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飯ならどこでも


出勤すると、連絡すら寄越さない子供が執務室で待っていた。
「よう」
エドワードがいつもの赤いコート姿で、ソファーにふんぞり返っている。小さいくせに存在感だけは一人前だ。
「久しぶり過ぎて顔を忘れるところだぞ。鋼の」
「いやー、予定が狂っちまってさー」
私達は、こんな気軽に言葉を交わす仲だっただろうかと思いながら、報告書を受け取る。一通りの小言を少しの嫌みと混ぜながら話し、彼の近況を聞き出してゆく。
兄弟が好きに動けるようにと裏から手配をしてはいるが、旅に出たまま全く連絡が無いと不安になる。
何か事件を起こしたり、巻き込まれていないだろうか。怪我などしていないだろうかと。
まあ、私の心配は一方的なものなので、彼ら兄弟、とりわけ兄のエドワードには全く届いていないのは承知の上なのだが。

しかし、今回の訪問はいつもと少し様子が違う。機嫌が良いのか、エドワードは自分から雑談をよく喋った。
「なあ。大佐は、デートしたい相手をどうやって誘うんだ?」
まさかこんな言葉をエドワードから聞く日がくるなんて。私は驚きを隠しながら書類をめくる。
「なんだ。気になる子でも居るのか」
「何を口実に誘ったらいいのか、見当つかねえんだ」
彼だっていつまでも子供のままではないのだ。いつまでも小さいけど。
相手は誰なのだろう。あのリゼンブールの幼なじみだろうか。旅の途中で出会った少女とかだろうか。
私はなぜかとても複雑な気持ちになって、取り繕っているが落ち着かない。胸の中を目の粗いヤスリで撫でられたみたいな。ざらざらとして、先ほどからとても痛い。
「相手が興味のありそうな場所に誘ったらどうだ?。芝居や買い物、博物館とか」
「実は好みとかあんまり知らなくて、これから仲良くなって知りたいって思ってて」
「ならば、食事に誘えばいい。別に素敵な店でなくていい。何度も繰り返して一緒に食事を取るよう、声をかけてはどうかね」
「食事かー」
「食事は誰でも必ず必要な行為だし、食べている間は必ず一緒に過ごせる。相手の好みも知れるチャンスにもなる」
「そうか。なるほどね」
エドワードはいつになく素直に私の言葉を聞いている。
本当は、こんな話はしたくない。エドワードに恋の必勝法を授けるのは、なんだか抵抗感がある。どうしてかはわからないけれど。

エドワードとそんな話をしたり書類を書いたり、そうこうしているうちに、昼の鐘が鳴った。
「もう昼か。大佐はどこで昼飯食うんだ?」
「外へ出るのも面倒だから、最近はずっと食堂だよ」
「なら、ランチに鶏のハーブ焼きが美味い店があるんだけど、大佐も一緒に行くか?」
「ああ、いいね、鶏」
「皮がパリパリ。肉はふっくら」
「よし行こう」
昨日は豆と挽き肉の煮込みを食べたから、鶏はとても魅力的だ。
エドワードと外に食事に行くのもよく考えたら初めてだし、鶏はうまそう。楽しみな事が重なっているのに、私の中には先ほどの会話がまだくすぶっている。
これから仲良くなりたい相手ならば、幼なじみではないのだろう。ならば私の知らない相手だ。同じくらいの年の少女だろうか。年上の女性だろうか。
「大佐ってさあ、休みの日は何してんの?」
「寝てる」
「博物館とか行かねえの?」
「行ってもいいが、なかなか機会が」
「じゃあ今度、中央歴史博物館行こうよ。あんたがいたら裏に入れてもらえそうだし」
「いくら私でもいきなりは入れて貰えないよ。先に話を通して…」

この時の私は、エドワードがデートに誘う相手はどんな人物なのだろうかとそればかりを考え、気を揉んでいた。
少し考えたらわかりそうな事も、目の前に近すぎて全く気付かなかったのだった。


おしまい

夏の忘れ物3



夏にあったささやかな思い出話。交わる機会の無い世代との接触は未知の色をしていた。
私は夏に多くを期待しすぎているんだ。
自分が夏休みの当事者だった時だって、特に何もなかったじゃないか。その時々に付き合っていた彼女とデートしたりは普通にしたし、それなりに楽しかった気もするのだが、私の中での「夏」はイメージにより年々ハードルが上がりすぎた。今では遥か頭上で手さえ届かない。

「あのー」
かけられる声と共に、つん。と腕をつつかれて、声をかけられているのは私だと間違い無く認識する。振り向くと、金色の小さな頭。小柄な学生が私を見上げている。
「君…」
「やっぱりそうだ。美術館でソフトクリーム食べてたのあんただろ?」
目の前には先日の少年が制服を着て、こちらに笑いかけている。
「もしかして、あの時の人かなって」
白い肌は少し日焼けをしただろうか。滑舌が良く、ちょっと乱暴な話し方は間違いなく彼だ。
「すごい偶然だ、気がつかなかった。シャツのシミは落ちた?」
「まあなんとかした。それよりさ、ハンカチ借りたままなんだけど」
「ああ。あれはそのまま使ってくれれば良いよ」
「そういう訳にもいかねえよ」
白いシャツにネクタイ。学校指定の重そうな鞄を担ぐ。幾つくらいなんだろう。中学生…といった所かな、小柄だが言葉がしっかりしていて判断が難しい。
「ハンカチ返すから、連絡先…あー、今日さ、スマホ置いてきちまったんだ。暇で車内見渡してて、だからあんたに気付けたんだけど」
「偶然は重なるものだな。実は私もなんだ。手が空いたからこちら側へ来た。いつもはあの辺で…」
駅に着くアナウンスに、少年は、あ。と声を上げる。
「なあ。明日もこの電車に乗る?」
「毎日この時間だよ」
「えーじゃあ何で気がつかなかったんだろ。明日ハンカチ持って来るよ」
「いいのに」
「じゃあ明日!絶対だからな!」
少年は開いたドアから飛び出して、人の流れに紛れてすぐに見えなくなってしまった。金色の尻尾が翻って、光の筋を残す。
短時間の内に繰り広げられた再会劇を、逃げ場の無い周囲が聞いていただろうかと意識して急に恥ずかしくなる。
あの時の少年にまた会えるなんて。たまには携帯から離れてみるのも良いかもな。なんて悠長な事を考えながら、明日の約束が楽しみで私の心は浮き足立っていた。

慌ただしい彼との再会は残暑といったところか。諦めたはずの夏の余韻が、今年は少しだけ続く。





出会いが一番楽しいよね、という事で、おしまい

夏の忘れ物2


「おうわっ!」

一人の少年が、座っていた私の脚に器用につまづいた。両手にはソフトクリーム。何が何でも死守するんだという気迫の伝わる格好で、目の前に転がった。
「大丈夫か?」
起こしてやりたいが、手を差し伸べようにも私も片手が塞がっている。
とにかく、この事故でどちらが悪いかという議論は横に置き、こちらから手助けの意志がある事を表明する。
「立てるか」
「あー、これ一個持ってくれる?」
まさかのタメ口に不快感を出さないよう気をつけながら、彼が守ったソフトクリームの一つを受け取る。少年は起き上がり、私の隣に腰掛けた。
金色の長い髪を一つに括っている。さっき横切った金色は彼の尻尾だった。白い肌、はっきりとした目鼻立ちは幼いながらに整っていてみとれそうになる。
「いてー。前見てなかった」
「怪我は?」
「大丈夫。ソフトクリームが無事な…ら…あー」
彼が手にしていたソフトクリームは、斜めにしたらしく彼の服に垂らしてしまっている。
私は自分のソフトクリームを急いで食べ終え、ポケットからハンカチを取り出した。
「君は前を見ていなかった。私は脚を投げ出していた。責任は半々という事でどうかね」
「まあ、そうかなと思う」
「このソフトクリームを渡す相手は?」
「え?」
「まさか一度に二つを食べないだろ?」
「弟が」
私は彼にハンカチを差し出した。大きな瞳がぱちぱちと瞬く。
「私が触れて良いなら拭いてもいいんだが、通報されてしまうだろうからね。そっちも持とうか」
「え、でも」
「蟻がたかるぞ」
「たからねえよ!」
奪うように受け取り、ハンカチで服を拭う。広がるだけの染みは茶色。彼のソフトクリームはチョコレートで薄い色のシャツには天敵だ。
「早めに洗った方がいい」
「無理だなこれ…」
眉間にシワを寄せてもきれいな顔は様になる。サイドに長く下ろした彼の前髪にも、チョコレートソフトクリームがついている事に気がついた。金色の飴にチョコレートを付けたような色合いはとても甘そうに見える。
「じっとして。こっちもついてる」
被害が広がる前にと、指先で前髪を摘んでソフトクリームを拭う。急な接触に驚かせてしまったようだ。少年は固まったまま動かない。

「兄さん、何やってんの?」
彼と良く似た色合いの、短髪の少年がやってきた。ミュージアムショップで買い物をしたのか、図録を抱えている。
「君のお兄さんは両手にソフトクリームを握った状態で、私の脚につまづいて転んだんだ。君のソフトクリームは無傷だよ」
弟にソフトクリームを渡し、立ち上がる。
「私は食べ終えたから、君が座るといい」
「ありがとうございます。兄さん、お礼言った?」
「責任は半々…」
「もう!何言ってるのさ!」
兄よりも弟の方がしっかりした兄弟らしい。弟に礼を言われ、私はそのまま美術館を後にした。
ハンカチは置いてきた。誠意にしては薄っぺらいが、何も無いよりマシだろう。計算高い大人はそんな事を考えていた。



続きます


夏の忘れ物




携帯を忘れた。


気がついたのは電車に乗り込んでから。テーブルの上だとすぐに思い出したが、往復するほど余裕は無いので取りには戻れない。
いつも片手に鞄、片手に携帯を持ち、ニュースサイトを眺めて移動時間を過ごしているが、今日は空いた手でつり革をつかむ。帰宅するまで携帯のない生活だ。緊急連絡など来なければ良いのだが。


周囲の中吊り記事をぐるりと見渡しても興味の湧くような内容は見受けられず、窓の外は始まったばかりの九月が「もう夏は終わりましたよ」と八月ののれんをしまい始めている。周囲には学生達が二ヶ月前と同じように詰め込まれて、先週よりも混み合った賑やかな通勤電車。

そう、夏休みは終わったのだ。

学生時代より会社務めの年数が長くなっても「夏休み」という言葉には心が躍る。憧憬に胸の奥が焦れるような感覚を覚える。
始まらないはずのそれに何かを期待して、終わる寂しさに肩を落とす。ガラス窓の向こう側にある、もう決して交わらない世界を眺めて一喜一憂しているだけなのだが、どうしても漠然とした「夏休みがもたらしてくれる、ものすごい何か」が向こうからやって来てくれるんじゃないかと思っている自分がいる。いい年をして、おこがましいのは理解している。それでも当事者になりたい欲は無くならず、年を経る毎に膨らむばかりで。
それは、白馬に乗った王子様が目の前に現れて、今から舞踏会に行って結婚しようなどと言われるそれと良く似ている。認めたくはないが。

(…あり得ないなんて分かっているさ)

今年のお盆休みだって、結局何もせずに終わった。気になっていた美術展に行った程度で新しい出会いとか嬉しいハプニングとか、そういった類は一切無かった。
いや、ハプニングならちょっとだけあった。


美術展を見終えた後、中庭でソフトクリーム買ってみた。
真夏の暑さの中で冷たいソフトクリームを食べたかったんだ。蝉時雨が絶えず降り注ぐ木陰のベンチ。目の前の道には強い光と木の枝が和らげた影のコントラストが美しく落ちている。夏を感じるには素晴らしいシチュエーションだ。
同じ事を考える人達で、アイスクリーム屋のワゴンは列が出来ている。私もそこへ並ぶ。ソフトクリームなんて何年ぶりだろう。
わざわざ暑い中、並んで買ったソフトクリーム。先端を舐めれば冷たく甘い刺激が欲を満たす。
ベンチの端に腰掛けて堪能していたら、足に痛みが走り目の前 を金色の光が横切った。





続きます

中二病その4





今日も先生を捕まえようと躍起になっているオレがいる。
 新しい夢のエピソードを仕入れても、先生に報告できなきゃ意味が無い。一人で記憶を増やしたって仕方ないと最近は思うようになっきてる。これは相当重症だ。

 増田先生は担任なので、いつでも顔だけなら見られる。朝は朝礼から、現国があれば授業中と、あと帰りの会も。でも、前みたいに十分な時間を取る事もそれを予約する事も難しい。授業の間の休み時間だけじゃ足りないんだってば。
 放課後に待ってる作戦はどうだろうか。なんでも、どの先生も夜遅くまで仕事が残っていて大変らしい。何時まで居残ってればいいんだろう。教員室にいたら他の先生に怒られるし、教室に潜んでたらそれこそ親も呼び出しをくらいかねないから、約束が無いと難しい戦法だ。
 先生にあんまり迷惑かけちゃダメだよなーって思いつつ、迷惑でも聞いて欲しいとオレの中の我が儘が顔を出す。こんな気持ちは初めてで、どうしたらいいんだかわからなくなる。駄々を捏ねている子供みたいじゃないか。親にだってこんなに甘えた事無いのに。きっとこれが『依存』ってやつだ。

 今朝見た夢は、これこそ先生に言いたいエピソードだった。
 先生は軍人で、研究者でもある。焔を操るそれはそれは強い錬金術師だ。研究者でありながら部下を率いて、若いのに出世までしてる。頭も良くて強いなんて、先生はなんだかすごい(って先生じゃないけど、名前わかんないから先生って事で)。
 そんな有望株だからか、女性にはモテていたみたいだ。オレは勝手にやきもきしてはイライラしていたみたい。そりゃあそうだろ。男で子供なんてこの恋愛には不利だ。先生にだって女の人が似合うに決まってるし。

 (そういえば、先生は結婚してねえよな。彼女とかいんのかな。あれ?好きな人がいるって言ってたような…)

 そうだ。自分の話をすることばかり考えていたが、先生の好きな人の事を聞ける権利がオレにはあったはずだ。ああああ、思い出したらものすごく気になってきた!聞きたくないような気もするけど、やっぱり聞きたい。複雑だが衝動が収まらない。その勢いのまま、授業も上の空でひたすら放課後を待った。


 一番に捕まえて、オレの時間分をもぎ取れないだろうか。その後の用事はちょっとだけ先送りにして貰えないだろうか。都合いい事ばっかり頭を駆け巡って、授業終わりのチャイムと先生の『では終わります』という言葉が重なった瞬間に、もう立ち上がっていた。

「先生!」
「なんだ?エルリック」
「先生はこの後…」

 言いかけた言葉を切るように、横からクラスの女子が入ってきた。

「せんせー!。指導室のカギ借りといた方がいいですかー?」
「ああ。そうしてくれ、すぐに行くから」

 何だか用事がありそうな雰囲気。またオレは捕まえられないのか?。それでも未練たらたらに先生に話しかける。

「先生。時間はないかなやっぱり」
「悪いが先約が」
「先生!早く行こうよ!」

 ちょっと話してるだけだって言うのに邪魔がひどい。割って入った二人目の女子だが、こいつとはあんまり仲良くない。いつもキンキンした声で大騒ぎしてて、どちらかと言うと嫌いな人種だ。
 なんとそいつはオレを無視して、先生の腕を掴んだ。組むまではいかないけど、その馴れ馴れしい仕草に、血が逆流したかのようにカッとなった。

「先生!」

 つい負けじと、オレも反対側の腕を掴む。うわあ何してんだどうしよう。向こう側では女子があからさまにムッとした顔をしている。放せよ。オレと先生はお前よりも大切な用事があるんだからな。口に出そうになるけどぐっと飲み込む。

「エルリック」

 先生の手が、腕を掴んでいたオレの手を外した。

「これから約束があるんだ。またにしてくれないか?」

 拒否されたという事実に一気に血の気が引いた気がした。先生の少し目を伏せた表情は、なんというか冷たい感じがして。そのまま行ってしまう背中を何も出来ずに見送る。
 あれ、何だろ。鼻の奥がつんとしてきた。慌てて男子トイレまで走って、個室に駆け込んだ。途端に歪む視界。

 オレが邪魔したのはわかってる。でも、わざわざ外さなきゃならなかったのがオレの手だったという些細な事実が悲しい。向こう側から勝ち誇ったような顔をしていた女子がまた悔しさを煽る。あいつ絶対に先生の事好きだよな。馴れ馴れしくすんじゃねえよ。あーくそ、鼻が垂れてきた。トイレットペーパーをぐるぐるに巻いて鼻をかむ。こんな事で涙が出るなんて、オレはおかしくなっちまったのか。
 自分が先生に依存してる事も、今だってオレが悪かった事も。他人の言動を見ているかのように冷静に判断が出来ているのに、どうして、こんなに。

(…こんなに、悲しいんだろ)

 なんか、夢の中のオレの気持ちが分かるような気がした。女相手に負ける絶望感とか、気持ちが届かない悲しさとか。
 あての知れない旅だけでも大変なのに、こんなに辛い気持ちも抱えてるのに、夢の中のオレは全てを胸の内に隠して進んでいた。あれは本当にオレなんだろうか。今のオレは、あんなに強くなんかなれないよ。




 しばらくそんな日々が続いた。相変わらず夢を見るけど、新しい事実にも興奮はしない。先生に伝えられない事が増えていくのがひたすら辛い。
 先生はいつになったらオレの話を聞いてくれますか。先生の好きな人ってどんな人ですか。先生はなに考えてんの。先生、先生、先生。
 こんな事になるなら、夢の話なんてしなけりゃ良かった。夢なんて見なけりゃ良かった。何処にもぶつけられない八つ当たりを繰り返して、オレは今夜も嫌々眠る。


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