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中二病その3

その3くらいだと思ってる。1は妄想文に、2は日記小話にあります。多分。




 ゆっくりと意識が戻って来る。まだ暗く世界は色も形も鈍くて、動かした腕の感覚だけがやけに生々しい。視界が定まる前に、手は右へ左へと枕元を触りまくってペンを探す。ぼやける視界にノートを開いて、何でもいいから覚えている事を書きなぐる。単語でもいい。感情でも感覚でも、色でも図柄でもいい。意識がクリアになる前に動かないと。夢の欠片が消えてしまう前に、一つでも多くの事を留める。
思いだそうと考えていると端から忘れてしまうから、深追いしないでとにかくペンを走らせる。もう思い出せないと感じたら、書き殴った単語を繋げる作業に切り替える。

 目が覚めてから夢を記すので『夢日記』って呼ぶらしい。ちゃんと覚醒する前に脳を使うのはあまりよくないとアルに言われたけど、できるだけ思い出したいからメモを取ってるだけだ。そもそも、何でよくないのかは頭のいい弟にもわからないらしい。

 今朝はまたとんでもない夢を見た。先生が大怪我を負った夢だ。強い敵と戦って、命に関わるような深い傷を負ったがなんとか助かった。でも、先生の腹には大きな痕を残
した。

(そういう事も、言っていいのかなあ)

先生は何でも言えって言ってくれたけど、自分によく似た人間が大怪我負ったりする話を聞かされて、嫌な気持ちにならないだろうか。先生は話に付き合ってくれてるだけだから、あまり不快な思いはさせたく無いんだ。保守的になっちまうなんてオレらしくないけど。
 相変わらず夢は時系列を無視して進んで行く。わからない事はそのままにして、わかった事だけ繋げた方が効率がいいみたい。とにかく先生の大怪我は時系列で考えると一番最新の情報だ。

 先にも進みたいが、掘り下げた詳しい事も知りたい。オレ達が何故旅に出たのか。アルは何故鎧姿なのか。どうしてオレには鋼の義手、義足がついているのか。
 それがきちんと判明したのが実はつい最近。飛び起きたオレはあまりの興奮に夢の内容を忘れそうになったくらいだった。


「先生、ちょっとだけいい?」
 待ちきれなくて、授業の合間に職員室に顔を出す。いたいた。増田先生発見。

「次の授業の用意があるんだ。話しながらでいいなら」
「荷物持つから、教室着くまで聞いてよ」
「楽しそうだね。何か進展があったのか?」
「すげー大事な事がわかった」
「なら日を改めたほうが」
「ちょっとだけでいいから先に聞いて欲しい!」

 増田先生は忙しい。捕まえて放課後に落ち着いて話をする事が、こんなに難しいとは思わなかった。オレを呼び出してくれた時は、きっと最優先にしてくれたんだろうな。だからこうして、授業と授業の間とか移動の時間を狙う。ほんとはゆっくり聞いて欲しいんだけど、全く時間が無いよりマシだ。

「アルの事なんだけど。アルってのは前にも言ったけどオレの弟な。あいつは鎧を着てるんじゃなくて、鎧に魂を定着してたんだ」
「興味深いね」
「中身は空っぽだけど、アルの精神は鎧と繋がってるから、なんて言えばいいのかな。アウトプット端末?。スピーカーみたいな。中身は別の所にあって意思も声も動作も繋がってて遠隔操作になってるんだ」
「どうしてそうなったのかは判明したのかい?」
「オレが…。オレがそうしたんだ。母さんを生き返らせようとして、二人で錬金術使って、『リバウンド』でオレは脚を、アルは体を持って行かれて…」
「そうか。ありがとう、エルリック」
「え?あ」
「続きはまた今度に」

 先生の困ったような顔に、何か悪いことをしただろうかと焦る。オレ達はもう教室の前に到着していた。必死になって説明してたから気がつかなかった。
 今日の話は核心に近い重要なエピソードだったんだけどな。先生はオレから荷物を受け取ると、君も遅れないように。なんて優しく告げて教室に入っていった。オレも教室に戻った。

 出来ればもっとちゃんと聞いて欲しかった。押し切ったのはオレだけど、この続きが大切だったのに。


 片腕と片足と弟の体を失ったオレは、暫く生きる屍のようだった。取り返しのつかない事をして、もうどうにもできないって思ってた。皆に優しくされる事すら辛かった。あんな姿にされたっていうのに、アルは一言も責めない。それが一番辛かった。十一歳の愚かな子供にはこの先の未来なんて一ミリ先も見えなかったんだ。

 灰色の毎日に突然、鮮烈な青が目の前に現れた。
 オレの襟首を掴み上げて怒鳴った。直にぶつけられる感情、空気が震える程の怒号。オレを叱り飛ばしたあんたは誰?誰なんだ。混乱の中で目に映るのは見た事もない人。この国の軍人だった。
その人はオレに軍属になれって言った。それは「可能性だ」とも言った。ピナコばっちゃんはいい顔はしなかった。ウインリイはもっとはっきり嫌だと言った。ロックベルのおじさんもおばさんも、その時悪化していた戦争に駆り出されていたからその気持ちもわかった。でも、オレの中に光が見えたんだ。それは煌々として強く、燃える太陽を覆う焔のようで、体の芯が焼けるように熱くなった。

それが先生だったなんて、ほんと、運命みたいだよな。正しくは「先生に似た人」なんだけど。本当にそっくりなんだ。ああでももっと偉そうに話したりするな、あいつは。増田先生はもっともっと優しいからなあ。いや、優しいのはどっちも優しいんだ。
 夢の中の先生も、オレら兄弟になんだかんだ言って優しい。協力してくれたり庇ってくれたり。しかもべたべたにただ子供を甘やかすんじゃなくて、一歩引いた所から憎まれ口なんかわざと叩きながら見守ってくれていて。その心強さと信頼に、オレは勝手な好意を抱いていった。
 最近のオレは夢と現実の関係を混同し始めている。他人事のようにそう感じているのに、夢の中のオレに引きずられて増田先生を意識し始めている。
 夢での先生は、オレに光をくれた人。道を作ってくれた人。優しく見守って、大切にしてくれた。言わば命の恩人だ。いくら敬愛しても男同士に恋愛感情なんて、オレがどうかしてたか、もっと大変な事があったのか。じゃなけりゃあんなに恋をこじらせたりしてないはずだ。

(これも言えない事だなあ)

 聞いて欲しいのはオレのわがまま。オレは錬金術師じゃないし、先生は軍人じゃない。話を聞いてくれてはいるけど、人生を助けられたほどではない。だけど。

(もっと話したいなあ。もっと時間あればいいのになあ)

 先生をどう捕まえようか、時間を作って貰おうか。寝ても覚めてもそればかりを考えるようになってしまっていた。



相変わらず中二病

※妄想文の「中二病こじらせると大変」の続き。



あれからもオレは、件の夢を見続けている。夢だから、見る時も見ない時もある。夢を見たとしても全然関係ない内容だったりして。そんな朝は落胆と苛立ちに機嫌が悪い。
でも時々、心を抉るような痛みを残す鮮烈な内容をオレに叩きつけたりする。そんなのにぶち当たると、数日は何も手につかなくなってしまう。

この間はとんでもなく酷い夢を見た。すげえショックで、オレのくせに食欲まで落ちたんだ。

「…エルリック、エルリック?。おい」
「は、はい」

身の入らない授業中。気を付けていたつもをなんだけど増田先生に捕まってしまった。エドまた寝てんのかよーと隣の席の奴に笑われたけど、今日は寝てない。ぼけっとしてただけだ。

「大丈夫か?」
「あー、まあ」
「後で指導室まで来なさい」
「…はい」

あーあ、怒られてやんの!呼び出しだ!って後ろの方から茶化された。一部女子からは、いいなー私も呼び出されたいーなんて声も上がった。違うよ。先生は心配して呼んでくれたんだよ。
オレが悩んでると増田先生はちゃんと気にかけてくれる。優しいなあ、オレのこと良く見てくれてんだなあ。でもこれは担任だからだ。受け持つクラスの生徒が授業中にぼんやりしてたら困るからだよな。


放課後の指導室は相変わらず狭い。フルーツジュースの甘ったるい匂いはこもるけど、今は息苦しさを感じない。閉鎖された小さな空間に二人きりで、オレの秘密をバカにせず共有してくれる。そんな相手に嫌悪感は無くなっていた。

「先生、オレどうなるんだろう。なんか、ダメだった。塞がった。欲しかった物は手を出しちゃいけない物で、オレらほんとどうしたら」

オレが欲しかった物は、沢山の人の命を犠牲にして成り立っているものだった。あれを使うって事は、沢山の命をオレらの為だけに使うって事だ。そんな事出来る訳がない。

「そうか。でも、あまり塞ぎ込むなよエルリック」
「どうせ夢だからって思ってんだろ?。まあ、そうなんだけどさ」
「違うよ。その落胆で探し物を諦めようと君は思ったのか?」
「…諦めるなんて選択肢は無い。だから行き詰まってる」

先生の言葉は魔法みたいだ。まるで探していた道に導くような、温かい光みたい。オレの中からするすると言葉が溢れてくる。

「でも前に進むよ、必ず」
「大丈夫だよ、君なら。沢山の人達に愛されている事を、どうか忘れないでくれ」

まーた気障な事言ってさあ。大きな手がオレの頭を撫でた。初めて先生と触れたかも。くすぐったい感情にちょっと照れちまう。先生もはにかむように笑って、二人で向かい合ってニヤニヤした。

「何笑ってんだよ。やっぱおかしいか?」
「違うんだ。君が…君が私を頼ってくれる事が、すごく嬉しいんだ」
「あのさあ、先生は先生が思ってるよりもずっと生徒から慕われてるよ。外見だけキャアキャア騒いでる女子だけじゃなくて、ちゃんと先生として」
「ありがとう。でもね、嬉しいんだよ」
「オレこそ。こんな話、真面目に聞いてくれんの先生だけだ」

オレの言葉に驚くような顔をしたから、何か変なこと言ったかと心配になる。でもすぐ目を細めて、柔らかい笑顔。

「…素直なんだね。そんな君も素敵だ」
「変なの」

あからさまに誉められると、くすぐったさも限界を越える。顔がむにゃむにゃして戻らないから、今日はそろそろ撤収しようと思う。

「ありがとう先生。また報告に来ていいか?」
「待ってるから、君もあまり先を急いで無理はしないように」


この頃から先生への依存は始まっていた。自覚もあった。バカにされそうな夢の話を大真面目に聞いてくれて、しかも心配してくれて。親身になってくれんのは先生くらいだ。でもそれを勘違いしちゃダメだし、追っちゃダメだったんだ。
止めておけば良かった。夢に執着するのも先生に報告するのも。少し後のオレが未来から戻って来られるなら、きっとそう言ったと思う。



そのうち続く。

秋は月見バーガー

※現代パロディ社会人ロイと学生?兄さん。オチも続きもないです。



秋は月見バーガー。
特にマクドナルドだけひいきしてる訳じゃないんだが、月見バーガーの宣伝を見ると国民的行事として食べに行かねばならん気になるんだ。

制限の無い独り身だから、どうにも外食やジャンクフードに偏りがちだ。
でも今夜は月見バーガー。どうしても月見バーガー。昨晩、ベッドに入った時から決めていた。だからではないが、仕事も早めに切り上げてきた。駅に向かう途中で見上げた夜空には満月が輝いていて、やはり今夜しかないと決心は堅くなる。


地元のマックに入って、持ち帰りかイートインかで迷う。出来たてを食べるのがベストだと思い、月見バーガーのセット、ドリンクは爽健美茶(←カロリーに対するささやかな抵抗)をイートインで。
夜九時をまわった店内はかなり賑わっている。学生グループの盛り上がる声がうるさいのは、いつの時代も同じだと思って諦める。
見渡すとカウンタータイプの席が一つだけ空いていたので、ねじ込むようにそこへ入った。

マックに来ること自体が久しぶりだ。摘んだポテトが熱くて揚げたてで、何本か口に放り込んでそうだこんな味だったと思い出す。油の味なんだろうか。マックのポテトはマックの味がする。そういえば、今ポテトは安いんだっけ。一つ買って帰ってつまみにするのもいいな。

今年は肉が大きい大月見なんてのもあって心惹かれたが、30代の胃には優しくない事はわかりきっているのでやめた。
3月に18年ぶりのスーパームーンだったから大月見なんてやってるのかと想像していたら、「シリーズ発売20年目記念商品として2010年に販売された「大月見(だいつきみ)バーガー」も再び登場」と、ニュースサイトに書いてあった。ハズレだ。
自分のロマンチストぶりに恥ずかしくなり、誤魔化すようにがぶりと目の前の月見バーガーに食らいついた。肉と、卵と、ベーコンとオーロラソース。こうだろうと思い浮かべて欲しい味であったことに安心する。

食べ進んでふと気がついた。目の前のポテトが既に半分無くなっている。そんなに食べたっけ?と考えていたら、隣から伸びてきた手が私のポテトをひょいと摘んだ。

(……?)

隣には小柄な学生が座っていた。金色の長い髪を一つに括っているが、どうやら性別は男みたいだ。視線は携帯の画面に釘付けで、メールを打ったり何かを見ていて周囲に注意を払えないようで。
彼の目の前のトレイは既に空になっている。トレイに置かれたポテトのケースと私のポテトの位置が近いから、間違えているんだろう。困ったなあ。『それは私のポテトですよ』と告げるべきか、『良かったら食べて下さい』と譲るべきか。微妙な判断に迷う。

「あ…」

困っていたらポテトを摘んだ手が止まった。

「わ、すいません!ポテト食っちまった!友達でもねえのに!」
「いや、いいよ。もし良ければ食べてしまってくれ」
「ちょっと待ってて!」

私の話も聞かずに椅子からぴょんと下りて、焦った様子で消えてしまった。数分後に戻って来た彼の手には、トレイ。その上にでかいポテト。

「ごめん、これ、良かったら」
「ありがたいが流石に食べきれないよ」

そうかー、どうしよう。と、困っている。よく見れば整った顔立ちをしている。背も思ってたより小さい。何歳くらいなんだろうか。かわいいなあ男だけど。

「じゃあさ、半分こ」

半分こなんて言葉が妙にくすぐったい。言動もかわいいとかどうしたらいいんだ。わさわさとポテトの半分を私のトレイに分けて置き、自分も席についてポテトを食べ始める。

「悪りいほんと」
「いいよ。君が忙しそうだったから、私も声をかけ損ねたし」
「ならもっと申し訳ねえや。なんかおごろうか」
「気持ちはいただいておくよ。君も言っただろ、友達じゃないんだからと」

君からそんなにおごって貰えないという意味で返したんだが、うまく伝わっていなかったようだ。

「じゃあさ、友達になればいいんだ。オレはエドワード。宜しく」
「よ、宜しく。ロイ・マスタングだ」

勢いに押されて、自己紹介した上に差し出された手を握って握手までしている。あれ、なんでこうなった。

「ロイさん月見?、オレ大月見食ったけど足りなくて」
「良く食べるな成長期か」
「そうそう、伸びてんの」

うっかり会社帰りのマックで友達ができてしまった30代なんですが、これからどうしたらいいんだか本当に迷うんだ。
そして、エドワードは既に携帯出して番号交換する気満々なんだが。

「ロイさんスマホ?いいなあー、オレまだ古いの使ってんだ」
本当に友達みたいな口調で話すから、私もうっかりメアドを確認してしまった。

月見バーガーはおいしかったですよ、学生の友達が出来ましたよ、しかも馴れ馴れしくてかわいいですよ、という満月の夜の話。





オチはないです。月見バーガーうまかったです。

最終電車とコンビニ弁当A



私も腹はそこそこ減っていたので、サンドイッチとおにぎり、ペットボトルの茶なんかを適当に掴んでカゴに入れたが、彼の選ぶスピードはもっと速く、あれよあれよと言う間に食料で埋まっていく。

「プリン…。こっちか、いや、こっち…あ、これ食ってみたかったんだ」

小さな体であんなに食べられるんだろうか。しかし幸せそうな彼に水は差せない。私は先にレジに向かって暇そうな店員に声をかけた。

「すみません。この辺りに宿泊施設はありませんか?」
「へ?」
「ホテルとか」

あの量の食料を暗い道端に広げて食べるのは困難だろう。しかも外は蒸し暑い。食べ終えてタクシーを呼ぶにしても、汗だくのまま路上に座って待つのはしんどい。ならばビジネスホテルを一部屋取ってしまうのが手っ取り早いんじゃないかと思ったんだ。まあホテルがあればだが。

「ああ、この道を真っ直ぐ行くと国道とぶつかるんで、そこを右に曲がると看板が見えますよ」
「助かった。ありがとうございます」

やはり無いわけではなかった、助かった。タクシーを呼ぶにしてもホテルから呼んで貰えるだろう。ちなみにカラオケや朝まで居られる店は近くには殆ど無いそうだ(あるにはあったが、スナックとの事で諦めた。彼を連れて行けない)。

会計を済ませて再び外へ出た。暗くてどこで道が繋がっているのか、遥か彼方に目を凝らすが私にはいまいち視認出来ない。

「この先にビジネスホテルがあるらしい。部屋が取れたらそこで食べるか?部屋代は私が払うから」
「や、そこまでしてもらうのは」
「申し訳ないが、私がこの暑さに耐えられない。君を一人で放り出す事もしたくないが、君に付き合って朝まで外に居る気力が無いんだ」
「オレは別に道端でも朝まで一人でもいいんだけど」

「もちろん、見ず知らずの相手と朝まで過ごすことに抵抗があるなら無理強いはしない。タクシーを呼ぶから君は食べたら帰りなさい」
「あんた頑固だな。…うーん、じゃあ任せた」

乗り過ごした仲間だし枕にしてしまっていた訳だし、それくらいはしても良いかと思うんだ。勝手な正義感だが子供を放置して帰りたくも無いし。

「あっちいなー。あんた大丈夫?」
「君こそ大丈夫か?」
「オレは平気。鮭ハラミおにぎりうめー」

熱帯夜の空気は湿度が高く、シャツも何もかもが水分を含んで泳げるほどに重い。汗を拭いながら暗い商店街(頭上の街灯に駅前商店街と書かれた旗がぶら下がっているので、一応信じてみる)を歩いて行く。ここも朝になりシャッターが開いたら、幾分かは賑やかになるのだろうか。
彼は隣で既におにぎりを頬張りながら歩いている。右手にペットボトル、左手におにぎりという隙の無い装備。重いビニール袋を持つのは私の役目になってしまうのは仕方ないんだろうか。

「先、見えるか?」
「あー、随分先が暗いから、あの辺が道に繋がってんのかな」
「目がいいんだな」
「おうよ。両目2.0だぜ」

得意げに笑う彼が、少し元気になったようで安心した。何かあったら親御さんに申し訳が立たない。

「あんた、名前はなんて言うの?。オレはエドワード」
「ロイ・マスタング。ロイでいい」
「ロイさん家はどこだよ」
「途中で乗り換えるつもりだった」
「オレはほぼ真逆。こっちから始発なら、終点辺り」
「君も寝過ごしたのか?」
「…あんたが寄りかかるから、降りられなかったんだよ」
「えっ!?」

あまりに驚いて、つい声を上げてしまった。静かな夜道に響いて、エドワードに「しっ!」と怒られる。

「起こせばいいじゃないか。若しくは邪魔だと押し返すとか、逃げるとか」
「仕方ねえだろ。なんかぐっすり寝てるし、声とかかけ辛いし!」
「すまなかった。しかし、何というか…お人好しすぎるだろ」
「タクシー代出すとかホテル代出すとか言うあんた程じゃねえよ」
「だって、子供一人を置いていく訳にいかないじゃないか」

その言葉に空気が変わった。機嫌の良さそうだった彼から、低い声が飛んできた。

「子供だと?バカにしてんじゃねえぞ!」
「君こそ声が大きいぞ。じゃあ幾つなんだ」

よく通る声が、先程の私の声よりも大きく真夜中の静けさに突き刺さる。あからさまに怒った彼をなんとかなだめて落ち着かせる。

「これでも20だ!」
「嘘だろ」
「今年で、20だ」
「19じゃないか未成年。……しかし、19というのは本当なのか?」
「大学二年生。こっちで一人暮らししてる。子供に間違えられんのはまあ、時々あるけど。ああもう腹立つなあ」
「すまない。悪気はなかったんだが」
「いいよもう」

そうやって拗ねる態度が子供っぽいんだがなあ。ぷりぷりしながらもおにぎりを既に食べ終えている。そんなところはしっかりしているが。
他愛ない会話を繰り返している間に、コンビニの店員が言ったとおり太い道路に突き当たった。

「結構歩いたな」
「そして、すぐ右手に看板があると…」

くるりと振り向いて思わず足が止まった。あまりの出来事に声も止まった。

「もしかして、あれが目的地?マジで?」

数件先には明るい看板が夜の闇の中で輝いていた。曲がるまで気付けなかったのは、手前に大きなタバコの広告看板があって、それに隠れていたからだ。
静寂には似つかわしくない色。そして書体。ピンク色のネオンの枠の中には少しうねった配置でこう書かれていた。



「ラブラブホテル ハッピーラブリー」

犯行理由は出来心です

※ポエムです




最初はちょっとした好奇心だったんだ。

目をかけてる子供と、司令部でしか会った事が無いなあとふと思いついた。

相変わらずあのちっさいのは可愛げが無くて、一定の距離以上は絶対に縮めさせない。別に恩を売りたい訳ではないから、可愛い笑顔や感謝の言葉までは期待していないさ。あれも小さいながら一匹の男で、それなりにプライドも高いだろうと予想もついている。

しかし、あまりにも遠い。物理的な距離も心の距離も。こちらが一方的に親愛の情を持ちすぎているのか?。
そうだな。例えるなら、あの雰囲気は近所の野良猫に良く似ている。餌をやっているから私の顔を見て寄っては来るが、絶対に触らせる事はない。手を伸ばすと逃げたり威嚇したり引っ掻いたり。会いたい時には出会えず、こちらには予告も無くふらりと現れる。
私は揺れる尻尾を眺めるだけで、それがふわふわなのか毛並みが固いのか、想像するしかないんだ。

もし、私達が過ごす時間がもっと長かったらどうなるのだろうか。ここが軍の司令部で、ロイ・マスタングの執務室でなければ。
私も軍服でなく、君もその赤いコートでなく、もっともっとリラックスしてぼんやり出来るような環境下だったなら、君は私と仲良くしてくれていたんだろうか。

可能性を思い浮かべれば浮かべるほど、年が近かったらとか軍属でなかったらとか、果ては異性であったならとか。現実からかけ離れ過ぎてきてなんだか可笑しい。
そんな非現実にちょっと好奇心が背中を押しただけだったんだ。
まさか、こんな事になるなんて。


今私は、自宅のソファーで小さな体を組み敷いて上から見下ろしている。
目の前には金色の瞳が蜂蜜の飴玉のように光って、射るような鋭さでこちらを見据えている。

「……離せ」

やっと開いた唇から、強い拒絶の言葉が投げつけられる。

「だって君が逃げるから」
「不穏な動きされたら逃げるに決まってんだろ。退けよクソ大佐」
「クソだなんて酷い」

手足をばたつかせるので、更に体重をかけ直して拘束する。掴んで押し付けた手首は細い。片方は肉で、片方は鋼。知ってはいたが触れるのは初めてだ。

「離せ!、あんた何が目的なんだ!」
「可愛くないなあ」
「こんな状況で、可愛くはいそうですかって従う訳がねえだろが!」

とにかく怒っている。乗っかって拘束されているのが気に食わないんだろうな。
仲良くしたくて家へ呼んだ。茶を飲んで菓子を食べて話をして、それからどうしたっけ。そうだ。彼の三つ編みに触れた。金色できらきらして綺麗だったから。
そうしたら、鋼のは驚いた顔をして飛び退き、距離を取った。ごめんと謝ろうと、伸ばした私の手を叩いて払いのけた。
なのに鋼のは、自分で叩いたくせに気まずそうな顔をした。そんな顔をするなら最初から叩かなければいいのに。どちらかと言えば私の手の方が痛いと思うんだがな。
この子は時折、そういう顔をする。自分で乱暴な言葉を投げつけておいて、相手が傷付いた様子をみると、驚いて辛そうな顔をする。無意識なんだろう。そんな様子は私の胸の奥を微かに苛立たせた。

鋼のの肩がが揺れた。これでは逃げられてしまう。そう思った瞬間に、立ち上がろうとした彼を押さえつけていた。

「鋼の、逃げることはないだろう?、悲しいじゃないか」

私は彼の機嫌を損ねないよういつも通りの優しい笑顔を作っていると言うのに、彼の警戒は解けない。実際、私の中には今までと違った何かが沸々としている。彼は本能的にそれを危険だと悟ったのだろう。

「いやだ、離せ、よ…っ!」
「離したら逃げるだろ、せっかく話をしていたのに」
「当たり前だ!」
「じゃあ、離せない」
「わけわかんねえ!」

激しく首を振った鋼のの前髪が、彼の目をつついている。痛いだろうと思って、両手で押さえていた手首を片手で纏めて強く握り直す。空いた片手で前髪を払おうと、そっと手を伸ばした。

「っ!」

その瞬間、彼の表情が変わった。いつも自信過剰で人を小馬鹿にしたような態度から、今まで見たことも無い表情。びくりと体を震わせ、そこに在るのは何かに怯える十五歳の少年の顔。

私を拒否して、更に怯えているのか?。ただ、前髪を払ってやろうとしただけなのに。
何故だか酷く悲しくなった。もっと近い距離にいると思っていたのは、私だけだったのか。そしてその感情は色を変えて、怒りに近いものとなり心を一杯に満たした。

出会ってから今まで、彼に見返りを求めているつもりは無かった。ただ、私にも笑ってくれたらと思っていた。いや、私は無意識に見返りを求めていたのだろうか。それだけ「でも」いいと言い訳をつけて。

「なんで、笑ってんだよ。何考えてんだよ…!」

微かに震える声が、唇の間から漏れ聞こえた。この機械鎧は、どうやって外すことが出来るのだろう?。そう考えていた事は黙っておいた。

元には戻れないのだろう。今よりもう少しだけ彼に信用されていたとは思うのだが。
私は彼と仲良くなりたかっただけなんだ。

強いて言うなら、それが動機。






監禁しちゃうんじゃないでしょうか。多分。
続かないです。
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