今日も先生を捕まえようと躍起になっているオレがいる。
 新しい夢のエピソードを仕入れても、先生に報告できなきゃ意味が無い。一人で記憶を増やしたって仕方ないと最近は思うようになっきてる。これは相当重症だ。

 増田先生は担任なので、いつでも顔だけなら見られる。朝は朝礼から、現国があれば授業中と、あと帰りの会も。でも、前みたいに十分な時間を取る事もそれを予約する事も難しい。授業の間の休み時間だけじゃ足りないんだってば。
 放課後に待ってる作戦はどうだろうか。なんでも、どの先生も夜遅くまで仕事が残っていて大変らしい。何時まで居残ってればいいんだろう。教員室にいたら他の先生に怒られるし、教室に潜んでたらそれこそ親も呼び出しをくらいかねないから、約束が無いと難しい戦法だ。
 先生にあんまり迷惑かけちゃダメだよなーって思いつつ、迷惑でも聞いて欲しいとオレの中の我が儘が顔を出す。こんな気持ちは初めてで、どうしたらいいんだかわからなくなる。駄々を捏ねている子供みたいじゃないか。親にだってこんなに甘えた事無いのに。きっとこれが『依存』ってやつだ。

 今朝見た夢は、これこそ先生に言いたいエピソードだった。
 先生は軍人で、研究者でもある。焔を操るそれはそれは強い錬金術師だ。研究者でありながら部下を率いて、若いのに出世までしてる。頭も良くて強いなんて、先生はなんだかすごい(って先生じゃないけど、名前わかんないから先生って事で)。
 そんな有望株だからか、女性にはモテていたみたいだ。オレは勝手にやきもきしてはイライラしていたみたい。そりゃあそうだろ。男で子供なんてこの恋愛には不利だ。先生にだって女の人が似合うに決まってるし。

 (そういえば、先生は結婚してねえよな。彼女とかいんのかな。あれ?好きな人がいるって言ってたような…)

 そうだ。自分の話をすることばかり考えていたが、先生の好きな人の事を聞ける権利がオレにはあったはずだ。ああああ、思い出したらものすごく気になってきた!聞きたくないような気もするけど、やっぱり聞きたい。複雑だが衝動が収まらない。その勢いのまま、授業も上の空でひたすら放課後を待った。


 一番に捕まえて、オレの時間分をもぎ取れないだろうか。その後の用事はちょっとだけ先送りにして貰えないだろうか。都合いい事ばっかり頭を駆け巡って、授業終わりのチャイムと先生の『では終わります』という言葉が重なった瞬間に、もう立ち上がっていた。

「先生!」
「なんだ?エルリック」
「先生はこの後…」

 言いかけた言葉を切るように、横からクラスの女子が入ってきた。

「せんせー!。指導室のカギ借りといた方がいいですかー?」
「ああ。そうしてくれ、すぐに行くから」

 何だか用事がありそうな雰囲気。またオレは捕まえられないのか?。それでも未練たらたらに先生に話しかける。

「先生。時間はないかなやっぱり」
「悪いが先約が」
「先生!早く行こうよ!」

 ちょっと話してるだけだって言うのに邪魔がひどい。割って入った二人目の女子だが、こいつとはあんまり仲良くない。いつもキンキンした声で大騒ぎしてて、どちらかと言うと嫌いな人種だ。
 なんとそいつはオレを無視して、先生の腕を掴んだ。組むまではいかないけど、その馴れ馴れしい仕草に、血が逆流したかのようにカッとなった。

「先生!」

 つい負けじと、オレも反対側の腕を掴む。うわあ何してんだどうしよう。向こう側では女子があからさまにムッとした顔をしている。放せよ。オレと先生はお前よりも大切な用事があるんだからな。口に出そうになるけどぐっと飲み込む。

「エルリック」

 先生の手が、腕を掴んでいたオレの手を外した。

「これから約束があるんだ。またにしてくれないか?」

 拒否されたという事実に一気に血の気が引いた気がした。先生の少し目を伏せた表情は、なんというか冷たい感じがして。そのまま行ってしまう背中を何も出来ずに見送る。
 あれ、何だろ。鼻の奥がつんとしてきた。慌てて男子トイレまで走って、個室に駆け込んだ。途端に歪む視界。

 オレが邪魔したのはわかってる。でも、わざわざ外さなきゃならなかったのがオレの手だったという些細な事実が悲しい。向こう側から勝ち誇ったような顔をしていた女子がまた悔しさを煽る。あいつ絶対に先生の事好きだよな。馴れ馴れしくすんじゃねえよ。あーくそ、鼻が垂れてきた。トイレットペーパーをぐるぐるに巻いて鼻をかむ。こんな事で涙が出るなんて、オレはおかしくなっちまったのか。
 自分が先生に依存してる事も、今だってオレが悪かった事も。他人の言動を見ているかのように冷静に判断が出来ているのに、どうして、こんなに。

(…こんなに、悲しいんだろ)

 なんか、夢の中のオレの気持ちが分かるような気がした。女相手に負ける絶望感とか、気持ちが届かない悲しさとか。
 あての知れない旅だけでも大変なのに、こんなに辛い気持ちも抱えてるのに、夢の中のオレは全てを胸の内に隠して進んでいた。あれは本当にオレなんだろうか。今のオレは、あんなに強くなんかなれないよ。




 しばらくそんな日々が続いた。相変わらず夢を見るけど、新しい事実にも興奮はしない。先生に伝えられない事が増えていくのがひたすら辛い。
 先生はいつになったらオレの話を聞いてくれますか。先生の好きな人ってどんな人ですか。先生はなに考えてんの。先生、先生、先生。
 こんな事になるなら、夢の話なんてしなけりゃ良かった。夢なんて見なけりゃ良かった。何処にもぶつけられない八つ当たりを繰り返して、オレは今夜も嫌々眠る。