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不明




会いたいとか
無性に寂しいって思うときはある。
けど前向きにやってこうみたいな気持ちはひとまず置いておきたい感がすごい。



今回で10回目になった誕生日の手紙を書こうとしても、今回だけは「おめでとう」としか書けない。


「少し距離を置いたことで、距離がある間はあまりに自分に軸がなさすぎてあなたの言葉に振り回されることがないから正直ホッとした」とか

「だからと言って今すぐ今の関係でなく変化させたいとか、どうこうしたいという気持ちもない。まだわからない」

といったなんとも言えない内容になってしまって。


それってお祝いメッセージとしてどうよ?

いつも手紙は自分の日記みたいな、今の率直な自分の気持ちを綴って「見てちょうだい!」っていう謎システムで通っていたから、今全然書けなくてビックリしてる。


未だに自分の為に一生懸命になれないのに
あなたの為にも頑張るなんて口が裂けても言えない

言って行動が伴うならそれでいいんだろう

タイトルなし



「こうしてみたらいいのか?」
「この勉強したらいいのか?」
と考えて取り掛かってはみるものの
うまくいかなくて

自分の軸がないからこんなことになるんだろうか


タイトルなし




ぶつぶつ打ってたら3千字とかになったので
それは下書き保存行きで書き直し。


最近の気持ち
「ウィンドウショッピングしたい
自分がワクワクするようなものに出会いたい」
「ただただ外に出て昔行っていたところへ行ってみたい」


現実
ドラッグストアの照明やBGMなどの
光や音の刺激の多さに完全にダウン
脳疲労が尋常じゃない
家事もできなくなる
次の日「元気になるかもしれない」という訳の分からない淡い期待を抱いて再チャレンジするものの、余計に疲労度を高めて無事倒れる。






彼のこと
発達の特性が原因で起きるトラブルを減らしたり、ぶつかった時に対処できるようにサポートしてくれるカウンセリングや病院の付き添いを拒否された。
それは今相手に余裕がないからというのもあるのだけど、一生今の仕事を続ける以上はその忙しさのなかで向き合っていくしかないのだけど

今の時点でそれを放棄するなら、もう向き合う気がないも同然なんじゃないか??という。


私のことだよ、
2人のことだよ




例えば私が両足がない人だとして、
「君に必要な配慮である義足や車椅子のことについて聞く気はないし、病院の先生やカウンセラーから説明を聞きたくもないけど
俺といっしょに横で走りたいなら自分で何とかしてからきてね」
と言っているようなもので

結局彼は
バリバリのキャリアウーマン並みにフルタイムで働いて、彼の手を煩わせることなく体調を治して、子育てや地域行事なんかもしっかりこなせる完璧人間だったら結婚できると思ってるんだろう。

そうじゃなきゃ何なんだ。


彼は何と結婚したいんだろう
完璧な人間??


一生届かないのでしんどいです。正直
いくら頑張っても無謀。

彼は「そこまで言ってない」というけど
彼自身のキャパがそこまでないから
何とかしてほしいと言うんだろうし。


余裕が無かったとしても無いならないの暮らし方があるはずで、「道を探して一緒にやっていこう」みたいな、たった一言でいいからそう言ってほしかった。


「どうにかしてほしい」は彼の本心なのだろうけど「俺にはその余裕がない」と言われてお互いが歩み寄れる時なんてこないんじゃないの?と絶望的になった

私はお互いが歩み寄り模索して暮らすという理想があって、それを彼に押し付けていただけなのかな。



指先を見る楽しさ




ネイルの勉強は比較的楽しんでやれている。
楽しんで、というか
興味があるからなのか集中しやすい。

(心理学の勉強もそうであってほしい)

ネイリストさんから教わることは実はネイルのことだけじゃないってところがとても面白い。



技術が身につくかどうかは自分の練習次第だけど、基礎知識があってこそだからコツコツとやってる。

そもそも勉強をしたかった目的は
・深爪矯正したい
・セルフでジェルが剥がれないようにしたい
・起こりうるトラブルを極限まで減らしたい
・ネイルケアを少しでも家族にできるようになりたい
などなど…。


「土台をしっかりすればジェルは剥がれない」
これってネイルを勉強した人からすれば基本的なことかもしれないけど、セルフで何も考えずに「LEDライトに当ててかためるぞー」とすぐ塗り始めていた頃のことを考えると全部が新しい発見。
知識が増えれば増えるほど「最初に言っていた意味がわかってきた!」という瞬間が嬉しい。ワクワクする。
この勉強の面白いところだと思う。


そうなるようにスケジュールが組み込まれているのだから、そうなって当然なのかもしれないけれど、ここまで仕組みを作るという労力を考えると教えてくださっているネイリストさんすごい…ともなる。

「本質を見極める」
「つまずいた時に見方や考え方を変える」とか
あの値段でこれだけ充実したコンテンツをみることができて、質問もたくさんできて半永久的に映像も見られるのはとてもラッキーなことだったんじゃないかなと。

(本当に小さなことをなんでも質問しすぎて引かれてるかもしれないという発達み溢れている可能性大だけど汗。)

それでも自分がやってみたいと思ったことに勇気を出して挑戦できたのは良かった。



これらを見ていて
視覚や聴覚のどちらが優位か、にもよって得意な勉強方法が変わってくるというけど、
四柱推命でも命式によってやりやすい勉強方法があるみたいで「独学より人に教えてもらう方がダントツで理解しやすい」とか。

やっぱり完全独学で心理学の検定の本から入るのって難易度が高いのかもと強く思う。w

言い訳せずに頑張りたいところだけれどね…。



少しずつ扇型だった爪の形も徐々に縦長になっているので爪をみるのが楽しくなっているし
次はカラーに挑戦したいところ。


・集中できる時間が短い
・背中が丸まって肩こり頭痛の原因になる
・ネイルチップに塗るだけでは練習にも限界がある

から
頻繁な練習は難しいけど長い目で見てできることを増やしていきたいなと。

前記事の焦りと混ざって矛盾もあるだろうけど、なんとかやっていこうと思えるものが1つでもあってよかった。

回復期の焦り



「うつの回復期は気をつけて」
という言葉。


焦ってるつもりも
焦りたいわけでもないのだけど

趣味とかちょっとできるようになってきて
なんとなくでも動けるようになってくると
「何もしていない」気がしてくる。

「何も社会に関わっていない自分が悪い」ように思えて思考が無意識のうちに「とにかく何か始めなきゃ、やらなきゃ」モードになっていることに気づいた。

距離を置いている彼との関係を戻していきたいとか、そういうところから来ている焦りなのかな?と思ったけど
今は正直人の言葉に振り回されて自滅している自分には1人になって冷静に考える時間があってよかったとは思ってる。


それに昔にもこの感覚を感じたことがあったのを思い出したから、こういう焦りは(自分の)うつの回復期あるあるみたいなものなのかもしれない。


ただただ
「辛い、しんどい、苦しい
横になっていたい」
という毎日のときは横になっていたらもうそれだけで1日よく頑張りました状態。

けど、ちょっとした家事や自分がやってみたいことに挑戦できるようになってくると途端に隙間に「焦り」が入り込んでくるなぁと。


そこで焦るとまた調子を崩すことになるから、そういう意味では回復してきて良いことだけど、焦ってはいけないなと思う。



これを一生続けるのは嫌だと思った。
(鬱になってまた引きこもって、回復するのに時間がかかってというパターン)

そういう理由で心理学の勉強を進めたほうがいいなと感じている。
勉強の仕方、本の形式が苦手なのかどうしても頭に入りづらく、無理やり進めてみるけど止まっているのが難点だけど。


サポート体制のある心理学の勉強をしっかりやろうと思うとそれなりのお金がいるから今すぐの話にならないから
今やれることをやるしかない…

一問一答形式でやってみるんだけどただ丸写し状態、
何回も目を通せば覚えられるタイプでもないしな…

もうちょっと模索していく必要がありそう



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