スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

夏の忘れ物3



夏にあったささやかな思い出話。交わる機会の無い世代との接触は未知の色をしていた。
私は夏に多くを期待しすぎているんだ。
自分が夏休みの当事者だった時だって、特に何もなかったじゃないか。その時々に付き合っていた彼女とデートしたりは普通にしたし、それなりに楽しかった気もするのだが、私の中での「夏」はイメージにより年々ハードルが上がりすぎた。今では遥か頭上で手さえ届かない。

「あのー」
かけられる声と共に、つん。と腕をつつかれて、声をかけられているのは私だと間違い無く認識する。振り向くと、金色の小さな頭。小柄な学生が私を見上げている。
「君…」
「やっぱりそうだ。美術館でソフトクリーム食べてたのあんただろ?」
目の前には先日の少年が制服を着て、こちらに笑いかけている。
「もしかして、あの時の人かなって」
白い肌は少し日焼けをしただろうか。滑舌が良く、ちょっと乱暴な話し方は間違いなく彼だ。
「すごい偶然だ、気がつかなかった。シャツのシミは落ちた?」
「まあなんとかした。それよりさ、ハンカチ借りたままなんだけど」
「ああ。あれはそのまま使ってくれれば良いよ」
「そういう訳にもいかねえよ」
白いシャツにネクタイ。学校指定の重そうな鞄を担ぐ。幾つくらいなんだろう。中学生…といった所かな、小柄だが言葉がしっかりしていて判断が難しい。
「ハンカチ返すから、連絡先…あー、今日さ、スマホ置いてきちまったんだ。暇で車内見渡してて、だからあんたに気付けたんだけど」
「偶然は重なるものだな。実は私もなんだ。手が空いたからこちら側へ来た。いつもはあの辺で…」
駅に着くアナウンスに、少年は、あ。と声を上げる。
「なあ。明日もこの電車に乗る?」
「毎日この時間だよ」
「えーじゃあ何で気がつかなかったんだろ。明日ハンカチ持って来るよ」
「いいのに」
「じゃあ明日!絶対だからな!」
少年は開いたドアから飛び出して、人の流れに紛れてすぐに見えなくなってしまった。金色の尻尾が翻って、光の筋を残す。
短時間の内に繰り広げられた再会劇を、逃げ場の無い周囲が聞いていただろうかと意識して急に恥ずかしくなる。
あの時の少年にまた会えるなんて。たまには携帯から離れてみるのも良いかもな。なんて悠長な事を考えながら、明日の約束が楽しみで私の心は浮き足立っていた。

慌ただしい彼との再会は残暑といったところか。諦めたはずの夏の余韻が、今年は少しだけ続く。





出会いが一番楽しいよね、という事で、おしまい
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2015年09月 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
アーカイブ