の上司にはしたくないと思っちゃったね。

だいたいノルマを課しつつ「手段は任せる!」って言って任されるのこわいわよ。

ともあれ豊前が「あんがとな」と言うとき、鶴丸への一瞬の憤りも感じた気がするし、鶴丸は鶴丸で自分の意図を察した豊前にほっとしていて、なんだか大人なやり取りでした。

リーダーだってつらいよね。

組織には鶴丸みたいな物事を進めるひとが必要だし、豊前のように優しく寄り添うひとも必要。どっちも必要。あんがとね!

この二人、リーダーとしての心構えが全然違うから、お互いにときどきヒヤッとさせられてたら楽しい。お互いのやり方に口は出さないけど、ちょっと違うよなっていう瞬間はちょくちょくあったりしてね。



松井がとうとう人を斬るとき。

朱に染む。赤い照明を舞台だけでなく客席にも向けるから、文字どおり会場一面が血の海になって、それはそれまで松井の見ていた血の幻影どころじゃなくてセンセーショナルだった。

三万七千人が死ぬ。

縛られた右衛門作によって『おろろん子守唄』が歌われる。歌詞は「夢ん中なら会えるやろう」に戻っています。

鶴丸がまた「おろろん」を歌うのだけど、それを聞いたときの右衛門作の反応が、一度目の故郷を踏みにじられたような憎しみの表情と違って、今回は自分のしたことへの悔恨を浮かべているように見えました。

右衛門作に「長生きしろよ」って言う鶴丸、私には全人類にそう思っていそうな慈愛を感じました。後悔を抱えて生きろってことではなくて、もっと優しさのある言い方だったんです。

だって鶴丸の生き様は無常の風に逆らって生きることだから。

いまが悲しみのどん底でも、この先もずっとそうとは限らない。大切な人、無二の光を喪ったとしても、二度と光を得られないわけではない。

島原の乱では一揆軍だけで三万七千人が死んでしまう。幕府方にももちろん犠牲はあっただろう。歴史を学ぶとき、歴史に触れるときにいちいちそんなことに心を砕いていられない。でもあとで、どこかで、そういう時間がとれたらいいね、そんなことを鶴丸たちが言っているような気がします。



島原が地獄の様相を呈するなか兄弟によって歌われるのが『誰も教えてくれない』。

「誰も教えてくれない
大切なこと何ひとつ
誰も答えてくれない
大切なこと何ひとつ」
(『誰も教えてくれない』)

それは誰かが教えてくれるものではないかもしれないけど、教えてくれたかもしれない人たちはみんな死んでしまった。

「生きるその意味
死に行くその意味
教えてください」
(『誰も教えてくれない』)

この兄弟は、母が一揆に加わらなかったことで殺され、今度は生きるために一揆に加わって死んでいく。生きる意味、死に行く意味、そんなものないのではないか。歴史から見たら彼ら兄弟はどうあっても死んでいて、死ぬのが正しいみたいに思えて悲しい。


最後、ずっと鶴丸が下げていたロザリオをお兄さんの遺体にかけることで任務が終わる。天草四郎の最後の要素は、「神の子」だったのでしょうか。

構成的には、最初に天草四郎を演じた役者が最後また天草四郎になるところが収まりがよかった。



パライソが死後の世界なら三万七千人はパライソへ行ったのでしょう。

この公演は歴史に名前を残さなかったものたちへのレクイエムみたいに思えます。鶴丸は「お前の言う歴史ってなんだよ。歴史に名を残した奴ばかりが歴史を作ったわけじゃねえんだぞ」と言う。

この公演では、歴史に名前を残さなかった人物の名前は徹底的に伏せられています。一揆軍の誰一人として、人を斬れないとふざけ合っていた幕府側の二人の武士も、あの兄弟も。美術館に所蔵され、記録され、語り継がれる刀剣とはまるで違う。

実在した兄弟の名前をつけることも、実在しない武士の名前をつけることもできたのに、あえてそうしなかった。脚本もうまくて、名前が出てこない違和感はほとんどなかったと思います。気づかない人もいるかもしれない。

でも名前が残っていないことと、存在しなかったことは違う。

あの猿みたいな人、口元を隠してた人、白髪のおじいさん、襲われた女性、武士、僧侶、名前はわからなくても心に残った人が誰か一人でもいたならこの公演は成功なのではないでしょうか。歴史に名前を残さなかった人、この公演のあいだ名前を呼ばれなかった人、でも確かに存在した。


右衛門作が内通者だったかどうか言及しないのも個人的には良かったです。島原の乱の真実、みたいなことはテーマではないから。

インフェルノ、パライソ、ゼズス様、神の子、秀頼公の忘れ形見、豊前江、竜宮城、血の記憶、歴史に名前を残さなかった人、光、明日、朝の木漏れ日、吐く息。見えたり見えなくなったり、信じたり、信じられなくなったり。でも「見えんばってん そこにおるやろが」なんですよね。フィクションでこういう問いかけしてくるの、罪深い。


本丸に帰還して、笑い合う人たち、そこに島原で死んでしまった人たちも一緒になって笑って終わる。パライソねえ……。

地獄を経由したパライソはパライソと言えるのでしょうか。

その答えは彼らだけが持っている。




以上、感想おわり。

ツイステ

育成が間に合っておらず6章の攻略にあと3か月はかかるのではと思っており、でも急いで攻略したいわけでもないのでゆったり構えてのんびり育てるつもりなのだけど、イデアのことすごく好きなうちに夢小説をあと1つ書きたくはある。ファンとして今から小説書くっていうなら6章を見届けてからなんじゃないという思いと、でもイデアの捉え方は6章で何があっても変わらないのではという根拠のない自信がせめぎあっている。

どうしようかね。

イデア夢小説で相手がオリモブ寮生♂なので私にしか需要がないから自分で書くしかない。書いたら5年後に読み返したとき自分が楽しいんだ。

はあ困ったね。



2022.7.7
6章クリアできた。解釈一致でした。

幼少期イデアが「イデア様」って呼ばれてて最高だったよ。

問わず語り(刀ミュ)

問わず語り聞いて泣いちゃった。

「誰もいなくても 大地はそこにある
誰もいなくても 空はそこにある
誰もいなくても 風は吹き荒れる
でも誰かがいなくては 歌は生まれない」

好きだ。

江はすごい勢いで追加実装されてしかもすぐミュージカルに抜擢されて(山伏推しとして)嫉妬してないこともなくて見ないようにしてたけど、桑名くんいい子だな……。かわいい。大地は大事だよ。桑名くんから歌い始めるの…いいな…。


「誰かが言った 覚えておいてと
誰かが言った 忘れてくれと」

「誰かが言った 見つけてくれと
誰かが言った 隠してくれと」

好きだ。

恥の多い人生ですので、目立ちたくないし、全世界に忘れられて誰にも気づかれず小さくなって静かに消えていきたい。そういう人間もいるわけじゃないですか。

心覚見てないからまだなんとも言えないけどさ。

忘れてほしい歴史とか、知られたくないと誰かに託された歴史だってあるでしょう。天下を取ったり、義を貫いて死んでいった人だけが歴史じゃない。

ああ、間違えちゃったなあ。

そんな風に死んでいった人もいるでしょう。



乱舞狂乱2019歌合を見て書いた記事。

「人間なんかいなくても花は咲くし鳥はさえずるし風はそよぐ。でもそれを美しいと思って歌を詠み、千年後まで歌い継ぐのは人間だった。」

そうなのよ。

世界に人間は必要ないのよ。

地球にやさしく?
環境を守ろう?

なーに言っちゃってんの。

人間が人間にとって生きやすい世界を維持することを、まるで地球が望んでいるみたいに言っちゃって。人間が絶滅したら喜ぶ生物だっているでしょう。

でも人間がいなかったら歌は詠まれない。畑も季語もなくなって、生きるために生きる生物があふれるんだろう。桑名も蜻蛉切さまも歌仙も燭台切もみんないなくなるんだろう。

それってちょっと寂しいな。


刀ミュはたぶんもう随分前から人間讃歌していたんでしょう。人間なんかいない方がいい!っていう感情を、丁寧に、慎重に、否定して。

愛だなあ。

なんかもうほんとに早く人間辞めたいのはずっと変わらないけど、ちゅうちょなく見たい公演の配信を購入するために今日も働いている。

世界に人間は必要なくても、人間には人間が必要なんだ。

愛だよねえ。


刀剣乱舞くんの愛が今日もどっかで消えてなくなりたいと思ってる人間を救っているんだろうな。愛。

燃えよ煩悩/ぶしさに

※刀さに(ぶしさに)
※女審神者




音もなくしとしと雨が降っている。風も吹いて肌寒い。薄着の二人は布団の中でもつれ合い、やがて深く口付けた。

「主殿」
「うん……」

山伏が私の寝間着に手を差し入れた。素肌が触れ合う。手甲がない。

「主殿」
「うん……」

服を脱ぐ。あまり受け身だと飽きられてしまいそうだけど、慣れていると思われてかえって良くないかしら。まあ、今さらか。神様のことはわからない。

山伏にじっと見られているのがわかる。緊張する。でも嬉しい。緊張なのか興奮なのかわからなくなる。

私も山伏を見る。山伏は美しい。そして逞しい。その山伏が私を見ている。

うまくいって、お願い。私は心の中で願った。

私には気がかりなことがある。

「山伏も、」
「ああ」

肌けたところから触れる山伏の手が熱い。彼はなんてちょうどいい加減で触れてくれるのだろう。優しすぎず、山伏の力強さを感じられるちょっと強引な、でも決して無理を強いない加減で。その彼の手がとても熱い。

山伏は何もかもが熱い。

彼の大きな手も、私に向けられる視線も、かけられる言葉も。

なんて熱いのだろう。

山伏が一層深く抱きしめたとき、私の指が思わず跳ねた。快感からではない。その余りの熱さ故に。

やっぱりだ。気のせいではない。

「主殿?」

心配そうに声を掛けてくれた山伏にどんな言葉も返せないまま、もう一度山伏の背に腕を回すが、とても我慢できそうになかった。熱い、熱いのだ。余りにも。

山伏が再度深く抱きしめようとしたところで、私は彼の胸に手をついてそっと押し返した。

「ごめん、ちょっと……本当にごめん」

山伏は普段からは想像できないような優しい声音で「お気に召されるな」と答えて、私の寝間着を整えてくれた。聞こえるはずのない夜更けの雨音が、私たち二人のあいだにまで届いた気がした。


 **


ここのところの私の悩みは山伏との夜のことだ。それはつまり、恋人として過ごす、夜のこと……。実は、初めて服を脱いで山伏に触れたとき、その余りの熱さに彼を突き飛ばしてしまった。山伏はびっくりしていたし、直ぐ私に謝罪した。私はとにかく誤解のないよう、山伏に好意を伝えたが、どこまで伝わっていたのかわからない。そういうことが三度あった。

それから山伏は私に何もしてこない。

これでは飽きられる前に呆れられてしまう。

季節は変わって寒さの厳しい時分となった。最後に二人で寝所に入ったのはだいぶ前のことのように思う。

この頃、朝は特に冷え込む。今日も寒さの余り私は寝たふりを決め込んでいたが、見計らったように歌仙が「おはよう、主。今日もいい天気だね」などと言いながら部屋へ入ってきて、布団のシーツを足下から強引に剥がしながら「ところで、山伏国広とはどうなんだい?」と尋ねた。私は追い出されるように布団から這い出つつも、その行動とは裏腹な歌仙の優しさに泣きつきたくなった。

私と山伏との関係は本丸内で概ね知れ渡っているようだけれど、さすがに誰彼なしにそのことを相談できるはずもない。歌仙は数少ない私の相談相手だ。

歌仙は面倒見のいい刀だ。それを歓迎する者と、そうでない者がいるだけで。初期刀として顕現した責任が彼をそうさせるのか、それは私にはわからない。

刀剣男士に個性のような違いがあることは、政府から説明されている。私の本丸の歌仙と、他の本丸の歌仙は、まったく同じに思えることもあれば、どこかが違うと感じることもある。

だから、山伏に何か他の本丸との違いがあるとすれば、それは彼を顕現させた私のせいだろう。

『山伏国広』を顕現させたのは私だ。山伏がただ居てさえくれればそれでいいとか、他の本丸と違うならそれでもかまわないとか、それでは余りに無責任だ。私と山伏とのことは、私たちが解決しなければならない。

「相談に乗ってくれる?」

歌仙は私のすがるような目線を雅に受け流し、「どうしようかな」と答えた。

私はかまわず彼に話しかける。

「歌仙さんは山伏の入れ墨に触ったことある?」
「あるよ」

歌仙は事も無げに答えた。

それは一体どんな時だったか、気にならないでもなかったが、今はそれより自分のことだ。

「実は、私、山伏のあの入れ墨がすごく熱く感じて、ずっと触っていられないの。あの入れ墨って、不動明王の迦楼羅炎、ってやつなのかな。それで、その、あれって私みたいな『人間』には、触れないものなのかな……。それとも、それは、私の問題? 私が煩悩まみれだからとか……。そのせいで私、山伏と共寝もできてなくて、申し訳なくて……」

煩悩まみれ。口をついて出た言葉だけど、そのとおりだ。

それならこれは私自身の問題であると言える。

私のせい。

私のせいで、この先ずっと山伏を抱きしめることができないということ。互いになるべく触れないようにして体をつなげることは可能だろうけど。

「主。それでは、山伏をやめて他の誰かにするかい?」
「そうだね。山伏には、その方がいいのかも」
「主はひどく残酷なことを言うね。僕たちはもうただの刀じゃない。手に取ったり手放したり、物のように扱われては山伏国広だって可哀想だ」

言わせたのは歌仙のくせに。

私は心の中で悪態をついた。

「それって私がこのまま山伏に触れないことと、どっちが残酷なのかな」
「僕が言ったのは、そういうことじゃないんだけどね」
「そうかなあ」

歌仙は私を一瞥して「なぜこの僕がこんなに情緒を解さない主に仕えなければならないのだろうねぇ」などと独り言とは思えない声量でつぶやいた。

「主。その入れ墨、今度昼間に触ってみたらどうだい?」
「昼?」

そのことについて歌仙ははっきりとは説明せず、「僕はもう行くよ。片付かないんだから、早くご飯を食べにおいで」と言って、シーツを抱えて部屋を出て行った。

歌仙は雨の日も夏の暑い日にも風流を感じると言ってはよく歌を詠んでいる。私も歌仙くらい雅な人間なら、山伏に自分の気持ちを和歌にして伝えたりできたかもしれないけど、それは難しそうだ。

私は身支度を整えて食堂へ行った。

食堂では内番に当たっていない刀が遅めの朝食をとっている。特に決められた席はないのでみんな好きにしているようだ。

「やあ、おはよう」
「おはようございます」

私は白いジャージを肩に掛けた、山鳥毛の向かいに座った。

山鳥毛にも入れ墨が入っている。彼のはよりモチーフ性が高い。ときどきアクセサリーを身に付けていて、髪型も大人っぽく整えられて色気がある、そんな彼をより魅力的に見せる入れ墨だ。

座っていると光忠が朝食を運んできてくれた。

「おはよう。どうしたの、山鳥毛くんのことじっと見つめて」

見つめていたかな?

私が「山鳥毛さんはカッコいいなあと思って」と答えると、光忠も山鳥毛を見つめた。

一度に二人に見つめられた山鳥毛は、「ありがとう。そんな風に言われると、照れてしまうな」と言って赤くなった頬を掻いた。

私は山鳥毛が恥じらう姿が好きだ。思わず目を細めて「本当だよ。カッコいいよ」とさらに褒めると、やり過ぎだと言わんばかりに光忠が「ほら、ご飯も食べてね」と言って私を小突いた。

しばらく静かに食事していると、私にまだ視線を送られているのに気づいたらしい山鳥毛が、「小鳥は何か私に聞きたいことがあるようだな」と言った。

サングラスをかけて同派の刀を率いる姿は相当な強面だが、こういう気さくなところもあるのが憎い。山鳥毛は、彼を支えなければと思わせる不思議な力を持っている。

山伏は、彼といると、どちらかと言うと寄りかかりたくなる。

同じ刀剣男士でもこんなに違う。

「不躾なお願いなのだけど。山鳥毛さんの入れ墨に、触ってみてもいい?」

山鳥毛は私の目を真剣に見返して、「ああ。手でもいいか?」と答えて左手を差し出した。大きくて、でもとても綺麗な手だ。グローブで隠れているが、手の甲から腕の方まで入れ墨が入っているようだ。

山鳥毛の手を取って、腕の方にある入れ墨を撫でてみる。彼の体温は感じるが、熱くはないし、特に痛みもない。

いつまでも山鳥毛の腕を触っていると、「主殿」と声をかけられた。

「山伏、おはよう」
「あまりそう、ひとの肌に触れるべきではない」

声をかけたのは山伏だった。山伏は、山鳥毛の後ろから私を真っ直ぐ見下ろして言ったが、その手は山鳥毛の肩に置かれたので山鳥毛を咎めるような印象を与えた。

「これは失礼した」
「すみません、私が……」

山鳥毛は落ち着いた様子で詫びて、そっと腕を戻した。私のせいで彼が詫びるなんて良くないとは思ったが、山伏の燃えるような強い視線を前にして私は言葉を失ってしまった。

山伏は嫉妬深い神様ではないと思う。妬みや憎しみからはほど遠い。仲間と楽しそうに過ごしているか、或いは静かに瞑想している。山伏にこういう目を向けられるのを、おそらく私は一度も経験したことがない。

嫉妬でないなら、軽薄な女と思われた?

私は山伏から目を逸らし、やっと絞り出した声で「お皿、下げてきます」と言って席を立った。

私はちょっと、ショックを受けた。

怖くなっちゃった。

山伏が感情を露にした、それだけでこれほど動揺してしまう。

私は山伏を神様らしい神様だと思っていた。彼に刻まれた不動明王の入れ墨、彼の戦装束、『山伏国広』という御刀、それで私は山伏をいかにも神様らしい神様だと思って、自分は無条件に庇護される立場であると高を括っていたのだ。そういう傲慢な自分にもショックを受けた。

私が山伏を神様だと思うからそう見え、そうでない一面に触れても見ぬ振りをしていたのではないか。

流しには椅子に腰掛けて雑誌を読んでいるらしい燭台切光忠がいた。

「山伏を怒らせちゃった」

私の言葉に光忠は何も返さず、私の後ろへ視線を寄越した。

振り返るとそこには山伏がいた。先程感情を露にしていたのが嘘のように、いつもと変わりない山伏だ。ただ少し、申し訳なさそうに眉尻を下げている。

「あいすまぬ。主殿へ相応しくない物言いをしてしまったゆえ謝罪がしたく」

しゅんとした山伏は「それは拙僧が」と言って私の使った食器を受け取って流しに置いた。お詫びのつもりらしい。

こういうところを可愛いと思う。

でもそれは、私が怖がらないよう、山伏が努めてそのように振る舞っていただけなのかもしれない。彼の中には激情が渦巻いていて、山伏自身もそれと対峙しているのかも。

山伏が食器を洗い始めたので私は彼の横に立って少しだけ体をくっつけた。

山伏は濡れるのも構わず手甲をつけたまま洗い物をしている。光忠はまめに手袋を外しているのを見かけるが、山伏の手甲はほとんど外すのを見たことがない。お風呂上がり、もう寝るだけでというとき、同じ布団に入って私に優しく触れてくれた彼の手を思い出す。大きくて、熱くて、私を求める手。

「変なお願いしてもいい?」

山伏は食器を水切りかごに置いて、「なんであるか?」と大らかに聞き返した。

「山伏の、入れ墨を触ってもいいかな……」

山伏は「うむ」と短く返事して、袖をまくった腕を差し出した。

山伏の腕は筋肉質で、その肌にはまるで生きものが這っているかのような炎の入れ墨が彫り込まれている。山鳥毛とはやはり違う。触っているうちに、熱くなってきた気がして、私はそっと手を離した。山伏の入れ墨は今にも体の内からその身を焼き尽くしてしまいそうな迫力がある。

そう言えば歌仙は昼に入れ墨に触ってみればと提案してくれたが、どういう意味だったのか。

「僕、席を外した方がいいかな?」

光忠におもむろに声をかけられたので、私と山伏は目を見合わせて笑ってしまった。どうやら話しの続きは場所を移動した方が良さそうだ。

「ごめん。もう出ていくね」

私は用意してもらったお茶を持って、山伏と執務室へ行った。いつもなら朝食の後は今日やる仕事について歌仙から報告があるが、歌仙が訪ねてくる様子はない。何か察して時間をつくってくれたのかもしれない。

「主殿。先ほども、山鳥毛殿の腕に触れていたようであるが」

部屋で二人きりになるとさっそく山伏に切り出された。直球だ。ごまかしは効かないだろう。

私は覚悟を決め、山伏に座るよう促してから「そのことなのだけど」と話しを続けた。山伏の入れ墨が熱く感じること、それは山伏だけ特別であるようだということ、この問題をどうにか解決したいと思っていること。歌仙に相談したところ、昼間なら何か違うかもしれないと提案されたこと。

山伏は囁くように「主殿、抱き締めても?」と尋ねた。

拒否するべくもない。

山伏は膝立ちになって私を抱き締め、「主殿の心配事は、すべて拙僧の未熟ゆえのことである」と言った。

「拙僧の体を覆う、この炎。これは『山伏国広』に彫られた不動明王に由来するものであろう」

山伏は私から離れると、おもむろに服を脱いで私に背を向けた。そこには背中をすべて隠してしまうほど大きな不動明王が、世界に災厄をもたらすものすべてを牽制するようにこちらを睨んで座している。山伏が呼吸するたび不動明王とその身にまとう迦楼羅炎がうごめいて、まるで生きているかのように錯覚する。見事だ。真に迫るものがある。

私は言葉を失って山伏の背中に見惚れた。

「この炎は拙僧の身を焼く迦楼羅炎。拙僧の未熟さがこの炎を地獄の業火へ変えてしまうのである。まさか主殿までこの炎を熱いと思っているとは知らず、心配をかけ申した。あいすまぬ」

一体どんな顔でそんなことを言ったのか、背を向けられているから想像するしかない。

『山伏国広』に彫られた不動明王という神様の浮き彫りは、鋼に彫られたとは信じられないほどに緻密で、恐ろしく、思わず手で触れたくなるような美しさを持っている。触れれば何か願いが叶うのではと思わせる力がある。

山伏国広は人の願いを聞く側の存在だったのに。

山伏国広は美しい「祈り」の御刀だったのに。

山伏国広は刃こぼれとも錆とも無縁で、生まれたままの姿を愛され大切にされてきたのに。

今や山伏は自ら願いを抱き、祈り、そして人を愛そうとして苦しんでいる。戦って、その刀で誰かを傷つけて、自分の未熟さを知って、迷って、これだけ苦しんでいるのにまだ道は続いている。

私が彼を呼んだ。それで彼は苦しみを知ってしまった。でも私がやらなくても誰かがやっただろう。未来の見えない戦況、複雑化する情勢、政府を助ける刀剣男士は増え続けている。人の心に一条の救いをもたらすようにと生まれた『山伏国広』が、誰にも呼ばれないはずがない。

私は山伏の背中に触れた。

「今も熱い?」

触れたところから痛ましいほどの熱が伝わってくる。

「うむ。熱い」

私は山伏にぴったりくっついて、彼の体に腕を回した。ちょうど目前には不動明王が見えて、その余りの迫力に、彼の三鈷剣で私の体が切れてしまうのではと怖いくらいだった。でも離れ難い。

「この炎の熱さは、私が煩悩まみれだからなのかなって思ってた」

私の腕に山伏が触れた。手甲はすっかり乾いている。

「拙僧はこの姿で顕現した。山と修行と、筋肉を鍛えることが好きである。この体を覆う炎、背中に座す不動明王、それは入れ墨とは違う。このように在るよう、はじめから定められている。腕を切られ、肌が焼け落ち、肉体を失っても、主殿に呼ばれる限り拙僧は必ずまたこの姿で現れるという確信がある。何度溶かされ、何度鍛え直され再刃されても、拙僧の在りようは変わらぬ。それは主殿には責任のないこと」

山伏を苛むもの、それは山伏の在りようそのものだ。

そんなに苦しめるくらいなら顕現させなきゃいい。それだけのことで山伏は太刀として、所有者に大切に手入れされ、穏やかな時間を過ごせる。

でも私には山伏が必要だ。

彼の炎が、不動明王が、熱くても、苦しくても、山伏の肌から離れないのと同じように。まるでそのようにはじめから在るように。

歴史修正主義者との戦いを、他の男士がいるからいいや、とは割り切れない。

私には山伏が必要なのだ。

「責任ならある。私は山伏の主だから」

山伏が「カカカカカ」と笑った。背中から私の頭の中に直接響くような大きな笑い声だ。

「では、責任を取っていただくかな」

不敵な声音でそう言ったかと思うと、山伏は体を捻って私と向き合い、私を強く抱きしめた。そして、信じられないことに、山伏はそのまま私の首元にキスを落とした。私はいま山伏と触れ合えている。

この展開は……。

驚きつつも、私はこれをチャンスと思った。

「布団ひく?」

私が小さい声でそう言うと山伏は虚をつかれたような顔で私を見返した。

言った自分も恥ずかしくなる。

「それはまた夜に」

今度こそ私は恥ずかしさに顔を真っ赤に染めた。


 **


「この炎が熱くなるのは、私の心の持ちようなのかな」

私が尋ねると山伏は自分の腕に走る炎の一筋を撫でた。興奮すると色を濃くするそれは、確かに入れ墨とは違うもののようだ。生きた、彼の体の一部なのだ。

「拙僧が、主殿に下心を覚えると炎が熱くなるのは事実である」
「え?」
「歌仙殿が昼間に触ってみるよう促したのは、その為であろう。ただし、拙僧がこの炎を熱いと思うときと、主殿がそう感じるときは同じようでいて少し違う。それぞれの煩悩の形が違うように。今日、主殿と触れ合えたのは、主殿と拙僧が、互いを受け入れる準備ができたゆえかもしれぬなあ」
「心のことを言ってる? それとも体の?」

私が笑って尋ねると、山伏に片目をすがめて「両方を願うのは欲深いかな?」と返された。

それなら私だって欲深い。

生きることは苦しみに満ちている。傷つき、苦しみ、痛み、もがき、逃げる術はなく、立ち向かい、抗い、死ぬまで生きる。でも私たちも、刀剣男士も、苦しむために生まれてくるはずがない。そんなことあってはいけない。

私は熱いくらいの山伏の体に顔を寄せて、彼がいまここに存在することに感謝した。

「拙僧は、筋肉を鍛えるために修行している」
「え?」
「苦しむためではない。この筋肉で人々を救うため。誤った方法で人を傷つける者を止めるため。主殿と心を通わせるため。その歓びは何にも変え難い」

私は山伏の言葉に呆気に取られた。

それはそっくり私の考えていたことと同じだからだ。

私のための言葉みたいに、その言葉は私のこころの奥深くまで沁み入った。

「主殿。拙僧を顕現してくれたこと、感謝である」

山伏は八重歯を見せてにっこり笑った。

「山伏……。この本丸にきてくれて、ありがとう」

この歓びを得るために私は生まれた。

燃えよ煩悩、私は生きている。生きる苦しみ、生きる寂しさ、上等じゃないかしら。この煩悩がないなら、私は死んでいるのと同じだ。そしてこの苦しみはどこまでも私一人のもので、孤独だけれど、生きているひと、みんなどこか痛くてひとりで耐えている。

だから私は、今日くらいは痛みを忘れてこの歓びに浸ろうと思った。

Something's Got a Hold on Me

『Something's Got a Hold on Me』
Etta James(エタ・ジェイムズ)


※素人和訳です



Oh, sometimes I get a good feeling, yeah
そう、ときどき、最高の気分になるんだ
I get a feeling that I never, never, never never had before, no no
今まで、絶対、絶対、一度も、なかったような気分
I just wanna tell you right now that
早く伝えたいよ
I believe, I really do believe that
本当なんだ、本当にそうなんだ

Some thing's got a hold on me, yeah
そういうの頭から離れなくて
Oh, it must be love
それってきっと愛かもね
Oh, some thing's got a hold on me right now child
ねえ今も頭から離れないんだ
Oh, it must be love
それってきっと愛だよね

Let me tell you now
ねえ、言ってもいい
I've got a feeling, I feel so strange
この気持ち、なんか変な感じ
Everything about me seems to have changed
何もかも変わっちゃったみたい
Step by step, I got a brand new walk
踏み出す一歩、すべてが新しい
I even sound sweeter when I talk
話す言葉も優しくなって

I said, oh, oh, oh, oh, hey hey, hey yeah
言ったでしょう
Oh, it must be love, you know it must be love
それってきっと愛かもね
そうでしょ、きっと愛だよね

Let me tell you now
ねえ、言ってもいい
Some thing's got a hold on me, yeah
頭から離れないんだ
Oh, it must be love
それってきっと愛かもね
Oh, some thing's got a hold on me right now child
ねえ今も頭から離れないんだ
Oh, it must be love
それってきっと愛だよね

Let me tell you now
ねえ、言ってもいい
I've never felt like this before
こんなのはじめてなんだ
Some thing's got a hold on me that won't let go
そういうの頭から離れなくて、今もずっと残ってて
I believe I'd die if I only could
私たぶん死んじゃうと思う
I feel so strange, but I sure is good
なんか変な感じ、でも最高の気分

I said, oh, oh, oh, oh, hey hey, hey yeah
言ったでしょう
Oh, it must be love, you know it must be love
それってきっと愛かもね、そうきっと愛だよね

Let me tell you now
ねえ、言ってもいい
My heart feels heavy, my feet feel light
心は重苦しくて、足取りは軽くて
I shake all over but I feel alright
体は震えてる、でも大丈夫って思える
I never felt like this before
こんなのはじめてなんだ
Some thing's got a hold on me that won't let go
そういうの頭から離れなくて、今もずっと残ってて

I never thought it could happen to me
人を好きになるなんて
Got me heavy when I'm in misery
つらいときは、気分が重くなって
But I never thought it could be this way
でもこんなの考えたこともなかった
Love's sure gonna put a hurting on me
愛が私を打ちのめすんだ

I said, oh, oh, oh, oh, hey hey, hey yeah
言ったでしょう
Oh, it must be love, you know it must be love
それってきっと愛かもね、そうきっと愛だよね

Oh, you know it walks like love, you know it walks like love
歩くと恋人同士みたい
It talks like love, you know it talks like love
話すと恋人同士みたい
Make me feel alright, make me feel alright
気分は最高になって
In the middle of the night, in the middle of the night
そんな真夜中0時
La la la la, la la la la
ララララ…
La la la la, la la la la
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憂鬱なイデア・シュラウド/ツイステ夢

※twstBL
※イデア夢
※イデア×モブ寮生♂
※notイチャラブ
※イデアが経験豊富っぽい描写あります




イデアはボードゲーム部に所属している。ゲームをするためではない。ゲーム以外のことに時間を費やさないために。

イデアはボードゲーム部に所属してから暫くは部員とゲームをすることもあったが1か月もしないうちに誰ともゲームをしなくなった。イデアはゲームに負けるのが嫌いだけれど、負けっぱなしの人間はもっと嫌いだったからだ。

「イデアさんは、いま恋人いらっしゃいますか?」

いまイデアと将棋盤を挟んで話しかけてきた生徒はアズールという生徒だ。イデアが入部してから1年経ってやって来た。学年が一つ下で、タコの人魚だと言う。嘘ではないだろうがイデアはタコの姿のアズールを想像できない。

アズールは努力家で負けっぱなしを許さない負けず嫌いだ。アズールとボードゲームをするのは楽しい。アズールが入部してからはもっぱらアズールとゲームをしている。

アズールと話すのも嫌いではない。

でも今回の話題は嫌いだ。

「なんで? オタクに恋人がいるかどうか聞いてどんな商売するおつもりで?」

イデアは将棋の盤面から目を離さずそう答えた。

イデアは彼女がいるか、よく聞かれる。どうしてそんなことを聞きたがるのかまったく理解できない。彼女がいてもいなくても自分を笑うつもりなんだろう。だいたいオタクのそういう事情なんて聞いて気持ち悪くないのだろうか。

まさかアズールにそんなことを聞かれるとは。

イデアの攻撃的な返答にアズールは驚いた。怒らせるつもりはまったく無かった。実はイデアの言うとおりマドルの絡んだ話しなのでどうにか形勢を立て直したい。

「不躾でしたね、申し訳ありません」

アズールは眉尻を下げてイデアを見つめた。

人魚の涙には不思議な力があると言う。タコの涙にそんな効用があるとは聞いたことがなかったが、アズールの涙はイデアによく効く。

イデアはアズールの様子を疑いながらも、実際目の前でそんな顔をさせておくのも気が引けた。アズールは信用ならない。でもイデアにとっては数少ない気の置けない後輩だ。話しくらい聞いたっていい。

イデアは怠惰な人間が困っているのを見るのは愉快だが、努力家が困っているのを見ると放っておけない。ナイトレイブンカレッジでオルトと過ごすようになって自分のその傾向がより顕著になった自覚はある。

「いや、別に。……でもなんでそんなこと聞くの」

アズールは内心ほくそ笑んだ。

「イデアさんに興味を持っている方に頼まれまして。とってもかわいいオクタヴィネルの寮生です。それで、彼女は?」

イデアが動揺しているのを見てアズールは畳み掛けるのが良いだろうと踏んだ。直球勝負。ただし手の内すべてを明かすわけではない。

「えっ。あ、……それって」
「ご心配はわかります。何も相手がいないならすぐ付き合えってことではありません。ただひと言か、ふた言か、話せたらそれでいいと本人は言っています。いけませんか?」

イデアは「嘘だ」と思った。

でもそういう後輩がいるのは本当なんだろう。

イデアは迷った。いきなり直接会うのはちょっと怖いが、この部室の片隅でリバーシをやりながら話すくらいならかまわない。でも問題がある。イデアには先週まで交際していた先輩がいた。ボムフィオーレ寮生のシュルツという先輩で3か月ほどは付き合っていた。前触れなく別れたいと言われたのでイデアの方から別れたくないとすがったばかりだった。

イデアは一途な方だ。浮気はするのもされるのも絶対に許せない。

べつにシュルツのことを愛していたわけではないが理由もなく別れたいと言われたのはショックだった。シュルツも悲しそうに泣いていてとても別れたがっているようには見えなかった。

こんな状態でアズールの後輩と楽しくゲームしながらお話しするのはポリシーに反する。

もう別れているのだし浮気ではないのだけど。

「拙者なんかと会いたいなんて変わり者がいるのは有難い話しなんだけど、ちょっと今は時期が悪いと言うか……その子、少し待てないの?」

アズールは目を細めてにっこり笑った。

「もちろんです。都合が良くなったら必ずご連絡くださいね」
「は、はい」

その日の話しはそれで終わった。

再びその話しを持ちかけられたのは2週間ほど経ってからだ。アズールからの電話に出ると「会ってくださらないのですか」と切なそうに訴えられてイデアは参ってしまった。

イデアだって現状を打破したい気持ちはある。でもあれからシュルツにしつこく電話したが一向に折り返しがないままになっていたのだ。

アズールからの電話を切って、イデアは立ったり座ったりしながら考えた。また電話するか。いやいやこれまでも何回かけても出ないし返事もなかった。これ以上続けても明らかに迷惑行為だし警察に届け出されたら捕まる自信がある。今回のことに限らずイデアからは叩けばホコリが積もるほど出る。接近禁止命令が出てもおかしくない。

考えるうちに夜が明けていた。

これはもう次の手に出るしかない。イデアの不健康な色合いの口からは思わずため息が漏れた。

シュルツに直接会うほかない。

この選択肢はずいぶん前からイデアの頭にあったが選ばなくて済むならそうしたかったので目を背けていた。イデアは極度の対人嫌悪でアズールなどの親しい人以外と直接話す機会はとことん避けている。

イデアは再び大きいため息を吐いた。

意を決した。久しぶりに登校するのだ。靴下を履くのも久しぶりだ。イデアは寮内では裸足でいることが多い。

校内には驚くほど人がいた。

最悪だ。

光がまぶしい。

人が多すぎる。

珍しく生身の体で登校しているイデアは奇異の目にさらされながらそんなことをブツブツつぶやいていた。自分の授業に出るでもなくタブレットとドローンを駆使してようやくシュルツを見つけ出した頃にはちょうど昼休み前の授業が終わる時間になっていた。

我先に食堂へ向かおうとする生徒たちはドアの前に立つイデアに驚いた。青く燃える髪を初めて見る生徒も少なくない。それでも、見たことはなくても一目でわかる。

「イデア・シュラウドだ」

誰かが言った。

その声はイデアには届かなかった。イデアは人目を避けることも忘れて親の仇でも探すかのように生徒の一人ひとりを睨んでいる。姿勢悪く背を丸めて、目の下の隈はひどく目つきも悪い。

生徒はぎょっとしてイデアを見るが、余りの迫力にすぐ目を逸らして足早に去って行く。どうしたの、などと声を掛ける者はただの一人もいない。

ようやくシュルツが教室から出てきてイデアに目をとめた頃には生徒はほとんどいなくなっていた。

シュルツは大勢で騒ぐより少人数で静かに過ごしていたいタイプだった。シュルツ自身も物事にのめり込む性質があり、イデアがするゲームの話しにも理解を示して熱心に耳を傾けてくれた。そんなことがふと思い出されてイデアは余計に険しい顔をした。

シュルツはというと突然のことに口を開けたまま固まっていた。ポムフィオーレの寮長が見たらだらしないと怒るだろう。

イデアはシュルツの腕を掴んだ。

「フヒ、急に来て驚いた? もう僕とは話すことなんてなんにもないよね、うん知ってる。あと何回も電話かけちゃってすみませんね。着歴すごかったでしょキモすぎでしょ。でもそういうのわかってて付き合ってくれてたんじゃないの。まあいいけど。一応けじめ付けたいし。このままってのも気分悪いし。もう一度ちゃんと話したいんだけどそれも無理?」

シュルツはイデアの煌々と光る瞳に射すくめられた。

ひどい顔だ。綺麗な顔が台無しだ。ゲームで徹夜した翌る日でもここまでではなかったろうとシュルツは思った。

でもやっぱり綺麗だとも思った。

端正な顔立ちが憂いを帯びてこの世のものとは思えない色気を生んでいる。シュルツはこの近寄り難いほどの妖しい雰囲気をまとうイデアが自分を求めてくれるのが好きだった。

今だって嫌いではない。

むしろ好きだ。

シュルツはイデアが憎くなって別れたいと言ったのではない。イデアの愛が自分にないと思い知ったから別れたくなった。

シュルツは周りに誰もいないのを確認して口を開いた。

「無理じゃ、ないけど。あの、今からってこと?」

シュルツからの返事にイデアはその場で座り込みたいくらい安堵した。今まですっかり無視されていたので今日も無視されるかもしれないと覚悟していた。

「どっちでも。せめて電話かメッセージちょうだい」

イデアはすっかり目的を果たした気になっていた。

逃げることを許さないようにシュルツの腕を強く掴んでいた手をあっさり離してイデアが立ち去ろうとしたので、慌ててシュルツが引き止めた。

「今話したい!」

ちょうどシュルツが先程まで使っていた講義室を覗くと誰もいなかったので二人は電気もつけずに席についた。イデアが先に奥に座ったのでシュルツは一つ空けた隣に座った。昼休みということもあって唾を飲む音が聞こえるほど静かだ。

いざとなると言葉が見つからずイデアは黙り込んでいる。

「そういえば、これってまだGPS入ってるの?」

シュルツは携帯端末を出して冗談っぽくそう言った。付き合い始めたときアプリを入れられてイデアに位置情報が送信されるようにしたのだ。詳しいことはシュルツにはわからないが、別れ話をしたときにはそれどころではなく、アプリもそのままになっているのを思い出した。

「アヒ、あ、それ。消し、消します。ごめん」
「いやそれはべつに、いいんだけど」

実際はすでに位置情報は送信されないように設定が変えられている。別れたいと言って去ってしまった元交際相手の位置情報を理由もなく取得するほどイデアも悪趣味ではない。

イデアは机に置かれた携帯端末を見てから、シュルツに視線を移した。イデアのことを眺めていたシュルツと自然と目が合う。

シュルツはイデアの髪の毛先が赤っぽくなっていることに気づいた。

イデアの髪は燃えている。普段は真っ青だが、照れると桃色になるのがシュルツは好きだった。なんて美しいのだろうと思っていた。青から桃色へのグラデーションはイデアの黄金色の瞳と合わさると印象派の絵画の世界から出てきたみたいに非現実的なほど綺麗なのだ。

こういう赤っぽい色は見たことがない。

普段と違う部分があるのだろうか。体調が悪いとか。廊下にいたときにはまだ青かったはずだが。

「それで」とシュルツが言おうとしたとき、イデアが急に立ち上がった。

「ねえ」

イデアは表情の無い顔でシュルツを見下ろした。イデアの髪はみるみる赤くなっていく。

シュルツは本能的にこれは良くないことだと感じた。

「なんでいっこ空けて座るの?」
「え?」

イデアは一歩前に出てシュルツに触れるほど近寄った。近すぎてシュルツからはイデアの胸の辺りまでしか見えない。いつもより何トーンも低いイデアの声が上から降ってくる。

「僕のこと嫌いになった?」
「イデア君、髪が……」

赤くなった髪は荒々しく燃え上がっていた。

イデアは怒っているのだとシュルツは察した。

「髪? 話し逸らすなよ。僕と話すって言ったよね。僕の何が嫌いになったの。髪が燃えてて陰キャで引きこもりのオタクだからとか言うなよ。それわかってて付き合ったんだよね」

イデアの髪は勢いを増して燃料を得た炎のように燃え広がっている。普段は触れても熱くないイデアの髪だが、今は触れれば火傷しそうに思われた。

「隣に座ると緊張するから!」

シュルツは思わず大きな声を出してしまった。

「イデア君、あの。もちろんそういうのわかって付き合ったよ。席空けて座ったのはごめん。でも隣に座ったら付き合ってたときのこと思い出しちゃうから。それだけ……」

シュルツは恥ずかしさで顔を赤くした。反対に、視界に入るイデアの髪は少しずつしぼんで青っぽくなっている。

イデアはたまらず身を屈めてシュルツのうなじに手を添えた。シュルツの髪は柔らかくて指通りがよくて自分のものとはまるで違う。その柔らかな髪からはよく知っている香りがする。付き合っていた頃と何も変わらない。頬を赤くしたシュルツの様子は自分を嫌っているものとは到底思えなかった。

ほかに事情があるのかもしれない。

イデアにも心当たりはある。家のこと、将来のこと、オルトのこと、この燃える髪と呪われた血のこと。何もかも捨てて望んだ仕事に就いて好きな人とただ暮らしていくことはできない。

イデアは改めて自分はなんて面倒な男だろうと思った。そしてシュルツのことをどうしようもなく愛しいと感じた。シュルツはこんな変な自分を受け入れてくれた。

でもその彼が望むなら。

シュルツが別れたいと言うなら。

イデアはシュルツに触れながらだんだん別れの覚悟ができてきた。学校は人が多くてしんどかったけど会いにきてよかったと思った。

イデアの長い指で優しくくすぐられて、シュルツは耳まで赤くした。

せっかく離れて座ったのに。

シュルツは目を閉じた。イデアを制止する言葉をかけられないのは、彼の指が心地いいからだ。自分から別れたのにこんな風にイデアに触れてもらえることが嬉しい。

「どうしても別れるの?」

イデアが切ない声で尋ねた。

シュルツは立ち上がってイデアに抱きついた。

「はい」と言えばこの関係は本当に無くなってしまうだろう。イデアは自分と付き合っているあいだ、他に親しい人の気配をまったく感じさせなかった。イデアに友達がいないという以上に、彼自身が人付き合いを拒んでいるからだ。たぶん別れたら復縁の機会は完全に失われるだろう。

イデアとシュルツでは互いに才能のある分野も興味あることも生まれも育ちもまったく違う。そんな二人が学校を卒業して、この先の人生で接点を得る可能性は限りなく低い。

イデアの恋人であるというのはなんて心地いいのだろう。付き合っているあいだ彼には自分だけだという絶対の安心感があった。将来有望で魔導工学の分野では知らない人はいないほどだという。見目麗しく、時折育ちの良さを感じさせる。外出先で彼がフォーマルな服装で自分をエスコートしたときに集めた観衆の目のなんと甘美だったことか。

シュルツは葛藤した。イデアとの交際は終わりにしろと感情は訴えるが、打算的な自分は他の道を模索しようとする。

ああ、でも。

イデアは自分を大切に扱ってくれるだろうけど、決して愛してはくれないのだ。シュルツはそう思い知った日のことをはっきり覚えている。

その日は二人でシュルツの部屋のベッドに寝転がりながら、ファーストキスについて話していた。そこでイデアは彼の父に言われたという『アドバイス』を教えてくれた。

イデアがナイトレイブンカレッジに入学する前のこと。

イデアは小さい頃は恥ずかしがり屋で家族の前でもよく顔を赤くして、ほとんどの時間ピンクがかった髪色をしていた。髪が青くならないのは健康上の問題が原因ではと心配されたほどだが、成長するにつれ髪の色は青くなり、ときどき毛先が色を変える程度になった。そしてイデアの容貌の美しさはそんな小さい頃から際立っていた。

美しい容姿と控えめな性格の少年は一部の女性に好まれた。彼女たちはイデアが子どもだとわかって近づいてくる。

イデアが母の身長を超えた頃、父がわざわざ部屋へやって来てイデアに言って聞かせた。

「イデア、よく聞いて」
「なに」
「イデアはこれから先、女性とデートしたりすると思う」
「え?」
「気になる子ができて、もっと仲良くなりたいと思うのは当たり前のことだから」

イデアは市販のAIロボットを改造する手を止めて父を見た。ビックリして配線を傷つけてしまいそうだったからだ。

「気になるロボットは分解したくなるみたいなこと?」

イデアはジョークのつもりで言ったが父はまったく取り合わなかった。父はあくまで真剣な眼差しでイデアをじっと見ていた。イデアが変なジョークで真剣な話しを茶化すのはよくあることだった。

「これから女性とデートしたり、二人きりで会ったとき、手を握ってほしいとか、抱き締めてほしいとか、お願いされることがあると思う。もしかしたら、キスとか、それ以上のことも」
「セックスの話し?」
「違う」

父の余りの気迫にイデアはようやく観念した。手袋を外して作業台に置き、父と向き合った。

「イデア。よく聞いて。女性を傷つけてはいけない。女性はイデアのことを好きになって、なんでもしてくれると言うかもしれない。でもね、イデアが同じようになんでもしたいと思えないうちは、決して女性の好意に甘えちゃいけない」

イデアは父の気迫に押されて「はい」と答えた。

「僕のことそんなに好きになる人はいないと思うけど」

イデアは手遊びしてそう呟いた。

「いるよ」

父は優しく答えてくれた。

イデアは家族に愛されている自信がある。イデアの知能が高いことを敬遠しないで、仕事のことも隠さず話してくれる。父や母が近くにいてくれるとき、イデアは自分が全能の神になったような、全宇宙に存在を肯定されているような気持ちになれる。『作品』をガラクタと思われて廃棄されたことは何度もあるが、両親に好奇心を否定されたことは人生においてたった一度だけしかない。

父に甘えて優しい言葉を強請ったようで、イデアは恥ずかしくなり毛先を少しピンクにした。

「お父さんが子どもの頃はよく怒って髪を真っ赤にしてた。すごく怒りっぽくて周りを怖がらせてた。イデアの髪はいつも優しい色をしてる。イデアが好きになった女性に、同じように好かれるように、これからも優しいままだといいんだけど」

父はイデアの髪を見ながら言った。

「それはよくわかんないけど。女性には優しくしろってこと?」
「違う」
「ぇえ?」
「一生のうち、一人の女性にだけ優しくすればいいということだ。イデアが愛して、キスして、セックスしたいという女性は、ただ一人だけにしなさいという話しだ」

イデアは得心した。

最近女性から手紙をもらうことがある。同い年くらいの女の子のいる家族を招待してお茶会のようなものを開くので、気に入られると手紙が届くのだ。どこで会ったかまったく思い出せない人からも届く。イデアはそれに返事をしたことはないが、女の子の印象がどうだったかは家族によく聞かれた。

これは忠告だ。

好意を向けられても手を出すなと。

「わかった」
「ほんとうに?」
「女の子とのキスはちゃんと大切にとっておく。僕が一生ずっと一緒にいたくて、なんでもしてあげたくなるような女の子のために」

イデアが大真面目に答えたので父はかえって驚いた。それでも笑わずに「そうそう。そういうこと」と言って、部屋を出て行った。

イデアはそのことを今でも心に留めている。だから未だに女性とキスしたことはない。もちろん手をつないだりハグしたりもない。これから先、心から愛して、自分も愛されたいと思ったときの、そのたった一人のために取ってある。

シュルツはそれを聞いて唖然とした。

イデアとはキスもしたしセックスもしたというのに、イデアに面と向かって「ファーストキスはまだ」と言われたのだ。返す言葉が見つからなかった。

イデアにとって自分は、『愛』の外側にいるのだと思い知った。

たぶんこれから先もそうだろう。

イデアと付き合う前、自分が彼とこんな関係になるとは思いもしなかった。それにイデアがこれほど愛情深いとは。別れ話のために学校に来たイデアに別れたくないと言い寄られたなんて、おそらく友人やクラスメイトは信じないだろう。自分でも信じられない。イデアは少なからず自分のことを好きでいてくれた。

でもダメだ。

イデアは自分を愛さないと知ってしまった。

何かいい方法があるかもしれない。たとえばイデアに近づく女を一人残らず排除すれば、自分は事実上イデアの一番になれる。いっそ自分の体を女性にする魔法薬を飲んでしまうとか。イデアがもっともっと離れ難くなるように、もっと美しく、もっともっと自分を磨くとか。

そんな考えがどうしても頭をもたげる。

でもダメだ。

シュルツは自分の心の内にある奮励の精神を恨んだ。こんなときまで頑張ろうとしなくていい。

シュルツはイデアにくっ付けていた体を離して「うん。別れたい」と改めて伝えた。

イデアはそれを聞いて完全に諦めがついた。諦めることには慣れている。教室から出て行くとき最後に振り返ったシュルツを見て、本当に好きだと思った。でも諦めることにした。そうするしかない。

イデアの人生は諦めの連続だ。

この燃える髪。嘆きの島。魔導工学のこと。人間とのコミュニケーション。オルトのこと。

本当に憂鬱になる。

イデアは静まりかえった教室でタブレットを机に置いた。そしてアズールにメッセージを送る。

「いろいろ片付いたんで時間つくれるようになりました」

アズールからすぐに返信が届いた。イデアはその返信の速さに、よほどマドルになる案件なのだろうかと思えて笑った。こういうところもアズールは付き合いやすくていいとイデアは思っている。アズールの思想は一貫していてわかりやすい。

イデアは僕に会いたいなんていったいどんな子なのかな、と思いながらアズールにまた返信した。

諦めることには慣れている。

だからせめて自分が楽しいと思えることに時間を費やす。

イデアは遠くで活気を取り戻しつつある楽しげな笑い声を聞いて、背中を丸めて教室を出た。

イグニハイドに戻る途中、タブレットのメモ帳を開いて、教科書に書いてあった小さなコラムからオルトの新しい換装パーツのアイデアを得たことをイデアは思い出した。シュルツに別れたいと言われてすっかりそのままにしていた。帰ったら何時間か寝て、そのアイデアを固めよう。

きらきら光る太陽を青く燃える髪に反射させ、イデアはひとり、フヒヒと笑った。

不誠実なイデア・シュラウド/ツイステ夢

※twstBL
※イデア夢
※イデア×モブ寮生♂
※notイチャラブ
※イデアが経験豊富っぽい描写あります




イグニハイドの寮長は謎多き人物である。イグニハイド寮生は彼のことを尊敬はしているが、畏怖に近い。よくわからなくて、恐ろしいのだ。

イデア・シュラウドという男、前寮長に指名されてイグニハイド寮長になってからというもの一人部屋の寮室とちょっとした権限を手に入れて自由を謳歌していた。イデアに口ごたえする者は弟であるオルト・シュラウドくらいのものだ。欲しいものはなんでも手に入れんという勢いがある。

イデアは今日も『自由』を欲しいままにしていた。

「イデア先輩、お部屋けっこう綺麗にされているんですね」

ベッドの上に胡座をかいて座るイデアからひと一人分ほど空けた隣には、サバナクローの腕章を結んだロモという生徒が座っていた。獣人の耳をそわそわと動かしながら落ち着きなく部屋を見回している。ロモは猫の獣人だ。対してイデアは着古した部屋着に学校指定の白衣を羽織ってくつろいでいる。

「綺麗に見える? そのへんけっこうホコリたまってるよ」

イデアは冷たくそう答えた。実際イデアはこの部屋をそれほど綺麗だとは思っていない。彼の実家のピカピカに磨かれた床に比べれば、たいていそんな風にちょっと汚れて見える。

ロモはイデアの機嫌を損ねたと思って「すみません」と小さく謝罪した。

イデアは気分屋だ。機嫌のいいときはとことん良いが、機嫌の悪いときはとことん悪い。機嫌のいいときのイデアは神様みたいになんでも与えてくれる。ロモはそのときのイデアになってほしくて糸口を探した。

たとえば手土産に持ってきたお菓子とか、このあいだ購入した電子書籍とか、きのう読んだカーデザイナーのウェブ記事の話題なんかもいいかもしれない。ロモはイデアに興味を持ち続けてもらうため、機嫌よく過ごしてもらうため、日常のどんなこともイデアに関連づけて過ごす癖がついていた。イデアに喜ばれるならなんでもいい。

でも、イデアに喜んでもらう一番の方法は簡単だった。イデアは『猫』を撫でるのが何より好きだから。ロモはイデアが自分のような一生徒と交際している理由もそこにあるとわきまえている。

「ねえ。それより」

イデアは続けて「こっちおいで」と言って薄く笑った。

ロモはいつでもイデアの許しを待っている。自分からということは滅多にない。イデアの機嫌を損ねないためには彼から教えてもらうのが一番いい。待ちに待ったイデアからの「おいで」にロモが顔を赤らめて彼の近くに擦り寄ると気まぐれに爆ぜるイデアの髪が頬に触れるほど近づいた。

イデアが自分と交際する理由、それがなんであってもかまわないとロモは割り切っている。いま彼が自分を特別にしてくれている、それで十分満足すべきだ。

イグニハイドでは寮生以外が寮内に入るにはセキュリティ管理者からあらかじめ許可されておく必要がある。ロモへの許可は寮長であるイデアがおこなった。イデアから入室を許可され、イデアに選ばれ、いまイデアのパーソナルスペースへの侵入を許されている。ロモはその甘美な響きに酔いながら頭を垂れてイデアに服従を示した。

自分は幸せだ、そうロモは思った。

「やっぱり猫たんはいいねえ。はあー、かわいい」

イデアは文字どおり猫撫で声でそう言った。「よしよし。いい子いい子」と言ってロモの猫耳を両手で遠慮なく撫でている。さっきまでとはまるで態度が違う。

ロモは耳を触らせながら、優越感に浸っていた。快感物質が分泌されているのが自分でわかる。

イデアはやわらかい毛に覆われた動物が好きだ。人間にはそれがないから好きになれないのではと思うくらい猫や犬の触り心地が好きだ。獣人の耳や尻尾に触れることはイデアを心底癒やしてくれる。ロモの前の恋人も、その前もそのまた前も恋人は獣人だった。そんなことをイデアがロモに説明したことはなかったが野暮なので今後確認することもないだろう。

欲望に忠実な自分をごくたまに恥じるくらいにはイデアは獣人が好きな自分に自覚的であるがそれがなんだと言うのか。見よこの少年の悦に入った表情を。イデアは癒されロモは悦ぶ。損をする人間が誰もいない。合理的だ。効率的だ。

イデアは非効率的なことが嫌いだ。非効率的な勤勉さは怠惰と同じだと思っている。

しばらく好きに撫でているとロモが顔を上げた。目はうるうると潤んで息を弾ませ、欲情していると一目でわかるような様相だ。

「イデア先輩、俺も触りたい」
「フヒヒ、素直でいいですなあ」

イデアは拒否しなかった。

ロモはイデアの長い髪をおそるおそる避けて白衣に手をかけた。

イデアの髪は燃えているが触っても少しも熱くない。淡く輝いて透明感のあるブルーは燃えているのにかえって冷たい印象を与えている。イデアが冥府の番人ならば一筋の光も差さない地下の底にあっても彼を目印にできて安心だとロモはぼんやり考える。彼が神様の血を分けた末裔だと言われても「そうか」とあっさり信じるだろう。

白衣を脱がしてロモはイデアをそっと押し倒した。もう何度もイデアに触れているのにテキーラを何杯もあおったかのように心臓が激しく脈打っている。

ロモの指先は震えていた。だってこんなのたまらないじゃないか。人間嫌いで自分本位で金持ちで権力を持った男に「かわいい」と笑いかけられて。タブレットを通じてコミュニケーションを取りたがる男にわざわざ呼びつけられ、いまロモはイデアのテリトリーで彼の体の上にまたがっている。ロモはその事実だけで恍惚として口元を自然と緩ませた。

ロモは布越しにイデアの下半身に触れながら、自分の上半身をイデアの胸板に重ねて頬擦りした。

これはマーキングだろうか。それはロモにもわからない。本能的な行動であることは確かだ。

本能が、欲求が、満たされていくのがわかる。

イデアは自分に甘えるロモの頭を優しく撫でてやる。もちろんふわふわの毛に覆われた可愛い耳にたっぷり触りつつ尻尾の方にも手を伸ばした。

そのとき突然ロモのポケットに入った携帯端末が電子音を鳴らした。二人とも驚いて飛び起きた。

「すみません!」
「あっ、電話。……いいよ、出て」

ロモは端末に表示された名前を見た。同じ寮の先輩だ。ダンス部で知り合ったが部活動に熱心というわけでもなく余りいい噂のない先輩だ。

ロモが電話に出るあいだ話しを聞くのも悪い気がしてイデアはベッドを離れてデスクの方へ行った。イデアはロモの交友関係に興味はない。ロモが他の男と浮気などしていれば話しは別だが幸い今のところそのような心配はしたことがない。ネットニュースを流し見しながら時間をつぶしていると電話を切ったロモに声をかけられた。

「イデア先輩、すみません。お待たせして」

それからロモは「寮の先輩に呼び出されちゃいまして」と歯切れ悪く言った。

「そう。じゃあ……」

イデアはそう言ってロモを見つめたがロモが気まずそうに下を見ているため表情は窺えない。恋人とこれからというタイミングではあったがイデアはそれで怒ったりはしない。陽キャには陽キャの付き合いがあって大変だなあと思っているし、どちらかと言うと関わりたくないのでこの話しは終わりにしたい。

一方でロモは「引き止めないんだ」という言葉を飲み込んだ。

ロモがじっとして動かないのでイデアは「行かないの?」と言って反応を窺った。

「寮の先輩、俺のこと嫌いなんですよ。こんな時間に呼び出すのも嫌がらせかも」

ロモはそう言って顔を上げた。

イデアは不思議な気持ちでロモを見返した。なぜロモがこんなことを言うのか少しもわからないが、なんとなく気まずくてすぐに顔を逸らした。

「へぇ。そう」

イデアの返事はそれだけだった。

ロモは泣きたくなった。みっともなく泣きついてイデアに慰められたいと思った。

こんなに好きになるなんて。

こんなはずじゃなかった。

イデアは陰キャと自称しているがその本質は温厚さにある。イデアは周りに合わせて騒ぐことはないし雪玉をぶつけられても怒らないしいつも自分のペースを崩さない。イデアはその温厚さとマイペースさで時折年上らしい振る舞いをする。ロモにはイデアが寮生に慕われる理由がよくわかる。

もし自分がイグニハイド寮生で彼に庇護してもらえたらどんなに良かっただろう。

イデアは頭がいい。秀でた才能がある。家柄もいい。髪は燃えているが背も高く容姿もけっこういい。持って生まれたものがこれだけあるのに、そのうえ勤勉で温厚で面倒見がいい。

イデアが怒ったり感情を露わにするのは自分が愛情を注ぐものを否定されたり汚されたり攻撃されたときだけだ。

イデアが愛情を注ぐもの。

オルト・シュラウド。崖っぷちもいらす。魔導工学。好きなアニメ。好きな映画。勤勉さ。

ロモはそこに自分が含まれていないことに気づいてしまった。

イデアは自分に愛情を注いでいない。自分が攻撃されたとき、イデアは自分のために怒らない。オルトが誰かに呼び出され嫌がらせされたらイデアは絶対に黙っていないし全力で報復するだろう。オルトと同じにはなれないにしても、少しは自分に心を砕いてくれると信じたかった。

現実はいつも厳しい。

まあそうだろう。ロモは勤勉とは言えないサバナクロー寮生だし魔導工学への興味もそんなにない。

こんなことなら下手な試し行動などしなければよかったとロモは後悔した。気づかなければずっと幸せでいられた。

イデアは悪くない。イデアはこのことに無自覚だ。イデアはロモを恋人として特別扱いしており他の生徒とは明らかに区別している。イデアは誰かれともなく部屋に招いたりしないし、まして体の関係など持たない。ただそれが愛に基づくものではなかっただけのこと。

ロモは顔を引きつらせて「じゃあ行きますね」とかすれた声で告げて部屋を出た。そうするしかなかった。

いつかイデアの心を射止めて彼から心底愛される人が現れるだろうか。そんな人が永遠に現れなければいいとロモは願った。そうすれば『自分がイデアに愛されなかった』のではなく、『イデアは人を愛せなかった』と思える。

ロモはイグニハイドの暗い廊下を歩きながらイデアの不幸を願った。

寮から出ると雲のない星空に流れ星が見えて、ロモは息を吐いて笑った。それは余りに綺麗で神様が願いを聞き届けるに相応しい夜と思われた。

願いをどうか叶えてください。

ロモは立ち止まって手まで合わせて心の中で願った。

イデアが誰も愛しませんように。

イデアが誰も愛さなければ、イデアの恋人はみんな救われる。自分もそうだ。

ロモには転んでもただでは起きない不屈の精神がある。傷ついて一人で泣くのは性に合わない。ときどきサボったり人の不幸を願ったりするくらいがちょうどいい。何度くじけても、何度自分の理想が覆されても平気だと確信している。生まれ持ったものが少なければ他の何かで補えばいい。

ロモは顔を上げてまた歩き出した。

その顔には物語のはじめにヴィランズが浮かべるような悪い笑みが浮かんでいた。
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