※ゲイパロディ
【円と線の交点】
縁には二人の男が座している。ひとりは酒に酔っているのかやや頬が赤い。しかしその背は板でも当てているかの様に真っ直ぐ伸びている。名を源博雅と言う。博雅は逞しい腕で自らの杯に酒を注いでいる。
「お前は私のことが好きなのか」
もうひとりの男は柱に背を預けて庭の草木を見ながら言った。この家主である安倍晴明だ。晴明は紅を引いた様に赤い唇を弓形にしている。
風がなく、しんと静かな夜である。
「ああ、そうだな」
「なんだ。随分と簡単に認めるのだな」
晴明はくくっと笑った。
「本当のことだからだ」
博雅の言葉に晴明は楽しそうに笑っている。
「博雅、私は揶揄ったのだよ」
「何がだ」
「分からないか。お前が男色で、私に興味があるのではないかと、そういう意味で言ったのだ」
博雅は真面目な顔のまま実直な目を晴明に向けた。
「分からないな。どうしてそれで揶揄うことになる」
博雅の言葉に、晴明は思わず素顔に成った。その一瞬を博雅は見逃さなかったが、晴明の言葉の意味はまだ分からないようだった。
「お前は本当に良い漢だなあ」
「なんでそうなる」
博雅は少しむっとして杯を口元にやり、揺れる酒を一気に流し込んだ。
「私はお前のそういうところが好きだ。お前はずっとそのままで居ろよ、博雅」
そう言われた博雅の頬が赤く成った。酒に酔ったのか褒められて照れたのか、晴明はそれを横目に面白そうに見た。
「お前の言っていることは俺にはさっぱり分からない。ちゃんと説明しろよ、晴明」
博雅は瓶子を持って酒を注いだ。むっとしながらも晴明の杯にも酒を足してやっているところが、また晴明にはおかしかった。
「本当に知りたいか、博雅」
少し低くなった言葉に、博雅は晴明を見た。
晴明の白い肌に、赤い唇がよく映えている。晴明の顔に浮かべられる微笑は底知れぬ妖物のそれのようであった。
博雅はぞっとして左手で太刀の鞘に触れた。
「なあ、知りたいか、博雅」
「恐ろしいことを言うな」
博雅は晴明から目を離さない様にして答えた。
自分たちの他には生命の気配が全くない静寂の宵闇に、晴明の声が不気味に反響した。博雅にはその声が頭の中に直接届いた気さえした。
「俺はただ、知りたいかと尋ねただけさ」
晴明は品の悪い笑い方をして、白い歯が覗かせた。声はいつもの調子に戻っている。
「脅かすなよ」
博雅は身体から力を抜いた。掌はじわりと湿っていた。
「俺には余り恐ろしいことを言うなよ、晴明。俺はお前をいつか斬って仕舞いそうだ」
晴明は「その方が恐ろしいではないか」と言って笑った。
博雅は一口酒を飲んだ。その口はいつも以上に真面目に引き結ばれている。
「なあ、晴明よ」
博雅は晴明を見て言った。
「なんだ」
晴明は捉えどころのない表情で庭を見ている。
「なあ、知っているか」
博雅は少し強調して言った。振り返ろうとしない晴明に、「晴明よ」とまた呼び掛けている。
「何をだ」
晴明は微笑して言った。その目は飽くまで庭の方にある。
博雅は仕方なく話しを続けた。
「お前は美しいそうだ」
「なんだ、急に」
「男だってお前を好きになるさ」
博雅は何故だか息が苦しくなった。
「俺だって……」
博雅は言葉を詰まらせた。
晴明が博雅を見ると、鋭く武人らしい目元に薄っすら涙が浮かぶのを見た。
「どうしたのだ、博雅よ。悪かった、もう恐ろしいことは言わぬから」
「違うよ、晴明」
「分かった。すまなかった」
「謝るな、晴明。違うのだ」
晴明は瓶子を持って博雅の手にある杯にそっと注いだ。
「そうだな。呑もう、博雅よ。お前と呑む酒は美味いんだ」
博雅は黙って杯の酒を一口に飲んだ。
「酒を足して来る」
晴明が瓶子を持って立ち上がった時、博雅がまた「晴明よ」と呼んだ。今度は晴明はしっかりとその目で博雅を見ている。
「俺はお前のことが好きなのだよ」
風が出て、庭の草木がさわさわと鳴った。
晴明は黙って家の中へ行った。酒を杯に足して戻ると、縁には博雅の姿はなかった。
「博雅」
晴明はそう呟いて静かに縁に座した。式神がその隣に座り酌をしている。
「俺もお前が好きだよ、博雅」
風に揺れる草木だけが、晴明の言葉に優しく答えた。