スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

中二病その3

その3くらいだと思ってる。1は妄想文に、2は日記小話にあります。多分。




 ゆっくりと意識が戻って来る。まだ暗く世界は色も形も鈍くて、動かした腕の感覚だけがやけに生々しい。視界が定まる前に、手は右へ左へと枕元を触りまくってペンを探す。ぼやける視界にノートを開いて、何でもいいから覚えている事を書きなぐる。単語でもいい。感情でも感覚でも、色でも図柄でもいい。意識がクリアになる前に動かないと。夢の欠片が消えてしまう前に、一つでも多くの事を留める。
思いだそうと考えていると端から忘れてしまうから、深追いしないでとにかくペンを走らせる。もう思い出せないと感じたら、書き殴った単語を繋げる作業に切り替える。

 目が覚めてから夢を記すので『夢日記』って呼ぶらしい。ちゃんと覚醒する前に脳を使うのはあまりよくないとアルに言われたけど、できるだけ思い出したいからメモを取ってるだけだ。そもそも、何でよくないのかは頭のいい弟にもわからないらしい。

 今朝はまたとんでもない夢を見た。先生が大怪我を負った夢だ。強い敵と戦って、命に関わるような深い傷を負ったがなんとか助かった。でも、先生の腹には大きな痕を残
した。

(そういう事も、言っていいのかなあ)

先生は何でも言えって言ってくれたけど、自分によく似た人間が大怪我負ったりする話を聞かされて、嫌な気持ちにならないだろうか。先生は話に付き合ってくれてるだけだから、あまり不快な思いはさせたく無いんだ。保守的になっちまうなんてオレらしくないけど。
 相変わらず夢は時系列を無視して進んで行く。わからない事はそのままにして、わかった事だけ繋げた方が効率がいいみたい。とにかく先生の大怪我は時系列で考えると一番最新の情報だ。

 先にも進みたいが、掘り下げた詳しい事も知りたい。オレ達が何故旅に出たのか。アルは何故鎧姿なのか。どうしてオレには鋼の義手、義足がついているのか。
 それがきちんと判明したのが実はつい最近。飛び起きたオレはあまりの興奮に夢の内容を忘れそうになったくらいだった。


「先生、ちょっとだけいい?」
 待ちきれなくて、授業の合間に職員室に顔を出す。いたいた。増田先生発見。

「次の授業の用意があるんだ。話しながらでいいなら」
「荷物持つから、教室着くまで聞いてよ」
「楽しそうだね。何か進展があったのか?」
「すげー大事な事がわかった」
「なら日を改めたほうが」
「ちょっとだけでいいから先に聞いて欲しい!」

 増田先生は忙しい。捕まえて放課後に落ち着いて話をする事が、こんなに難しいとは思わなかった。オレを呼び出してくれた時は、きっと最優先にしてくれたんだろうな。だからこうして、授業と授業の間とか移動の時間を狙う。ほんとはゆっくり聞いて欲しいんだけど、全く時間が無いよりマシだ。

「アルの事なんだけど。アルってのは前にも言ったけどオレの弟な。あいつは鎧を着てるんじゃなくて、鎧に魂を定着してたんだ」
「興味深いね」
「中身は空っぽだけど、アルの精神は鎧と繋がってるから、なんて言えばいいのかな。アウトプット端末?。スピーカーみたいな。中身は別の所にあって意思も声も動作も繋がってて遠隔操作になってるんだ」
「どうしてそうなったのかは判明したのかい?」
「オレが…。オレがそうしたんだ。母さんを生き返らせようとして、二人で錬金術使って、『リバウンド』でオレは脚を、アルは体を持って行かれて…」
「そうか。ありがとう、エルリック」
「え?あ」
「続きはまた今度に」

 先生の困ったような顔に、何か悪いことをしただろうかと焦る。オレ達はもう教室の前に到着していた。必死になって説明してたから気がつかなかった。
 今日の話は核心に近い重要なエピソードだったんだけどな。先生はオレから荷物を受け取ると、君も遅れないように。なんて優しく告げて教室に入っていった。オレも教室に戻った。

 出来ればもっとちゃんと聞いて欲しかった。押し切ったのはオレだけど、この続きが大切だったのに。


 片腕と片足と弟の体を失ったオレは、暫く生きる屍のようだった。取り返しのつかない事をして、もうどうにもできないって思ってた。皆に優しくされる事すら辛かった。あんな姿にされたっていうのに、アルは一言も責めない。それが一番辛かった。十一歳の愚かな子供にはこの先の未来なんて一ミリ先も見えなかったんだ。

 灰色の毎日に突然、鮮烈な青が目の前に現れた。
 オレの襟首を掴み上げて怒鳴った。直にぶつけられる感情、空気が震える程の怒号。オレを叱り飛ばしたあんたは誰?誰なんだ。混乱の中で目に映るのは見た事もない人。この国の軍人だった。
その人はオレに軍属になれって言った。それは「可能性だ」とも言った。ピナコばっちゃんはいい顔はしなかった。ウインリイはもっとはっきり嫌だと言った。ロックベルのおじさんもおばさんも、その時悪化していた戦争に駆り出されていたからその気持ちもわかった。でも、オレの中に光が見えたんだ。それは煌々として強く、燃える太陽を覆う焔のようで、体の芯が焼けるように熱くなった。

それが先生だったなんて、ほんと、運命みたいだよな。正しくは「先生に似た人」なんだけど。本当にそっくりなんだ。ああでももっと偉そうに話したりするな、あいつは。増田先生はもっともっと優しいからなあ。いや、優しいのはどっちも優しいんだ。
 夢の中の先生も、オレら兄弟になんだかんだ言って優しい。協力してくれたり庇ってくれたり。しかもべたべたにただ子供を甘やかすんじゃなくて、一歩引いた所から憎まれ口なんかわざと叩きながら見守ってくれていて。その心強さと信頼に、オレは勝手な好意を抱いていった。
 最近のオレは夢と現実の関係を混同し始めている。他人事のようにそう感じているのに、夢の中のオレに引きずられて増田先生を意識し始めている。
 夢での先生は、オレに光をくれた人。道を作ってくれた人。優しく見守って、大切にしてくれた。言わば命の恩人だ。いくら敬愛しても男同士に恋愛感情なんて、オレがどうかしてたか、もっと大変な事があったのか。じゃなけりゃあんなに恋をこじらせたりしてないはずだ。

(これも言えない事だなあ)

 聞いて欲しいのはオレのわがまま。オレは錬金術師じゃないし、先生は軍人じゃない。話を聞いてくれてはいるけど、人生を助けられたほどではない。だけど。

(もっと話したいなあ。もっと時間あればいいのになあ)

 先生をどう捕まえようか、時間を作って貰おうか。寝ても覚めてもそればかりを考えるようになってしまっていた。



前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2012年04月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
アーカイブ