思い詰めて眠れぬ夜があるなんて事を、初めて知った17の夜。
夜寝てなけりゃしわ寄せが昼間に来て当然で、講習の時にうつらうつらしてるのを先生に見つかって問い正された。
「…夏には、色々な悩み事があるみたいで…」ってぼかして答えたら、先生曰わく、もうちょっとオレが若かったら盗んだバイクで走り出さなきゃならなかったらしい。オレ、それの元ネタ知らねえんだけど。
でも先生はしたり顔で、居眠りのお咎めもナシだったから良いとしておく。釘を刺しておくなら『先生、別に上手いこと言ってないですよ』ってツッコミくらいだ。
バイク云々とは関係ないんだけど、あれからオレは、恋愛で悩んだら全力で走って発散することにしていた。些細なショックを払底するには意外と効率が良かったからだ。
難点をあげるとしたら、帰り道の計算を怠ると時間がかかるという事。でも、悩みを晴らす為に走ってんのに、帰りはバスとかちょっと格好悪いじゃねえか?。
なので「今これくらいがオレの悩みの半分くらいか?」と途中で考えたりしながら走る。人も避けなきゃならないし全速力だし、以外と難しいのが良いみたいだ。
走ってだいぶ吹っ切れたとは言え、ロイさんへのメールが打ちづらくなって2日ほど放置してしまった。
携帯を握りしめて、文章を打っては消し打っては消し。結局送れないってのを繰り返した結果だ。送ってないのは自分の責任なのに、更に連絡は約束でもないのに、メールを怠ったという罪悪感が重なる。今更何を打ったらいいだろう。
このまま忘れられるのは嫌なので、また元の流れに戻したいと気ばかりが焦る。焦れば焦るほど言葉が滑ってしまう。
「どーしよー…」
ベッドに転がりながら、左右に移動を繰り返す。夜は「お疲れ様」とか「今日は暑かったな」とか他愛無い内容のメールを送るチャンスなのに、上手いこと言い訳が浮かんで来ない。いっそ言い訳なんかしないでフツーにメールしたらいいのに、今のオレにはフツーが難しすぎる。
握り締めた携帯がメールを着信した。秒で開けたらロイさんだった。
『最近大人しいね。
体調を崩したりしていないか?
元気になったら、また付き合って欲しい
真夏の雪だるま大作戦に参戦しないと!』
気遣いの中に女子高生みてえな可愛さを込めたメールを送って来やがった。
畜生!、好きだ好きだ好きだ好きだ大好きだ!。どうしたらいいんだろ、あんたが大好きだ…!。
悩んでいても、このメール一つでめろめろになれるオレ。やっぱり早めに会いたい。ロイさんと二人きりでアイスを食う、恋人同士のような至福の一時。あれを諦める事なんてオレには出来ないんだ。
久しぶりのメールだから、色気混ぜてちょっと押しとく事にした。アピールは怠っちゃだめだよ、やっぱり。ロイさんはただでさえ鈍いんだから。
『オレも、ロイさんに会いたい』
どうとも取れる言葉を一行だけ打って送った。流れで読めば『オレもアイス食いたい』だけど、額面通りなら『会いたい』だ。
困るだろうなあ、こういうメール。何返したらいいかわかんねえよな。俺だったら何もなかったみたいにスルーしとく。なのに。
「!」
再び震えるオレの携帯。開ければやっぱりロイさん。変なとこマメなんだよなあ。
『嬉しいな。君の予定が合えば、すぐにでも食べに行きたいよ。
あと、先日のアイス三昧の計画だが、日時を相談したい。少し先になるが、こちらの都合は…』
「きた…っ!!!!!!」
興奮に体温が上がって手が震える。血が逆流したらこんな感じだろうか。
勢いとやる気を見せるためには即答即答…っと、どよ…土曜日!?。夜!?。マジで!うあーチャンス来ちゃったんじゃね?これ!。
どうやったらお泊まりに持ち込めるだろ。オレの頭の中はそればかりで肝心の返事が進まない。
泊めてもらえるかはわからなくても、やっぱりパンツと歯ブラシは持ってくべきなのか?。万が一を狙うなら準備は整えとかないとな。
で、肝心の返事を返さないといけないんだけど、これが難しいんだってば。結局、即答できなかったけど悩みに悩んで返しておいた。
『土曜日の夜でオッケー!。講習が終わったらアイス屋で待ってる。ロイさんと一緒にアイス選びたいから。泊まっていいの?。俺はラブポーション・サーティワンとクリームソーダが食べたい。ロイさんが食べたいのも気になる』
メールにさり気なく質問を織り交ぜてみた。文章を長くして、わざと改行しないのがポイントだ。気付いてないならそれでもいい。ダメ元なんだし。
ちょっと押しすぎたかな、話が飛びすぎだったかな。メール送るの遅くなったから返事は明日だろうと油断してひっくり返ってたら、またメールが着信してる。
自分で書いたくせに返事を見るのが恥ずかしい。ロイさんにまた図々しい奴だと思われたかな。
『出来れば遅くならないうちに君を帰したいんだが。きちんと私の事をご両親に説明して、それでも了承を得られたら、…考えておく。』
え、何気にガード堅くねえ?。了承得ても「考えておく」だぜ?。これは焦り過ぎたかなあ。あー、やっちまった。恋愛は難しい!。しかし、迷いやマイナスな感情は1ミリだって見せちゃなんねえ。怯んだら負けだ。
『大丈夫、楽しみにしてる!ありがとう!』
否定せず、図々しいままにアタックしといた。でも、送信ボタンを押した後も後悔に落ち着かない。「明るく図々しいキャラで、押して押して押しまくる」という作戦を今更変える事は出来ない。
こういう時はあれしかないよな、やっぱり。
タオルを首に巻くだけで、何となくランナーに見えるから不思議だ。玄関で靴を履いていたら、アルに見つかった。
「…兄さん、何してんの?」
「ちょっと走ってくる」
「今?、こんな時間にこれから?」
「ちょっとだよ。すぐ戻る」
「鍵持ってってね、僕もう寝るかもしれないから。あ!買えたらガリガリ君!」
「……」
母さん達の説得にはアルの力も必要かもしれない。仕方なく帰りのルートにコンビニを入れて考えつつ、夏の夜へと踏み出した。
兄さんがリアル世代なら、知らないとかあると思う私はロイさん寄りだから仕方無い。
〇| ̄|_