スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

031十四段目



授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。鳴り始めと同時にテキストを鞄に突っ込んで、オレは誰よりも先に教室を飛び出した。階段を駆け降り、他の生徒にぶつかりそうになりながら予備校を後にする。
七月の夕暮れは、攻撃的な日差しは緩くなりつつも気温はまだ高い。走ればすぐに汗をかいて、今更しまったなあと速度を落とす。

今日はロイさんとアイスクリーム三昧の日。待ちに待った決戦の日。ガチに戦を仕掛けようとは思ってないけど、チャンスがあるならアタックしておきたいし距離を縮めたい。

待ち合わせはいつものように駅の改札口。夕飯食べて、アイス買って、それから電車に乗ってロイさんの家に行く。ロイさんは土曜日なのに仕事なんだって。ご苦労様だ。後で勝手にオレがたくさん甘やかしてあげようと思う。
オレは予備校(って呼んでるけど、実際は予備校内の受験講習)の帰りだから実はそんなに疲れていない。そういや、いつも学校帰りだったから私服で会うのって初めてだよな。でも珍しい格好してる訳じゃないからそんなに変わらない。Tシャツじゃ可も不可もないもんな。

駅前に着いたのは待ち合わせの十分前。夕方は相変わらず人が多い。
流れを邪魔しないように移動する。改札がよく見えて、冷房が少しでも流れて来そうな場所を選んで汗を引かせながら、人波を眺める。
こんなにも沢山の人が居て、同じ年くらいのサラリーマンのおっさんも山ほど歩いてるのに、誰一人にもときめかない。ロイさんという存在はオレには本当に特別すぎるんだ。
恋をしてオレは変わった。何度でもそう思い知る。今まで考え無かった事を思い付くようになった。些細なこと一つ一つが気になるようになった。自分がこんなに女々しいと思わなかったし、こんなに積極的だとも思わなかった。
初めての恋でこんなガンガンにアタック出来るのは、勝ち目がないと最初から頭ん中にあるからなのかもしれない。
まあ普通に考えたら、ホモでもないのに男に惚れて、相手は普通の人で、年齢差もあって立場も違うんだから叶う筈がない。悲しいけどもう分かりきっている。それでも、気持ちを止めることが出来ないんだから仕方がない。熱が冷めるまでオレは走り続けるしかないんだ。


電車が着いて人がぶわっと溢れて、改札を抜ける波の間からもうロイさんを発見した。今のオレにはレーダーが付いている。ロイさん探知機だ。
改札ギリギリまで迎えに行ったら向こうも気が付いて軽く手を上げて合図してくれて、そんな些細な事でさえ幸せを感じる。

「待たせたかな、すまないね」
「や、オレも今さっき来たとこだから」

スーツ姿のロイさんはいつもと変わらず優しくて格好いい。

「…私服、初めてかもな」

しみじみしてるオレの横で、ロイさんがこっちを見ながらぽつりと呟いた。

「ああ、そうかも。何かヘンか?」

今気付いたみたいに返すけど、オレは事前に気付いてたよ。今更気にされたら落ち着かないんだけど。

「あー、いや。行こうか。何か食べたい物はあるか?エドワード」

ロイさんは何か言いかけて止めた。何だよ止めるなよ気になるだろ!。でもきっと『年より幼く見える』とかそんな程度だろうな。よく言われすぎててもう怒る気も失せてる。

「オレは何でも大丈夫だよ」
「そうか、何にしようかな」

何も決めてない事を、二人でだらだら一緒に考えるのは楽しい。無駄な時間が全部楽しくなるなんて、そういう相手もいるんだなあ。また新しい発見をして、オレ達は店を見ながらしばらく歩いた。


前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2010年11月 >>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
アーカイブ