小ネタ出してる場合ではないんだけど…。
あ。拍手ありがとうございます!
太い金属の棒をねじ曲げ、車のドアをひっぺがし、ガードレールを引っこ抜く――その強大な力が遺憾なく発揮された結果が池袋の宙を飛ぶ自販機や折り曲げ根元から抜かれる道路標識だったりするわけで。このままでは将来的にどれだけ借金が増えるのかと考えたら、他人事ながら心配になった。
「――というわけで、手を繋ぎましょう静雄さん」
するりと差し出されたほそっこい小さな手に、静雄は固まる。
「みよし…?」
「嫌ですか?」
幼子みたいな仕草で首を傾げる姿に、疑問を反射が押し退けた。とっさに手のひらにすっぽり収まる後輩の手を包み込むように細心の注意をもって握りしめる。
「そんなわけねぇだろ」
静雄が真剣な顔で否定してみせれば、三好はふわり笑った。
「よかった」
柔らかい笑顔に胸の奥を擽られる感覚。軽く頭を振った。
後頭部を掻きながら、静雄は目線を少し外して訊ねる。
「…でもよ、どうしたんだ?」
「静雄さんは、僕に対してちゃんと力加減してくれるじゃないですか」
「当たり前だろ?」
大事な後輩だ。万が一にも傷付けたくないと思う。
真顔で即答された三好はちょっと怯みながらもがんばって言葉を返した。
「…静雄さんが力を入れたら、僕の手、潰れちゃいます」
びくり、と自分の手を包む静雄の手が震える。離れていこうとするから、三好はもう片方の手を重ねてしっかりと掴んだ。
「離さないでください」
怖れるように眉を顰める静雄と、真正面から視線を合わせる。どうか伝わりますように、と力を籠めて先を続けた。
「街を歩いて苛々しても、離さないでください」
「そんなことできるわけ…っ」
「……標識とか自販機とか掴まないで、僕を捕まえていてほしいです」
「…!?」
サングラスの奥の目が丸くなった。
「喧嘩を売られたら、僕を連れて逃げてください」
――静雄さんは、僕を傷付けたりしないって信じてますから。
そう、締めくくった言葉に、静雄の頭ががくりと項垂れた。
*
「――……吉宗。父さんも母さんも家をあけてることが多いし、お前の交友関係をどうこういうつもりはこれまでなかったんだがな」
父の沈痛な表情に、三好は一筋の汗がこめかみを伝うのを感じた。
「政府の人から出国の許可を断られる事態になるっていうのは、どうなのかと思うんだよ」
「え」
やたらと規模がでかいことを言われてる。
「国庫の浪費を防ぐため、公共物破損の災厄を封じてくれとのことだ」
お前を一人、日本に残すのは心残りだが。そんなことをしかつめらしく言われて、目眩がした――。
♂♀
「――ってゆう夢を見たんだけどよ」
「そうなんですか…ってなんですか静雄さん。手を出して」
「いや、確かにお前の手を握ってたら、物壊さないで済みそうだと思ってよ」
「…………ここはそんなわけないと笑い飛ばして欲しかったです」
もし本当に静雄さんを止めることが出来るひとが現れたら、そんな重要人物自由にふらふらさせられないと思ったり。
荒れ狂う竜を祈りで鎮める乙女の如く(笑)。
*痛いお話なので、スクロールは自己責任でお願いいたします。
「…いざという時は、僕が止めてみます」
「正気かい? 相手は自我を無くした化け物だ」
真剣な言葉を嘲笑で返されても、決意だけは揺らがない。
「このままだと、自分を取り戻した時に傷付くのは静雄さんじゃないですか。僕、嫌なんです。そんなの」
「…そう。止める義理はないからね。好きにするといい」
だけど、と。漆黒で全身を染める青年はそこだけ異質な暗紅色の双眸を細めた。
「君の呼び掛けであの化け物が自我を取り戻すなんて都合のいい夢は見ないことだ」
覚悟だけはしてきた。しかし、相対して見つめる先、感情の抜け落ちた空っぽの両眼が自分を映したことを感じれば、どうしようもなく冷たいものが背筋を駆ける。
いつもなら、顔を合わせれば不器用に笑ってくれた。怒りの衝動がおさまって、柔らかくほどける表情が嬉しかった。
――いや。自分の意識を保っている静雄ならば、怒りに突き動かされている時も鮮烈な光をその目に宿している。
それが昏く、何も感情を顕さずにいることが。
その足元に倒れ伏す人々に路傍の石ほども注意を払わずにいる、心を覆う虚無が――哀しいと思う。
「……殺す……」
低い呟きと共に静雄がアスファルトを蹴った。距離が一気に詰まる。三好は、ポケットの中で冷たく硬い金属の柄を握り締めた。
「………静雄さん、」
柄から手を離す。目を閉じた。操られて暗闇に沈んだ精神で、力だけを解放された結果たくさんの人を傷付けたと知ればきっと静雄は自分自身を許さないだろう。
だから何をしてでも止めようと思ったが、静雄に刃を向けることは出来そうもない。
凪いだ心持ちで、三好は瞳を開く。手を伸ばせば触れられる距離で静雄が拳を振りかぶる。
「戻ってきてください」
僅かにも視線を逸らすことなく訴えかけた三好へと、避けようのない速度で静雄の拳が繰り出された――。
陽に透ける紅が宙をぱらぱらと舞う。
「…み、よし……?」
拳は、小柄な少年の額に叩き込まれる寸前で止まっていた。拳圧で前髪の一部と額を裂かれ、細い赤茶色の髪と流れ落ちた血が地面に散る。
とろりと溢れる血も痛みも気にすることなく、三好は後悔と困惑と気遣いに苦しそうな光が揺れる薄い色の双眸と目を合わせたまま、安心させるように微笑んでみせた。
「おかえりなさい、静雄さん…」
次の瞬間引き寄せられて青年の胸へと飛び込む寸前、泣き出しそうに歪んだ瞳に気付いていた三好は、自らの目の奥にもわき上がる熱いものを感じながら静雄の背中をぎゅうぎゅうに握りしめた――。
幸村とくのいちと馬岱のイベントがたいへん悶えるものだったので、静雄さんとヨシヨシでやってみた。
しかしあれですよね、罪歌の呪縛だって届かない静雄さんなので、この人洗脳されたりは絶対しないと思う…。書いといてなんですが。
で、もういっこ。だったら、洗脳されたのが三好だったらどうだろう。
少年から突き出された刃は避けようとすれば避けれたし、弾こうとすればいくらでも弾けただろう。
しかし下手に動けば三好に怪我をさせそうだと頭の片隅を過った。また、三好にだったら仕方ないと、三好だったらいいかもしれないとほんの一欠片の思いが浮かんだところで、タイミングは失われていた。
皮膚を貫き腹の中へと深々と潜り込んだ刃。柄を伝い流れる温かくとろりとした赤い液体が三好の手を濡らした。
「………しず、お…さん……?」
光を呑み込む闇へと堕ちていた大きな瞳に理性の灯がともる。
傷の痛みは感じなかったが、優しい後輩が事態を把握すると同時にぼろぼろ泣き出す様が目に入った瞬間、対応を誤ったと知った。
ナイフの柄を握りしめたまま離せずにいる強ばった血塗れの手に、静雄は自分の手を重ねた。震えが伝わってきて痛々しいと思う。
「お前は悪くない」
静かに告げても、三好は泣きながら首を横に振り続けた。掠れて割れた声がごめんなさいを繰り返す。
泣かせたくはない。謝って欲しいなんて思わない。
「いいんだ、三好」
お前が傍に戻ってきてくれたなら。
――その痛みを楔に、俺の傍を離れずいてくれるなら。
静雄さんてメスの刃が欠けて注射器の針が折れ曲がるのに、ボールペン(象が踏んでも壊れないやつらしいけれど)は刺さったりするじゃないですか。なんでかなあ、と思ってて。
油断してる時は筋肉が弛緩してて、隙間には突き刺さる。臨戦態勢整ってたり、命の危険を感じる場合は本能が筋肉を硬化してたりするのかなあ。みたいな。ならば、気を許した相手には防御力0なんじゃないかと思ったりして。
静雄さんを殺すのは憎しみじゃなくて心からの愛かもしれない。
俺を殺せるのはお前だけ、とか。
そんなのどうだろうと思ってたらちょっと黒い静雄さんになりました。