猫の日。

フレユリ、2月22日は…ということで。








僕の恋人は、いつから猫になったんだろう。


「…あんまりジロジロ見るな」

不機嫌さ丸出しの声に、逆に笑ってしまう。
ますますユーリの表情は険しくなり、それこそ猫のように瞳を細めて僕を睨みつける。

…すまない。迫力に欠けることこの上なくて、笑いが止まらないよ。
ああ、馬鹿になんてしていない。
とても可愛らしいから、そんな君の姿を見ることができて楽しいだけなんだ。

いつもの格好、見慣れた横顔。綺麗な黒髪。
その黒髪をかき分けて、ちょこんと顔を出した耳。
それはユーリ自身の耳などではなく、猫の耳だった。
あまりに馴染んでいるものだから一瞬驚いたもののよく見ると当然それは作り物で、控えめな大きさの黒い猫の耳がついたカチューシャをユーリはつけていた。

「あいつら…!いくらなんでも、なんだってオレがこんなこと…!!」

憤懣やるかたないといった様子のユーリだけど、それは君にも責任があるだろう、としか言い様がない。
以前、これと同じようものを見たことがある。ウサギルド、だったかな。ウサギの可愛さを世に知らしめるとかなんとか…。
そのギルドの活動に協力して、報酬としてもらったものがいわゆる「うさみみ」というやつで、ユーリは随分とつけるのを嫌がっていたな。
そういえば僕のぶんもあったけど、どこにやったか。
それの猫版とでも言えばいいのか、とにかく同じように猫の可愛さを世に…という依頼を受けて、結果こんな姿を晒しているらしい。
ウサギルドと違う点は、最初からこのねこみみをつけなければならないというところだ。
よもやこんなことになると思わなかったユーリは断固拒否したが、受けた依頼を遂行しない訳にはいかないから渋々言うことを聞いた、ということのようだけど。
妙なところで義理堅いのは変わらないね。とてもいいことだ。

「宣伝する人数が多いほどいいからってなんの説明もなしに勝手に話を進められてたんだよ。冗談じゃねえっての…」

説明したら断るか逃げるかのどちらかだからじゃないか?
僕の言葉にユーリは渋い顔をした。同じことをもう言われているんだろう。誰にだってすぐわかることだよ、きっと僕でもそうする。

「…とにかく、日が落ちるまで邪魔するぜ。こんな格好で表を歩けるかってんだ」

それじゃ宣伝にならないだろう?きちんと依頼をこなしたとは言えないんじゃないか。
しかし僕はそれをユーリに伝えはしなかった。

窓枠に腰掛けてふてくされるユーリの前に立ち、その耳―本物のユーリの耳へと手を伸ばす。
柔らかい感触を楽しみながら耳朶を擽るように指を滑らせると、ユーリが煩そうに頭を振った。
本当に猫であるかのような仕草は、無意識なのか…?
髪の間に指を入れ、手櫛で少しいじってやると耳が隠れて見えなくなった。不思議そうな顔で僕を見上げるユーリに笑いかけると、薄紫の瞳がまた少しだけ細くなって見返してくる。

「何やってんだ…。外してくれんのか?これ」

まさか。
半歩下がった僕を、視線だけでユーリが追う。不機嫌そうな『黒猫』の頭についている耳が窓からの風に毛を揺らし、僕に錯覚を起こさせた。

鳴いてみて?

この可愛い黒猫は、どんな声で鳴いてくれるんだろう。
僕だけが知る、少し高い声で鳴くんだろうか。それとも……
じっと見つめる瞳が瞬き、次に伏せられて睫毛が薄紫の中に影を落とす。口元は笑っている。もしかして、応えてくれる…?
そうして唇が開き、零れたのは――

「…やなこった」

思わせぶりな沈黙の後の、完全な拒絶。まあ、想像はできていたことだ。
何故か楽しげな様子のユーリを、じゃあ鳴かせてやろうとその身体に腕を伸ばした。
けれど彼は僕の腕の中に閉じ込められる前にするりと身を躱し、立ち上がって僕を見下ろしていた。

「やめやめ。やっぱ他のとこ行くわ。妙な遊びは趣味じゃない」

外はまだ明るい。恥ずかしいんじゃないのかい?

「ここにいても恥ずかしい真似させられそうだしなあ。足腰立たなくされても困るんだよ、今日の夜には戻らなきゃなんでな」

本物の猫のように抱いて連れて行ってあげようか。

返事の代わりに鼻を鳴らし、僕に背を向けてひらひらと手を振るとユーリは窓の外へと消えた。


僕の気まぐれな黒猫は、簡単には懐いてくれないようだ。
今度は甘い餌を用意して待っていよう。

次は逃がさないようにしないとね…。
▼追記

お知らせ・拍手イラスト更新&コメレス

肩こりが劇的に治る薬か道具かがそろそろ発明されてもいいんじゃないかと思うんですがどうでしょうかこんばんはZOOKですどうも。

肩こりの自覚はあまりないんですが、恐らくそれが原因だろうと思われる頭痛がたまに激しい時が…。あと美容院行くとマッサージしてくれますよね。その時にだいたいいつも「かっ…たいですね!!」って美容師さんに言われるんで、こってるんでしょう…。

そんなことはどうでもいいんですが!

拍手お礼のイラストを差し替えました。お礼文は更新できていないので、気が向いた時にでも…ちなみにイラストは3番目です。拍手文の内容とは関係のないイラストです。前のやつ、随分前からそのままで…ちょっと久々に見てなんかこう、いたたまれなくなりました…w
…まあ、絵はちょっとずつでも上達すればなーと思って描いてます。描くのは好きです。人様のを見るのはもっと好きです。

もっと増えろー(笑)

拍手くださっている皆様、ありがとうございます!励みになります…。
追記よりコメレスです。

▼追記

タクユニはじめました

バレンタインデーですねチョコレートプレイな下町が巷にあふれていることでしょうこんにちはZOOKです。

チョコレートプレイ… 

言ってはみたものの、今ひとつ自分では書けないのがツラいというかなんというか(笑)
読むのは大好きです。読むのは大好きです。大事なことなので二回言いました。

いや書けないっていうか書いてみたいなーと思うことはあるものの、もう何番煎じどころではないことになるのは火を見るより明らかだしな、っていう…w
ハマったのが遅いせいで既に鉄板ネタはいろんなところでお見かけするので、なんか手が出しにくいのです…いやまあ気にしなくてもいいのかもですが!ww


で、タクユニですが。

いやーーありがとうございますAndroid!!!
私ついこないだまでガラケで、しかも去年の9月…そう忘れもしないテイルズリンク2の時ですよ、そのイベントで出す本の原稿やってる時にケータイ壊れてですね…。私ケータイで文章打ってるのでほんっっとどうしようかと。半分以上できてたのに最初から書き直しましたよねいい思い出ですね!!
で、その時もスマホにしようかどうか迷ったんですがやっぱ原稿的に慣れてるほうがよかったのでガラケに交換(故障のときの保証制度みたいなので)したんです。が、同位機種がなくて一個前というか下の機種に…

もー使い勝手が悪いのなんの。
タクユニがえーゆー以外のスマホに来たらその時は買い替えだなあ…と思っておりました。

おりましたらば!!来ましたよね!!!

いやほんとまじ嬉しかった…!!
PSPとか、欲を言えば据え置きで出して欲しいのはやまやまなんですがまあそこはもう仕方ない(元がソーシャルだし)ので我慢。
スマホにするならこれがいいなーと思っていた機種が推奨機種に入っているのを確認して、電機店にGO!!でした(笑)
そしたらその機種が一番人気だったらしくて数日待たされた(それでも最初は一ヶ月以上とか言われたのでラッキーだったんだけど)んですが、無事スマホにすることができました!早速落として日々少しづつプレイしている次第です。

いやーーー画面キレイ!!!
立ち絵もいいですね…!!
この絵の方は最近キズナで制服ユーリさんとかこないだのボーリングユーリさん(…)とか描かれてるのと同じ方なんでしょうか。違うかな。なんか雰囲気似てるなー。ちょっとやわらかいというか身体のラインがソフトな感じで好きです^///^

記憶が無い=術技を覚えていないってことで、バトルで手に入る記憶の欠片を集めてカードに変換、それを使うことで術技やスキルを覚えたり、オマケ経験値が貰えたりします。レベルアップで覚えるんじゃないんですね。

…このシステムがなかなかのクセモノでして…。
誰のカードが入手できるかっていうのが完全にランダムなんですよね。カードのランクも星1つから3つまであるんですけど、ランク3のカードは普通にプレイしてたんじゃまず出てこないです。課金です課金(笑)まあまだそこはあまりやってないんですけど、それにしても出てくるカードが偏りまくってですね!

フレンが全然術技を覚えてくれません。私の場合。よりによって。

スキルは結構覚えてくれるので、そこそこ強いのは強いんです。立派に壁役を務めてくれます。
が、魔神剣と瞬迅剣とファーストエイドしか今だに(レベル40、ストーリーは割と後半)使えないとかちょっとどーゆーことですかフレンさん。
まだ全員仲間にはなってなくて、あとメルディとゼロスとジェイドとユーリかな?が残ってます。早く仲間にしたいーーーーー!!

ユーリすごい遅いみたいですけど。まあそうだろなって思ってましたけどね!!!(泣)

そうそう、これに出てくる剣士系男性キャラ…っていうか主人公キャラ、みんな魔神剣(拳)使えるんです。…ヴェイグは使えないはずじゃなかったか…?って思ったんですが、これ一応マイソロとかと同じTOWシリーズなんでその流れなんでしょうか(笑)
マイソロ3でヴェイグが魔神剣覚えるイベントありましたよね確か(うろ覚え)

キャラのポリゴンなんかはマイソロの流用です。でもマイソロよりもキレイになってるというかキレイに見えますね!
あ、それでですね、この手のタクティカルシミュレーションだとまずは敵の攻撃範囲外からちまちま削るのが基本なわけですが(ですよね…?)、全員で「まじんけん!!」「まじんけん!!」ってやってる様子はなんか笑えます…。フレンちょっと間延びした感じでおもしr いえなんでも…。

しかしこうなると魔神剣使えないのユーリだけですね(笑)
最初は敵で出てくるんですけど、まあ蒼破刃強いのなんの…。素早さも高いので追っかけまわされて(ターン制ではなく素早さの順に行動が回ってくる)、ほんとこいつ敵に回したら恐ろしいと思いました…。
まだ仲間にはなってないです!他のキャラ(主にフレン…)の術技覚えさせたい&レベル上げでフリーバトルばっかやってるもんで…。

DLCも続々ですね!こないだおっさん買いました。買うってなんかアレですね!!
DLの追加キャラも仲間に入れてると本編シナリオでの会話に参加してきたりするので、なるべく早めに揃えたいところではあります。
周回プレイあるみたいですけど、そのへんどうなるんだろう…最初から仲間にいて会話とかあるんでしょうか。まあまだクリアまでもう少し時間かかりそうですけどね。

ゲームシステム的にはなかなか良く出来てるんじゃないかなーと思います。敵は強めだし、油断してると普通に全滅ぶっこきますね(笑)これもクロスゾーンと同様、スパロボ系をやり慣れてるとなんとなく馴染みが早いかもしれないです。増援出てきそうなマップだな〜。とかw
時限のあるマップもちょくちょく出てきますが、これが結構厳しかったりしました。任意でセーブできない(オートセーブのみ)ので、全滅すると最初からやり直しなのが痛い…。後半になると1ステージに1時間以上とか平気でかかるし連戦もあるので、ここだけほんとどうにか…。
術技覚えるのがランダムなのもちょっと…なところではあるんですが、まあソーシャルは課金させてなんぼなんでこうなるのかなあ。全部覚えたら秘奥義使えるようになるらしいんですが、先は長そうです…。

とにもかくにも、なかなか面白く遊べるゲームです!スマホアプリなのが勿体ないなあとは思いますねやっぱり…。

とりあえずがんばってユーリを仲間にするぞー!

傍にいてほしいひと

フレユリ・体調を崩したユーリのお話。






頭が痛い。全身が怠くて重い。
思うように身体は動かせないし、身体中の関節が軋んで悲鳴を上げているようだ。

少し前から不調を感じてはいたものの、『まあ疲れてるんだろう』ぐらいにしか思っていなかったので放置していたらこのザマだ。倒れて下町の宿――箒星に担ぎ込まれ、医者からは呆れられた。渡された薬のあまりの不味さに余計気分が悪くなった…なんてことはさすがに言うわけにはいかない。子供ではないのだから。


「子供より質が悪いわね」

溜め息混じりの声は少し非難の色を含んで頭上から落とされ、憂鬱な気分を更に深くさせた。悪気は…多分にあるのだろう、それが彼女の性格だ。

「…もうちょっと優しい言葉をかけてくれてもいいんじゃねえの」

「さんざん手間を掛けさせておいて、何を言っているの?大変だったのよ、あなたをここまで運ぶのは」

「……わり」

「ジュ、ジュディス…もうそれぐらいにしてあげてよ。でもユーリ、心配したんだからね!あんまり無茶しないでよ!」

「わかったよ…。悪かったな、カロル」

一人の時でなかったのが幸いなのかどうかわからないなと思いつつ、それでもユーリは素直に礼を言った。迷惑を掛けたのは確かだからだ。同じギルドではあるが、3人揃って活動することはそれほど多くはない。今回はたまたま、このメンバーで依頼を受けていたのだ。その最中にユーリは体調を崩し、現在の状況に至るというわけだ。

「とにかく!依頼の方は報告するだけだし、治るまでちゃんと大人しくしててよね、ユーリ」

「はいはい…」

どうせここに戻って来た時点で体調のことについては下町の皆に知れ渡っているし、下手なことはできそうにない。特に抜け出す理由もないし、少しのんびりするのも悪くないとは思っていた。
薬が効いてきたのか、既に返事をするのも億劫になるほどの眠気が襲ってきて目を開けているのが辛い。カロルがユーリにゆっくり休んで、と言って毛布をかけ直し、ジュディスはそんな二人を見て口元に柔らかい笑みを浮かべていた。

「ほんと、うちの首領は優しくて頼りになるわね?ユーリ。…それじゃ私たちはこれで。行きましょ、カロル」

「うん。じゃあねユーリ!こっちに顔出すのは元気になってからでいいからね」

部屋を出て行くカロルに手を振るユーリの様子を窺うように振り返ったジュディスが、何やら思案顔をしていることには誰も気付いていなかった。




(……あつい……)

何度か目覚めては浅い眠りを繰り返していたような気がする。

薄く開けた瞳に映る天井は色彩がぼやけて滲み、元から明るいわけでもない部屋が余計にくすんで見えた。
熱で全く働いていない頭でぼんやりと『どれぐらい寝ていたのか』とか『汗が気持ち悪い』などと考えていると、何やらすぐ隣で物音がした。そちらを見たくても首すら動かせず、僅かに焦る。

(誰だ?箒星の女将さんか、それともテッドが様子でも見に来たか。でもそれならもっと騒がしいに違いない、下町の奴らはオレに容赦ないからな…)

と、なると一体誰なのか。ギルドの一員として仕事をするようになってからはここにはあまり戻ってくることがないが、それだけにいると知ればわざわざ顔を見に来るような知り合いもいる。だがその知り合いにしても寝込んでいるユーリの傍で大人しくしているような者は少ない、気がする。そもそも騒がしくするような連中はさすがに女将が部屋に行かせないだろう。
身体が不調のせいか、思考が悪い方へと傾いていく。
人様に恨まれるような生き方はしていない、などと言えるような人生とは言い難い自分の行いを思えば、文字通り寝首を掻こうと思っている人間だって――

「あ、起きたかい?」

「……」

「ユーリ?」

ユーリは一気に全身から力が抜けるのを感じていた。とても覚えのある、忘れようのない声。でも、その声の持ち主が今ここにいるのは不自然なのだ。何故、誰がこいつに…と考えたのも一瞬で、思い当たる可能性はそう多くもない。それでも一応確認をしようと、ゆっくりと顔をそちらへ向けると…

「やあ。気分はどうだい?」

手にしている本のページを繰る指を止め、ユーリに笑いかける表情はどこか不自然で、声も心なしか刺々しい。こいつもか、と思いつつ、ユーリは深々と息を吐いてその声に答えた。

「気分、いいように見えるか?フレン」

「全くもって見えないね。一応ノックはしたけど反応はないし、部屋に入ってもぴくりともしないしで…死んでるのかと思ったよ」

「そいつはどうも」

「で、なんでこんなことになってるんだ、ユーリ」

「こんなこと?そりゃどういう…」

フレンはユーリが目を覚ますまで読んでいたのであろう本をぱたりと閉じ、傍らのテーブルにそれを置くと殊更ゆっくりとした動きでユーリに向き直った。

「…たまに戻ってきたかと思えば…」

「え、おい…!?」

驚くユーリに構いもせず、フレンはベッドに自らの上半身を乗り上げるとユーリに覆い被さるようにして、その顔を真上から見下ろした。一応『病人』に対しての配慮のつもりなのか、身体を重ねて来ようとはしない。ユーリの両手をまとめて動きを封じることもせず、ただ顔の横に手をついてひたすらじっと視線を落とすだけの表情から感じるのは、静かな怒り。耳元でぎしりとベッドの軋む音を聞きながら、ついユーリはフレンから視線を逸らした。

何故怒っているのかなんて聞けない。

「いつから体調が悪かった?どうしてこんなに悪化するまで放っておいたんだ」

ほら、思ったとおりだ。
とてもではないが口には出せなかった。下町に帰ってきたのは失敗だったかとさえ思ってしまう。もし倒れたのが下町以外の他のところの近くでさえあれば、こんな状況にはなっていないだろう。

『誰か』がわざわざフレンを呼びに行ったとしても、そうそう来れるものではないはずなのだ。

(いや、待てよ…。もしかしたらそのまま連れて戻ってくる可能性もあるか…移動手段はあるんだからな)

空を飛ぶ大きな友人のことを思い出した。自分達のギルドの所属というのとは少し違うが。

「ユーリ?聞いているのか」

「聞いてるよ、病人相手に乱暴だな。…ジュディか?」

「…なに?」

「おまえにオレのこと伝えたの、ジュディじゃないのか?」

「ああ、その通りだ。驚いたよ、まさか君以外の人間があの窓から訪ねてくるなんて」

窓。フレンの私室の窓のことに違いない。日頃、自分がフレンに会いに行く時にどうしているかという話をジュディスにしたかどうかユーリはよく覚えてはいなかったが、聞かれて答えたことはあったかもしれない。何もユーリにしか使えない手段というわけでもないし、身の軽いジュディスなら同様に忍んでいくことなど造作もないだろう。

「ジュディも案外お節介だな」

「それだけ君のことを心配してるんだろう、彼女も。…いつまでたっても無茶をする君のことを、叱ってやってくれと言われたよ」

「なん…だ、それ」

「自分が言っても聞かないから、と」

「………」

言葉が出なかった。余計に熱が上がったような感覚に、思わずユーリは口元を抑えていた。呻き声が出てしまうほどの恥ずかしさがどこから来るのか、あまり考えたくない。フレンの両手が顔のすぐ横にあるせいでシーツに顔を埋めることも出来ず、ユーリはこれ以上は無理だというほど首を捻ってフレンの視線からひたすら逃れるしかなかった。

「だからと言う訳じゃないけど、本当に君は…動けなくなるまで無理をして、そのほうが周りに迷惑をかけるんだってことぐらいわかってるだろう」

「なんかいきなりだったんだよ…怠ぃな、って思ってたら急にこうなっちまったんだから仕方ねえだろ。ジュディと言いおまえと言い、ほんと容赦ねえな」

「それだけ疲労が溜まっていた、ということじゃないのか?ちゃんと食べて休んでるのか怪しいな」

「おかげさんで忙しいけど、休む間もないってほどでもねえよ。食事なんてむしろ今のほうがしっかり――」

「本当に?」

フレンの声が柔らかくなり、ユーリはつい視線を戻してフレンを見上げていた。その表情にはもう怒りの色はなく、ただ頼りなさそうに眉を寄せ、唇を引き結んでユーリをじっと見つめているだけだ。
心配は行き過ぎればそれを理解されないことへの怒りとなり、それすら通りすぎてしまうと最終的に残るものは『不安』でしかない。

(いつまでたっても無茶をするのは、お互い様じゃねえか…)

どうやって城を抜け出してきたのか考えると、それこそ呆れて溜め息の一つも吐きたくなる。こんなところで悠長にしている余裕などないはずなのに、ユーリのこととなると時折フレンは周囲を驚かせるような行動力を発揮してしまう。だいぶ落ち着いたかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
むしろ今のほうがその傾向が強いのかもしれない、とユーリは思う。それは間違いなく互いの関係がとある方向へと変化した時からだというのはわかっていたが、さてそれがいい事なのかどうかと考えると甚だ疑問だ。
特に、こんな状況の時はそれを強く思わずにはいられなかった。

「…ユーリ、何を考えてるんだ?」

「あ?別になんでもねえよ。わざわざ見舞いに来てくれてありがとよ。…悪かったな、心配かけて」

「なんだか伝わって来ないな…」

「どうしろってんだ。それとおまえ、いい加減どかねえ?一応病人なんだけど、オレ」

どうやら薬は完全に効果が切れたらしく、明らかに熱が上がって来ているのがわかる。気丈に振舞って会話を続けるのもそろそろ限界で、呼吸が乱れて苦しい。
説教なら快復した後でいくらでも聞くから、今は寝かせてほしい――。素直にそう思った。

「…すまない、調子に乗って意地悪を言いすぎた」

「いや別に…」

漸くフレンが身体を起こした。椅子に戻るのかと思いきや、汗で頬に貼り付いたユーリの髪を優しく払って首筋に手をやったまま動きを止めた。フレンの次の行動の予測は容易にできて、とりあえず逆らう気はなかったのでユーリは黙って目を瞑った。

ほんの少しの沈黙の後、唇に柔らかいものが触れる。
温かいそれははじめ遠慮がちに重ねられ、徐々に深く合わされてユーリの呼吸を更に不規則なものにさせた。苦しさだけではない、甘さを含んだ吐息が嫌になるほど自分の耳に響くのを感じながら、ユーリはフレンの頭を引き寄せて更に深い口付けを求めていた。

熱のせいだ。
身体が熱いのは当然で、荒い息遣いも何もかも熱があるから。
妙に人恋しくて、触れたら離し難くなってしまったのもそのせいだ。
心配されて嬉しいなんて思っていない、そんな面倒な感情は持ち合わせていない――

「ユーリ…ずるいよ」

「は…、なに、が…」

「これ以上は…わかるだろ、今はさすがに駄目、だ」

フレンの理性は、欲望との均衡がかなり危ういギリギリのラインで保たれているに違いない。箍を外すのは簡単そうだったが、それではさすがに自分自身も壊されかねないな、とユーリは思う。

「仕返しだよ」

「仕返し…?」

「みんなして病人に冷たくしやがって…心配するならもっと素直に優しくしてくれよな」

拗ねた子供のような物言いにフレンが目を瞬き、小さく吹き出した。

「なんだか…君のこんな姿が見られるなら、もう少しこのままでもいいかと思ってしまうな」

「鬼かおまえ…オレはごめんだ、なんか調子がおかしい」

「ふふ、そうだね。早く元気になってもらわないと僕も困る」

フレンは水差しからグラスに水を注ぐとそれをテーブルに置き、傍らから薬を取り出してユーリに手渡した。あの不味さが口の中に甦り、まだ飲んでもいないのに顔を顰めるユーリを見てまた笑う。

「ユーリが起きたら必ず飲ませてくれと言われていたんだ。とても嫌そうにしていたから、放っておいたらきっと飲まないだろうって」

「ほんとに余計なお世話だな…。ガキじゃあるまいし、薬ぐらい普通に飲むだろ」

「その割には動きが止まってるようだけど?まあ、どうしても嫌だと言うなら無理にでも飲ませるだけなんだけど」

ユーリは敢えてフレンの言葉を無視すると、のろのろと身体を起こしてテーブルの上のグラスを取った。薬を口に放り込み、そのまま一気に水で流し込む。出来るだけ味わわずに済むようにしたつもりだったが、やはり舌に残る後味の悪さといったらなかった。笑いながらその様子を見ているフレンを横目に、再びベッドへと身体を沈ませる。
もう動きたくない。動けない、と言ったほうが正しいか。

「はあ…。なんか余計な体力使ったせいで疲れたぜ…。もう寝させてくれよ、治るもんも治らねえ」

「僕のせいみたいな言い方はよしてくれ、自業自得だろう。ゆっくり寝て、早く元気になって欲しいと思ってるのは僕だって他の皆と同じだよ」

「それはいいんだが…おまえ、いつまでここにいるつもりだ」

「君が眠ったのを見届けたら戻らせてもらう。僕のことは心配しなくていい」

「ったく…好きにしろ」

瞳を閉じればすぐに眠気はやって来た。
意識が完全に夢の世界へと堕ちる直前、フレンの声が聞こえたような気がする。


(体調が元に戻ったら、好きなだけ甘えさせてあげるよ)


ぼやけた意識の片隅で聞いた言葉に、何を言ってるんだと胸の底で悪態をつくのが精一杯だった。




―――――
終わり










▼追記

風花・4

そうしていつしか会話は過去の思い出話へと変わっていった。
旅をしていた間のことも、ゆっくりと思い返して語り合うのは初めてのような気がする、とフレンは思っていた。慌ただしく過ぎる日々の中でふと思い出すことはあっても、それを共有できる相手がフレンの身近にはおらず、その積み重ねの結果が誰かと――ユーリと、会って話をしたいという気持ちを強めたのだ、と。
そう話したらユーリは呆れ顔で、『じゃあこれで当分は平気だな』と言い、フレンを切なくさせる。

(会いたいと思うのは、そんなにいけないことなのか…?)

やるせない。
そしてやはりわからない。

(こんなに近くにいるのに、君が…とても遠い)

前はそうじゃなかった、とユーリは言った。
前、というのはいつのことなのか。ユーリが騎士団を離れた後の状況が今と多少似ているのかもしれない。だがあの頃の自分は今よりも行動に制限がなかったし、ユーリはいつも下町にいた。会おうと思えばすぐ会えたから、今のような気持ちになることはなかったのか。

(…本当に、それだけか…?)

騎士団に戻って欲しくて会えば必ずその話をせずにはいられなかったが、その為にわざわざ会いに行ったりはしなかった。離れている時間が長くなり、ふとした瞬間にユーリのことを思い出すことはあっても、それは現在フレンが思うような『会いたい』ではなかったと思う。
ユーリも自分の道を見つけた今、あの頃感じていたような心配はもうしなくていいはずだ。最近やっと、そう思えるようになったはずではなかったか?なのに時々たまらなく不安になって会いたさがつのる、今のこの気持ちの正体は一体何なのか。何かが以前とは違うような気はしているが、それが何なのかわからない。

「ユーリ…」

「何だよ」

「え?あ、いや」

無意識に名前を呟いていた。
返事をされてまごつくフレンをユーリは怪訝そうに眉を寄せて少しの間見ていたが、やがて前を向くとつまらなそうにまた欠伸をした。

「さっきからなんかヘンだな、おまえ」

「…そうかな」

「言いたいことがあるなら――」

「ああ、まだまだ話し足りない」

「へいへい…」

本当に話したいこと、聞きたいことが別にあるような気がしたが、今は考えないことにしてフレンは顔を上げた。

(いつか、わかるんだろうか…)

夜風が強くなって来た。気持ちを切り替えようと吸い込んだ大気の冷たさに思わず身震いすると、隣でユーリが小さく笑っていた。



「――それで、あの時ユーリが…」

「………」

「…ユーリ?」

肩に掛かる重さが一瞬増した。どうやらうとうとしていたらしく、すぐに目覚めて体を起こしたユーリが決まり悪そうに口元を押さえてフレンから目を逸らした。

「眠そうだね…」

「だから…最初からそう言ってるだろうが。…暖かいしなおまえ…無駄に」

「無駄にってどういう意味だ、酷いな。…なんだか子供の頃を思い出すね。珍しく帝都に雪が降った時、あまりに寒くて…こうやって毛布に包まって寝たことがあったっけ」

「もう思い出話は勘弁してくれよ…今からそんなんで、歳取ったらどうすんだおまえ」

今から?と首を傾げるフレンにユーリが怠そうに顔だけを向けた。

「年寄りってのは、先が短いから過去を振り返って懐かしむんだとよ。オレらはまだ若いんだからさ、今までじゃなくてこれからの話しようぜ…」

「……!」

これから。
ユーリの言葉にフレンは軽い衝撃を覚え目を見張った。欠伸混じりで緊張感の欠片もない口調から思うに、ユーリは大して深い意味もなく言ったに違いない。だがそのたった一言は、フレンが今日だけで何度感じたかわからない切なさの正体にほんの少しだけ気付かせた。

「そうか…なるほどね」

「そうだ。まあ…昔話もたまにゃいいが」

「じゃあいいじゃないか、今がその『たまに』だと思うけど?」

「だからっていっぺんにしすぎだ!マジで夜が明けちまう」

僅かに白み始めた空を恨めしげに見遣ってユーリが吐き出した息がふわりと流れるのを目で追いながら、フレンは思う。
以前の自分は常に前を見ていたはずだ。理不尽を無くす為、世界を変える為に先に進むしか道はなかった。選んだ方法は違っても、ユーリも同じ未来を目指している。互いの生き方を尊重し、理解し合っての『いま』のはずだった。

そのはず、なのに。

(僕は…いつからこんなに後ろを振り返ってばかりになったんだ?)

数刻前、とりあえず飲み込んだ疑問が再び胸の奥底からゆっくりと浮かび上がってくるのを感じていた。

ユーリと本当に話したいこと―― いや、聞いて貰いたいこととは何なのか。

帝国の、そして自らが率いる騎士団の現状は、まだまだ納得のいくものではない。だからこそ、今は一歩でも前に進まなければならない時なのだ。そんなことはフレン自身もよくわかっている。
やるべき事は多く、文字通り休む暇もない。だが辛くはない。充実している、とも言える。

でも。
それでも、ふとした瞬間に押し寄せるのはやり場のない寂しさと、果てしない孤独感。自分の理想を理解し協力してくれる者は多いのに、たった一人だけはどうやっても自分の隣を並んで歩いてはくれないのだ。

だから思い出す。

共に過ごした子供の頃を。夢と希望を胸に抱いて、苛酷な生活の中でも無邪気に笑い合えたあの幼き日々を。
現実に心を砕かれ、夢を諦めたユーリを叱咤し続けた時でさえこんな気持ちになることはなかったのは、まだ希望があったからだ。もしかしたら再びユーリと肩を並べて歩く道もあるかもしれない、今からでも遅くはない――そう思っていたからこそ騎士団に、…自分の隣に戻ってこいと何度も何度も言ったのだ。
その可能性はないのだと漸く納得できたのは、ユーリが道を決めたその場に立ち会えたからかもしれない。
世界を食い潰す脅威を打ち倒すためにユーリ達と行動を共にして、更にはっきりと『自分達の道は分かたれた』と感じた。

その頃からだろうか。

ユーリの先を行き、自分と同じ場所まで引っ張り上げてやろうと思っていたのが、いつしかユーリに背中を押されっぱなしなことに気付いた。嬉しさと頼もしさ、安心感の中に混じる、寂しさ――


(ああ……そうか)


こんなことを考えるのは、本当は不謹慎なのかもしれない、とフレンは思う。だがユーリと、仲間達と旅をしていた間があまりにも楽しくて、充たされていた。ユーリと背中を預け合い、戦うことの出来るこの瞬間がもっと続けばいいと、心のどこかで思っていた。

多分、もう二度と同じ状況は訪れない。

(ユーリと同じ場所に立っていられたあの時に、戻りたいわけじゃない…)

あえて離れて行こうとする親友に、『そんなことを考える必要はない』と言ってやりたいのにできなくて、変わってしまった『立ち位置』が苦しくて――


「最低だな、僕は」


零れた呟きにユーリが顔を上げた。

「…今度はなんだ」

「気付いたんだ、やっと。どうして自分が過去の話ばかりするようになったのか」

「ふーん?」

「ユーリ、僕は多分…君を立ち直らせることが出来るのは僕だけだって思ってたんだ」

なんて驕った考えなんだろう。
でも、当時はそんなふうには思っていなかった。

「へえ?めちゃくちゃでっけえお世話だな、それ」

「はは…。ほんとそうだよな。でも、実際はそうじゃなかった」

「……」

「君に前を向かせたのは僕じゃなくて、他の皆だった。いつの間にか君はどんどん先へ進んでいて、自分だけが取り残されたような気がして、なんだか…面白くなかった」

今にして思えば、あれはユーリの仲間達に対する嫉妬だったのだ。
ユーリのことは誰よりも自分が理解している。そのはずだったのに、知らぬ間に信頼に足る仲間を得、彼らに屈託のない笑顔を見せるユーリを見ていると、胸の奥が苦しくなった。

「ザウデに向かう前あたりかな、君の雰囲気が変わったと思った。…いや、昔に戻ったというべきか。とにかく、妙にすっきりした顔になったと感じていたよ」

何かが吹っ切れたのだろう、とは思ったが、聞けなかった。聞きたくなかった。
なぜなら、その時ユーリが心に抱えていた闇を払ったのは自分ではなかったから…。

ユーリへの接し方、そこに少なからず含まれていたのは『自信』だ。

ユーリよりも自分が優れているなどとは思っていない。ただユーリを変えることが――大袈裟に言えば、導くことが出来るのは自分だけだという、自信。
でも、そうではなかった。
ユーリにとっては喜ばしいことだ。仲間は多いほうがいいに決まっている。下町にも友人は多くいるが、それとはまた違う、心を許し合える仲間――

「…それを素直に喜ぶことができない自分は、なんてつまらない人間なんだろうかと…。だから最低なんだ、僕は」

歪んだ笑いを浮かべる唇を隠すように、フレンは口元に手をやって深く息を吐く。少し冷えた手を暖める『フリ』がはたして通じたのかどうか…。ユーリは一瞬フレンへと視線を向けただけで、つまらなそうな顔のまま、また一つ大きな欠伸をした。

「おまえが何を言いたいのかよくわからねえが…」

「ああ、すまな…」

「つまりこうか?騎士団には戻らず、あれこれ勝手やって、おまえの知らないところで立派に独り立ちしたオレにほったらかしにされて寂しかったと」

「…そう、なんだろうな。面と向かって言われると、さすがに少し堪えるというか…」

「自分でそう言ったくせになに言ってやがる、全く…。だから昔話がしたくなるって?」

なんでも二人でやっていたあの頃が、そんなに幸せだったのか。

ユーリの問い掛けにフレンは言葉を詰まらせた。

「食うもんも食えなかったけど、確かにオレとおまえはいつも一緒で、なんでも半分こしてさ。いつか世界を変えるんだって本気で思ってて…。楽な暮らしじゃなかったが、それなりに楽しくはあったな、確かに」

「…ユーリ」

あまり聞くことのない、素直な言葉だった。ユーリの声も表情も穏やかで、先程の視線の中に見た鋭さは既にない。
その瞳でユーリは何を語りたいのか、もっと知りたいとフレンは思う。無意識のうちに顔を寄せていたが、ユーリはそれに気付いてまた同じだけ距離を取る。瞳に戻った鋭さは僅かに揺れ動き、戸惑いを隠すかのように伏せられた。

互いを包む空気は穏やかなのに、どこかそわそわと落ち着かない。それは二人共ずっと感じている、不思議な感覚だった。


特にユーリはフレンの行動のいちいちが何かと気になって仕方がなかった。『なぜ』今日、このような行動を取るのか。話をしていてなんとなくわかった部分もあるが、それにしても疑問が残っている。その最たるものは言うまでもなく今の『距離』だった。

寒いからなんて言い訳だ、と今更ながらユーリは思う。
フレンが自分の手を、肩を…身体を、必要以上に触れて離さない理由が先ほどの言葉から来ているのだとしても。あまりにも子供じみた独占欲を、こうも露骨に発揮されるとどうしていいかわからない。

(寂しかった?楽しかった?…どれもこれも過去形じゃねえか。じゃあ…今はどうなんだ…?)

なにか変だ、と思う。だがその『なにか』が何なのかわからず、頭の中で感情という名の糸がどうしようもなく複雑に絡みあい、ユーリを悩ませる。
ちらりと隣を窺えばフレンと目が合った。ずっとこちらを見ていたのかと思うとまた面映いが、ユーリはそんな思いをひとまず置いて話を続けることにした。


「過去に戻ることはできないし、もしそんなことが出来たとしてもオレは戻りたいとも思わない。…たまには懐かしむのもいいさ。でもおまえ、そんなに今が不満か?」

「不満なんかじゃないさ。ただ…」

「ただ?」

「ただ、時々ひどくつまらないと思うことがある」

それは紛れもなく本音ではあった。こうして口に出して見れば驚くほど納得してしまった『本音』で、我ながら感情の篭らない言い方になったな、とフレンは思う。
傍らのユーリの表情が一転、険しいものとなる。突き刺すような視線を真っ向から受け止め、一呼吸の後ゆっくりと瞳を閉じた。

フレンの瞼の内で、一対の紫暗の輝きが細く薄い軌跡を描いて滲む。

再び目を開けて見た僅か先にある同じ輝きは、今度は揺らぐことも影を落とされることもない。

(…吸い込まれそうだ、なんて…今、考えることじゃないな…)


これから口にしようとしているのは、ずっと考えていた『不安』の正体だ。もしかすると、ユーリとの関係を壊してしまうものかもしれない。本当はそれが一番恐ろしくて、敢えて考えないようにしていたのだと今ならわかる。

「つまらない。…そう、とてもつまらないんだ。何故かわかるかい、ユーリ」

谷から吹き降ろす風にユーリの長い髪が踊り、その表情を隠すように流れて落ちていく。
フレンの問いに答える様子もなく、黙ったまま黒髪の間から冷たく光る瞳を覗かせるユーリを見つめるフレンの瞳もまた、僅かに暗い翳りを帯びていた。



―――――
続く
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