どっちもどっち!後(※)

続きです。
裏ですので閲覧にはご注意下さい。








「…まだ、余裕ありそうだな」

肩で息をするユーリの上から意地悪く言うと、恨めしげな視線だけがフレンに向けられた。顔を動かす『余裕』はないようだ。涙と、半開きの口元から零れた涎で色を濃くしたマットが僅かに覗いた。

掌に受けたユーリの精液を後ろに塗り込むと、びくりとユーリの身体が揺れ、瞳が見開かれる。
口を開いて何か言いかけたのが見えたが、フレンは身体を起こしてズボンの前を寛げるとユーリの尻を両手でしっかりと掴み、白濁で濡れるその場所へと一息に自分自身を突き入れた。




「あ、うンああァあ!!!」

イったばかりなのにすぐさま強烈な刺激を与えられて、堪らずに声を上げた。まだもう少し待ってくれ、と言うつもりだったのにフレンはわざとそれを無視したようにしか思えない。

自分の出している筈の声を、ユーリはいつも誰か別の人間のものなんじゃないか、と思いながら聞いていた。
フレンに抱かれるようになって初めて自分がこんな声を出す事を知ったが、今でも慣れない。

だからあまり声を出したくないのだ。もちろん、場所が場所だから聞かれては困る、という場合も(不本意ながら)多い。それでも最近は、抵抗なく声を上げる事もあった。ぐっと我慢して堪えるより、肉体的にも精神的にも楽だと気付いたからだ。
声を抑える必要のない場合、自分で耳を塞ぎたくなるような甘ったるい喘ぎは比較的少ないような気がしていた。全くない、とは言わないが。

無理をして抑えようとするから、不意に強い刺激を受けるととんでもない声が出る。
だがフレンはユーリが必死で堪えている姿や、普段とまるで違う高い響きの嬌声を好きだと言って憚らない。ユーリが堪えようとすればするほど、フレンの責めは執拗で予測のつかないものになり、結局は陥落させられてあとはもうされるがまま、というのが常だった。
悔しいと思うが、どうしようもない。冷静に考える事の出来ないこの状況で、ずっと我慢し続けるのはもう、無理と言うものだ。

「ッあ、はぅ、ん、くァ…あ、あッッ!!」

「ユーリ…っ、なんか、それ…いやらしい、な……」

「んンう!な、に…言って、ッッはああぁ!」

ガツガツと叩きつけるような激しい責めに、声も途切れがちになる。いやらしい、とはどういう事なのか。

少し不安定な跳び箱にしがみつくような格好で、後ろからフレンが腰を打ち付ける度に身体が前に押し上げられるような感じだ。その度に自分の性器が跳び箱の本体に擦れて、正直なところ気になっている。
別に気持ちがいいわけではない。時折先端が当たると痛いので、無意識のうちにそれを遠ざけようと腰が引け、尻を高く掲げてフレンに押し付けるような姿になっていた。

…もしかすると、いやらしいというのはこの格好のことか。
自分の姿を想像して、一気に顔に熱が集まるのを感じた。

「……………ッッ!!」

「…どう…したの?」

「う…ッ、あ、く…」

何でもない、と言ってやりたくてもうまく言葉が出ない。フレンの動きは全く容赦がなくて、しかも一点を的確に抉って来るから堪らない。もう、声は抑えられなくなっている。こうなれば、後は早く解放して欲しいだけだった。
膝がガクガクと震える。
腰はフレンによってしっかりと固定されているが、もう自力で上半身を支えるのが辛い。


「は……ッ、あ…ふ、フレ…ン…!」


名前を呼んだら、何故か頭の芯が、じん、と痺れた気がした。


(あー―――もう、どっちでも、いいや――)


埃っぽい空気を忙しなく吸い込んでは吐き出し、だんだんと考えるのが面倒になってくる。
そう、どちらでもいい。
自分はフレンの事が好きで、フレンになら抱かれてもよくて、フレンとだったら、どちらでも―――


だから今は、もっとフレンを感じたいと思った。


「あ、も、…い、…ッく…」

「…ッ、ユー、リ、っちょ、キツ……っっ!!」

くぅ、と切なげな声を漏らしたのはフレンだった。締め付けが急に強くなって、ユーリの腰を掴む手に力が入る。指の食い込んだ肌が白く、痛々しい。


「もう、イき、そ……ッ!っ、だか、らぁ………!!」

「ゆ、ユー、リ……?」

舌足らずな声にフレンは困惑気味のようだ。行為に夢中になって甘い声をさんざんに上げることはあっても、ユーリが積極的に話し掛けて来ることは少ない。
以前、ユーリの家でした時は少々特殊な状況だったので、随分とユーリも饒舌であったが。


肩越しにフレンを見るユーリの瞳は、しっかりとフレンを捉えているのにどこかぼうっと蕩けて潤みきっている。息を呑んで喉を鳴らしたフレンには、隠れて見えない筈のユーリの口元が笑みを浮かべたように思えた。

「は…ッ、やく……ぅ、イか、せろッッ、て!!」

「う………、っくぁ、……っの…!!」

「あ………!?」

意図的に込められた力で一層強く締め付けられて一瞬動きを止めたフレンだったが、それならばと強くユーリの腰を引き付け、また抉るように突き上げた。

射精感を何度もやり過ごし、幾度めかの突きでユーリが身体を大きく震わせて背を反らした時、フレンもユーリの中に全てを注ぎ込んで荒い呼吸を繰り返すばかりだった。







「あー…シャツがシワだらけだ」

「………………」

「こりゃあもう、戻っても客の前になんか出られねえな。…ってか、今何時だ?」

「…もう、午後を過ぎてる」

「ふうん。…ところでおまえ、なんでそんな不機嫌そうなツラしてんだよ」

「別に、不機嫌なわけじゃ」

「んじゃあなんなんだよ」

「…いや、……」

見上げたフレンは微妙な表情のまま、ユーリをじっと見つめてその頬を撫でた。

行為の後は暫くユーリが動けない。フレンは積み上げられたマットレスに寄り掛かって座り、投げ出された脚をユーリが枕にしている。妙にすっきりした様子のユーリとは対照的に、フレンはどこか思案顔だ。

「…なんだか、途中から様子が変わったな、と思って」

「そうか?どのへんから?」

にやにやしながら聞くユーリに、フレンは眉間の皺を深くする。
…何か、面白くなかった。

答える代わりにユーリの頬を軽く摘んでやったら、ユーリは大袈裟に顔を顰めてその手を払い除けた。

「何すんだよ!」

「どうして君のほうが余裕ありそうなんだ。いつもはもっとこう、切羽詰まったような感じなのに…」

「………なんだそりゃ。オレに余裕があったらダメなのかよ。おまえ、どんだけSなんだ」

「そんなことないと思うけど。…もしかして、外でするのに慣れた?」

「……」

呆れたように溜め息を吐いて睨みつけるユーリの頬にもう一度手を伸ばし、今度は優しく撫でて言った。

「困ったな…お仕置きのつもりだったのに。反省してもらえないんじゃ、意味ないじゃないか」

「…どこまで本気だ?つか、丸っきり変態だな。お仕置きとか言ってんじゃねえ!おまえこそ、アシェットにまでつまらねえ嫉妬してんなよ!!」

む、と頬を膨らますフレンを見ていると、早くも先程の考えを改めたくなる。


フレンになら、抱かれてもいい、と思った。
その事自体は別に、今になって急に思い付いた訳ではない。むしろ、最初からそうだった。
今日の事は、確かに自分が悪かったと思う。だが、そもそもどうして素直にフレンを待つ気にならなかったかと言えば、それはやはりフレンのせいだからと言いたくなる。




「…やっぱ、オレばっかって不公平じゃね?」

「いつも僕からばかりって、不公平だよな…」


同時に呟いて、顔を見合わせる。


「何が不公平なんだよ」

「…君のほうこそ」


今度は同時に黙り込んだ。


「…とりあえず、アシェットに謝っとけ、オレもついてってやるから」

「ついてって何……なんで僕まで?むしろ一発殴ってやりたいぐらいなんだけど」

「あーもう!!まだ時間あんだろ!今から付き合ってやるからなんか食いに行こうぜ!!」

「そうだね……」

勢いよく立ち上がったユーリだったが、やはりまだダメージが残っているのかふらついている。

「う、お………っ」

「ユーリ!!」

歩き出そうとしたところで膝から崩れ落ちそうになったユーリを、後ろからフレンが支えた。今度は、しっかりと。

「危ないな、やっぱりもう少し休んだほうがいいよ」

「…………」

「ユーリ?」


振り向いて仰ぎ見たフレンは、本当に気遣わしげな表情をしている。

(裏の顔、なあ)



何が裏で、表なのか。

自分にだけ見せる表情が果たしてどちらになるのか、気にしているのは二人とも同じだと言えるのかもしれない。




ーーーーー
終わり

どっちもどっち!・中(※)

続きです。
裏ですので閲覧にはご注意下さい。





もう一度ユーリを探して校内に戻ったフレンだったが、今度はすぐにユーリを見つける事ができた。
アシェットと共にいるのを見た、と教えてくれた生徒がいたので、もしかしたらという思いで屋台の並ぶ辺りを見に行けば、困り顔で佇むユーリの姿があった。
すぐ隣にはアシェットがいるが、何より二人の周囲の状況に呆れて脱力する。


どういう訳だか、二人は複数の女性に囲まれていた。
服装からすると一般客や他校の生徒まで様々なようだが、皆一様にはしゃいだ様子でユーリにしきりに話し掛けている。隣に立っているアシェットには見向きもせず、徐々に輪の外へと押し出されて行くアシェットに何か哀れなものを感じるものの、それもほんの一瞬で怒りへと変わった。

ずんずんと大股で近付いて来るフレンの姿に気付いたユーリは慌てて一歩下がるが背後の人垣(と言う程でもないが)に阻まれて動けず、半ば諦めたように肩を竦めてフレンを見返し『お手上げ』のポーズを取る。その手にはしっかりとクレープが握られていた。すぐ隣の屋台で買ったのだろうか。


「ユーリ!!」


周囲の視線が集中するのも気にせずに鋭く名前を呼ぶと、いよいようんざりとした様子でユーリがそれに応える。

「……デカい声で呼ばなくたって聞こえてるっての…」

「何してるんだ、こんなところで!」

「…屋台見に来たら駄目なのかよ」

「…っ!そうは言ってない!君も自分のところの役割があるだろ!殆ど教室にいなかったらしいじゃないか!!」

「ちょ、おいフレン、押さえて押さえて!」

フレンの剣幕に圧されて一人、また一人とユーリの周りから去って行く女性達に目もくれない二人とは対象的に、アシェットだけがおろおろと視線を彷徨わせていたが、それでも二人を仲裁しようとするあたりに彼の人の好さが窺える。しかしそれは、言い換えると『貧乏クジを引きやすい』という事で。

「……なんで君がユーリと一緒にいるんだ、アシェット」

鋭く睨まれて固まるアシェットの隣で、ユーリが深々と重い息を吐いていた。

「いや、あの…まあ、ちょっと抜けよう、って言っ」

「ユーリ、戻るよ」

言うが早いかユーリの腕を取って引き摺るようにしながらその場を去ろうとするフレンに、何故かユーリは抵抗らしい抵抗をしない。

食べかけのクレープを押し付けられて驚くアシェットにひらひらと手を振って見せるユーリの姿に、アシェットだけではなく周りにいた生徒らも意外、といった様子だった。




屋台の並ぶ校庭を抜け、校舎脇までやって来ると人影もだいぶ少ない。

「…いい加減離せよ」

「………………」

「悪かったって!」

「なんの事?何に対しての謝罪なんだ、それ」

「…昼メシの約束してたのに待ってなかったからな」

「それだけ?」

腕を掴んだままでじっと睨むフレンに、ユーリは言葉が返せない。

「…そんなに思い当たる事があるのか?」

「は!?別にそんなんじゃ……!!」

「……」

腕を掴む力が強くなる。無言でまた歩き出したフレンに焦ったのはユーリだ。
このパターンはまずい。

「おい、離せよ!悪かったってば!またどっか連れ込む気じゃねえだろうな!?」

思わず、というか、つい口から出た言葉にフレンが足を止めた。ゆっくりと振り返ったその笑顔に、ユーリは背筋が凍りつく思いがした。

「…『どこか』?どこかって、何処だい?僕はただ、普通に僕らのクラスに戻って今からでも昼ご飯を食べようと思ってたんだけど?」

「んなっ………!!」

「ユーリ、何を考えてたんだ?」

何、と聞かれても答えられない。というか、言いたくない。ちょうど、少し前にこれまでのフレンの『所業』を思い返していたので、つい口をついて出てしまったのだ。

「なんでもねえよ!き、教室戻ろうぜ!」

「………やめた」

「な、ん」

「そういうの、期待してるんだ?だったら………」

「う、むぅ!?」

素早く辺りを確認したフレンに腕を引かれてキスをされ、全身の血液が冷えるような錯覚に陥る。
ここはまだ校庭の片隅で、人気がないとは言え遮る物もない。

「…………ッッ!!」

がしゃん、という音と共にそのまま背後の壁へ押し付けられ、後頭部をぶつけた時に上がったコンクリートの壁では有り得ないほどやかましい音に驚いているユーリを更に『壁』と自分の身体で挟み込むようにしながら、唇を離したフレンがズボンのポケットから何かを取り出した。
ちゃりん、と軽い音を立てた何かが視界の端に一瞬だけ映るが、それが何であるかは判らなかった。

「お、い…!」

「ユーリ、動くな」

「は……」

フレンは身体を密着させ、ユーリの肩に顔を乗せて何やら下のほうでごそごそと手を動かしている。
まさか本当にこのまま、と思った瞬間に腰のあたりから軽い音が響き、同時に『壁』が勢いよく左右に開かれた。支えを失ったユーリが背中から倒れ込むのをフレンは助けるでもなく、尻餅をついたユーリが顔を上げた時に見たのは後ろ手に扉を閉めて自分を見下ろすフレンの姿だった。


薄暗いその場所を見回すと、畳んで積み重ねられたマットレスやパイロン、ハードル等の他、跳び箱やライン引き等が置いてある。
一瞬で場所を把握し、ユーリが苦虫を噛み潰したような顔をした。

ここは体育用具室だ。
壁だと思っていたのは入り口の扉だった訳だが、それにしてもまたベタな場所に、と思わざるを得ない。フレンの背中だけ見ていたせいで、周りなど見えていなかった。


先程と同じ軽い音が響く。後ろ手のまま、どうやらフレンが鍵を掛けたようだ。


「ユーリ、大丈夫か?」

「おまえ…支えもしなかったくせによく言うぜ…」

「ああ、ごめん。ほら、立てるかい?」

「痛って…!」

フレンが手を伸ばしてユーリの腕を取り、半ば無理矢理立たせる。ほぼ同時に、ユーリの口から小さな悲鳴が上がった。


「う、わッッ!!」

ぐるっと身体を回転させられて、思わず抱き付いたのはさっきも見えた跳び箱だ。固いマットに鼻を擦り、少し黴臭い。間髪を入れずに伸し掛かられて呻くユーリの耳元でフレンが囁いた。

「…お約束すぎて、何だか笑ってしまうな」

「てめ……!何で鍵なんか持ってんだよ!!…あ、ちょっ…、触んな!!」

「見回りをするのに必要だから、今日だけスペアを預かってるんだ」

「ふざけ…ッ、やめ、脱がすな!!」

跳び箱にユーリの上半身を押し付け、体重を掛けて押さえ込む。左手で腰を抱えるようにしながら右手でベルトを抜き去り、ユーリのスラックスと下着を器用に下ろすと曝された尻をするりと撫で上げた。
ひ、と小さく声を漏らすユーリの耳の中に舌を差し入れると更に身体を震わせる。
固く瞳を閉じた表情を見つめていると、身体の芯が熱を持つのをフレンは感じていた。

「…ユーリが悪いんだ、いつも…」

いつも、求めているのは自分だけなのか、と思ってしまう。そうではないとわかっていても、どうしても。
少しは罪悪感があるのか、今日のユーリは大人しい。
…それとも、抵抗しなければすぐに事が済むと思ってのことか。

「うァ………ッく」

外気に曝されて少し冷たくなった尻を掴んで掌全体にに力を込める。中心部分に触れた指先を押し込もうとして、ユーリの苦しげな声に動きを止めた。

ユーリと身体を合わせるのは久しぶりだ。本来、性行為に使う場所ではない『そこ』はきつく閉じていて、このままではフレンを受け入れるのは難しいだろう。
だがそれも、ここに触れる事が出来るのが自分だけだと思えば喩えようのない悦びになる。それでも敢えて意地悪く囁けば、ユーリは一層身体を固くして悔しそうにマットに顔を埋めて呻いた。


「ユーリが、抱かせてくれないから」

再び指を動かし、押し拡げるように指の腹で丹念に捏ね回す。

「んンッ…!」

「…時間を掛けないと、入れるのは無理みたいだ」

「あ、…ッ、ぐ、ぅ……!!」

指先が少しだけ入った。だが、そこからなかなか進まない。

腰に回していた腕をずらしてユーリの腹を撫で、更にその下で緩く頭を擡げている性器に触れると、それだけでユーリの全身が大きく震えた。

「あれ…ユーリ、感じてるのか?」

「あ、ア!!……ッッふ…!」

「…濡れて来たよ」

「っく……!!」

いちいち言うな、と言いたいのだろう。マットに埋めた顔を僅かに浮かせて懸命にフレンを見ようとする瞳には涙が浮かんでいる。

いつもユーリは行為の始めには声を抑えようと歯を食いしばり、きつく目を閉じるが、毎回その表情がどれだけこちらの加虐心を煽るか理解しているのだろうか、と思う。
別に、肉体的に酷い事をしようとは思わない。だが、フレンはその表情を崩した『先』を見るのが堪らなく好きだ。
それでも少し手つきが乱暴になるのは仕方ない。何せ、今日は約束をすっぽかされそうになった挙げ句、自分以外の誰か(よく知ったクラスメイトではあるが)と共にいるところを見つけてしまった。

「一緒に回るの、諦めてたんだ。なのに…」

「はッあ、ふぅ…ッッん、だ…っから、悪かっ……!?あ、あァッ!!」

後ろに入れた指を少しずつ押し進めながら、同時に前も刺激する。
溢れ出す先走りを絡めて上下に動かし、時折濡れた掌で後ろを撫で付けて湿り気を与えてはゆっくりと撫で付ける事を繰り返していくと、次第に柔らかくなる肉の感触を確かめつつ更に奥まで侵入させた指がとうとう根本まで埋まった。

「…やっと、一本だね」

「ぅく…う、おまえ、なんなんだよいちいち……っ!!」

「長いことしてないと、どれだけ大変か知ってもらおうかと思って」

「な、長いっ…て、たかが一ヶ月てい、ど……あ、あア!!」

ユーリが上体を大きく反らせ、高い声を上げた。しがみついていた跳び箱が大きな音を立て、辛うじて崩れるのは避けたが不安定な状態で軋む音が聞こえる。

全て埋めた内側で、人差し指の先だけを曲げてぐにぐにと押す。ユーリが声を上げたのは、一度『イイ場所』に当たったからだ。
確かめるようにもう一度軽く押すと、ユーリが小さく息を詰める声を漏らした。

「っ……!う、く!!」

「ユーリは、ここがいいんだよな…」

「んぅ、ッ!んなの、オレだけ、じゃ……!!ッア…!!」

「そう?」

「くっ……そ、だっ…たら、おまえにもし、てや……ッッんンああぁ!!」

「…僕は遠慮するよ」

『イイ場所』であるところ、つまりユーリの前立腺を強く押す。面白いほどに身体を跳ねさせ、嬌声を上げるユーリに覆い被さるようにしながら耐えず刺激を与え続けるフレンだったが、頬を紅潮させ、額に汗を浮かべてしきりに喘ぐユーリを見て少しだけ考えてみた。

ユーリの言う通り、何もそこはユーリだけが感じるという場所ではない。およそ殆どの男性にとって、最も強烈な快楽を得られる場所と言っていいだろう。
それでもやはり、排泄器官に直接指やらを入れられるという経験はなかなかあるものではない。フレンも、興味はあるが自分がされたいとは思えなかった。

何より、ユーリの表情を見ていると『自分もあんなふうになるんだろうか』と思ってしまう。以前、ユーリが攻め手側まがいのセックスをした事があったが、色々と集中できなかった記憶しかない。快楽と羞恥に耐えるユーリを見るのは好きだが、その逆を考えると微妙な気分になる。


「僕は、気持ち良さそうにしてるユーリを見たいんだ。だから…」

拡げた後孔に指を二本増やした。まだかなりきつい。しかし、これが無理ならとても自分自身のものを入れるなどできないので、ユーリにも慣れてもらうしかない。

「う、あ、ア……ッッ!!」

「余計なこと、考えなくていいよ」

「んあァあ!っや、あ、だ……ッッ!!」

ぐちぐちと粘つく音を立てるようになった場所を指で掻き混ぜ、例の場所を強く擦り上げた瞬間、前を握っていた掌に脈動を感じてフレンはその先端を包むように指を滑らせた。

薄暗い体育用具室の中に、くぐもった悲鳴が上がる。
声を聞かれるのを恐れたユーリが、顔をマットに強く押し当てて苦しげに息を吐いていた。


ーーーーー
続く

どっちもどっち!・前

ヴェ学プチオンリー記念、学園祭のお話です。





「どこに行ったんだ、全く……!!」

学園祭で賑わう校内を駆けずり回ってユーリの姿を捜し、結局会えずに戻って来た生徒会室で、フレンは壁を殴りつけていた。

ネクタイが苦しい。
外してしまいたかったが、父兄や他校の生徒も来ている手前、示しがつかない。喉元を少し緩めて溜め息を吐けば、一気に疲労感に襲われてフレンは傍らの椅子に座り込んだ。
パイプ椅子が軋む音が耳障りで、ますますフレンの表情が厳しくなる。


「…本当に…どうして大人しく待ってられないんだ」

ユーリとは、昼になれば一段落するから一緒に何か食べよう、という話をしていた。ユーリは微妙な反応を示したが、本当は二人で色々と回ってみたいぐらいだった。それが無理だからせめて、と言ったのに、いざ教室に戻ってみればユーリの姿はどこにもない。クラスメイトに聞けば、ろくに顔を出していないという。

一体どこに行ったのかと思いながら、フレンは誰もいない生徒会室でぐったりと椅子に身を投げ出していた。



今年の学園祭で、自分達のクラスではカフェをやっている。ある意味定番で人気の模擬店は他のクラスからも出店希望があり、それ以外のクラスが五名ずつ代表者を決め、その生徒による投票という形で最終的にフレンとユーリのいるクラスに決まったという経緯があった。

決め手はたった一つ、二人のギャルソン姿が見たい、という理由だったかららしいというのは後から聞いた。男子生徒にとってはどうでもよい事のように思えるが、何故かそこそこ票が入っていたらしいので不思議だった。だが、もし自分が投票するならやはりユーリのクラスにしただろうと思う。

だがフレンは生徒会長として学園内の見回りやトラブルの対応という役目があるため、模擬店には参加していない。その事を知った女子生徒の落胆ぶりは凄まじいものだったが、こればかりはどうしようもなかった。


「なんだ、おまえはやらねえのかよ」

「君までそんな…残念だけど、仕方ないよ」

「おまえのコスプレも見たかったけどな」

「コスプレじゃないだろ…そんな話も確かに出てたけど」

クラス会議で企画を募った際、メイドだの執事だのと言ったいわゆるコスプレカフェをやりたい、という案も出ていた。
意外にも生徒の大半はコスプレに好意的でフレンも驚いたものだったが、やはり男女で意見が分かれるのと、やりたくない者に無理強いさせるのはよろしくない、という事で無難に普通のカフェに決定したのだった。


「何にしろ、面倒臭えったらねえよ。なんでオレ、接客する側?まだ作る側のがマシだぜ…」

うんざりした様子で文句を言っているユーリを見てフレンが苦笑する。

「君が接客してくれるカフェがあったら、毎日通うかもね」

「へっ、よく言うよ」

「本当だよ。見回りついでに寄れたらいいんだけど」

「…ま、おまえはおまえの仕事するんだな。運が良けりゃ来れるだろ」

「運、ね…。ねえユーリ、その時は昼ぐらい一緒に食べないか?それぐらいの時間は作れると思うし」

「一緒にって、どうすんだよ。当日は屋上も立入禁止なんだろ?」

部外者が来校するため、校内はあちこちに立入禁止になる箇所がある。普段解放されていて、多くの生徒が利用する屋上もその対象だ。

「別に屋上じゃなくても、自分のクラスでいいだろ?可愛いギャルソンもいるんだし」

フレンの言葉にユーリが鼻を鳴らす。

「へー…、誰の事だそりゃ。つうか何でおまえにオレがなんかしてやるみたいな流れになってんだ」

「だって、せっかくの機会だし」

「……当日に覚えてりゃな」



そんな話をユーリとしたのが、学園祭のクラス出店が決まった今から二ヶ月前のことだ。夏休み明けから本格的な準備に入って今日を迎えた訳だが、ユーリはとにかく気乗りしないようだった。

ギャルソンの制服に着替えたユーリは普段より少し大人びて、すらりと長身なスタイルが強調されていた。
普段ハーフアップ気味に纏めている髪の毛も後ろで一つに結び、全体的にすっきりとした印象だ。真っ白なシャツと黒のベスト、同じく黒のスラックスのコントラストはまるでユーリの肌と髪を思わせて、ぼうっと見つめていたら視線に気付かれ、鋭く睨まれてフレンは仕方なく顔を逸らすしかない。

似合っている、と褒めたのにユーリは終始仏頂面で、あっという間にタイを外して衿元を緩め、袖を捲って『いつも通り』のスタイルにしてしまった。

ユーリらしいな、と思いながらも一応型通りの注意だけはして、その時に昼食の話を改めてきっちりしておいたのに、何故。


ただでさえ、学園祭の準備期間中は生徒会の仕事が忙しくてあまり会えなかった。
いや、同じクラスだから毎日会ってはいるが、要するに『共に過ごす』時間がない。こういう時、ユーリからは何のアクションもない事に慣れつつあるのがフレンは面白くないのだが。


「……もう一度、探しに行くか……」


鞄はまだ教室に置きっぱなしだった。屋上にも行ってみたが、鍵はしっかりと掛かっていた。それでも念のために確認してしまったが、やはりそこにユーリの姿はなかった。

そんなに接客が嫌だったんだろうかと思いつつ、立ち上がって一つ息を吐く。
とにかく、このままここにいてもユーリが来てくれる可能性は低い。心当たりをもう一度捜そう、と気合いを入れたい気持ちと、どうしていつも自分ばかりがと思うほんの少しの苛立ちを抱え、フレンは生徒会室を出た。

扉を閉める手に力が篭って、廊下に響いた音に驚いて振り返った生徒の姿は全く見えていなかった。







「なー、そろそろ教室戻んなくていいのか?」

背後から掛けられた間延びした声に、ユーリは足を止めて振り返る。

「なんだよ…おまえだってたりー、って言ってたじゃねえか。オレ、おまえに付き合ってやってんだろ?」

「ええー!?俺はただ、ちょっと抜けよう、って言っただけじゃんか!」

「行くとこ行くとこ、女に声掛けまくっといて何言ってんだ。ナンパに付き合わされんだったら教室で大人しくしときゃよかったぜ…」

廊下の壁に寄り掛かると、ユーリは『はああぁぁ』と盛大な溜め息を零して腕を組む。
追い付いたアシェットもその隣に並んで壁にもたれ、こちらもやはり溜め息を吐いた。

尤も、前者はどうでもいい事に付き合わされて自分の行きたかった模擬店に未だ辿り着けないことへの呆れと空腹による肉体的な疲労、後者は悉くナンパに失敗した事による精神的なダメージの蓄積による疲労だったので、意味合いは全く異なる。

「もー…、おまえ連れて来んじゃなかったぜ。失敗した!」

「あのな……」

「だってさ、みんなおまえしか見てねえじゃん!声掛けてんの俺だぜ?おまえ後ろでつまんなそうにしてるだけなのにさ」

「知るかよ!オレはさっさと屋台回りたいんだっつってんのに、いちいち立ち止まって手当たり次第に声掛けやがって…」

「何言ってんだよ!学園祭っていやナンパだろ?女の子と知り合うチャンスじゃねーか!!」

「……おまえ、毎年同じこと言ってるよな」

「仕方ないだろー彼女欲しいんだからさー!!」

「…………………」

いつの間にかユーリの正面に立ってぎゃあぎゃあと騒ぐアシェットの後ろを、くすくすと笑いながら他校の生徒と思われる女子グループが通り過ぎて行く。そのうちの一人と目が合ったが、すぐにユーリは視線を逸らした。

フレン同様、入学時からずっと同じクラスであるアシェットとは時折こうしてつるむことがあった。最近では専らフレンといる事のほうが多いので、フレン以外の誰かと二人で行動するのは久しぶりだ。

(それもどうなんだ、って話だよなあ……)

ぼんやりと考えながら窓の外へと視線を移すと、カップルと思しき男女が楽しそうにはしゃいでいる姿が目に映った。


別に羨ましいと思う訳でもなければ、彼女が欲しいと思う訳でもない。

が、それとは別に思うところはある。

今の自分とフレンの関係だと、どう考えても自分が『女役』、つまり彼女の立場ということで。

「彼女……」

思わず口に出してしまって、更に『うげ』と小さく呻く。
そもそも男同士なのだから、その辺りの括りにこだわる必要もないのかもしれないが、一応『男役』『女役』を表す言い方があることぐらいは知っていた。そして、自分は間違いなく後者だ。
嫌な訳ではない。そっちのほうが合ってんのかな、と思わないでもなかったが、やはり男としては受け身ではないほうをやってみたい、という気持ちもあった。だがフレンはそれを嫌がるし、自分も無理をしてまで、とは思わない。

だが、自分が攻め手に回った時の事を考える場合の相手もフレンであり、女性が対象になっていない事に気が付いて自分自身に呆れてしまった。別に、男が好きな訳ではないのに。


「…まあ、今さらなんだよなあ…」

また、ぽつりと呟く。

「何が今さらなんだ?…そういやユーリは好きな子とかいないのかよ」

「…どうだっていいだろ」

「良くねーよ!おまえとフレンがフリーなせいで俺らは迷惑してんだからな!」

「意味分かんねえんだけど。んな事より、いい加減オレのほうに付き合えよ」

「んーまあそろそろ何か食いたいかもなあ。じゃ屋台見に行くか、外にも女の子はいるしな!」

「…もう別行動でいいか」

一人であちこち行く気にならなかったのでアシェットの誘いを受けたが、結局無駄に時間ばかり食って一向に校舎から出られない。飲食物の屋台の殆どは校庭にある。

「あ、待てよ!俺も行くって!」

既に歩き出したユーリの後を、アシェットが慌てて追いかける。ナンパの邪魔だと言うならどうして自分について来るのか、と思うユーリだったが、アシェットのような『普通の』クラスメイトとつるむのはフレンと共に居るのとはまた違い、はっきり言って気が楽だ。特に、不特定多数の人間が集まるような場所ではそうだった。

これが普通の男女だったら、むしろここぞとばかりにいちゃついたりもするところなのかもしれない。だが、いくら自分とフレンの関係が既にただの幼馴染みではないとは言え、それを第三者に知られたいとは思っていないユーリとしては、逆にこのような賑やかな場では普通の友人として振る舞いたい、というのが本音だ。でないと、素直にイベントを楽しめない。

フレンにはあまりそういったところが見受けられなかった。
自分達の関係がバレてもいい…とまでは思っていないようだが、それにしてはギリギリの行動を取ったりするように思えた。

いつ誰が来るか知れない教室、何処から見られているかわかったものではない屋外の公園。
すぐ目の前には知り合いがいるかもしれない祭り会場の裏薮や、あろうことか満員電車の中、なんてこともあった。

冷静になって思い返すと冷や汗が出る。よくもまあ、今まで気付かれずに済んだものだ。

(ヤロー同士、ってのを抜きにしたって、普通じゃねえよなあ…)

深刻に悩んでいるわけではないが、たまに思い出して頭を抱えたくなる時がある。今またこんな事を考えているのは、今日もフレンから昼食を共にしようと言われたからなのかもしれない。
フレンは自分の姿を見て、妙に落ち着きのない様子だった。浮かれて誤解を招くような事を口走りはしないか、不安で仕方ない。本当なら教室で待っていてやるべきなのだろうが、はっきりと時間を決めた訳でもないし、何より客としてやって来る女性達への対応が煩わしい。じっとしていたくなかった。


「フレンがもうちょっと、節操を持ってくれりゃいいんだけどなあ…」

「…何言ってんのおまえ、フレンなんてガチガチの堅物だろ?何、それともあいつ、裏の顔かなんかあんの!?」


裏の顔ならあるかもしれない。


そう思いつつ、無意識に呟いた言葉に食いつかれてユーリは黙り込んだ。

「なあどうなんだよ、気になるじゃんか」

「気にすんな」

「何だよ〜…つかおまえ、最近独り言増えたんじゃね?」

「…………」




どうやら、発言に気をつける必要があるのはユーリも同じ事のようだった。



ーーーーー
続く
▼追記

ただ一人のためだけに・10

続きです。




フレンの身に、危険が迫っているらしい。

…って言うと大ごとに聞こえるが、なんだか実際はそこまでのものじゃないんじゃないか、という気がして仕方なかった。

もし本当にそうなら、いくらなんでもヨーデルが何もしない訳がない。目立たないようにでも何でも、護衛を付けるとか、城内の警備を強化するとかの動きがある筈だ。
オレも一応、仕事で城の中をちょろちょろしてるがそんな様子は感じなかったし、大体それならそれでこっちにも言ってもらいたい。連携が取れるならそのほうが楽だからだ。


今回オレが城に呼ばれた本当の理由は、フレンの護衛というか襲撃者への牽制というか、そんなところだったらしい。昨日のヨーデルの話からの推察だが。

…どういう訳だかオレは、普通に呼び出したんじゃここに来ないと思われてるらしい。いやまあ…実際そうだったんだが。
フレンとどうこう以前に、何度も言ってるがオレは城にあまり来たくないんだよ。元々苦手な上、昔よりも顔が知れちまったからな。

が、わざわざ半強制的に依頼を請けさせられてこんな格好するぐらいなら、これからは普通に…頼むから普通に話を持って来い、と言いたい。むしろ今ならそのほうがいい。…自分の身の安全を確保する意味でも…。
その上でまだ女装だなんだ抜かすならその時はマジでぶん殴るだけだが。

いちいち尤もらしい理由をつけちゃいるが、結局あいつらオレで遊んでるんだろ!?そうとしか思えねぇよ。…特に今回は。

どうにも緊張感に欠けるまま、オレはフレンの身の回りの世話に加えて護衛までする事になっちまった。
それ自体に不満はないが、ギルドの仕事として、っていうならこれは当初の契約には入ってない。絶対、後で追加の報酬請求してやる。

まあそれも、明後日の議会とやらを無事に乗り切れれば、の話だ。とりあえずそれまでは身の回りの世話ってやつをしなきゃならないんだが……

あー……面倒くさ……






「…すっかり使用人ぶりが板につきましたね」

「……そりゃどーも……」


替えのシーツやカーテンの布を抱えているオレに、開口一番ソディアが言った。

…一応、ちゃんと『メイド』としての仕事はしてる。とは言え、逆に何でオレがこんなことまで、って思う事のほうが多い。
普通、こういうところはそれぞれ無駄に仕事が分担されてるもんじゃないのか。
ベッドメイク専門とか、部屋の掃除専門とか。よく知らないが。それをオレの場合、一人でやらされてる。
フレンの部屋はなかなか広いから結構骨が折れるんだが、なんと言ってもフレンがうるさい。
あいつ、自分でもマメに部屋の掃除してるんだよな。だから、はっきり言って掃除の必要ないんじゃないか、ってぐらいに部屋は綺麗な状態だ。それなのに、やれどこを拭いてないだの位置が違うだの細かいことを……


「何を一人でぶつぶつ言っているんですか」

「ん?あ、ああ、ワリ」

…ソディアを放ったらかしだった。
初日以降、毎朝こうして使用人部屋でオレはソディアからその日のフレンのスケジュールを確認して、ついでに新しいシーツなんかを持ってフレンの部屋に戻るのが日課になっている。

「なあ、今さらなんだが一ついいか」

「なんですか」

「あんたがフレンの部屋にスケジュール伝えに来ればいいんじゃねえの?今までとかそうだったんだろ」

「…本当に今さらですね…」

「最初はフレンに聞かせたくない話もあったかもしれねえけど、それももうないんだし」

「確かにそうですが。こちらももう、これで動く流れが出来ていますので」

「…そういうもん?」

「ええ。それと、あなたは一応特別扱いになっていますので、こうして私と共にいるところを見せれば何かと牽制になるでしょうから」

「牽制、ねえ……大体、特別扱い?あいつらにオレは何て説明されてんだ?今まで誰ひとり話し掛けて来ねえし、オレが来るまでフレンの部屋の担当だった奴らとか、どうしたんだよ」

「担当者が固定だった訳ではありませんが…そのあたりはあなたが知る必要のない事です」

「………………」

そう言ってソディアが視線をやった先には、何人かの使用人がちらちらとオレ達を窺っている。…どう考えても好意的には見えない感じだ。

まあ、何かしら圧力みたいなもんがあったんだろうが…フレンよりオレの身の心配してもらいたいぜ、全く。
…目の前に『前例』がいるしなあ…。


「…何か思いましたか」

「いいや、別に」

「……………」

「で?今日の予定はどうなってんだよ?そろそろ腕もダルいし腹減って来たから戻りてえんだけど」

「…使用人の分際で…!!」

「おまえらのせいだろ!?」

「全く、こんな事なら…」

何が『こんな事』なのか、ぎりぎりと歯噛みするソディアだったが、とりあえず確認だけはしとかねえと…。
聞いてるかもしれないが、と前置きして昨日のヨーデルとの話を簡単に説明すると、やはり知らなかったのかソディアの表情が厳しくなる。

「…分かりました。こちらも気を付けておきます」

「ああ、頼む」

ついでにスケジュールの確認も済ます。…ふうん、今日は午後の予定はナシ、か。そんな事もあるんだな。

「どうしてこう、いつも事が面倒になるのか…」

ぶつぶつ言っているソディアを置いて、オレはさっさと部屋を後にした。居心地悪いったらねえよ、全く…。






「…遅かったね。何かあったのかい?」

部屋に戻ったオレに、フレンが声を掛けた。朝メシはもう運ばれて来てるな…別に待ってなくていいんだけど。
…よく考えたら、オレの分の食事もあるってすげえ不自然だよな。この辺もどうなってんだか…

「ユーリ?」

「いや…何でもない。落ち着いたら色々と気になっただけだ。悪かったな、待たせたみたいで。先食ってて構わねえぜ」

「君は食べないのか?」

「食うに決まってんだろ。とりあえず、コレ置いて来るから」

手にしている真新しいシーツを見せてやると、フレンが妙にニヤニヤしながらオレを見る。…何だ、一体。

「何だかんだ言って、すっかりメイドさんらしくなったね」

「………ぶん殴られたいか」

「どうして?褒めてるんだけど」

「あのな…とにかく、すぐ戻るから先に食ってろって。オレのぶんまで食うんじゃねえぞ」

「そんな事…すぐ戻るなら尚更、待ってるから一緒に食べよう」

「…わかったよ」


朝からご機嫌な奴だな…まあ、いい。こっちも今さらだ。
寝室の扉を開けて、そのままシーツをベッドに放り投げた。振り返って見ればフレンが顰めっ面をしている。…なんだよ、ちゃんと後で直しとくって。




「へえ、ソディアがそんな事を」

「裏で何やってんだか知らねえが、その手間を他に回せってんだよ」

「まあ…彼女が、と言うより陛下が気を遣って下さってるんだと思うけどね」

「だったら尚更だろ…」

パンを齧りながら溜め息混じりに言うオレを、フレンはさっきからずっとふわふわした笑顔で見ていた。

「…何だよ、気持ち悪ぃな…」

「いや、ちょっと思った事があったんだけど」

「どうした?」

「こうやって二人だけで食事するの、久しぶりだね」

「…そうか?」


少し思い返してみた。

旅をしていた頃、確かにフレンと二人だけで、ってのはなかったような気がする。大体の場合、誰か他にいたからな。特に朝は宿にしろ野営にしろ、殆ど全員集合だったし。
今回ここに来てからは、フレンに何か都合がある日以外はこうやってフレンの部屋で朝メシを食ってる訳だが…二人だけで、か…。
フレンの奴は妙に感慨深げだ。

「何だか、こうしてると…」

ガキの頃を思い出すな、と続けようと思って口を開きかけたオレだったが、フレンの台詞にそのまま固まった。


「新婚さんみたいだな」


……………………。
また、寝ボケたこと抜かしやがって………!!


「ユーリ?」

「………………」

「割と本気なんだけど」

「聞いてねえよ」

「…なんだか最近、リアクションがつまらなくなって来たなあ」

「いい加減慣れた」

「ふうん……耳まで真っ赤だけど」

「うるせえな!!さっさと食ってスケジュール確認して出てけ!!」


くっそ……!!
本調子(?)になってから、毎回こんな感じだ。多少慣れたのは本当だが、このくそ恥ずかしい台詞をいきなり素で言ってくるんだから心臓に悪い。
…ぽろっと他の奴の前で言ったりしないか、本気で不安になるんだが…。


「出てけって…ここは僕の部屋なんだけど。…あれ、今日は午後から何もないのか?」

「そう書いてあるんならそうなんだろ。ソディアも特に何も言ってなかったぜ?いいんじゃねえか、たまには」

「休みを申請した覚えもないし、こんな状況でのんびりする訳にも…」

「こんな状況だからこそ、何か有効に使えって事じゃねえの?」

ここに来てまだ一週間経ってないってのはあるが、フレンはまだ一度も休みを取っていない。
定期的に休むのは難しいだろうから、取れそうなところで都合をつけるしかないんだろう。今回のは何だか、意図的なものを感じないでもないが…。


「うーん、いきなり言われてもな…」

「どっかで息抜きでもして来たらどうだ」

「…君がここにいるのに、わざわざ一人で?嫌だよ」

「……あっそ」

「大体、君は僕の護衛も兼ねてるんだろう?僕を一人にしていいのかい?」

「そこらの奴におまえがどうこうされるとも思ってねえからな。それに、城の中でだって四六時中、おまえに張り付いてる訳じゃないだろ」

「ここには他にも騎士がいるし、相手も警戒するだろう。外に出たら誰かを巻き込むかもしれないし、やっぱり軽々しく出歩くわけにはいかないよ」

「そんじゃ、城の中で出来る息抜きを探すんだな」

「結局、息抜きからは離れないんだね…」

「おまえは放っとくと根詰めすぎっから、休める時に休んどけ、って言ってるだけだ」

「…ユーリ…ありがとう」

…なんだよ、オレは思った事を言っただけだ。それに、最近はちゃんと寝てるみたいだが仕事が溜まってると徹夜続きも当たり前みたいだし。いくら慣れてるとは言え、体にいいわけないしな。


「別に、いちいち礼を言われるような事、言ってねえよ」

「はは、そうだね。でも…息抜き、か…」


視線を伏せて何か考えていたフレンだったが、ぱっと顔を上げると何故か満面の笑顔を浮かべていた。

こいつがこういう顔をすると、最近は何だか嫌な予感しかしない。…またなんか、妙なことにオレを付き合わせようとか思ってるんだろうか。


「ユーリ、君も今日は午後から休みでいいよ」

「…言うと思ったぜ…んで?何企んでんだよ」

「人聞きが悪いな、一緒に息抜きしよう、って言ってるだけだろう」

「おまえの『息抜き』が、オレにとってもそうだとは限らねえんだよ」

そう言ってやると、フレンは少しテーブルに身を乗り出してオレを見上げるようにしながら、口の端を上げて笑った。

…珍しいな、こいつがこんな表情、するなんて…

「大丈夫、君にとっても最高の息抜きになる」

「へえ?何すんのか教えてもらおうじゃねえか」

「…せっかくの休みだ。たまには『恋人らしいこと』、してみないか」


…どっかで聞いた台詞だな…。
はん、そういう事か。


「…いいぜ、付き合ってやる」

「そう言ってくれると思ったよ」

「当然、着替えていいんだよな?」

「その格好のままでもい」

「着替えて集合な。裏庭でいいか」

「…なら聞かないでくれ。いいよ、待ってるから」



そう言って立ち上がり、手甲を付けているフレンにオレはひとつ、気になっていた事を聞いてみた。


「……さっきのアレ、もしかしてオレの真似か?」

「あれ、気付いた?自覚があるとは思わなかったな」

「おまえらしくねえ、って感じただけだ!くだらねぇことしてんじゃねえよ」


似てるかどうかなんてどうでもいいが、大して気分のいいもんじゃない。


「嫌だったかい?まあ、僕も自分でやっても仕方ないし、君の表情を見てるほうがいいな」

「…午後を楽しみにしとけよ」


フレンを見送って、自然と顔に笑みが浮かぶのがわかった。

…マジで、楽しみだ


ーーーーー
続く
▼追記

求めて、欲しい(※リクエスト)

8/31 22:23拍手コメントよりリクエスト、ユーリにフレンが嫉妬して…
フレユリで裏ですので閲覧にはご注意下さい。








いつでも自分だけを見ていて欲しい、というのは我が儘だ。そんなことは分かっている。

それでも、その相手が恋人で、漸く傍にいることを許されて、しかも共に過ごすこと自体がもう随分と久しぶりのこととなれば、もっと自分に構ってくれてもいいんじゃないか、と思わずにはいられない。
いつもいつも、自分ばかりが焦がれているように思えて仕方ないのだ。

楽しげな様子のユーリが、ふとこちらを見て首を傾げた。
どうした?と言われて、何でもないとしか答えられなかったのは、そこには自分だけではなくて大切な仲間達もいたということと、やり遂げなければならない事があったから。
かつての記憶に胸が苦しくなる。


じゃあ、今はどうなんだろうか。


誰もいない室内に戻って溜め息を吐く。灯りなど点いていない筈の部屋の様子がぼんやりとわかるのは、窓から差し込む月明かりのせいだ。僅かに開いた窓からの風ではたはたと揺れるカーテンに、更に深い溜め息を零した。


「…もう少し、待っていてくれてもいいのに」


部屋には誰もいない。

窓の鍵は掛けずに出たが、開け放って来た訳ではない。名残を求めて窓枠に触れてみたが当然何も感じる事は出来ず、瞳を閉じれば瞼の裏にはっきりと浮かべることのできる姿に微かな苛立ちすら覚えた。

この機会を逃したら、また彼はすぐに何処かへ行ってしまうのだろう。
常日頃、咎めている筈の行動を自ら取るほどには余裕をなくしていた。






「……どうしたんだよ、おまえ……」

静寂の中で視線の集中砲火を浴びてぜいぜいと肩で息をするフレンの姿に、ユーリが声を掛けた。

「戻っ……来て、なら、どっ……!!」

「…とりあえずそこ閉めて中、入れ」

「……………」

ユーリの周りにいた客が席を空け、フレンのために椅子を用意してくれた。
憮然とした表情でそこに座ったフレンに隣から飲み物の入ったカップが押し出され、中身を確認もせずに一息で呷った時には周囲にも賑やかさが戻っていた。


ギルドの一員として世界中を跳び回るユーリだったが、帝都に帰って来れば必ずフレンの元を訪れていた。だが、事前に連絡があるわけではない。ふらりとやって来て、フレンが不在なら帰ってしまう事もある。今日のように仕事が長引いて遅くなった時は特にそうだった。ユーリも忙しければ翌日には帝都を発ってしまう。何も、言わずに。
今までにも何度かあったそんな擦れ違いが、今夜に限ってやけに気分を苛立たせる。
堪らなくなって下町までやって来れば、ユーリは『箒星』の一階で馴染みの住人達と盛り上がっていた。

フレンの眉がぴくりと吊り上がった事に、果たして気付いた者がいたのかどうか。


「おまえな…びっくりするだろ。どうしたんだよ、明日休みか?こんな時間にわざわざこっち来るなんて」

「…休みじゃない。でもどうしても君に…」

会いたかった。

人目を憚らずそんな事を言えば、ユーリが渋い顔をするのは分かりきったことだ。だが言わずにいられない。
自分のことを待たずにさっさと帰っておいて、こうして他の者と酒を飲んでいるとはどういうことなか。
もう日付けも跨いだこの時間まで起きているなら、恐らく明日も仕事ではないのだろう。
だったら尚更、待っていてくれても良さそうなものだ。

そう思いながらテーブルに身を乗り出した時だった。


「まーまーフレン!!せっかく久しぶりの再会なのに、いきなり説教とかやめようぜ!」

隣の青年がフレンの背中をバシバシと叩きながら陽気に語り掛ける。
だいぶ酒が入っているようだ。一体、どれだけの時間ユーリと飲んでいたのか。

「ちょっ…痛いな。別に説教なんか」

「そうそう、ユーリもこれでなかなか頑張ってるんだぜ!なあ?」

「そうだ、さっきの話、フレンにもしてやれよ!きっと見直すぞーユーリの事!」

口々に言っては笑い合う馴染み連中に囲まれたユーリは、どこか居心地悪そうな様子で曖昧な笑みを浮かべて、時折正面に座るフレンの顔を窺っている。
フレンはそんなユーリをただ黙って見据えていた。


まずい、と思った。

別にフレンを蔑ろにしている訳ではない。
かなり遅くなっても部屋に戻って来ないなら、仕事が忙しいか何かトラブルがあったのか。もし城を離れているのならさすがに窓に鍵が掛かっている。

フレンだって疲れている筈だ。だがフレンは自分と会えば『無理』をする。
それが嫌だったのでさっさと退散してきたのだが、まさかフレンのほうからこちらにやって来るとは全くの予想外だった。

明日は休みではない、と言っていた。…まさか、抜け出して来たのか。
ユーリは一気に酔いの醒める思いでいたが、友人達は殊更に陽気さを増してはしゃいでいる。

フレンが下町に足を運ぶのは珍しい事ではなかったが、こうして酒席を共にするのは久しぶりのことなので気持ちはわからないでもない。皆もフレンを慕っているのだ。
先程までの会話をあれこれと持ち出して友人達が大声で笑い合う。酒が入るとどうしてこう、声が大きくなるものなのか。

普段なら好ましいその喧騒に、ユーリはひやひやしっぱなしだ。場が賑やかになればなる程、フレンの周りだけ温度が下がって行く。
そんな気すらしていた。



ユーリの隣に座っていた青年が、ユーリの肩に腕を回した。なあユーリ、あの時の話も聞かせてやれよ、と言ってぐっとユーリを引き寄せる彼に、他意はない筈だ。そんなことはフレンにもわかっている。

が、限界だった。

フレンが手にしていたカップをテーブルに乱暴に叩き付ける。やって来た時と同様、一瞬でしん、と静まり返る店内にフレンの足音が響き、すぐに止んだ。


「……ユーリ」

「…っ、何だよ…」

「ちょっと、話がある。…色々と」

「………………」

「みんな、ユーリを借りるよ。…朝まで邪魔しないでくれ。絶対だ」

ユーリが顔色を変えた。

「おい!?何言って……」

「いいから」

低い声で言い放ち、ユーリの腕を取って立たせるフレンの姿に、周囲の誰もが驚きの表情を隠せない。

小さく舌打ちしながらも立ち上がったユーリがフレンの腕を払い、連れ立って店を出ていく後ろ姿を見送りながら、『何だか知らないが殴り合いになりそうだ』とその場に居合わせた客は思っていた。






「…何を話してたんだい?随分と楽しそうだったけど」

「いっ……て、痛えって!!ッちょっ…!!まだ、ムリ……ッッ!?」

「なに、を…っく、話してたのかって、聞いてるんだ」

「ッぐ、あ、あぁあ!!」


『箒星』の二階、間借りしている自室のベッドでフレンに組み敷かれて、ユーリが苦悶の表情を浮かべていた。
かろうじて腕に引っ掛かった上着は、しかし完全にはだけられて白い身体が晒けだされている。下穿きはとうに取り去られ、下着と共に床へと放り投げられていた。

あちこちに小さな紅い点を散らした両脚を高く掲げられ、中心にフレンの熱く滾る欲望を捩じ込まれて声を抑えることが出来ない。

ただしそれは艶っぽい喘ぎ声などではなく、苦しげな呻きでしかなかった。

フレンに抱かれるのも久しぶりなのにろくに慣らしてもらえなかったおかげで、未だ快楽を得るには程遠い。
痛みと強烈な違和感に耐えながら荒い呼吸を繰り返すユーリを見下ろすフレンもまた、辛そうに浅く短い吐息を降らせていた。

一階にいる客の誰が、殴り合いどころかこのような光景を想像することが出来るだろうか。





「いッぁ、は……ッ、おまっ、何、なんだ、よ…ッッ!!」

フレンの肩に指を食い込ませ、涙の滲む瞳でユーリが睨み上げる。フレンの『目的』はなんとなく理解出来るので抵抗するつもりはないが、この荒れ様がわからない。
フレンの顔が近づいた、と思ったら鎖骨に歯を立てられてユーリは小さく悲鳴を上げた。


「あッ…つ!!てめえ、いい加減にしろよ!?」

「ユーリこそ…!他のやつと飲み明かすぐらいなら、もっと僕の帰りを待ってくれてもいいだろう!!」

「や、飲み明かすとか…ッんンッッ!っは…!!」

ぐっ、と奥を突かれて言葉が途切れた。
いつもなら行為の最中に何度も唇を求めて来るのに、今日はそれがない。唇を塞げば望むものが得られないからか。


「ユーリ、答えて」

喉元を甘噛みしながら更に問われて、ああやっぱり、とユーリは思う。
一階の酒場で話していた内容など、取るに足らない事ばかりだ。特に隠す必要もないが、何がフレンの怒りのポイントを刺激するかと思うと一瞬だけ躊躇する。だがフレンはそのほんの僅かな逡巡すら許してくれなかった。


「ユーリ!!」

「わ、わかっ……ッ!あ、あぅア!!う、動く、な…ッッ、あぁ!!」

激しい突き上げと揺さ振りで、息を継ぐのすら難しい。途切れ途切れに話すユーリから、フレンは片時も視線を外さなかった。


かつて旅をしていた時も、そして今も。
離れている間に、自分ですら知らないユーリを他の誰かが知っていて、それを聞かされるのが堪らなく嫌だった。

ユーリが料理上手だとか、とても仲間想いだとか、そんな事は誰よりも自分がよく知っているとフレンは思っていた。

ギルドのメンバーとして頼られている事も、拠点のあるダングレストでそれなりに上手くやっている事だって知っている。
ユーリがフレンの部屋を訪ねた時には、それまでにあった出来事を語ってくれるからだ。

では何故、今これ程に心が乱れるのか。

自らの身体の下で、ユーリが長い髪をシーツに散らして喘ぎながら懸命に話している内容など、実はそこまで気にしてはいない。
では、何故。


答えはとっくに出ている。
自分が知るより先に、ユーリがそれを他の誰かに話してしまうのが嫌なだけなのだ。

一番は自分でありたい。常にそう思っていた。
それが我が儘だとわかっている。会う事が出来ないなら仕方のない事だということも。

それでも、会えない期間が長くなれば時々こうして我慢が効かなくなる。
よりによって、自分を放って他の誰かと楽しげにしているところを見てしまっては尚更だった。



「はッ…ァ、ンあ、も、いい、だろ……ッッ!!」

「…ユー、リ」

「なんっ、だよ……!!」


最初の苦痛は何処かへ行ったように、ユーリの表情は蕩けて艶めかしいものとなっていた。
苦しげだった呼吸は色を含んだ吐息となり、攻撃的な視線も濡れて妖しく誘うばかりだ。
長い脚を絡ませてフレンを受け入れ、快楽の波に翻弄されて腰を揺らすユーリの様子はひどくいやらしくて、自分以外の誰かはとても普段のユーリからこんな姿は想像できないだろう、と思う。



耳元に顔を寄せて鼻先で黒髪を退かし、すっかり露になった耳朶を喰んで舌を侵入させると、すぐ横から可愛らしい声が聞こえた。


「…ユーリ」

「んンッッ!んあ、やッあ、舐めん、な!!」

「ユーリ……」


繰り返し名前を呼び、抱き合いながら自分にしか見せないユーリの姿を得ても尚、なくなることなどないこの感情の名は『嫉妬』だ。
自分を優先してもらいたいという子供じみた欲求を抑えることが出来ないぐらい、己を持て余しているのが情けない。



「…もっと、僕のことを…欲しがってくれ」



ユーリの瞳が大きく見開かれる。


馬鹿だ、と思いながら溜め息を吐いたのはフレンだけではなかった。





ーーーーー
終わり
▼追記
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