真夜中、カタリと鳴った小さな音に目が覚める。部屋の窓が開いたのだろう。ざらりと衣擦れの音も小さく聞こえる。人の気配に侵入者である事を察知して、意識はすぐにクリアになる。私の寝室は二階。明確な意図を持たねば、間違えて侵入するには難しい位置だ。
窓がそっと閉められる音に紛れて、枕の下に手を入れて発火布をはめる。既に侵入者の正体に目星は付いているが、何が起こるかはわからない。用心に越したことは無い。
万が一の事態に備えて、寒々しくても色気に欠けても、私は寝室にカーペットは引かない。計算通り、対象物が歩く度に、ぎ、ぎ、と床は軋む音を立て、近付いて来る距離が判る。
相手がベッドの横まで来て止まる。私の様子を窺っていたが、しばらくしてこちらに向かって、何かが差し出される。腕だろうと踏んで毛布を跳ね退け、射程内に入ったそれを掴んでベッドに引き倒す。
「うわっ!」
「国軍大佐の自宅に不法侵入とはいい度胸だな、鋼の」
「なんだよ!、こんな時間なのに起きてたのかよ!」
お前こそ、この真夜中に何なんだと思いつつ、小さな体をぎゅうぎゅうベッドに押し付けて腕を捻る。
「痛い痛い痛い!ギブギブ!」
ベッドをぱたぱたとタップする鋼の手に拘束を緩める。彼が座り直す間に、部屋の電気をつけた。
「…それは何の仮装だ」
「え?!、あんた知らないの?サンタクロース」
「だから、何故今君がその姿なのかと聞いているんだ」
「クリスマスの予行練習に」
「うちへ来るな!!!」
普段の服装と色味が似ていたので、微妙に気付くのが遅れてしまった。真夜中に家宅不法侵入してきた鋼のサンタクロースは、いつもの黒いズボンに、白いボアで縁取りされた赤い上着を着込んでいる。上着はフードもついていたし、背中に彼の師匠から受けたフラメルの紋章が付いていて、とても似通っているのだ。
「大佐は俺のために今年も独り身で可哀想だから、プレゼントをあげようかなと」
「お前の為に独り身な訳じゃないんだがな」
「仕方ないなあ〜。俺の夜這いを待ちきれない大佐には、ちょっと早いけどお土産をあげちゃおうかなあ〜」
「やっぱりサンタクロースではないじゃないか」
私の言葉は無視して、中途半端な大きさの袋を覗き込み、何やらごそごそしている。何かを背中に隠して、満面の笑みでくるりと振り向く。
「目え瞑って!」
「断る!」
「ノリ悪いなあもう…、わ!発火布なんて付けちゃって、おーっかねえ〜」
ぶつぶつ文句を言いながら、差し出されたのは、小さな紙袋。発火布をはめたまま受け取り、用心しながら取り出す。
「懐炉?」
「そう。あんた仕事でどこに飛ばされるかわかんないじゃん。あったかくして風邪なんか引くなよ」
「…ありがとう」
私を気遣う彼の思いやりに、じんわりとした。いつだって唐突で押し付けがましいが、その好意に時々救われている自分がいることも確かなのだ。
「ほんじゃ、帰る」
「茶くらいは飲んでいけ。お前のせいで目が覚めてしまった」
素手で子供の左手を掴めば、氷のように冷たい。侵入するタイミングを見計らい、この寒い中ずっと外にいたのだと思う。下らない事にかける情熱は相変わらずだ。人の心配をする前に、まず自分の心配をすれば良いのに。
「え、え、え、あの、ちょっと」
「運がいいな。今夜は何故かココアがある。鋼のは甘いのが好きだろう?」
私から彼に触れる事はほぼ無かったので、鋼のは困惑し真っ赤になっている。彼の手を繋ぐように握ったまま、私は平然と一階まで降りていった。
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前に骨董市で、素敵な携帯懐炉見かけたのを思い出して。
ココアは買い置きです。ツンデレマスタング。後日談はまた今度に。