ただ一人のためだけに・4






暫く会わないうちに、危うく別の世界に行きかけていたフレンを『こっち』に引き戻したオレは、ソディアと一緒にフレンの前に座っている。
ソディア?あの後、鍵を開けて中に入れたよ。オレの仕事内容を記したヨーデルからの手紙、というか命令書はこいつが持ってる。こいつがいないとフレンに今回の事を説明しきれないからな。オレの口から全部言ってやるのは面倒だ。

フレンはソディアがあれこれ説明している間も、殴られた腹を押さえながらずっとオレを睨みつけていた。

見つめていた、じゃない。
そりゃあもう、不機嫌極まりないといった様子だが、それはオレも同じだった。


「…という事で、明日から一週間、彼が団長のお仕事を手伝い………」

「…………」

「…………」

「……あの、団長?」

ソディアがフレンとオレを交互に見ながら、おろおろと視線を彷徨わせている。話を聞いているのかいないのか、相槌一つ打たないフレンの様子に不安を感じたようだ。
…呆けてるより、今のこの状態のほうが恐ろしいに違いない。
仕方ない。オレは溜め息を吐きつつ、フレンに声を掛けた。


「…おい、フレン」

「……何だい」

「何だ、じゃねえよ。こいつの話、聞いてんのか」

「聞いてるよ」

「だったら返事ぐらいしてやれよ。…言いたい事があるなら、後で聞いてやる。こいつは関係ねえだろ」

関係ない、のところでソディアが微かに肩を揺らした。
フレンは一瞬それに目をやったが、大きく息を吐き出すと居住まいを正してソディアに向き直り、にっこりと微笑んで見せた。

「ソディア」

「は、はい!」

「色々と迷惑を掛けてしまったね。申し訳ない」

「いえ、そんな!これしきの事、何でもありません!!」

「……よく言うぜ……」

思わず呟いたオレだったが、ソディアとフレン、両方から睨まれて口をつぐんだ。何か…納得いかねえが、原因の一端が自分にあるのは一応理解しているので黙っておく。

「団長、こちらを」

ソディアが例の封筒を取り出し、フレンに渡す。

「これは?」

「陛下よりお預かりして参りました。今回の件についての詳細は、全てその中に」

フレンが神妙な面持ちで封筒を受け取り、ペーパーナイフで丁寧に封を切る。

どうでもいいが、二人がくそ真面目な面して話してるのはオレがメイドの格好してこれからやる事について、だからな。
まるで重要任務であるかのような雰囲気だが、間違ってもそんな話ではない。
…オレが何やらされるのか、って事については非常に気になるが。封筒から中身を取り出し、フレンがそれを読んでいる間、落ち着かなくて仕方なかった。

やがて全てを読み終えたのか、フレンは手紙を置くと再びソディアに笑顔を向けた。またそれが、何だか気に食わない。
…てめえらだけで話、進めてんじゃねえぞ…ったく。

「ソディア、ありがとう。事情は理解した。陛下にはお詫びとお礼を申し上げなければならないな」

「…何が礼だよ…」

「ユーリは黙っててくれ」

「……………」

「ソディア」

「はい」

笑顔のまま、フレンが立ち上がる。ソディアも立ち上がったが、オレはソファに座ったまま、動く気もなかった。
両手を頭の後ろにやり、背もたれに踏ん反り返って足を組む。普段と変わらない、リラックスポーズだ。スカートがひらひらして鬱陶しいが、気にするのはとっくにやめた。
そんなオレをフレンはちらりと見たが、すぐに視線をソディアに戻した。


「団長、どうされましたか?」

「ああ…すまない。それでは、僕は仕事に戻らせてもらうよ。今までの分を、しっかり取り戻さなくてはね。…ソディア、迷惑を掛けて本当に済まなかった」

「団長……!!」

ソディアは今にも泣き出しそうだ。顔を赤くして、ふるふると震えている。
苦労したのは確かだろうし、これで多少なりとも報われたのかもしれない。

…嬉しそうな顔しやがって…


「では、悪いんだが僕はユーリと話があるから」


「……は、い?」

「二人きりにしてくれないかな」

「え…しかし、『仕事』は明日からで」

「ソディア」

フレンは笑顔のまま、何気なく…しかしわざとらしく入り口の扉へ体を向けた。
…さっきまでの浮かれた様子が一転、今度はなんか泣き出しそうだぞ。さすがに気の毒になってくんな、これ…。

「本当にありがとう。ご苦労だった」

「…はい…。失礼、致します…」


入り口までソディアを見送って、フレンが扉を閉めた。…しっかり鍵を掛けたのは、取り敢えず見なかった事にしておく。

はあ……。
何、言われんのかねえ……。








扉を閉めて振り返ったフレンは、つかつかとオレの前までやって来るとそのまま身を屈め、立ったまま覆い被さるようにしてソファに手を突いた。先程までの笑顔はどこへやら、どんよりした瞳で見下ろして来る。

ある程度覚悟はしてたが…いざとなると迫力あるなあ…。


「…ユーリ」

普段よりも大分低い声で呼ばれて、思わず身体が震えた。
努めて平静を保とうとはするものの、動揺を隠しきれた自信は全くない。
更に顔を近付けてフレンが続けた。

「…さっきはきつい一撃をありがとう」

「…目、覚めただろ」

「おかげさまで。その姿もなかなかに強烈だったけどね」

「うるせえ!!言う事聞かねえと、エステルにオレらの事バラすって言われて仕方なく……!!」

「…相変わらずそんな事言ってるのか。まあいいけど」

「相変わらず、ってなあ」

「そんな事より」

ソファに片足を乗り上げて、更にフレンが身体を近付けて来る。
額と額を擦り付けられて、堪らず顔を背けたらそのまま耳元で囁かれた言葉に、一気に顔に熱が集まるのが分かる。


「三ヶ月も放っておいた恋人に、お詫びのキスぐらいしてくれないか」



のろのろと顔を戻したらすぐにフレンの鼻先が触れて、仕方なしに少し顔を寄せただけで唇も触れた。
次の瞬間、フレンが強く顔を押し付けてきたせいでオレは呼吸もままならずに、暫くソファとフレンの間に挟まれて身動きが取れなかった。


…どうでもいいが、傍から見たらこれ、騎士団長が使用人を襲ってる以外の何物でもないよなあ…

恥ずかしさの方が勝って、不機嫌な感情はどっかに吹っ飛んで行った。





「…それにしても、まさかメイドさんとはね…」

「言うな。オレが一番信じられねえ」

「似合ってるよ」

「嬉しくも何ともねえな。…大体おまえ、さっきの言い種は何なんだよ。こっちはおまえの正気ってか、やる気を取り戻させる為とか言ってこんな格好させられたってのに」

「やる気なら取り戻し……っ痛あ!?」

オレは無言でフレンの耳を摘み上げた。
ちなみに今、オレは普通にソファに座っているが、フレンの頭はオレの太股の上にある。
…膝枕ってやつだな。
どうしても、って言うから仕方なくやってやってんだが…こんな姿、他の奴らが見たら卒倒すんじゃねえか。色々言いたい事はあるが、三ヶ月放置したのは事実なんでいまいち逆らえない。これ、仕事のうちに入ってねえんだよな?

「ちょっ…と!いい加減離してくれ!」

「ったくよ…そっちこそ、いい加減どけよ。脚、痺れて来たんだけど」

「嫌だ」

「…………」

フレンはオレの腹に顔を押し付けて、腰に回した腕にさっきより力を入れた。

『正気』に戻さないほうがマシだったんじゃないか。
そんな事を考えながら顔を上げたら、テーブルに置かれた封筒が目についた。
手を伸ばしてそれを取ろうとしたら、折り曲げたオレの身体に挟まれたフレンが呻き声を上げた。

「…だからどけっつっただろ」

「もう少し優しく扱ってくれてもいいんじゃないか?三ヶ月も放…」

「はいはい分かったよ!!しつこいぞおまえ!こっちも大変だったんだって言ってんだろ!?こんな格好してやってるだけでも感謝しろ!!」

「…随分と態度の大きなメイドもいたもんだな」

渋々身体を起こしたフレンが隣に座り、オレの手に握られた封筒に目をやる。奪い返そうとする動きがないので、オレはそのまま中身を取り出して読んでみた。


「ユーリ、何をするかは聞いてないんだろう?」

「…ああ…だけどおまえ、これ…」

「僕は陛下を相当、怒らせてしまったようだね」

「…はあ…そう、なのか…?」

「そうだよ。そんなの…全然癒しじゃない。寧ろ拷問だ」

困ったように笑うフレンに何と言っていいかわからず、オレは再び手元の手紙に視線を落とした。
そこには確かに、明日からオレがする『仕事』が書いてあった。


まず、今までの書類仕事についてだが、内容の関係でソディア以外の奴に直接行ったもののうち、ヨーデルのところに持ち込まれたものをしっかり作り直して再び適切に処理する事。

…まあ…さぞびっくりしただろうな、あんな書類見た奴は…。よくまあ、大事にならずに済んだもんだ。
で、量がかなりあるらしいんで、それをオレにも手伝わせろ、とある。

「いいのか、これ。オレが見たらマズいもんとかあるんじゃねえの」

「どうせ内容なんか理解できないだろ。判を押すのも一苦労だから、それをやってくれればいいよ」

「……」

腹は立つがその通りなんで、取り敢えずスルーだ、スルー。

あとは何やら細々と…やれ部屋の掃除だの食事の世話だの、まるで本当のメイドがやるような仕事がつらつら書いてある。ただ箇条書でしかなく、具体的に何をどう、とは書かれていない。

…これか、フレンの受け取り方次第、ってのは。まあ、その辺りは実際作業する時に確認するとして、だ。

オレが寝泊まりするのは、フレンの私室。それも、ご丁寧に寝室、との指定つきだ。しかし問題はそこじゃない。
最後の一文にはこう書いてある。


『使用人の、勤務時間外における部屋への出入りを誰にも見られてはならない。また、使用人には一切、手を触れないこと』


オレは顔を上げ、もう一度フレンを見た。


「…拷問だろ?」

「…オレの口からは、何とも…」


この場合の使用人、ってのは間違いなくオレの事なんだろうが、何なんだこの…どっかの酒場の、『女の子にはお手を触れないようにお願いします』的な文章は。
…別に何かされたいワケじゃねえけど、矛盾してないか。ヨーデルの奴、オレにフレンのことを癒せ、って言ったよな。
まあだから、癒しってのは必ずしもソレばっかじゃないとは思うけどな?
ただ……なあ。


「…出入りを見られないようにって…どうすんだよ」

「…そんなの、どうだっていい」

「よくねえだろ。そういや聞くの忘れてたが、オレが城の中うろついて平気なのか?ここに来るまでにも何人かに見られちまってるけど」

「知らないよ。僕だって、そこに書いてある以上の事は何も聞いてないんだ」

「仕方ねぇなあ、服取り戻すついでにソディアにでも…」

「ユーリ」

「おわ!?」


いきなり腕を引かれて、そのまま抱き締められる。背中に回されたフレンの両腕はさらにきつく交差され、結い上げた髪の先が巻き込まれて痛みにのけ反ると、それに気付いたのか少しだけ力が緩んだ。

軽く頭を振って見上げたフレンは、今にも泣き出しそうな情けない顔をしている。


「傍にいるのに、指一本触れるな、なんて…酷いよ」

「…あいつ、この三ヶ月大変だった、って言ってたからなあ」

「だとしても、とんでもない嫌がらせだ。僕だって辛かったのに…」

フレンが恨めしそうにオレを見る。全く…しょうがねえな。

「悪かったって。…なあ、オレの『仕事』ってのは、明日からなんだな?」

「…ああ」

「だったら今日はセーフな訳だ」

「ユーリ、自分の言ってる意味、分かってるのか?」

「……どうせハナからそのつもりだったんだろうが」

手紙を読んだ後、フレンはすぐにソディアを部屋から追い出した。扉には鍵まで掛けて、その後はずっとオレにべったりだ。
もっと文句や嫌味を言われるもんだと思っていたオレは正直、拍子抜けした。

それもこのせいなんだと思うと、何故か妙に優越感を覚えていた。



「…今日のうちに、好きなだけ触っとけ」



何であんな事言ったのか。翌日になって、オレは激しく後悔する事になった。



ーーーー
続く

ただ一人のためだけに・3

続きです。







ソディアの後に付いて城の廊下を歩きながら、オレは今までに何度感じたか分からない居た堪れなさに、恥ずかしいのを通り越して不機嫌極まりなかった。
最初は顔を上げるのすら嫌だったが、もうどうでもいい。多分今のオレは、限りなく無表情に近いだろう。


たまにすれ違う奴らが、必ず振り返る。
あれはきっと、あんなデカい侍女がいたっけ、っていう好奇の目に違いない。
そうじゃなきゃやってられるか。

女装した自分が、周りからどう見えるのか。情けない事に、女にしか見えない…らしい。
どいつもこいつも、いっぺん医者に行って来いってんだ。ちょっと見りゃ分かるだろうが、ってのがオレの意見なんだが…。
今回だって胸はまっ平らだ。体型はだいぶ隠れちまって、何とも言えねえが。

勿論、こんな格好でいる以上、正体をバラしたい訳でもバレて欲しい訳でもない。だが、すれ違った奴らが背後で『ちょ、あんな娘いたか!?』『知らねーよ!初めて見るぞあんな美人!!』……なんて言っているのが聞こえた日には、オレは男だ!!…と思い切り叫びたくなって当然だろ!?
嬉しくも何ともない。気色悪いだけだ。
だからオレはそういう奴らを無視することにした。逃避?何とでも言え。いちいち気にしてたら身が持たねえんだよ。
下手に挙動不審なほうが目立つ。前回の『仕事』でもそう思った。

…決して、女装する事に慣れたわけじゃないからな!!

それにしても、このルートだと、向かうのは…


「…なあ」

「何ですか」

「もしかして、フレンの部屋じゃなくて執務室に行くのか?」

「当然です。今の時間、団長は執務中ですので」

「まあ、そうか。…って、仕事は大丈夫なのか?あいつ」

重要度がどの程度か知らないが、さっきソディアに見せられた書類には本来フレンのサインがあって然るべき場所に、オレの名前がデカデカと書いてあった。
無意識なんだろうが、それだけに余計マズいんじゃないか。
そう思って聞いてみれば、ソディアが苦虫を噛み潰したような顔をした。

「大丈夫じゃないからあなたがここにいるんでしょう。…先程の書類は、一週間ほど前の物です。それ以前はまだ、書類の隅にあなたの名前やら…何やら書いてあるぐらいでしたが」

「いや、『ぐらい』じゃねえだろ。試験中の落書きじゃねえんだから!それに何やらって何だ」

「言いたくありません。知りたければ団長に直接聞いたらどうですか」

「……」

何、書いたんだ…あの野郎。聞かないほうが精神衛生上いいような気もする。

「…それがサインは全てあなたの名前になり、今ではもう……!」

ソディアが顔を背けて肩を震わせる。今では…良く分からねぇが、もっと酷いって事なんだろうな、やっぱり。

「おかげで我々は書類の修正や検閲に莫大な時間をかけるハメになったんです!それもこれも…!!」

びし、と音がしそうな勢いでオレに突き付けた指先がブルブル震えている。

どうやら今まで溜め込んだ何かが爆発寸前らしい。
堪え切れなくなったのか、ついにソディアは大声でオレを怒鳴りつけた。


「ユーリ・ローウェル!!貴様が、貴様が団長のこ…『恋人』という立場でありながら団長を放置し…っっ!?」

「ちょ、待っ!!てめぇ何考えてやがる!?」


オレは大慌てでソディアの口を両手で塞ぎ、そのまま廊下の隅っこに引きずって行った。素早く辺りを窺うが、とりあえず人の姿はない。
とはいえ、誰がいるとも限らないってのに何てこと言うんだこいつは!!


「むぐうぅっ!?」

「おい、落ち着け!!」

手を離したら、物凄い勢いでソディアがオレから飛びのいて、そして…

「貴様、何をする!!」

「そりゃこっちのセリフだ!剣に手をやるな!落ち着けって言ってんだろ!?」

オレは丸腰だ。元々の服と一緒に愛刀も取り上げられちまってる。…これはすぐにでも取り戻しとかねえとヤバいな。
とにかく今はこいつだ。

「あのな、デカい声でとんでもねえ事言ってんじゃねえぞ!」

「私だって認めたくない!でも事実だろう!!」

「そうじゃなくてだな。…知られて困るのはフレンだって同じだろ、って言ってんだよ!」

だから落ち着け、と繰り返すと、漸く少しは頭が冷えたのかバツの悪そうにオレから顔を背けた。
全く…勘弁しろよマジで。

とりあえず、今のうちに色々聞いとくか。詳しい事はこいつに聞けとは言われたが、今んとこ何も聞けてないからな。

「ちったぁ落ち着いたか」

「…はい。…すみません」

「んじゃついでに色々聞きたいんだが、いいか?」

「……何でしょうか」

「まず、おまえらオレに何させる気だ?それに、期間が一週間とか言ったな。その間どこにいりゃいいんだよ」

するとソディアが一枚の封筒を取り出し、オレに見せた。

「これを団長にお渡しします」

「…はあ?どういう事だよ」

「あなたへの指示の内容等は全てその中に記してあります。あとは団長に確認し下さい」

何だそりゃ。何でフレンに?

「…それまでオレに、何も知らないままでいろってのか?無茶苦茶だな。オレが見たら駄目なのかよ、それ」

封筒を睨みながら聞くと、ソディアはふん、と鼻を鳴らしてそれを再び自分の懐に入れちまった。
…マジで見せねえつもりか。

「サプライズですから」

「…は?」

「知った所で変わらないと思うんですが、陛下がそうしろと。心配しなくとも、妙な仕事はない筈です」

「妙、ってとこが物凄い引っ掛かるんだが…」

「……団長の受け取り方次第ですね」

「な…おい!!どういう意味だ!?」

それは、フレンの解釈によってはとんでもない事をやらされる可能性があるって事だ。冗談じゃない。

大体、これを『依頼』だって言うなら、オレが何も知らされないままなんてバカな話があるか。
そんな依頼、普通受けたりしない。悪事の片棒担がされるかもしれないだろ?
こっちには内容を確認させてもらう権利がある。

そう言って食い下がるオレを、しかしソディアは完全に無視しやがった。もうユニオンを通じて了承されたからとか何とか言うが、あっちに行ってる内容と違うんだったら詐欺じゃねえか!!

「…話にならねえな。悪ぃが、一旦帰らせてもらうぜ」

「その場合、契約不履行として損害賠償の請求があなたのギルドに行くことになりますが」

「ああ!?ふざけんな!!」

オレの抗議をさらに無視して、ソディアが再び歩き始めた。慌ててその後を追う。

「エステリーゼ様にも、真相を説明してさし上げないと…きっと当分の間、根掘り葉掘りあれこれ質問責めですね。私は一向に構いませんが。ただ…」

ソディアは肩越しにちらりとオレを見て、忌々しげに眉を寄せるとこう言った。


「この機会を逃せば、ますます団長に会いづらくなるだけですよ。…あなたが」


…たった三ヶ月でコレなんだ。それ以上の場合どうなるかなんて考えたくもない。
オレは大人しく、フレンの元に向かうしかなかった。






「…何をしてるんですか」

執務室に着いたオレは、扉の横の壁に張り付いていた。そんなオレにソディアがじっとりとした眼差しを向ける。
扉が開いた途端にフレンに抱きつ…タックルかまされる可能性を考慮しての防御策だ。

「気にすんな。さっさとノックしろ」

「……」

溜め息を吐いて、ソディアが目の前の重厚な扉を二度、ノックした。

「………」

「………」

返事はない。

「…?いないのか?」

「…いいえ」

ソディアがもう一度ノックする。すると今度こそ、聞き覚えのある声で返事が返って来た。


『………ユーリ……?』


…は?何でオレ…?

知らないんだろ?気配で分かったとかいうんじゃねえだろうな。

「…失礼します」

ソディアが構わずに扉を開けたので驚いていると、一緒に入るよう目で促される。仕方なしに入り口に立つと、三ヶ月ぶりに目にする金色の髪が揺れた。

ぼんやりとこちらを見る瞳がくすんで見えるのは、多分気のせいじゃない。
オレの姿は見えてる筈だが、フレンは微動だにしなかった。
…少しばかり、意外な反応だ。

「団長、少々お時間を…団長?」

ソディアが声をかけたら、やっとフレンが立ち上がった。そのままゆっくりと近付いて来る。


…ヤバい。

本能が、『逃げろ』と叫んでいる。
気付けばどこか虚ろな眼差しのままのフレンが既にオレの前に立つソディアの目の前にまで迫っていて、思わず一歩後ろに下がった、その時だった。

「団ちょ……ぇ、えっ!?」

フレンは無言のまま腕を伸ばすとソディアを押し退け、そのまま部屋の外に突き飛ばすとすぐさま扉を閉めて鍵まで掛け、オレを扉に押し付けて顔の横に手を突いた。

まさか、フレンが女にあんな事をするとは思わなかったせいで反応が遅れた。
背後から激しく扉を叩く音がする。オレは背中に嫌な汗が流れるのを感じつつ、扉にへばり付いていた。


「…ユーリ…?」

「よ…う、フレン。久し振り……っ、ひ!?」

なんとか言葉を絞り出したオレは頬を両手で包まれて、情けない声を出した。
こいつ、目の焦点が何だか合ってない。
マジで怖ぇんだけど……!!


「…すごい」

「へ…?」

「最近の幻って、触れるんだな…」

「……………」

「温かいし柔らかいし…本当にユーリに触れてるみたいだ」

ゆっくりと頬を撫でられて全身に鳥肌が立つ。…ちょっとこれ、シャレになんねえだろ!?
オレはフレンの腕を掴んで激しく揺さ振った。

「おいフレン、しっかりしろ!真っ昼間から寝ボケた事言ってんなよ!!」

「…え…」

「全く、たかだか三ヶ月で腑抜けてんじゃねえぞ!?何やってんだてめえは!!」

正気を取り戻す為にわざと強く言ってやると、少しずつフレンの瞳に光が戻って来る。
あと少しか?


「幻じゃねえよ。わざわざ来てやったのにご挨拶だな、フレン!!」


「あ…え?ユーリ?ほんとにユーリ…なのか!?」



信じられない、といった様子で聞き返したその顔は、やっとオレの知っているフレンに戻ったようだ。え?何で!?と繰り返しながらぺたぺた触ってくる手を叩き落として、漸くオレも身体の力を抜いた。

「…いつまで触ってんだ。本物だよ。久し振りだな、フレン」

「……………」

「フレン?」

少し身体を離したフレンが、まじまじとオレを見つめている。
頭の先から爪先までゆっくりと見下ろし、再びゆっくりと上げた顔は……何とも、微妙な表情だ。

今の今まで忘れてたが、そういえばオレはメイドの格好してたんだった。フレンもさっきは気付いてなかったのか、少々困惑気味に見える。
…あれ?もっと…


「あの…ユーリ?」

「な…んだ、よ」

どこか不安そうな瞳でオレを見ながら、あろう事かフレンはとんでもない台詞を口にした。



「気は、確かだよね…?」



その瞬間、オレの中の何かがブチ切れた。


「…おまえのせいだろうが!!!」



あまりに予想外な反応ばかり見せられて、オレも混乱して腹が立ってたんだよ!
手加減も忘れてフレンの腹を殴りつけ、しゃがみ込んだその頭を思い切りはたき倒した。


…誰だよ、『泣いて喜ぶ』なんて言ったのは。
わざわざこんな格好してやってこれじゃ、バカみてえじゃねえか、オレ。


…契約不履行でも何でもいい。
やっぱ帰っときゃよかったぜ……




ーーーーー
続く
▼追記

ただ一人のためだけに・2

続きです。







「本当に、よくお似合いですよ」


満足げに頷きながらヨーデルが言う。

「これならフレンもきっと、やる気を取り戻してくれる事でしょう」

「……正気かてめぇら……」

何のやる気だ、と言いそうになった自分が嫌になる。

三人がかりで無理矢理着替えさせられたオレは、もう縄で縛られてこそいないが動く気力もない。

絨毯の敷かれた床で胡座をかいて項垂れるしかないオレの目の前には、さっきソディアとエステルが二人がかりで運んで来た姿見が置いてあった。
どうやらここは衣装部屋の一つらしい。落ち着いて……心は落ち着いちゃいないんだが、とりあえず辺りを見渡してみると、部屋の中には所狭しと服やら靴やら帽子やらが置かれている。

ただし、全部女物だ。

普通、常識的に考えてオレには縁のない物の筈だ。

そしてオレが着せられたのは、煌びやかなドレスでこそないが間違いなく女物の服で。

改めて鏡見るまでもない。
だってのに、エステルがちゃんと見ろってあまりにはしゃぐから、仕方なしに立ち上がって……すぐに後悔した。

鏡に映る、自分自身の姿。

オレは、既にこの感覚を二度、味わっている。
凄まじい敗北感と言うか、何と言うか…。
ここまで来ると、自分がいわゆる『女顔』なのだと認めざるを得なかった。
…段々と違和感を感じなくなって来てる自分が恐ろしい。


オレが着てるのは、黒一色のシンプルなワンピースと、肩紐が付いていて腰の後ろで結ぶタイプのエプロン。
ただし、一般的なワンピースじゃない。

ハイネックカラーの前をボタンで留め、肩口が大きく膨らんだ袖。袖口には幅広の白いカフスがあしらわれていてる。
丈は足首近くまでと、かなり長い。内側には薄いレースが縫い付けてあって、それが裾から覗くのがお洒落……なんだろう、多分。
この格好する意味から考えれば必要ないと思うんだが。

エプロンは胸元を覆わない、前掛けに近い形だ。だが後ろで結ぶ紐はかなり幅広で、デカいリボンを腰の後ろに引っ付けてるみたいに見える。
しかし、何より肩紐にはフリルがたっぷり付いていて、ちょっと顔を動かすだけで触れるのが鬱陶しいことこの上ない。

インナーまで変えさせられた。
女物のパ……下着を穿くのだけは必死の抵抗で阻止したが……あの時のこいつらの眼は、まるで獲物を狩る猛獣のようだった。

…フレンとはまた別の意味で恐怖を感じた。

下着の上に白いタイツを穿かされた時のオレの気持ちが分かるか……!?
前の時だってここまでじゃなかった。あれがまだマシだったと思えてしまうほど、この格好は有り得ねえ、と思う。


だって『メイド服』だぞ!?

メイドだ、メイド!!
オレがこの格好でフレンの所に行かされる意味、分かってるのか!?


「……やべ、泣きそう……」

「フレンに会えるのが泣くほど嬉しいんですっ?」

「…そう、見えるか…?」

「フレンは泣いて喜ぶと思います!」

「エステル…暫く会わねえうちに性格変わったんじゃねえか?」

エステルがきょとんとして小首を傾げる。こういう仕草は変わってないが…。

「そうです?わたしは別に変わっていませんよ?」

「どうだか…」

何が『泣いて喜ぶ』だ。なんでそんな事が分かる……ん?
なんかおかしい。オレがこの前やった『仕事』について、エステルは知らない筈だ。それに、オレとフレンの関係だって、知らない、筈……。

そこまで考えて、オレは改めて何故ここにエステルがいるのか疑問に思った。
ソディアは分かる。こいつは一応、オレとフレンの事を知っている。
ヨーデルにしても、こないだの事を全く知らない筈はない。フレンはきっと、オレの事を報告してただろう。

報告。

まさか、とは思うが。


「…おい、ちょっとこっち来い」

「どうかしましたか?」

「いいから!」

オレはヨーデルの腕を引いて、少し離れた衣装棚の陰へと連れて行った。ソディアが何か言いかけたのは、ヨーデル自身が手を挙げて制した。


「色々と聞きてえんだが」

「何でしょう?」

「何でエステルがいる?」

「彼女は副帝です。時々こちらに来ていますよ」

「そういう意味じゃねえ!!」

笑顔を絶やさないまま、ヨーデルがゆっくりと口を開く。

「…言ったでしょう、我々はこの三ヶ月、大変に苦労した、と」

「……それで?」

「フレンは騎士団に…いえ、この国にとって、なくてはならない人です。彼を失う訳にはいかない。その為にはあなたの存在が必要なのです」

「それとこの格好とエステルがどう関係あるんだ!?」

「会えば分かると思いますが、最早今のフレンには普通の癒しでは無理なのです」

「…無理、って」

ヨーデルの笑顔が輝きを増した。…こいつ、黒すぎる。

「三ヶ月も会っていない可愛い『恋人』が、甲斐甲斐しく身の回りのお世話をしてくれたら…さぞや癒されると思いませんか?」

「…………!!!」

予想はしてたが、言葉が出ない。さっきから汗が止まらない。着替えたほうがいいんじゃないかってぐらい、背中なんてぐっしょりだ。

「私が知らない筈がないでしょう?フレンからちゃんと聞いていますよ。前回のお仕事のことも含めて、色々と」

色々、のところを強調されて、顔が熱くなるのが分かる。
…あの野郎、どこまで喋ってんだか知らねえが、段々と腹が立って来た。さっきまでは会うのが嫌で仕方なかったが、会って一発殴るぐらいしないと収まらねえ。
しかし。

「…エステルの事がまだだ」

「彼女は何も知りませんよ。純粋にフレンを心配しているだけです」

「あれのどこが純粋だ!?」

「着せ替えを楽しんではいるみたいですが」

「………………」

オレは人形か。

「彼女はあなたに言う事を聞かせ……失礼、より円滑に物事を進める為の潤滑油のようなものです」

「さらっと何か言わなかったか…?」

「気のせいですよ。…つまり、私やソディアならともかく、エステリーゼに無体な事は出来ないでしょう?それに、女性の服の事はよく分かりませんから。やはり女性に手伝って頂かないと」

「てめぇ………!!」

「それとも、普通に城の侍女を呼んだほうがよろしかったですか?」

「ぐっ……!」

それは嫌だ。
これ以上、妙な姿を知る人間を増やすのなんて御免被る。
悔しくて歯噛みするオレとは対照的に顔色一つ変えないまま、更にヨーデルが続けた。

「それと、今回の事はきちんとこちらから依頼を出させて頂きましたから」

「…なん、だと…?」

「ユニオンを通じて、あなたの首領には連絡済みです」

全身から血の気が引く。
依頼?ユニオンに、って…こいつ一体、何て言いやがった!?

「依頼って、どういう事だ!!いやそれより、どんな内容で依頼したんだ!?」

「心配しなくても、あなたがこのような姿をする事は伏せてありますよ。前回の仕事のアフターケアとして、一週間ほどあなたにフレンの仕事を手伝ってもらいたいので、と」

「何だって!?」

「既に了承のお返事も頂きました」

「…また事後承諾かよ…!!」

つか、何でオレには何も言わねえで話を進めるんだ?おかしいだろ絶対。
帰ったら一度、カロルとは腹を割って話す必要があるな。

「そういう訳ですので、フレンの事は頼みます」

「ちょ…ふざけんな!!頼むって、どうしろってんだよ!!」

「詳しい事はソディアに聞いて下さい。…ああ、一つ、忘れていました」

「…何だ」

「依頼を遂行して頂けない場合、何故フレンがあのような状態になってしまったのかをエステリーゼに説明しなければなりません。それはもう、詳しく」

「…なに、言ってんだ…」

「いくら何でも、ただの友人と会えないぐらいでああはなりませんよ。あらぬ誤解を抱いたエステリーゼを説得するのは大変でした」

「それはつまり、エステルも気付いてる、って事か…?」

「危ないところでしたが、今はまだ、何とか。『誤解』を『確信』に変えたくなければ、頑張ってフレンを癒してあげて下さい。そうすればエステリーゼも納得するでしょうし」

「何に納得すんだよ!?この格好な時点で色々おかしいだろうが!!コレで癒されるって、オレ達に変な趣味があるみてえじゃねえか!!!」


「違うんですか?」


心底意外だ、とでも言わんばかりに目を見開かれて、オレは文句を言うのを諦めた。

…はいはいどうせオレは女装が似合ってフレンはそんなオレを見て喜ぶ変な趣味の持ち主だよちくしょう!!もう好きにしろ!!

…オレ、やっぱり何か憑いてんのかな…。





ではこれで、と言ってヨーデルは部屋を出て行き、後に残されたオレはエステルに髪を結われて飾りまで付けられた。ヘッドドレスとか言うらしいが…どうだっていいわ、そんなもん。

楽しそうなエステルと、終始仏頂面のソディア。
居心地の悪さに耐えかねて、オレは自分からソディアに、さっさとフレンの所に行こうと言っていた。
まだ何か説明があるらしいが、それは歩きながらでも出来るだろう。
どうせ逃げられないなら、さっさと用事を済ませるに限る。
ついて来ようとしたエステルを何とか帰し、オレはソディアの後に続いてフレンの部屋に向かった。




「……あのさあ」

「何ですか」

「フレンの奴、そんなヤバいのか?」

「…私に言わせる気ですか」

「言いたくなきゃいいけどよ…」

ソディアが足を止めてオレを振り返った。
あー…なんか覚えがあるなあ、この光景…。


「正直、あなたにこのような事までさせるのは反対なんです」

「まあ普通はそう…」

「これに味を占めてクセにでもなったらと思うと……!!」

「…………」

なんつーか、こいつもいい感じに壊れてんな。
クセになるとか、とんでもない事言いやがって。
そんなのオレだって嫌だっての!!


「しかし、私ではあの方を救えない…!」

「…ここで言うなよ」

拳を握り締めるソディアに、オレは何とも言えない微妙な気分になる。

「…あなたに頼むしかないんです。仕方がないので今回もフォローはしますが」

仕方ない、ね。
思いっ切り本音がだだ漏れてんじゃねえか。


「…とりあえず、また暫く世話になるわ」


再び歩き出したオレ達は、図らずも二人同時にデカい溜め息を吐いていた。




ーーーーー
続く
▼追記

そんな二人の『あたりまえ』(リクエスト)

7/10 拍手コメントよりリクエスト

ナチュラルバカップルなフレユリです。





「カロル、後ろだ!!」

巨大な蜂の魔物が少年に襲い掛かる。
ユーリは叫ぶと同時に地を蹴った。


「う、うわわわ!!く、来るなあぁぁ!!」

振り返ったカロルが眼前に迫った魔物に武器を振り回すも、目をつぶったままではまともに当たる筈もない。あわや魔物の鋭い針先が直撃かと思われた、その瞬間。

漆黒の影がカロルの視界を覆い隠していた。

「ぐ……!!」

「ユーリっっ!?」

魔物を薙ぎ払ったユーリが振り返る。

「っつ…、無事か、カロル?」

「う、うん!でもユーリ、腕から血が…!!」

「掠り傷だ、次行くぞ……っ、あ……?」

ユーリの身体がぐらりと揺れる。額に脂汗を浮かべ、地面に突き立てた刀でやっとその身を支える姿に、カロルは先程の魔物の攻撃を思い出す。

(ど、毒…!!)

「ま、待っててユーリ、すぐエステルを…ああっ、それよりポイズンボトル出す……」


「ユーリ!!!」


慌てふためくカロルの視界を、再び影が覆う。しかしそれは先刻のユーリとは違って白銀の輝きを放ち、紫紺の後に翻った純白のマントがふわりと舞った。

「…フレ、ン」

「何をしてるんだ!!」

「ははっ、…ワリ」

フレンはすぐさまユーリの右腕を自らの首に回すと、毒のせいで力の入らないユーリの左腕と刀をひと纏めにし、その身体をしっかりと胸元に抱き寄せた。

「…僕から離れるなよ」

「離れたくても動けねぇよ…」

ユーリを抱いたまま、剣を振るって襲い来る魔物を次々と切り伏せてゆく。

「これで、終わりだ!!」

最後の一匹を片付け、ふう、と息を吐くと、それを見てユーリが軽く笑った。

「大丈夫かい、ユーリ?」

「ああ、おかげ様でな。ほら、もう離せって」

「全く…」

剣を鞘に納めながら、無茶するなって言ってるだろ、と零すフレンと、悪かったよ、と笑ってフレンの肩に手を置くユーリ。その手に自らの手を重ねて、フレンも柔らかく微笑んでいた。


そんな二人の様子を、完全に置いてきぼりを食らったカロルがぼんやりと眺めていた。
ポイズンボトルを取り出そうと、鞄に手を突っ込んだポーズのままで。
そこへ、こちらも片を付けたらしいリタが乱暴な足取りでずかずかと歩いて来た。

「あのバカ、詠唱中のあたしを放っぽり出してどこ行くかと思えば…」

「あ、リタ。…ええっと?」

「Sスペルエリアよ!!あいつがいないと詠唱短縮にならないじゃない!!」

「ど、毒の治療のほうが優先じゃないかな…あと、スキルじゃなくて名前呼んであげようよ」

「うっさいわね、毒なんてボトルで充分でしょ!?アンタ、何固まってんのよ!」

「だってー…」

「…わたしも、リカバー唱える気になれませんでした…」

「そうだよね、あんな様子、見せられちゃうと…」

「ああああっっ!!もう、ムカつくうう!!」

「…何だったのじゃ、さっきのは」

「アレでしょ、フレンちゃんの近くにいると毒とか色々治っちゃうやつ」

「リタ姐の言う通り、道具のほうが早いのと違うか」

「うふふ、本当に仲がいいわね、あの二人。羨ましいわ」

「………………」

ジュディス以外の全員が、寄り添うユーリとフレンの背中に向けて生温い視線を送った。




その晩。
一行は久々に宿で食事をしていた。


「最近野宿続きだったからなあ、やっぱ落ち着いてメシが食えるってのはいいよな」

「うん、そうだな…」

「どうしたんだよ、疲れてんのか?」

フレンの表情は今ひとつ冴えない。

「いや、そうじゃないんだ。ただ、野宿だとユーリの手料理が食べられるからね。…ああ、こんな事を言ったら、宿の人に失礼かな」

そう言ってフレンは隣に座るユーリに笑い掛けた。
ユーリは少々呆れた様子ながらも微かに顔を赤くし、照れ隠しのためか皿に乗った付け合わせの人参に乱暴にフォークを突き立てて口に運ぶ。
…が、その人参はユーリの口に入る前にフォークからぽろりと落ちてしまった。それが床に落ちる前にフレンが手を伸ばす。

「……っと」

「お、ナイスキャッチ」

「何をやってるんだか…ほら」

「ん」

フレンが人参をつまんでユーリに向ける。
ユーリはなんの躊躇いもなくフレンの指先に顔を寄せ、そのまま人参にぱくりと食いついた。
そして何事もなかったかのように咀嚼しながら椅子に座り直して食事を再開したのを見るとフレンもテーブルに向き直り、人参をつまんでいた指先を軽く舐めてから同じく食事を再開した。

流れる水の如く自然に行われた一連の行為に、他の仲間達は完全に手を止めて見入ってしまっていた。

最初に口を開いたのはレイヴンだ。

「……ちょっと、何なのよ今の」

「何って…フレンが、ユーリに、人参…」

もごもごと口を動かすカロルの顔は真っ赤で、隣のリタも同様に顔を赤くして俯いている。

「…ほんと、仲が良いのね」

「だからってさあ…。青年、指ごと食べてたわよ。フレンちゃんもしれっとその指舐めるとか…」

「わたし、お城の本で読みました。ええと、『間接キ…」

「嬢ちゃん、言わなくていいから」

「…今更だと思うけれど?」

一同の視線の先には楽しそうに食事をするユーリとフレンの姿。
今度はユーリが、フレンの口元に付いたソースを親指で拭ってそれを舐め取っていた。

「……見てるだけで胸焼けしそうだわ」

ぼそっと呟いたレイヴンの言葉に、皆は無言で頷いた。




そして就寝前の男部屋。


フレンはシャワーを浴びて戻って来たユーリの姿を見るなりその腕を引いてベッドに座らせ、自らもその隣に座ると傍らのタオルをユーリの肩に掛けた。
そんなフレンにユーリは胡乱げな眼差しを向ける。

「何だよ、いきなり…」

「何だ、じゃない。またちゃんと髪を拭かずに…廊下が濡れて、他の人に迷惑がかかるだろ」

「うるせぇなあ、そこまで濡れてねえって」

「それに、何だその格好は!上着も着ないで歩き回るなんて…」

「誰にも会ってねえし、構わねえだろ!」

徐々にヒートアップする二人の様子に、同室のカロルとレイヴンは落ち着かない。

「ね、ねえ、そろそろヤバいんじゃない?止めてよレイヴン…!」

「ええ!?やーよそんなの!とばっちり食うの俺様じゃないの」

「だってボクじゃ無理だもん、ほら早く…」

二人が面倒事を互いに押し付けようとしていたその時。


「っわ!何すんだよいきなり!!」

ユーリの声に、二人が揃って振り向く。

「いいから、大人しく後ろ向いて!」

「自分で出来るって…」

「出来てないから言ってるんだろ?全く…いつまで経っても子供だな、ユーリは」

「うっせえ!」

ユーリが手にしていたタオルを奪い取ったフレンが、そのタオルでユーリの顔を覆ってそのままわしゃわしゃと乱暴に髪を拭くと、渋々といった感じでユーリがフレンに背を向けた。

するとフレンはタオルを持ち直し、それまでの乱暴な手つきが一転、頭頂部から毛先までを丁寧に挟み込むようにしながら髪の水分をタオルに吸わせつつ、時折手櫛で撫で梳いている。

その指の動きがあまりに愛おしげで、カロルとレイヴンは暫し呆然とその光景を見つめていた。

ふと、視線に気付いたユーリが顔だけを二人に向ける。

「…何ボケっとしてんだ、二人とも」

「えっ!?べべ別にっっ!!何でもないよね、ね、レイヴン!!」

「……少年、落ち着きなさすぎ」

「………?」

「…こんなものかな。終わったよ、ユーリ」

「ん?ああ……っくし!!」

くしゃみをしたユーリが鼻を啜る。
タオルが肩に掛けられてはいるが、ユーリは上半身裸のままだ。

「ほら見ろ、上着を着ないでいるからだ」

「あのな…。そう思うんなら先に着替えさせろよ」

「髪があんなに濡れていたら、服まで濡れてしまうよ」

「へーへー。オレの事より服のが大事かよ」

「そんな訳ないだろ。髪も服も、濡れたままで寝たらほんとに風邪を引く。…でもちょっと、時間掛け過ぎたかな…ごめん」

冷えた身体を暖めるように、フレンの掌がゆっくりと優しくユーリの肩から腕を撫で下ろすと、くすぐったかったのか僅かにユーリが身を捩った。

「…別に大丈夫だって。ほら、もう着替えるから」

立ち上がったユーリの髪がさらりと揺れ、フレンの掌が何もない空間を名残惜しそうに握り締めた。


カロルもレイヴンも、最早何も言えなかった。



翌朝目を覚ました二人が真っ先に見たものといったら、一つのベッドで向かい合わせで気持ち良さそうに眠るユーリとフレンの姿で、あまりに幸せそうな寝顔に起こすのが躊躇われるほどだった。

しかしいつまでも見ていたい光景でもないので仕方なしに起こそうとすれば、寝ぼけたユーリが普段の彼からは想像できないような可愛らしい声で『うぅん…』などと言いつつフレンの胸に顔を埋め、フレンがまた『ユーリ…』なんて呼びながらユーリの髪に鼻を擦り寄せたりするものだから堪らない。

起きた早々に完全に二人に当てられて、カロルとレイヴンはやり場のない怒りと共に二人から無理矢理シーツを引き剥がして叩き起こしたのだった。





「…な・ん・で!わざわざ一緒に寝てんのよ!?」

朝食前の宿のロビーに、レイヴンの怒鳴り声が響く。
女性陣は何があったか知らないので、何事かといった様子で遠巻きにそれを見ていた。


「せっかく四人部屋取ってる意味ないでしょーが!!」

「何だよ…別におっさんに迷惑かけてねえだろ」

「かけてるわよ!何が嬉しくて朝っぱらから野郎同士がひっついてる姿を見せられなきゃなんねーの!?」

あーやだやだ、とわざとらしく自分の腕を抱く素振りをするレイヴンに、ユーリは隣で顔を赤くしているフレンを軽く小突いた。

「だから言ったじゃねーか、オレは大丈夫だって」

「でも、ユーリ寒そうだったし…」

カロルがおずおずと尋ねる。

「あのさ、なんで一緒に寝てたの…?」

「カロルの寝言が煩くて、夜中に目ぇ覚めちまったんだよ」

「そうしたらユーリが寒いと言い出してね」

「オレは別に一緒に寝るつもりは」

「風邪でも引いたら大変だし、二人で寝たほうが暖かいだろう?」

爽やかに微笑まれて、カロルは口をつぐむしかない。

「全く…おまえがさっさと起きねえから、ヘンなとこ見られたじゃねえか!」

「僕だけのせいじゃないだろ、ユーリだって気持ち良さそうにしてたくせに」

「ばっ…!何言ってんだおまえ!!」

「目が覚めたの、僕が先だからね。ユーリの寝顔、久しぶりに見たな」

「もう黙れって!」

「ほんと、寝顔は昔から可愛いのに…」

「いい加減にしろよ!!」



『それはこっちのセリフだ!!!』



仲間達からの全力のツッコミに、ユーリとフレンが全く同じタイミングで声のほうを向いた。
二度、目を瞬くと顔を見合わせ、再び仲間に顔を向ける。何から何まで、同じ動きだ。


「な、何?」
「何だ?」



「鏡コントしてんじゃないわよこのバカップル!!!」


ロビーにはリタの叫びが響き渡り、仲間は皆、これから先ずっとこの二人と共に旅をする事に、少しばかりの不安を感じずにはいられないのであった。




ーーーーー
終わり
▼追記

ただ一人のためだけに・1(どんな姿も好きだから・外伝)



これは何の冗談だ。


オレは命の危機より、もっとこう…、オレという人間の根幹に関わるんじゃないかという部分に危機を感じていた。

死にかける以上の危機なんかあるのか、って感じだが、『死んだほうがマシだ』って事だってある。今までにも何度か、そう思うような出来事がなかったわけじゃない。

…そうだな、一番最近でそう思ったのは三ヶ月ぐらい前か。
オレの、男としての矜持というかなんていうか、色んなものを失った。まあ…得るものがなかったとは言わないが、とにかくその時の事はあまり思い出したくない。なんであんな依頼を引き受けたのか、他の奴らに説明もできねぇし。

それにしたって、今のこの状況はあの時の比ではない。はっきり言って、あんまりだ。あの時の格好のほうがまだマシだ。

二度と着たくもない女物の服を無理矢理着せられ、オレはもう、この世の終わりが来たかのような気分になっている。
いや……もういっそ、この世の終わりが来たらいい。今すぐ。そうすりゃこんな格好であいつに会わなくて済む。


こんな、…こんな格好をあいつが見たら、絶対に無事じゃいられない……!!








今から三ヶ月前、フレンの『依頼』を済ませて戻ったオレを待っていたのは、ギルドの首領であるカロルやジュディからの熱すぎる抱擁だった。
どうやらオレがやっていた事については『アレ』を除いて説明されたらしい。まあ元々、新人の指導、っていう依頼内容についてはカロルは聞かされてたんだろうけどな。

『アレ』ってのは、オレが女の格好して、女として仕事してた事だ。
そのあたりだけうまい事ごまかして、あとは概ね実際にあった通りの説明だったみたいだが……カロルはともかく、ジュディはどう思ったんだか。絶対、素直に信じてねえと思うんだよな。

…実際のところ、オレは依頼以外のさらにフレンの個人的な頼み事までやらされたんだが…。


当初の依頼期間を少々オーバーした理由について、怪我したからだ、っていう事もフレンがきっちり話しちまったらしく、随分と心配したらしい二人からの再会の挨拶がさっきの抱擁だったってわけだ。

そういう事こそ適当にごまかしとけばいいものを…オレが怪我したのは自分のせいだ、っていう思いは拭えなかったらしい。フレンのやつ、わざわざカロル宛てに謝罪の手紙まで送って来たんだぜ。ま、あいつらしいっちゃあいつらしいけど。
大変だったんだね、と言うカロルの頭をぽんぽんと叩いてやりながら、オレは『そのぶん報酬の上乗せ交渉しとけ』とだけ言った。一応、あいつにも言ってはあったがまあ、ちゃんとした話は首領にしてもらうのが筋だからな。

カロルが手紙で交渉したらしい報酬は、その後オレ達のもとへと届けられた。しかも驚いたことに持って来たのはソディアだった。
オレは何かのついでにでもフレンのところに顔を出して、その時に受け取ればいいか、ぐらいに思ってたし、それにしたってソディアがわざわざダングレストに来るなんて思わなかった。

…だが、城に行きたくなかったってのはある。城というか、あいつの部屋というか…。何と言うかオレはフレンと顔を合わせづらかった。
別に、喧嘩して仲違いしたとか、そんなんじゃない。むしろ逆なんだが……まあ、その。
とにかく、そういう事でオレは下町にも戻らず、ダングレストで暫くうだうだしていた。半月ぐらいして、そろそろ顔を出しとかねえとマズいかな、と思った頃、ソディアがやって来たというわけだ。

しかもその理由を聞いて、オレは真剣に騎士団の未来を心配した。

フレンのやつ、オレからの連絡がないんで自分から適当に理由つけてダングレストに行こうとしたらしい。

普段ならまあ、ユニオンに用事があるとか言えるかもしれないが、まだあっちもゴタゴタしててフレンも城を離れる訳にはいかない状況だ。確かに報酬の受け渡しはあるが、別にフレンが直々にしなきゃならないわけじゃないし、何より『依頼』の真相を知るのはごく一部の人間だけだ。オレが城にいた事が依頼だなんて知ってるやつのほうが少ない。

で、その一部の人間であるところのソディアが来たってわけだ。理由はひとつ。

フレンがオレに会おうとする原因を処理してしまうためだ。
とりあえず、報酬の受け渡しが完了すればフレンがバカなことをしようとする理由がなくなる。
それをダシにして休みを取ったり出来ないからな。


帰り際、たまには顔を見せてやるようにとオレに告げたソディアの表情といったら……。

尊敬してる相手が『唯一』と言って憚らない相手がオレだって事が我慢ならなかったのに、百歩譲って友人である事に納得した…と思ったら、いきなりそれ以上の存在になられたんじゃ、心中穏やかじゃないに決まってる。
だってのに、あいつはフレンのためにその感情を押し殺して、わざわざオレにフレンに会いに行けと言った。
心底申し訳ないと思ったよ。

……この時は、な。





あれから三ヶ月。

まあ、オレも悪かったと思わないでもない。
だがな、オレにだってやる事があるんだ。
下町でふらふらしてた頃とは違う。ちょっとぐらいはこの世界に対して責任っつーか、そんなことを考えることだってある。
だからあちこち飛び回って、自分達に出来る事を精一杯やってたら、いつの間にか三ヶ月経ってた。


決して、別に、断じてフレンに会うのを避けてたわけじゃない。


何度か行ったんだぜ一応。

でもあいつのほうがいなかったり、下町で他の連中に捕まって話し込んでたら次の依頼が入ったり、とにかくタイミングが合わなかったんだ。
ほんとにそれだけなんだよ!!





「なるほど。言いたい事は、それだけですか」

「フレン、可哀相です…」

「ええ、本当に。彼がこの調子では、フレンも全く報われませんね」

「はい、甚だ不本意ではありますが……」

「どういう意味だ!!!」



オレは今、ザーフィアス城のとある一室にいる。
…いるっつーか、拉致られてる。
全身を縄でぐるぐる巻きにされて絨毯の上に転がされてる、そんな状況だ。
さすがに不憫に思ったのか、白い手がオレを助け起こして座らせた。

「ごめんなさい、ユーリ…。でもこれもフレンの…いえ、この世界の為なんです!!」

「そんなわけねえだろ!!何が世界だ!!……ちょっと、落ち着け。怒らねえから状況説明しろ。つか、この縄どうにかしろ!」

「縄を解いたら、あなたはまた何処かへ行ってしまうでしょう?」

「行かねえって!あんたも何でこんなとこにいんだよ!?」

「貴様ぁ、陛下に向かってなんて口の利き方を!!」

「…喋り方、戻ってんぞ」

「今までが我慢していただけだ!!」

「……………」


…もう分かるだろ。

オレの前には三人いる。
こないだダングレストまで来たソディア。
かつての旅の仲間で、絵本作家兼帝国副帝というなんだかよく分からない肩書きを持つお姫様、エステル。
そしてこの帝国の頂点に立つ若き皇帝、ヨーデル。

三者三様の表情で見下ろされて、オレは不自由な身体を震わせた。


「…あれほど、団長に会ってあげてくれと言ったのに……!」

最初に口を開いたのはソディアだった。

「あなたがこの三ヶ月もの間、一度も団長に会わなかったせいで、すっかり団長はふさぎ込んでしまわれて、仕事も手につかないご様子で…」

「…大騒ぎした割に普通の症状だな」

「これを見てもそんな事が言えるかっっ!?」

ソディアがオレの眼前に書類の山を置き、そこから一枚取り出して突き付ける。
…どうでもいいが、どっから出したんだ、これ。

「あー…と、『来年度議会における議院定数の縮小とそれに伴う予算の…』…何だよこれ、フレンの仕事関係の書類か?こんなの、オレに何の関係があるってんだよ」

「問題は内容ではありません。一番下を見て頂けますか?」

ヨーデルに促されて視線を下ろす。一番下…決裁のためのサイン、欄……!?

「な…何だよこれ、ワケわかんねえんだけど!!」


そこにあるのは紛れもなく、オレの名前。ただし、筆跡はフレンのものだ。間違いない。前にここにいた時、散々見た。


「この書類だけじゃないんです。ここにあるもの全部、ユーリの名前でサインされてるんです!」

「へ……?」

「口を開けば二言目にはユーリの話、ペンを持てば書くのはユーリの名前ばかり…。このままでは、フレンが壊れてしまいます!フレンがいなければ、騎士団は成り立ちません!そうなれば帝国の危機です!帝国の危機は世界の危機なんです!!」

「お…落ち着けって!!…てかそれ、もう壊れてんじゃ」

「なんて事言うんです!?」

自分で言ったんじゃねえか。
そんなツッコミを必死で飲み込んだ。

「…つまり、オレのせいでフレンがおかしい、と」

「その通りです」

「その通り、じゃねえだろ!!」

何考えてんだこいつら。
フレンがおかしい理由がオレってのも納得いかな……いや、……でもいくらなんでも、なあ…。

「…とにかく!オレがあいつに会ってやりゃいいんだろ!?だったら早く縄解いてくれよ!」

「勿論、そのつもりです。ですが、この三ヶ月というもの、我々も大変に苦労したのですよ」

にっこりと笑うヨーデルの体から、何やら黒いものが見える気がする。…こいつ、フレンの上を行く腹黒さだよな。さすがあいつの上司なだけはあるっつーか…。

「…そりゃ悪かったな。あいつの友人として、一応謝っとくわ」

「貴様…!!」

「いいんですよ、ソディア。…ふふ、友人、ですか…」

「な…何だよ」

ヨーデルがエステルをちらりと見て、再びオレに笑いかける。
…何だこのプレッシャーは。物凄い勢いで全身から汗が吹き出すのが分かる。

「いいえ、別に。そうですね、久しぶりに『友人』と再会するとなればやはり、サプライズのひとつやふたつ、あってもいいと思いませんか?」

「サ、サプライズ?」

「ええ。エステリーゼ、『あれ』を持って来てくれませんか」

「はい!!ここにあります!!」

満面の笑顔で立ち上がったエステルが、自分の体の前で何か黒い物を翻した。
それがどうやら服であるらしい、と思った次の瞬間、オレは全力で後ろに飛び退った。

…つもりだったが、なんせ全身縄で縛り上げられてて満足に動けない。だから実際はほんの僅か後ろに動いただけで、両脇をエステルとソディアにがっしりと固められ、目の前にはエステルから黒い『あれ』を受け取ったヨーデルが立ち塞がり、どこにも逃げ場がなくなっていた。

………つか、反則だろこのメンバー!?


「今から、あなたの縄を解いて差し上げます。…大人しくして、下さいますね…?」

「なんっっ……!!」

「動くな。少しでも逆らってみろ、ヨーデル陛下とエステリーゼ様に対する不敬罪で即刻逮捕する」

「てめっ…!卑怯だろそれ!!」

「ユーリ、ごめんなさい…。でもフレン、絶対喜んでくれますから!」

「…エステル、おまえは何をどこまで知ってる…?」

「何の事です?わたしはユーリに、ちょっとしたお仕置きをしたいだけですよ?フレンを悲しませた、お仕置きを…」

「お…お仕置き、っておまえ…」

「ユーリは恥ずかしいし、フレンはきっと楽しんでくれるし、一石二鳥です!!」

「ちょ……!やめ、触んな!!脱がすんじゃねえ!!」

「…ユーリさん」

「何だよ!!?」


にこやかな表情のまま、身を屈めて目線を合わせたヨーデルが口を開いた。


「腹、括って下さい」



女子供相手にろくに抵抗できないまま、オレは身ぐるみ剥がされて無理矢理服を着替えさせられた。






これは何の冗談だ?

頼む、マジで勘弁してくれ…!!

三ヶ月会ってないんだ。
それだけでも恐ろしいのに、こんな姿を見たらあいつ、何するか分からない。

いや、分かる。
分かるというか物凄い予想がつく。


「うわぁ…!似合いますよ、ユーリ!!」

「ええ、…さすがですね」

「くっ…!男に負けるなんて……!!」



…言いたい放題言われながら、オレはこれから向かう場所が死刑台と大差ないということに激しく打ち沈んでいた。




ーーーーー
続く
▼追記
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