※昨日の続きです。
「ちわー。大佐引き取りにきたぜ」
「悪いわね、ありがとうエドワード君」
執務室に入ると、机に向かって書き物をしている大佐がこちらを向いた。中尉も書類の整理をしているところを見ると、大佐の役目はつつがなく終わったのだろう。部屋に流れる穏やかな空気を感じる。
「大佐、大丈夫だった?」
「ええ。大人しくて助かったわ」
「ちゃんと仕事した?」
「役目も果たしたし、幾つか仕事もして貰ったから、今日は帰っても平気よ」
「じゃあ、帰るか。ほら大佐」
何故か大佐は俺を見て身構える。なんだよそれ、俺が謝ってないのをまだ根に持ってるのかよ。
「あなたが来てくれて良かった」
「アルじゃなくて?」
「うーん、大佐の手元を見れば解るわ」
机に近づいて、大佐の手元を覗き込む。男が腕で牽制し、慌てて隠す紙をむしり取って、広げる。
「な、なんだこりゃ!?」
紙には、余白を埋め尽くすほど同じ単語が書かれている。エドワード、エドワード、エドワード…と、俺の名前が幾つも幾つも。
かあっと顔が熱くなる。恥ずかしくて堪らないけど、なんで俺が恥ずかしいんだろう。変な汗まで出て、中尉の前でどう取り繕っていいかの判断すら出来ない。
「午後からずっとその調子なの。エドワード君と何かあったのかと心配したんだけど」
「なっ!無いです無いです!ほんと、何もしてない…!!」
「昨日、ケンカしたんでしょう?さっきアルフォンス君から聞いたわ」
「あ…うん。そう、です」
後ろめたい事を隠していると、人はすぐにぼろが出る。中尉は知ってか知らずか、それ以上は追求して来なかったから助かった。
「ほら、バカ大佐。帰るぞ」
動揺を隠しつつ、大佐に帰るよう促す。それでも俺を警戒したまま席を立たないので、いつものように手を差し出して、繋ぐ素振りを見せる。それを見て大佐が立ち上がり、そっと手を繋いでくる。表情も軟らかくなった。
油断したところで大佐にコートを着せて 、マフラーをぐるぐるに巻いてやる。
「あら、手を繋いで帰るの?」
「小鳥を追いかけて、道路に飛び出した事があるんだ。だから、付き添いは手繋いだ方が」
「本当に老人介護みたい」
「ていうか、介護だと思ってるよ俺は」
「早く戻って貰わないとね」
「本当にな。中尉に迷惑かけっぱなしだ」
「私だけじゃないわ。あなた達兄弟にも」
本人を目の前にお互い迷惑だと言いながら、困りはしているが表情は明るい。老人はちょっと言い過ぎたかな。と、笑い合って司令部を後にした。
穏やかな夕方の街を歩く。大佐はしっかりと手を握って、まるで俺を離すまいとしているかのようだ。
「どこにもいかねえよ。安心しろ。そんで、昨日はちょっと言い過ぎた。でも、大佐も少しは反省しろよ?じゃりじゃりのベッドはあんただって寝にくいと思った筈だ」
俺の言葉にホッとした顔をして、嬉しそうに笑むから、なんだか調子が悪くなる。
こんな話、いつもだったらイヤミの二つくらいくるんで投げ返してきて、俺も強い言葉で返して…なんてやり取りになるのに。言葉が返って来ないというのは、こんなに寂しいものなのか。
「…なあ。公園行こうか。俺にもねこじゃらし見せてくれよ。綺麗だったんだろ?アルはずるいな。大佐と仲良しで」
「!」
ほんの少しだけ漏らした本音に、大佐がいきなり反応した。道端だというのに突然俺をぎゅうぎゅう抱き締めた。
「はっ離せ!わかったから離せ…!!」
何がわかったかは俺にもわからないが、とっさにそう叫んで体を押して離す。昨晩は離れて寝たから、大佐との近い距離は久しぶりのような気がして照れる。
「とにかく!公園行くぞ。そんで帰りに夕飯の買い物だ。ねこじゃらしまで案内くらいしろっ!」
手を繋いだ俺達は公園へと向かう。大佐は始終機嫌が良くて、尻尾が出ていたらパタパタ揺れていただろう。
どうして俺の名前を書いたのか。今聞いても答えは返って来ない。繋ぎ返される手の力が答えなのだと勝手に妄想して、仄かな期待に胸を高鳴らせている自分は、相当の馬鹿だ。
大佐の代わりで中尉やみんなも追い詰められているし、これ以上は大佐自身の立場だって危うくなる。俺達の旅も進まないし、アルも元に戻らない。
こんな事じゃいけない状況なのに、このままの生活も良いと心のどこかで思っている俺がいる。繋いだ左手は温かくて愛しくて、もう自分からは離せない。優しさを感じる程、胸の痛みはその分増した。
書き溜めた分は終了。また今度書いたら上げます。ありがとうございました!。