依頼の当日。住所の通りに辿り着いた先は、今時珍しいくらいの質素なアパートだった。そしてロイは既に少しだけ機嫌を悪くしていた。
立地は駅から微妙に遠くて、下町のように路地が入り組んでいる。
思ったより近いからと車で来た事をもの凄く後悔した。近くにコインパーキングすら無くて停めた場所から10分近く歩く羽目になった事や、道が狭いくせに一方通行でなく、交通量が多くて擦れ違う時に擦りそうになったりと、重なる些細な事が短い間に彼の機嫌を損ねていた。
(メゾン・リゼンブール、か。メゾンではなくアパート、にしたら分かり易いのに)
築何年だろうか。見れば見るほど、貧乏学生が一人暮らしをしていそうな安アパートだ。
昨日のやり取りから、相手の状況は何となく想像がついている。声からしたら子供だが、女を買おうと言うのだから、大学生くらいの年ではあるのだろう。地方から上京してきて一人暮らしを始めて、人恋しさか好奇心に出張風俗を使ってみた、とか。多分そんなもんだ。
それにしても、幼い声+純朴すぎる問い合わせ+ここまで警戒心の無い依頼(自己紹介付き)のコンボは、なかなかお目にかかれ無い。一体どんな田舎から出て来たんだろうか。
今さっきの苛つきと、最近の退屈を少し晴らして貰うくらいは苛めて帰るつもりだ。ストレス解消でも無ければ、こんな所にわざわざ出向いてなど来ない。
表札と部屋番号を確認して、腕時計を見る。約束の時間を二分過ぎてタイミングは丁度いい。ロイは玄関チャイムを押した。
「すみません、エルリックさんのお宅ですか?。派遣会社の者です」
ドアスコープから覗かれる事を意識して、穏やかな表情を作る。少しして、はい!と元気な返事が返って来たかと思うと、いきなり扉が開いた。
現れた存在にロイが固まった。頭を出したのは、小柄な少年だったからだ。
「…あの、こちら、エルリックさんのお宅…で、しょうか?」
「そ、そうですが…」
「エドワード・エルリックさんはいらっしゃいますか?」
「……オレ、ですけど」
吹き出しそうになるのをこらえて、そうかそうかと勝手に納得する。ロイは笑顔をもう一度作り直して、少年に優しく話を続ける。
「この度は私共の店『エンジェルデリバリー』の派遣サービスにお申込み頂き、誠にありがとうございます。本日、簡単な手続きと確認に参りました。私はロイ・マスタングと申します」
「はあ」
「…話が長くなりますので、お部屋に上げて頂いても宜しいですかね?」
「あっ、はい」
少年は簡単にロイを招き入れた。二間の部屋は予想通り狭いが、ロイが思い浮かべていた酷い想像よりはずっと清潔で暮らしやすそうであった。
エドワードはロイの分のお茶を入れて、どうぞと小さなテーブルへ促す。親の躾が良いのだろう。デリヘルを呼ぶような子ではあるが。
「驚きました?女性が来ると思っていたでしょう」
「あっ、はい。まあ」
ロイが話しかけると、緊張気味に対面へと座る。全体的にやや小さくて細身ではあるが、女と間違える程ではない。金の髪は少し長めで一つに括っていて、それが余計に印象を華奢に見せるのかもしれない。
真っ白な肌に、はっきりとした顔立ち。男女どちらからもモテそうではあるが、満足はしていないから風俗に頼ったんだろうと思うと、少し勿体ない気がしてきた。
「本来ならばお客様が指名した女性をそこへ派遣するのが私共の行っているサービスなのですが、今回は少し確認したい事がありまして」
「えと、何でしょう」
「エルリックさん。貴方、本当に成人してらっしゃるんですかね?」
「へっ?」
「規約にあります通り、成人していない方のご利用は出来ません。また、成人していても学生の方…、高校生、大学生、大学院生の方もお断りしています」
「そ、そうですか。入り口に18才以上って書いてあったから、いいのかなって」
「閲覧はね。でも君、まだ高校生くらいじゃないか?。どうしてデリヘルなんか呼んだのかな」
子供に問いかけるようにいきなり口調を崩したロイに、エドワードが気まずさを言い訳に突っかかった。
「ちゃんと大学生だ!。規約読んで無かったのは謝る。でも、それは店が断ればいいだけだろ?。あんた何でここまで来たんだよ」
「うーん、面白そうだったから、かな?。童貞を捨てたいスケベなマセガキの顔を見に来た」
「なっ……!」
「まあ、暇つぶしだ。備考欄に書いた自己紹介は何のアピールだ?。通信簿の連絡欄ではないんだがなあ」
「かっ、帰れよ!。元からあんたなんて呼んじゃいねえし!」
真っ赤になってキャンキャンと勢い良く吠える姿が、元気な子犬を思わせる。もうちょっと言葉で抉って苛めてから帰ろうと決めて、ロイが立ち上がる。部屋を見渡して、勝手にそこらを観察する。色気は無いが本の多い部屋だ。本棚に入らないものがそこらに積んで置いてある。
「勝手に見るなよ!」
「…これは」
「大学のテキストだ。使ってる最中だから触んな!」
その表紙にはロイにも見覚えがあった。止められたが勝手に手に取り、パラパラと捲る。
「グラマン教授か…。では、君の専攻は物理かな?。テキストだと言われた沢山の本は、もしかしてバカ正直に全て買った?」
「え?、え?、何で知ってんの?」
「参考書だと言いながら、高い著作物を買わせてテストにも出さない場合がある。先輩に知り合いが居るなら譲って貰った方が懸命だぞ。こっちのテキストなんて、私の代が使ったのと全く同じだ」