「おうわっ!」

一人の少年が、座っていた私の脚に器用につまづいた。両手にはソフトクリーム。何が何でも死守するんだという気迫の伝わる格好で、目の前に転がった。
「大丈夫か?」
起こしてやりたいが、手を差し伸べようにも私も片手が塞がっている。
とにかく、この事故でどちらが悪いかという議論は横に置き、こちらから手助けの意志がある事を表明する。
「立てるか」
「あー、これ一個持ってくれる?」
まさかのタメ口に不快感を出さないよう気をつけながら、彼が守ったソフトクリームの一つを受け取る。少年は起き上がり、私の隣に腰掛けた。
金色の長い髪を一つに括っている。さっき横切った金色は彼の尻尾だった。白い肌、はっきりとした目鼻立ちは幼いながらに整っていてみとれそうになる。
「いてー。前見てなかった」
「怪我は?」
「大丈夫。ソフトクリームが無事な…ら…あー」
彼が手にしていたソフトクリームは、斜めにしたらしく彼の服に垂らしてしまっている。
私は自分のソフトクリームを急いで食べ終え、ポケットからハンカチを取り出した。
「君は前を見ていなかった。私は脚を投げ出していた。責任は半々という事でどうかね」
「まあ、そうかなと思う」
「このソフトクリームを渡す相手は?」
「え?」
「まさか一度に二つを食べないだろ?」
「弟が」
私は彼にハンカチを差し出した。大きな瞳がぱちぱちと瞬く。
「私が触れて良いなら拭いてもいいんだが、通報されてしまうだろうからね。そっちも持とうか」
「え、でも」
「蟻がたかるぞ」
「たからねえよ!」
奪うように受け取り、ハンカチで服を拭う。広がるだけの染みは茶色。彼のソフトクリームはチョコレートで薄い色のシャツには天敵だ。
「早めに洗った方がいい」
「無理だなこれ…」
眉間にシワを寄せてもきれいな顔は様になる。サイドに長く下ろした彼の前髪にも、チョコレートソフトクリームがついている事に気がついた。金色の飴にチョコレートを付けたような色合いはとても甘そうに見える。
「じっとして。こっちもついてる」
被害が広がる前にと、指先で前髪を摘んでソフトクリームを拭う。急な接触に驚かせてしまったようだ。少年は固まったまま動かない。

「兄さん、何やってんの?」
彼と良く似た色合いの、短髪の少年がやってきた。ミュージアムショップで買い物をしたのか、図録を抱えている。
「君のお兄さんは両手にソフトクリームを握った状態で、私の脚につまづいて転んだんだ。君のソフトクリームは無傷だよ」
弟にソフトクリームを渡し、立ち上がる。
「私は食べ終えたから、君が座るといい」
「ありがとうございます。兄さん、お礼言った?」
「責任は半々…」
「もう!何言ってるのさ!」
兄よりも弟の方がしっかりした兄弟らしい。弟に礼を言われ、私はそのまま美術館を後にした。
ハンカチは置いてきた。誠意にしては薄っぺらいが、何も無いよりマシだろう。計算高い大人はそんな事を考えていた。



続きます