人形が好きだった。綺麗なものが。
自分の造った人形に命を吹き込むことができるなら、そう思っていた時にテンマに会った。人形が瞬きをするのを見てから私はテンマにアンドロイドのモデルを提供することに決めた。
人形が私を見たのだ。
テンマは『Der Zwillingsengel』を見た時にとても嬉しそうに感謝を告げた。「綺麗だね」って言ったから、私は自分が褒められたみたいに思った。
幻の6体目。
それは世界の何処かにいるという少女のアンドロイド。
レルムが6体目だとも思ったけど、レルムの見た目は男の子だったから違うんだと思う。あれならプッペの方が女の子らしい。
レルムは完璧。
レルムを見ると人間なんてアンドロイドに滅ぼされてしまえばいいのにと思う。そして創造者だけが生きる。美しいものとそれを造る者。
「あの子欲しいと思った?」
私が聞くとアレクシエルは笑った。珍しく声に出して如何にも楽しげに笑った。
「欲しいね、喉から手が出る程。しかし私が彼と居ても価値がない」
「『価値』なんて何処にも無いよ」
「君の描く絵には価値が在る」
そういうこと、当たり前みたいに言っちゃダメでしょ。
「あんなの布切れだよ」
「いいや、芸術だ」
「価値なんて、奇抜さとか希少さとかに言葉付けただけでしょ」
「君には好きな人はいるかい?」
「なんで」
「その好きな人のことを考えなさい」
アレクシエルはそこそこ真剣にそう言ったので私は大人しく従った。好きな人のことを思い浮かべてみる。
うん、浮かんだ。
「その人は、世界にただ一人しかいない?」
「うん」
「しかし本当は違う」
「なんで」
「世界にその人が5人居ても君は好きになるだろう」
なるかな。
「なるかも」
アレクシエルは私の頭に手を置いた。撫でるとか叩くとかじゃなくてただ置いた。じんわり温かさが広がる。
「誰にも価値が在る。全てのものに価値が在る」
「平均点出したらみんな価値なくなったりして」
「良いのだ、それで」
「良くはないよ」
「それでも誰かが価値を見出す」
「誰か?」
「私は君が人形屋ではなくても君の作品を気に入った。価値と価値観が寄り添って世界が成り立っているんだ」
それっていいな。
なんだかたまらなく人形を造りたい。
【魂の声】
レルムを欲しがったアレクシエル。なんでも手に入れる力を持つのにそうしなかったアレクシエル。楽しげに笑ったアレクシエル。
「絵を描きたそうな顔をしているね」
逮捕されて拘置されて20日で外に出された。人形を造れば前科は付けないと言われたから、私は美しく綺麗な双子の人形である『Der Zwillingsengel』を造って遣った。
それから私は人形を造れなくなってしまった。
「君の人形は、素晴らしかった」
素晴らしかった?
レルムは確かに最高に素晴しいアンドロイドだ。でも私の造った『Der Zwillingsengel』は偉い人間に強要されて造った最低の作品だった。
だから奪った。
そして私は魂を失った。
魂のない人形なんて芸術じゃない。どんなに綺麗なものでもそれは違う。魂を込められないなら人形なんて造る意味がない。価値がない。
レルムに命を吹き込んだのはテンマであって私じゃない。
綺麗なだけの人形は却って作り物っぽくて少しも生命の息吹というものを感じられなかった。
「どうした」
私は魂を感じられた気がした。アレクシエルと居ると、そんな気がするのだ。人形と向き合うとまた見失ってしまうのだけど、今はまた人形を造れる気がする。
「ちょっと出る」
「何処へ?」
「どこって言うか、ここを出るってこと」
「『ここを出る』」
アレクシエルは抑揚なく呟いた。
「ごめん。じゃあね」
人の心を動かすのは人の心だ。だから作者の魂が込められたものだけが芸術として存在できる。
私は再び魂を得た。
人形を造りたい。アレクシエルの魂に似た色の人形を。そしてアレクシエルに見せたい。
「待て。契約が違う」
なんだっけそれ。
「契約?」
「そうだ。ここから出て芸術活動を行うのは契約に反する」
「なんで」
「そういう契約だからだよ」
「なにそれ」
「モデルが必要ならここへ呼びなさい」
なに、それ。
「別に造ったもの外で売ったりしないよ」
「そういう問題ではない」
全然意味がわからない。
「じゃあもうその契約終わりにしてよ」
「契約期間はあと49週間残っている」
「え? そんなに待てないよ」
「君がサインした契約書だってあるんだ。君には履行する義務がある」
なんか、こわい。
「そういうのわかんない」
「必要なものは全てこちらで用意する。ここから出なければ好きな部屋を使って構わない。不満があるなら聞いておく。何がいけないのかな」
人形は、あの部屋じゃないと造れない。
「変だよ。なんか怖い」
「君が契約違反しようとするからだ」
「違反って、大袈裟だよね」
「違反は違反だ」
「ここを出るだけじゃん」
「それが一番の問題だ」
アレクシエルは怒っていた。何があっても怒ることはなかったのに。
「また戻って来るよ」
「その保証がない」
「じゃあ、一筆書くから」
「君はそのサインした契約を破ろうとしているのだろう?」
「絶対戻るから」
「その保証がない。ここに居れば良いだろう」
なに、これ。
「ここに居なさい」
「なんで」
「居て欲しいからだ」
なに言ってんの。
「出て行かないで欲しい」
アレクシエルは顔を真っ赤にして言った。そばかすのある白い肌はわかりやすく赤に染まっている。
「それって、プロポーズみたい」
愛してる、って。
「悪いかい」
アレクシエルは耳まで真っ赤にしていた。なんだか目も充血していて血走っている。静かで優雅で柔らかくて穏やかな人間離れしたアレクシエルが、丸で普通の男の様に見える。
「え?」
大体なんでこんな話になったんだっけ?
「契約なんてどうでも良いから、君にはまだここに居て欲しい」
「うん、いいよ」
だから戻って来るって言ってんじゃん。
早く人形を造りたい。
私とアレクシエルは暫く見つめ合った。アレクシエルは愛を込めて見つめたと言うより呆然と私を眺めて居た様な感じだったのでロマンチックではなかった。
「でもさ、ここじゃ人形造れないじゃん」
「『人形』?」
「必ず戻って来るからさ、ちょっとだけ待っててよ」
「『人形』を造るのか?」
「うん」
「本当にまた戻って来るのかい?」
「約束のチューしてもいいよ」
アレクシエルは笑った。声を上げて盛大に。
「それは君が戻って来た時にお願いするよ」
アレクシエルはそう言って私の頭を撫でた。私の魂が喜んでわくわく震えた気がした。