第3ドームから巡礼の地への定期便の発着乗り場にアルフレッドは立っていた。ここからは地上を走る自動走行車での移動になる。
彼の後ろにはポールとクラリスが立っている。見送りはいらないと言ったのだが、どうしても見送るとふたりがきかなかったのだ。
「アル、巡礼の地に着いたら俺の手配した運び屋が接触してくるから、そいつに乗ってくれ」
ポールがそう言ってアルフレッドに一枚のカードを手渡した。
「そのカードと同じものを持っている。何人かの運び屋が接触してくるだろうから、見分けてくれ。運び屋の認識番号は0909だ」
アルフレッドはカードを見た。荒涼とした砂漠の砂に置かれている砂時計の絵が描かれている。全体に暗いモノトーンだが、砂時計の中の砂だけが鮮やかな青色である。ガラスにひびが入っていて、青色の砂がそこからこぼれている。
「随分と幻想的な絵だな」
「大概は裸の女性の絵なんだがな。そいつは見た目と違ってロマンチストなんだ。信用出来る運び屋だ。これから使ってやってくれ。絵は乗り降りの度に変わるから、降りる時に次のカードを貰ったらいい」
「裸の女性の方がいいな」
アルフレッドはそう言って、ポールの隣に立つクラリスにウィンクした。クラリスがクスリと笑う。
「こらこら!人の女房に色目を使うんじゃない!クラリス、気をつけろよ、こいつは見境ないからな」
ポールがクラリスの肩に手を回して引き寄せる。アルフレッドは苦笑いしながら言った。
「おいおい、人聞きの悪い事言うな。俺は見境ない事はないぞ。魅力的な女性にしかアピールはせん」
「惑星上の男が、妻を誘惑される脅威に晒されないように、お前は早く身を固めなければいかん。お前の最初の仕事は結婚相手を見つける事だ」
「だから!人のものには手を出さん。全く、言いたい放題だな。お前、夕べとうとう俺に負けたもんだからひねてるな」
どちらが先に潰れるか――たとえ、途中で目が覚めたとしても、酔いつぶれたのは事実だ。長年に渡る賭けはこちらの勝ちだ。アルフレッドは勝ち誇った様子でポールを見た。それを聞いたポールが、
「それは……あー、認める!確かに俺は酔っ払っちまった。仕方ない……本当にいい酒だった……久々に楽しかったんだ……」
そう言ってアルフレッドに笑いかける。アルフレッドは無言でポールに右手を差し出した。ポールがそれを握る。
「また飲もうな。今度は俺のドームに来てくれ」
「ヴァシュアの亡霊を一掃してくれよ。そういうのは苦手なんだ」
クラリスがそんな二人を潤んだ目で見つめる。そしておもむろにバッグから小さな巾着袋を取り出してポールに差し出した。ポールがそれを受け取って、握ったアルフレッドの手を開くと、巾着袋を手の平に置く。
「こいつは賭けの商品だ。約束してたからな」
アルフレッドが巾着袋を開いて中身を覗き込んだ。途端に顔色が変わる。
「ポール!こいつは……」
アルフレッドが手の平の上に、巾着袋の中身を乗せた。発着乗り場の鈍い照明がそれを照らす。
「アイスブルー・ストーン……」
ちょうど手の平にすっぽりと嵌る大きさの石である。だが、ただの石ではない。希少価値のある鉱石――半透明の薄い青色――鈍い照明の中でも美しく輝く――金額にしたらとんでもない価値がある石である。そして――。
「アイゼンシュタイン家の家宝じゃないか!こんな貴重なもの、貰えないぞ」
アルフレッドは慌てて石を巾着袋に収めて、ポールに差し出す。だがポールは受け取らない。隣でクラリスがにこにこと笑っていた。
「お前が勝ったらそいつを報酬として差し出す……俺が勝ったら、ロイ家で保管されている三枚の絵の原画を貰う……そういう約束だっただろう?」
三枚の絵というのは、“救世主ジェルミナ”と“癒やしのソニア”そして“五人の英雄像”の事である。この三枚の絵の原画がロイ家に保管されているのだ。ジェルミナの直系であるガイナン家ではなく何故ロイ家に保管されているのか――アルフレッドはずっと疑問に思っていたのだが、それはシャンティによって解明された。絵の作者がロイ家の者――奇しくもアルフレッドと同名の人間である事がわかったのだ。
アルフレッドは差し出した手を退かなかった。
「駄目だ。約束は反故する。これは……クラリスさんが受け取るべきものだ。クラリスさんと……生まれてくる子供のものだ」
「アル・ロイ様……どうか受け取って下さいませ。そして……将来、この子に……」
クラリスは少し膨らんだ腹部に手を添えた。
「貴方がそれを渡してあげて下さい。何だか……そうした方がいいような気がするのです」
ポールがクラリスの手に自らの手を重ねてアルフレッドを見て笑った。
「歴史に名を刻むような偉業を成し遂げてくれ。そして新たな英雄になるんだ。俺の子は、その英雄からそいつを受け取るんだ。希少価値は途轍もなく跳ね上がるぞ。単なる石の価値だけじゃないからな」
アルフレッドは巾着袋を握りしめた。とんでもない預かり物だ。だが――。
「お前はこの石以上の価値のあるものを手に入れたんだなぁ、ポール」
そう言うと、ポールは嬉しそうに笑った。クラリスも笑う。こんな風に笑ってくれる人々が、この辺境に増えてくれたらいい。いや、増やさなければならない。
「こいつは預かっていくよ。そしてアイゼンシュタイン家の跡取りに必ず返す。きちんと付加価値を付けてな。約束する」
「期待してるぞ。ああ、そうだ……運び屋の手配な、セイアスから書簡がきて、頼まれたんだよ……まあ、それがなくても手配はするつもりだったがな。今度は3人で飲みたいなぁ……ただし、奴はすぐに潰れるだろうが……」
残してきた親友の顔が浮かぶ。セイアスは酒に弱い。2、3杯も飲めば潰れてしまう。よくアルフレッドとポールの事を、
『お前ら化け物か……』
と呆れて言っていたものだ。
アルフレッドはセイアスの心遣いが嬉しかった。
「ありがとう……」
目の前のポールに向かって言う。そして同時に、遠く離れた親友にも――心のなかで伝える。
(ありがとう)
巡礼の地行きの自動走行車に乗り込んだアルフレッドは、ふと振り返る。ポールとクラリスが寄り添ってこちらに手を振っていた。彼は手を振り返しながら――何故か思わずふたりに駆け寄りたい衝動に襲われた。
もう一度、ポールの手を握りたい。いや、肩を抱(いだ)き合いたい。これが今生の別れではあるまいに、何故そんな衝動に襲われるのか――。
アルフレッドは自動走行車が走り出しても、ずっと発着乗り場の方向を見つめていた。ふたりの姿はとうに見えない。だが目をそらす事が出来ない。
(いつから……俺はこんな感傷的な人間になったんだろうな……)