昨日はどうにか一日乗り切ったー。
熱下がらないぞー。いえーい。
ふらふらだったよー。ひゃほーい。
――そんな状況でも移ったら困るから帰れ!とか言われない辺りで推して知るべしって感じの環境だよね。
まあ、倒れなければ大丈夫(…)。
実際、今日はまあ、熱下がりましたしね。ありがとう、イブ。風邪薬より効いたよ。夜中に35.3まで下がった時はどうしようかと思ったけど!下がりすぎィ!
あ。今は平熱です。今日もへんにょり乗り切ったよー。がんばったー。
でもって、ようやくゲーム出来るねー。やほーい。しかし、ふらふら中浮かんだので小ネタでも。
その日三好は、朝から様子がおかしかった。
真っ赤な顔。潤んだ瞳はぼんやりとしていて、いつも機敏な動作もどことなく気怠げ。授業中、教師に当てられても気付かず、隣の席の帝人に促されて漸く反応出来たぐらいだ。
「――なあ、ヨシヨシ?」
「………」
「おーい、こらー。聞こえてるか、ヨシヨシ!」
休み時間。広げっぱなしの教科書やノートを鈍い動作で片付けてる最中に顔のすぐ前で手をぱたぱた振られ、三好はびくっと肩を揺るがせる。
「……あ。きだくん」
辿々しい口調は完璧な鼻声で、いつもより高く響く分どうにも幼げだった。緩慢な仕草で見上げられ、正臣は苦笑を溢す。
「お前、調子悪いなら無理しないで帰れよ。顔、赤いってゆーか真っ赤だぞ」
「……ん、へーき」
「いや、全然平気じゃないよね三好君。絶対熱あるよ、その顔」
「…無理、しないで下さい。倒れたりしたら、大変ですから」
途中から加わった帝人と杏里の声に三好はゆっくりと顔を上げ、ちょっと困った顔で微笑んだ。
「…だいじょうぶ、……バイトもあるし」
「アホか」
どう考えても見るからに限界っぽいのに聞き分けのないことを言う三好を正臣は平淡な声でばっさら切り捨て、腕を掴むと強引に立たせた。それだけでふらつく細い身体に本気で呆れる。
「放課後まで保健室で寝てろ。送ってやるから」
「…だいじょうぶ、」
「お前の大丈夫は信用しねーからな」
「そうだよ。三好君、自分の事じゃ頼ってくれないんだからさ。ほら、掴まって」
「…え、」
「って訳だから、杏里。悪いけど先生来たらヨシヨシの事言っといてくれるか?」
「はい」
三人掛かりでは反論一つさせてもらえない。というか、もう頭が働かなくなっていた。
両側からの支えで席から離されながら、三好はちょっと振り返って杏里を見る。
「…ごめん…」
「謝らないで下さい。それより、無理しないでちゃんと休んで下さい。…三好君がそんなだと、心配…です」
「…そのはらさん……、ありがとう」
霞むような笑顔を向けられた瞬間に跳ね上がったのは、胸の鼓動か罪歌の愛を囁く聲か――よく分からない気持ちで杏里は指先に熱が灯ったように熱い掌を握り締めた。
・
・
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「……ごめんね、めいわく」
「別に迷惑とかはしてねーよ。ただ、無理すんなっつってんの分かれよ」
「うん、…園原さんにも…あんな顔させちゃだめだよね」
「え!?」
「わらってた方が、…ぜったい、いいし」
「え、ええと? 三好君って…まさか…」
「いやいやいや、…熱あるヨシヨシは凶悪だな……」
38℃
放課後、約束通り正臣に付き添われて歩く帰り道。
一眠りして何となく怠さも軽くなった気のする三好はそこはかとなく申し訳なさそうだった。
荷物は持ってくれてるし、ちょっとふらつけば支えてくれる。助かる反面、心苦しくもあった。
それに――。
「…あの、やっぱりバイト…」
「あのなあ、ヨシヨシ。お前は今、どこをどう見ても風邪なんだよ。顔とかすげー赤ぇ訳よ。身体も超あちーの。しかもまともに真っ直ぐ歩けてねえのに、いい加減にしろよ」
「…う…」
言葉に詰まり、視線を逸らす親友を軽く睨み付けた後、正臣はやれやれと言いたげな溜め息を吐き出した。
「そんなにシフトの穴気になるってなら、代わってやるよ俺が」
「…え!?」
「今日のバイトって、あのコンビニだろ? あそこの店長顔見知りだし、レジ打ちなら経験あるから、まあ事情話せば大丈夫だろ」
「…きだくん、ほんと顔ひろいね…」
「おう、褒めていいぞ」
「ん、すごい………、じゃなくて」
そこまで甘えられない、と頭を振りかけた時。
「――三好?」
前方から低い声音に呼び掛けられた。正臣はちょっと呻いたが、無視も出来ないと足を止める。
「…しずおさん…」
明らかに力のない声と真っ赤に染まった少年の顔に、現れたバーテン服の青年は眉を寄せた。
「熱あんのか?」
大丈夫です、などと三好が信憑性のない強がりを紡ぐより早く、正臣が赤毛の頭を軽く叩いて頷いた。
正直あんまり任せたくはないし不本意だが、この際贅沢も言えない。
遠慮がちな少年が、何故かこの池袋の危険人物には流されがちなのは確かなのだし。
「そーなんだよ。風邪引いてふらふらしてんのに大人しく安静にしようとしないからさ。ちょっと手ぇ空いてるなら、ヨシヨシの事送ってやってくれねーかな。俺はバイト代わるから」
「きだくん…っ」
何か言い募ろうとした三好の言葉を聞かず、小柄な身体を静雄の方へと押す。ちょっとよろめいたところ、すんなり腕で支えられたのに大丈夫だろうと自分を納得させ、正臣は言った。
「あんたなら、その辺の柄の悪いのに絡まれたって簡単に返り討ちだろ。ヨシヨシ、今日は走れねーだろうからさ」
静雄が「分かった」と頷くのを見て、正臣は三好に笑いかける。
本当なら、ちゃんと休むところまで付いててやりたかったけど。
「ちゃんと、薬飲んであったかくして寝ろよ。じゃ、また明日な!」
「っ、きだくん…ありがとう!」
軽く手を上げて立ち去る同じ制服の背中を見送る三好の横顔を見下ろし、静雄が複雑な声をぼそりと落とす。
「…いい友達だな」
「はい。じまんの、友達です」
赤い顔を嬉しそうに綻ばせる、それが何故か見てられなくて。
――静雄は軽々と自分より遥かに小さな身体を担ぎ上げた。
「この方が早いだろ。しっかり掴まっておけよ」
「! じ、自分であるけますよ…っ?」
訴える声は風に紛れ、景色はぐんぐんと加速する。
強制的な休息はすぐそこまで近付いていた――。
という訳で私も寝る。
あと三成の小咄とあったんだけどなー。