どんな姿も好きだから・23

最終話
追記よりあとがきです。








オレが怪我をしたあの日から三日後、訓練は再開される事になった。

本当は、他の新人共に事情の説明したり聴取したりを二日間、つまり昨日までに済ます予定だったのが、意外に一人当たりに時間がかかり、結局一日増やしたらしい。

別に全員終わるまで待たなくてもいいんじゃないか、とオレはフレンに言ったんだが、余計な混乱を避け、不安を少しでも減らす為にも全員に説明してからの再開にしたい、と言われた。
まあ確かに、まだ何も聞いてない奴と既に説明された奴が一緒にいたら、そいつら同士の会話が伝言ゲームのようになって間違った話が広まる可能性はある。
待機中は、隊員同士の接触も制限されてたしな。

ちなみに、訓練期間は三日間きっちり延長された。
オレはともかく、新人共にとっちゃ貴重な訓練期間だからな。不測の事態だったとは言え、そのまま日数減らす訳にはいかなかったんだろう。

…オレはこの姿でいなけりゃならない期間が増えて少しばかり憂鬱になったりしたが、新人共は嬉しそうだった。嘆願書が受理される筈もなく、オレがここに残ることはないと説明されていたからだ。
さっさと帰れと言われるよりはいいのかもしれないが、やっぱりこの格好からは早く解放されたい。

もし嘆願書が正式に提出されていたとしても、そんなもんは却下だけどな。
…オレが騎士団に戻るなんて有り得ない。ましてやこんな格好でとか、無理だっての。

嘆願書と言えば、フレンは何故か一旦処理を保留にした。
その時はさっさと却下しろ、と言ったオレだったが、後からもう一度、その理由を聞いてみた。
…ほんの僅かでも、オレが騎士団に戻る可能性というものを考えてみたかったらしい。勿論、女装してなんかじゃなく、真っ当な形で。
ソディアの言っていた、迷惑なだけじゃない、ってのはこういう事か、と思った。
いい加減諦めが悪すぎるだろ?……こんな馬鹿げた格好じゃなかったとしても、お断りだ。
そう言ってやったら、仕方ないね、と笑っていた。











「とりあえず、これが纏めだぜ」

「ありがとう。…なんだ、書類仕事もちゃんとできるんじゃないか」

「……もう二度とやらねえからな」


訓練を全て終えたその日、オレは執務室で新人共の能力を評価して記した書類をフレンに渡した。
これが済んでしまえば、仕事は全て終了だ。
やっと明日、城から出ることができる。


…教官としての仕事で、最後のこれが一番面倒だったかもしれない。
別に一から全部書くわけじゃなく、予め決まってる項目毎に点数つけて総評書くだけだが、この総評ってやつに苦戦した。
手紙もろくに書いたことないってのに、更に畏まった文章なんか書けるかっての。


「初めの書類を見た時には、どうしようかと思ったけどね…」

「仕方ねえだろ。向いてねえんだよ、こういうのは」

「君が真面目に机に向かってる姿も見たかったな」

「勘弁しろって…。おまえそれ、ちゃんと見直しといてくれよ。オレの評価なんか当てにならねえと思うぞ」

「そんな事ないと思うけど。まあ、一応見てはおくよ。……ユーリ」

「ん?何だよ」

「お疲れ様。……ありがとう」

少し寂しげに言うフレンに苦笑する。

「…別に今生の別れって訳でもないだろ?いつでも会えるじゃねえか」

「嘘だ。これまでだって君はあちこち飛び回ってて、なかなか戻って来なかったじゃないか。こんなに長い間一緒にいられたのなんて、いつ以来だと思ってるんだ」

じっと見つめてくる視線が痛い。

「いつ以来って…。旅が終わって以来、じゃないのか、多分。でもその間も何度か行ったじゃねえか」

「そうだけど…。もう、あの頃と同じようには待てない」

「…フレン」

「いつでも会えるというなら」

椅子から立ち上がったフレンが、机を挟んでオレに両手を伸ばす。
近付いてこちらも手を伸ばすと、両手首を掴まれて軽く身体を引かれる。
前のめりになったところで耳元にフレンが顔を寄せて囁いた言葉に、もう、覚悟を決めるしかなかった。



―――今夜、会いに来て















翌朝、目を覚ましたオレの視界に真っ先に飛び込んで来たもの。それはオレの髪の毛を弄る、フレンのにやけ顔だった。


…昨晩、フレンに抱かれた。


最中のことは……はっきり言って、あまり覚えていない。

覚えているのは、恥ずかしさと痛みで死にそうだったこと。

それと、何度もオレの名前を呼ぶ、フレンの声。

いつ眠ったのかすら覚えてなかった。


そうして目が覚めてみればこんな状態で、またしてもオレは死にそうな気分になっていた。
なんで、って、恥ずかしいからに決まってんだろ…!

「…………」

「…おはよう、ユーリ」

「…おう」

「…………」

「…いつまで見てるつもりだ」

「いつまででも」

「………っ!もう起きるぞ!!」

耐えられるか、こんな状況!!

男に…フレンに、どうこうされたとか、考えただけで頭が痛い。いや、痛いのは頭だけじゃない。身体中、あちこち痛い。
それがまた夕べの出来事が現実なんだと思い知らされるようで、顔から火が出る思いだった。

…ちくしょう、これじゃオレ、ほんとに女みたいじゃねえか…!


追い縋るように髪に触れるフレンの腕を振り払ってベッドから降り、脱ぎ捨てられた服を拾って身に着けると、フレンも起き上がり、僅かに眉を下げた。


「…なに残念そうな顔してんだよ…」

「ん?…もう、君の騎士姿も見られないんだと思うと…やっぱり少し、残念だな」

「……あのさ。最初から気になってたんだが…。おまえ、そういう趣味なのか?」

「そういうって?」

「男に女装させて喜ぶ趣味」

オレの言葉にフレンは一瞬ぽかんとして口を開けたが、すぐに怒ったように唇を尖らせ、上目遣いに見上げて来た。

「…違うよ」

「そうかあ?それにしちゃやたら嬉しそうだよな、オレが女装すると」

「それは、君だからに決まってるだろう」

「…何で」

「君だから、どんな姿も好きなんだ。…もっといろんな姿、見てみたいな」

「馬鹿な事言ってんじゃねえよ!公開女装プレイとか、二度と御免だからな!!」


そのまま窓に向かって歩き出したオレに、フレンが慌てて声を掛ける。
まさかこのまま帰ろうとするとは思わなかったようだ。

「ちょっ、ユーリ!そこから出て行くつもりか?」

「いつもの事だろ。さっさと帰りたいんだよ、オレは。…仕事の報酬、上乗せして請求するからな、覚悟しとけよ!」

わざとらしくため息を吐いてフレンが応える。

「全く…仕方ないな。…ユーリ」

「何だよ!」

窓枠に足をかけたところで呼ばれて振り返る。
何度目だよ、このタイミング…。


「また、会いに来てくれるんだろう?」

「…報酬貰わなきゃならねえからな。じゃあな!!」



フレンが何か言うのを背中で受け流し、窓の外へ身を翻す。


あまりにも濃密だった一ヶ月が漸く終わった。

額に残った小さな傷跡と、胸の奥に生まれた熱を抱え、オレはまた自らの居場所に戻って行く。



…ここに来る前は確かに『親友』だった筈の男は、今では『恋人』になってしまった。


今度はどんな顔して会いに行けばいいのか考えるだけで、心がざわざわと落ち着かない。




……また当分、落ち着かないんだろう




ーーーーー
▼追記

どんな姿も好きだから・22

続きです








肩を落として俯くフレンを見つめながら、オレはどう声を掛けたものか考えていた。

今こいつは、自分の『依頼』のせいでオレを危険な目に遭わせたと、自責の念に駆られている。
…でも、なんていうか…今更、だろ。
旅をしてる間も、そんな事は度々あった。でもその時、フレンはこんな風に落ち込んだりしたか?全く気にしてないというのはないにしても……それとも、オレが知らなかっただけなんだろうか。

いや…違うな。
互いの『関係』が変わって、気持ちも変わったんだ。


フレンに呼び出されて依頼の話をされた時、こんな仕事なんか冗談じゃない、と思った。
今でも嫌だぜ?毎朝女の格好して…正確にはスカートじゃないが見た目はそうとしか見えないし、何よりもそんな姿のオレを『女』だと周りが素直に認めてしまう事に傷付く。

それでも断りきれない自分が信じられなかったし、フレンにセクハラ紛いの事をされても不快感がないのがこれまた分からなかった。

フレンから好きだと言われて、その言葉を驚くほど素直に受け止めた自分に気付いた時、オレも…同じ気持ちなんだと知った。

じゃあ、きっかけは?
なんでそんな話になったんだった……?
…あの女に、フレンが嫉妬したからだ。
はた迷惑な話だが、それでもあの女がオレに惚れたりしなけりゃ、フレンだって自分の気持ちをオレに伝えようとは思わなかった筈なんだ。

だから……


「…なあ、フレン。オレは別に、おまえのせいで危険な目に遭ったとか、思ってないぜ」

フレンが顔を上げる。
だがまだ、表情は曇ったままだ。心なしか、空色の瞳もくすんで見える。

「だってオレ、そもそも囮だったろ?おまえの縁談潰すための、さ」

わざと茶化して言ってやると、思った通りフレンは怒りを露にした。…分かりやすい奴だよ、全く。

「それは…っ!それだけじゃ……!でも、僕はちゃんと、君を守るつもりだったのに……!!」

「…それが余計な世話なんだよ。オレ、別におまえに守られたいとか思ってねえから」

「ユーリ!?どうして…!」

「どうして、って。オレ、女じゃねえし」

「そんなの関係ないだろ!?好きな人を守りたいと思うのは当たり前じゃないか!!」

「……そうだな。でもそれは、おまえだけなのか?」

「…え…」

困惑気味にオレを窺うフレンを正面から見据える。
…今までちゃんと言ってやらなかった言葉を、はっきり伝えてやりたいと思った。


「オレ、おまえが好きだ」


「………」

「だから、オレだっておまえを守りたいと思う。別に、怪我したからっておまえのせいだとは思わないぜ?」

「…ユーリ…」

「この仕事しなかったら、一生気付かなかったかもな。…だから、自分のせいとか言うなよ。な?」

…また泣きそうな顔してこっち見やがって…。
正直なところ、恥ずかしくて死にそうなんだ。
こんなストレートな告白、したことがない。しかもその相手がフレンだとか…。
…ヤバい、マジで顔、熱くなってきた。大体フレンの野郎、なんで黙ってんだよ…!?


「…ユーリ」

「あ?な、なんだよ!?」

「そっち、行ってもいい?」

「…や、それはちょっと………!!」

オレの返事を待たずに立ち上がったフレンは、あっという間に横に座ったかと思うとそのまま抱き着いて来た。
オレの胸に顔を擦り寄せて来るのと、鼻先で揺れる金髪が擽ったい。
押し倒されないだけマシだが、だからってこれも…!

「って、おい!!ちょっと……!離れろよ!!」

「嫌だ」

「おま…っ、怪我人に何する気だよ!?自分でも言ってたじゃねえか!!」

「…まだ何もしてない。これでも我慢してるんだ」

「まだとか我慢とか言ってんじゃねえよ!!頼むから離れて……」

「……もう一回」

「はっ?え、何が?」

「もう一回、言ってくれ」

「だから何を…」


顔を上げたフレンの両手が頬を包む。身体は動かねえし……視線が真っすぐすぎて、目を合わせられない。

「ユーリ」

「なん、だよ!」

「…好きだ」

「…………あ、ぁ」

「君は?」

「さっき……!!」

「もう一回」

「っ……」




とてもじゃないが、ちゃんと言うのなんてもう無理だった。だからオレは目の前の唇に噛み付いてやってから、その言葉の形になるように、自分の唇を動かした。
唇はすぐ塞がれて、フレンはずっとオレの髪を撫でていた。


鼓動に合わせて疼く額の傷に、感謝したいような、腹が立つような……。
…そんな気分だった。











なかなか離れようとしないフレンをいい加減引き剥がし、腹が減った、夜食にしようと言った時、オヤジのような発言をしたフレンをオレはまた張り倒すハメになった。
…なんかもう…泣けてくる、マジで。


「…ほんと、手加減なしだよね…」

「おまえいい加減にしろよ!?何がメシよりオ……っっ!!…だああ!!思い出すだけで腹が立つ!!!」

「…あんまり暴れると傷、開くよ」

「おまえのせいだろ………!?」

「…僕の忍耐強さも少しは褒めて欲しいんだけど…」

「うるせえよ!!…ほら!さっさと食え!!」


不毛な会話を終わらせるべく、オレはフレンに持って来た包みを突き付けた。中身を取り出したフレンの表情が、ぱっと明るくなる。
…マジでこいつ、浮き沈み激しいな…。もう、どうでもいいけどさ。


オレが作って来たのはハンバーグと野菜をパンに挟んで食べ易くした料理だ。とりあえず肉が好物のフレンだが、ただそれだけってのもなんだからな。


「それ、パンもオレが焼いたんだぜ」

「え、そうなのか?…でもこのパン…」

「ああ、おまえが作って来たフルーツサンドもこれだな。つか、よく残ってたな」

「籠の底に一つだけあったんだけど…まさか、食堂のメニューに出したのか?」

「まさかって何だ。おまえの料理じゃあるまいし。第一、そんな大量に焼いてねえよ。厨房借りる代わりに、食堂のおばちゃん達にやったんだ。残ってると思わなかったぜ」

「ふうん…」

「…何だよ、その反応。おばちゃんにさんざっぱらからかわれながら作って来てやったのに」

マジな話、かなりキツかった。
何たって女騎士の格好で行くしかないからな。フレンとどうなんだって、煩いのなんの。
でも向こうの仕事の邪魔してるのもあるし、仕込みと片付けも手伝ったりしたんだが……まあ、話をはぐらかすのに一苦労だった。
ちなみに、フレンはやっぱり自分の夜食だと言ってオレのぶんの食事を持って来ていた。それとなく聞いたら、おばちゃんの一人が教えてくれたんだが。



「それは…嬉しいけど。でももう、できれば僕だけにして欲しいな、君の手作りを食べられるのは」

「…何恥ずかしい事言ってんだよ…。早く食え」

「うん。いただきます」


フレンがパンに噛り付く。何とも幸せそうな表情で咀嚼してるんだが……あれ? おかしいな…。

「フレン、美味いか?」

「ああ、美味しいよ」

「…マジで?」

「本当だって。珍しいな、君がそんなに人の反応、気にするなんて」

言いながらも食べ続けるフレンの様子は、本当に幸せそうだ。


…実はこの料理、かなり控え目な味付けにしてある。
通常の味覚の人間が食っても、物足りなくなるぐらいだ。
味覚音痴で何にでも香辛料を入れまくるフレンが、美味いと感じる筈がないんだが…。まあ、それが『嫌がらせ』のつもりだった。

フレンのことだ、恐らくはっきり不味いとは言わないだろうし、無理して美味いと言うところをからかってやろうと思ってたのに。
それに、ちゃんと追加の香辛料も持って来てたんだぜ?
なんか…納得いかないんだが…。

「どうしたんだ、ユーリ?…ユーリも食べなよ」

「…ああ」

オレもフルーツサンドに噛り付く。ちゃんと甘くて、美味い。…甘いもの食うの、久しぶりだな。

「美味しい?」

「ん。美味い」

「良かった。やっぱり嬉しいな、好きな人が美味しそうに食べてる姿を見るのは。自分の作ったものなら、尚更だよね」


フレンは本当に嬉しそうな様子でオレを見ている…が、その台詞でオレはある事を思い出した。
そもそも、それに対しての『嫌がらせ』だったんだ。
反応が予想外すぎて忘れるところだったぜ…!


「…おまえさ、同じこと、あいつにも言ったろ」

「は?あいつって誰?」

「ソディアだよ!誰彼構わず言い触らすなっつったろ!?」

「ああ、その話か。誰彼構わずじゃないだろ?」

「なっ…!よりによってあいつに言う事ねえだろ!!」

「そんな、今更。彼女はもう、気付いてるけど…」

「それはおまえが、好きな人がどうこう言ったからだろ!?」

「違うよ。君と手合わせしただろう?あの後そういう話、したじゃないか」

「手合わせ…?」

そんな話、したか?
…いや、確かにした。手合わせの後、オレ達が恋人同士だって噂で暫くうるさくなる、という話を。
でもあの時だって別に、マジでそういう関係だって言ったわけじゃないだろ?
…もしかして、そう思ってたのってオレだけか?


「普通、気付くんじゃないかな」

「…………」

何だかいたたまれなくなって乱暴にフルーツサンドに噛り付いたら、パンの端からクリーム塗れの苺が一つ、シーツの上に転がり落ちた。
慌てて苺を拾い上げるが、シーツにはクリームがべったりだ。フレンが呆れたようにため息を零す。

「全く…やっぱりここで何か食べるのは良くないな。君が来るといつもシーツを汚されるし」

「いつもって何だよ。こないだはここで食ってねえぞ。…そういやメモにもなんか書いてたな、シーツ汚すなとか。どういう意味だよ」

「どう、って…君、僕がいない時はベッドに寝たりしてるだろう?」

「…………は?」

「この前、遅くなった時も…寝るのはいいけど、その」

…ちょっと待て、こいつは何を言ってんだ?
え、汚すなって……まさかオレ、なんかとんでもない事してると思われ……いや、いくら何でもないだろ、それは!!?

「ユーリ?なんか物凄く顔が赤いけど…」

「うるせえよ!!おまえが変なこと、言うからだろ!?何でオレが、そんな……っ!!」

「変?僕はただ、君にちゃんと脱いで欲しくて」

「脱…っっ!?」

「ブーツを」

「は…………ブーツ?」

「そう。いつも履いたまま胡座かいたりしてるだろう。この前はそのまま寝っ転がったのか知らないけど、泥は付いてるし擦れて足跡は付いてるしで」

「紛らわしい言い方してんじゃねえ!!!」


またしても後頭部を力任せに叩き倒すと、さすがにフレンが抗議の声を上げた。
軽く涙目になっている。
いい加減、泣きたいのはこっちだってんだ!

「痛いだろ!?いきなり何なんだ!この前からやたら殴りすぎだよ!!」

「おまえが悪い!!」

「何でだよ……!?」





何だかもう、やっぱり早まった気がする。

これから先、ずっとフレンに振り回されるんだろうか。

帰り際に、ほんとに今日の夜食が美味かったのかもう一度聞いたら、『ユーリが作るものは何でも美味しいよ』とか言いやがるから、またオレはフレンを引っ張たいてやった。
力なんか入れなかったけどな。

天然なんだか、鋭いんだかわからない恋人の相手するのは、大変だよ。



……振り回されるんだろうなあ、絶対……





ーーーーー
続く

どんな姿も好きだから・21

続きです。









「うぉ…いい天気、だなー…」


翌朝、窓を開けたオレは、空の青さと太陽の眩しさに目を細め、思わず呟いていた。

まだ陽が昇ってそれ程たってない早朝だというのに、今からこれじゃ、今日は少し暑くなるかもしれないな。
…一昨日の雨でぬかるんでいた地面も、これなら乾きそうだ。

そんなことを考えながら、『用事』を済ますために着替えて部屋を出た。











「フレン?…なんだ、まだ戻ってないか……ん?」


その晩、フレンの部屋を訪れたオレは、主を探して視線を巡らせた先に一枚のメモを見つけた。
綺麗に片付けられた机の真ん中に置かれたそのメモを手に取り、読んでみる。

…勝手に読むなって?
この時間にここに来るのなんてオレしかいないし、こんだけ目立つように置いてあるんだ、オレ宛てだろ、どう考えたって。
これで機密文書か何かだったら笑えるが。

勿論メモはオレ宛てで、少し遅くなるけど待っててくれ、といった内容だった。
オレとしても、聞きたいことは山のようにある。
…色々と。
だから帰るつもりはないが、メモの最後の一文が気になった。


『ベッドを汚さないように』


……なんだこりゃ。どういう意味だ?

確かにオレは今日、食い物をここに持ち込んでいる。今朝早く、食堂の厨房を借りて作っておいたんだが、フレンはそれを知らない筈だ。第一、オレが食べる為のものじゃない。

以前、ここのベッドに座ってカレーを食ってたらシーツにこぼしちまって、行儀が悪いだの何だの言われた事があるが、これでわかるように、フレンがわざわざ何か食う場所としてベッドを指定するとも思えない。

…何だろう。あまり深く考えるな、と本能が訴えている気がする。
オレはとりあえず、持って来た包みをベッドの枕元に置くと、その横に腰掛けてフレンを待つことにした。
…と、すぐに扉が開いてフレンが姿を現した。座ってからまだ5分もたってない。手にはやはり、紙袋を持っている。
片手を上げて挨拶するオレに、フレンは少し驚いたような顔をした。


「あれ、ユーリ…」

「よう、意外と早かったな」

立ち上がって声を掛けつつ、窓辺へ移動して壁に寄り掛かる。『自衛』のための手段だが、やはりフレンはそれが気に食わないらしい。先程の表情から一転、今度は不機嫌そうな様子でオレを見据えながら後ろ手に扉を閉めると、机に座ってベッドを指差した。

「…そんなところに突っ立ってないで、座ったらどうなんだ」

「なんだよ、おまえがそこに座ったらオレ、座るとこねえじゃん」

「ベッドに座ったらいいだろ、いつもみたいに」

「やだね。いざって時に逃げられねえからな。前にも言ったろ?大体、こないだはおまえが机のほう、譲ってくれたじゃねえか」

腕を組んだまま壁から離れようとしないオレに向かってフレンは大袈裟に息を吐き出し、顔を上げると再びベッドを指差した。

「……怪我人を立たせたままにできないだろう。君だってそっちのほうが楽だろ?僕も落ち着いて話ができないし、早く座ってくれないか」

「信用できねーなあ…」

「怪我人相手に何をするって言うんだ!早く座ってくれ!」

…仕方ない。これ以上意地張って、それこそベッドに押し倒されたらたまらない。
オレは壁に張り付いた背中を離し、再びベッドに腰掛けた。

怪我人相手に、とは言うが、昨日だって昼メシ食うのにさんざんな目に遭わされたばかりなんだ。警戒すんなってのが無理だろ。

「…全く…。君だって、僕がいない時は…」

フレンが何やらぶつぶつ言ってるが、よく聞こえない。

「何だ?なんか言ったか」

「…何でもないよ。ほら、これ」

フレンが紙袋を差し出してくる。
中を覗けば、やはりいつもと同じものが入っていた。…と、思ったんだが。

「いつも同じゃ何だから、今日は具を変えてみたんだ」

「え」

袋に入れた手が止まる。
具を変えた……って、まさかまた、何かアレンジしたのか?
しかしオレの様子から何かを悟ったのか、フレンが憮然としながらも説明を付け加えた。

「…とことん信用ないんだな、僕の料理。具を変えた、って言っただろう?君が好きそうなものにしてみたんだ。食事…としては、ちょっとどうかと思ったけど」

袋から包みを取り出して開いてみると、確かに今までとは中身が違う。

「何だこれ、フルーツサンドか?」

パンには真っ白なクリームと、真っ赤な苺がたっぷりと挟んである。赤と白のコントラストがまた、食欲をそそった。
…あれ、でもこのパン…

「本当はカスタードクリームとか入れたかったんだけど、さすがにそんなものはないしね。作るにしてもどうせ君には敵わないし、だったらシンプルなほうがいいかと思って」

「…そっか。ありがとな」

にこにこしながらオレを見るフレンの様子に、少しだけ良心が痛む。


オレは今日、夜食を作って来ていた。勿論、フレンのためだ。
いつもいつも、騎士団長様にばかり作らすのも悪いからな。

昨日、ソディアからフレンの想いとやらを聞いて、嬉しかったのは確かだ。
だが同時に大恥をかかされたため、少しだけ夜食に手を加えていた。…いや、むしろ加えてない、と言ったほうが正しいか。
まあ、別になんてことのない、ささやかな嫌がらせなんだが。

フレンがどういうつもりでソディアにオレ達の事を話したのか、本当は今すぐにでも問い詰めてやりたいところだが、それはとりあえず、先に必要な話をしてからにしよう。
オレはフルーツサンドを再び包み直し、袋にしまった。


「…ユーリ、そんなに不安なのか?」

すぐに手をつけないことが不満なのか、フレンがオレの顔を窺うようにする。
不安が全くないとは言わないが…まあ、大丈夫だろ、多分。

「ん?ああ、違うって。実はオレも今日、夜食作って来たんだよ。後で一緒に食おうと思ってさ」

「え、本当に?」

「おう。だからとりあえず、先に話を済まそうぜ。細かいところ、色々と分からねえままだからな」

「そうだね…。わかった。まず、どこから聞きたい?」

書類を取り出すフレンの表情からは、先程までの柔らかな笑みは消えている。
相変わらず、切り替えの早い奴だ。

「とりあえず、分かった事を順番に頼む」

一つ頷いて、フレンが話し始めた。







あの女と元々の婚約者である騎士とは、それなりに想い合ってはいたらしい。 だが親の思惑で一方的に婚約は破棄され、望んでもいない相手と新たに縁談を組まれた。
さらに女は騎士団に入れられそうになったが、実力ではとても入団できそうもないのは分かっている。
そこで協力を申し出たのが、元婚約者の騎士だった。

「彼女が騎士団に入る事で、少しでも近くにいられると思った、ということらしいけどね」

「…何だかなあ。親はおまえの近くにやるつもりだったのを、逆に利用したって事か?」

「そんなところだね」

「両想い、ってやつだったんだろ?それが何でまた、オレなんかに…」

「…それは……」

フレンが微妙な表情になる。なんとも表現し難い、ほんとに微妙な表情だ。
じっと見つめられて、居心地が悪い。

「…何だ、その顔。オレの顔に、なんかついてるか」

「……一目惚れ、だそうだ」

「……は?」

「君が初日に挨拶したその時に、…一目惚れした、と」

暫しの間、思考が停止する。
一目惚れってあれか、見た瞬間に惚れたっていう、なんかよく分からないやつか。よく分からない、ってのは、オレにそんな経験がないからだ。
しかし…また、おかしな事を。

「いや、それ……はあ!?あの女、オレが男だと思ってたのか?いや違うか…でも他に好きな男がいてそれかよ!?」

「……僕に言われても。性別は特に疑ってないようだったし、君が男性である事は伏せてある。とにかく、彼女が言うにはそういう事らしい。…心当たり、あるだろ?」

「いや、まあ…」

確かに、最初からあいつはオレに懐いてはいたが…。
てっきり、訓練の相手をしてやってるからだと思っていた。

「そのことに気付いた男のほうは、ある手段で彼女を取り戻そうとした」

「…別に奪っちゃねえけど。で?手段て何だ」

「簡単だ。君を消せばいい。…図らずも、彼女の親とは利害が一致したわけだな。まあ、あまり意味は成してないけど」

「…怖ぇな、ったく…。でも、それじゃあの女に計画バラされるから、とかいう話じゃなかったのか?」

「その辺りは憶測もあったんだけど…。彼女には、君じゃなくて『邪魔者』を消す手伝いをする、と言って取引を持ち掛けたそうだ」

「邪魔者、ね…。取引って何だ」

「彼女が君に本気になってるのを知って、男は君に殺意を抱いた。そんな時、彼女から嘆願書の話を持ち掛けられた。…入団の時のように、処理してくれ、と」

「…よくそんな話、頼めたもんだな。どんな神経してんだよ」

「さあね。…彼は、書類の処理を引き受ける代わりに、あるものの入手を頼んだ」

「あるもの?」

「銃だよ。それさえ手に入れてくれれば、書類も、『邪魔者』も、両方処理してやる、と」

「…邪魔者ってのは、おまえの事だろ。あの女の為に邪魔者を消して、不正に手を貸して、そうまでして気を引きたかったってのか?…馬鹿じゃねえの、そいつ」

実際は、フレンを消すと言っておいてオレを殺るつもりだったんだろうが、マジで馬鹿だ。それじゃもう一方に気持ちが向かないからってんで、あの女の親は躊躇したんじゃないか。どっちにしろやってる事はろくでもないが、まだ親のほうがいくらかマシな気がするぜ。
…にしても、なんでわざわざ銃なんだ?

「彼女の親が持っているのを知っていたそうだよ。それを持ち出してくれ、と。君はあまり城内にいないし、女子の宿舎に忍び込むのもリスクが高い。銃なら遠距離から狙えるし、訓練中なら広い練兵場に出ているから、なんとかなると考えたらしい」

「なんとか、って…当たんなきゃ意味ねえだろ」

「本人が言うんだからそうなんだろ、僕が知るものか」

フレンはとにかく不機嫌そうだ。まあ…実際狙われてたのがオレなわけだから、いい気はしないんだろうが。でも元々、オレは囮だったよな、確か。…何怒ってんだか。
そりゃあ、目の前で怪我されて心配したのは分かってるが。

「…あの日、彼女は銃を渡しに行くつもりだった。嘆願書と一緒にね」

…ん?嘆願書…?

「そういやそれ、もうおまえの手元に渡ってるよな。ソディアから渡されたんだろ?あの女、知らなかったのか?」

「嘆願書には新人全員のサインがしてあった。最後にサインした者が、勝手にソディアに渡してしまったらしい」

「ああ、それで…」

サインしたら自分に持ってこい、とか言ってたんだろう。それを黙って渡された上に翌日まで知らなかったから、あの騒ぎになったのか。

「手合わせを見て興奮した勢いで僕に渡そうとしたところをソディアに制止されたので、と言ってたよ」

「なるほどな…。」

その光景が目に浮かぶようだ。

「…とりあえず、こんなところかな。他に何か聞きたい事、あるかい?」

「まあ…どうやって銃を持ち出したのかとか、なんで親が持ってたのかとかあるが…」

「そこはまだ調査中だ。もう少しかかるな」

「ふうん…」

フレンの話を聞きながら、オレは何だか複雑な心境だった。

…結局、原因ってオレなんじゃないのか?

「ユーリ?どうした?」

「なんかさあ、オレのせいで色々ややこしくなったんじゃないか、と思ってさ…」

「そんなことは…。そもそも、仕事を依頼したのは僕なんだ。君を危険な目に遭わすつもりはなかったのに、結局こんなことになってしまって…」

俯いて肩を落とすフレンは唇を噛み締め、強く握った拳を震わせている。
…そうか、機嫌が悪いと見えたのは、こういうこと、か…。

「…もういいって、その話は。せっかく厄介事が解決するんだから、もっと喜べよ」


オレの言葉にも、フレンの反応はイマイチだ。

全く、浮き沈みが激しくて大変だよ。



さて、どうやって浮上させてやるかな…。
フレンの姿を見つめながら、オレはその為の『策』を考えることになってしまった。





ーーーーー
続く
▼追記

どんな姿も好きだから・20

続きです。







宿舎に戻ったオレは、新人共に抱き着かれたり泣き付かれたり、もう大変だった。

まだあまり詳しい事は聞かされていないらしく、とにかく何があった、大丈夫かとやかましかったが、こいつらも今から呼び出されるんだろうし、先にオレが余計な事を話す訳にはいかない。
フレンにも言われてることだしな。
心配かけて悪かった、もう大丈夫だ、と何度も繰り返してなんとか落ち着かせると、何人かは目に涙を浮かべていた。

…まあ、ここまで好かれて悪い気がする奴もいないよな。全くの予想外だ。
実際、嬉しいんだが…なあ。
もしかしたらオレ、人生最大のモテ期ってやつを逃したのかもな。

それにしても……この中に、『女』のオレをそういう目で見てる奴はもういないと思いたい。
ま、男だと思って見てたにしても、応えてはやれないんだけど。
『間違い』がないようにと、こんな格好することになった筈なんだがなあ……。

あんまり意味、ねえよな。複雑だ。





そうして部屋に戻ったはいいものの、明日をどうやって過ごしたものか、オレは悩んでいた。

特に何かない限りは休日みたいなもんだが、ここにいる以上は女のフリしてなきゃならないし、かと言って着替えて下町に行くのもどんなものか。
大袈裟な包帯はやめてもらったが、額には大きめのガーゼが貼り付けられている。こんな姿、見せられない。…余計な心配ばかりする、うるさい奴らしかいないからな。

フレンから呼ばれないとも限らない。
と、なると、やっぱりここで大人しくしてるしかないか?

ベッドに寝っ転がってそんなことを考えているうちに、ふと部屋がだいぶ薄暗くなっているのに気付く。窓の外を見ればいつの間にか陽も落ちて、空には星が瞬いていた。

…そういや、晩メシどうすっかな。
今日はもうフレンの部屋に用はないし、かと言って食堂には行きたくない。
ここで『仕事』を始めてすぐの頃のフレンの暴挙のせいで、オレは食堂から足が遠のいていた。
あの時と今では反応が違うかもしれないが、落ち着かないのは変わらないだろう。

…ちょっと気になったんだが、フレンは毎日、なんて言ってオレのぶんの食事を持って来てたんだろう。

よく考えたら、あいつはオレがいる時に一緒にメシを食ったりしてない。オレが部屋に行く前に食ってんだろうけど、その上でわざわざ食堂にもう一食取りに行ってんのか?…何て言って?自分の夜食だとでも言ってるんだろうか。
まあ…、どうでもいいっちゃいいんだが。

今日は…もう、いいか。
あまり動いてないし、それほど腹も減ってない。
とりあえず寝間着に着替えるか、と思って起き上がった時、控え目に扉がノックされた。




…誰だ、一体。
すると、もう一度ノックが繰り返される。


「……開いてるよ」

『失礼します』

「あれ、あんた…」

現れたのは、ソディアだった。
手に何やら紙袋を持っている。

「団長から、あなたにお渡しするよう言われました」

「…はあ」

袋を覗いて、オレは苦笑した。
入っていたのはジュースの瓶と林檎、そして…多分、この包みはサンドイッチだろう。
いつかの夜と同じだ。
あいつもまだ忙しいだろうに、わざわざご苦労なこった。
全く……参るよな。


「あんたからも言っといてくれよ、騎士団長が食堂で料理なんかすんなって」

「…あなたが言って聞かないものを、私が言ってどうなるというんですか」

ソディアは憮然としている。もしかしたら、もう既に言った事があるのかもしれない。

「そんな事ねえよ。あいつ、オレの言うことなんか聞かねえしな。部下に言われたほうが聞くと思うぜ?示しがつかねえからやめろ、って」

「あの方が好きでしている事です。…私が口を挟むことではありません」

「…ふうん。ま、いいけど」

「……」

「用件はこれだけか?なんか悪いな、わざわざこんな事させて」

「いえ……」

普段ならこれでさっさと帰って行くところだが、何故かソディアは俯いたまま動かない。
時折、何か言いたげにこちらをちらちらと見上げてくるが…一体、何なんだ?


「まだなんか用があんのか?」

「…ぁ………す」

「は?」

あまりに小さい声に聞き返すと、ソディアはオレを思い切り睨みつけて来た。
しかし、何が気に食わないんだか知らないが勘弁してくれ、と思うオレに向けられたその言葉は、少々意外なものだった。


「…ありがとうございます」

「はあ。…何が?」

突然の感謝の意味が分からず間抜けに聞き返すオレに、ソディアは顔を赤くして捲し立てる。

「団長を守って下さった事です!!あなた、死んでたかもしれないんですよ!?」

……意外だ。こいつから、こんなこと言われるなんて。まあ、フレンを守ったことについては感謝してるのかもしれないが、オレのことなんか関係ないんじゃないのか?

「…別に、大したことじゃねえよ。残念だったな?しぶとく生き残っちまって」

冗談めかしてわざとそんな事を言ったら、ソディアはますます顔を赤くした。
勿論、照れなんかじゃない。
怒りだ。
激しい勢いでオレに食ってかかる。

「な……!私はそんなこと、思っていない!!だからあなたは、もっと相手の事を考えろと言っている!!」

「相手って誰だよ。あんたか?」

「団長に決まっているだろう!!」

「…その事なら心配しなくていいぞ。さっきのあんたと同じこと、さんざん言われたからな」

「は…あ」

冷静な切り返しに気勢を削がれたのか、ソディアが気の抜けた返事をする。

「それに…相手のことを考えてるから、咄嗟にあんな行動に出ちまうんだと思うぜ?多分な。…ふざけて悪かった」

「………『それ』についても、です」

「それ?」

ソディアの視線は、オレの持つ紙袋に注がれている。
これが一体、どうしたんだ。
ソディアは何か言いにくそうに言葉に詰まりながら、必死でオレに説明した。

「…あなたに……好きな人に、食べて貰えるのが嬉しいから、と…。そう言われて、他に何が言えるんですか」

…………ちょっと待て。
今こいつ、なんつった。
何かとんでもないこと、言わなかったか……?

「……何…だって?好きな、人、だと?」

「…私に言わせる気ですか」

全身から、嫌な汗が噴き出す。
……あの野郎、誰彼構わず言い振らすなっつったばっかだろうが!!
しかも何でまた、よりによってこいつに………!!

怒りと羞恥で肩と拳を震わせるオレに、ソディアは呆れた様子でため息を吐いて言った。

「全く、何を今更……。とにかく、団長がそういう想いで作っている以上、やめろと言っても無駄でしょう。だから分かっていないと言うんです」

「………あ、そう……」

嫌みったらしい言い方も、耳に入らない。

フレンの奴……!!
明日、絶対殴る。
オレはそう、心に決めた。



「………私には、ほんの少しですが彼女の気持ちが分かります」


ふいに呟かれた言葉に顔を上げると、ソディアは悲しげに俯いた。

「…おまえ…」

「失礼します」


それだけ言うとソディアは扉を閉めて戻って行った。
…気持ちがわかる、か。
そうなのかもしれない。
だがオレは、あの女とソディアでは決定的に違う部分があると思う。

ソディアの行動はフレンを思ってのことだが、あの女はオレのことなんか考えてない。ただ、自分の気持ちのためだけだ。
邪魔だと思った相手に危害を加えた結果だけ見れば同じかもしれないが、根本的な部分が違うんだ。

フレンがどこまで知っているのか分からないが、あいつだってその辺りは理解してる筈だ。でなければ、いつまでもソディアを身近に置くとも思えない。

それにしても……少し、気の毒な気がしないでもないな。
もう…譲ってやれないだろうからな。





しかし……相手に食べて貰う喜び、か。
確か旅の最中にもそんな話、したことあったな。

まああの頃は、どうやってあいつに料理させないようにするか、のほうが重要だったんだが。

手にした紙袋を見つめて、暫く考える。


……明日、ちょっと頑張ってみるか?
あいつに作らせてばかりじゃ、悪いからな。




サンドイッチをぱくつきながら、自然と笑いが込み上げて来た。
色々と、言いたいこともあるしな………





ーーーーー
続く
▼追記

どんな姿も好きだから・19

続きです。








結局、あの後が大変だった。


オレは頭に怪我こそしてるが、別に動けないほどの重傷というわけじゃない。ついでに治療されたらしい右腕にも湿布が貼られていたが、こっちこそ大したことはない。

部屋に戻ると言うオレにフレンは頑として首を縦に振らず、じゃあソファで寝ると言えばそれも却下され、あげく『君が眠るまで傍にいる』とか言ってベッドの脇に椅子を持って来て張り付かれて、却って眠れる筈もない。

押し問答を繰り返していたらいつの間にか夜が明けてしまい、フレンの出勤時間になったために漸く解放、かと思いきや、そのままここにいるようきつく言われてしまった。

…軽く軟禁じゃねえの、これ。
出入り口には見張りの騎士までいるし。

昨日医務室に運び込まれた後で着替えさせられたらしく、オレは寝間着だ。夜ならともかく、陽が昇ってしまっては抜け出すこともできない。

昼に一旦戻る、と言い残してフレンが出て行ってから、仕方なしにベッドでごろごろしてるうちに眠ってしまった。…さすがに疲れていたらしい。

だから、情けないことにフレンが戻って来たのにも全く気付かなかった。

何やらガタガタ引き摺るような音と、続いて漂って来る美味そうな匂いにやっと目を覚ますと、フレンがベッド脇にサイドテーブルを移動させ、食事の用意をしているところだった。






「ああ…ごめん、起こしちゃったか」

「いや、別に…」

起き上がって一つ伸びをし、ベッドに腰掛ける。
病人じゃないんだから、いつまでもシーツに包まってる必要はない。

目の前に用意された食事を見てたら、急激に腹が減ってきた。
…よく考えたら、昨日の昼から何も食べてない。
一日二日ぐらい食わなくても平気だが、こうも近くから視覚と嗅覚に訴えられると、さすがに厳しいものがある。
部屋の隅で手甲を外しているフレンに声を掛けてみた。


「フレン、これ食っていいのか?」

「ああ、ちょっと待っててくれ。すぐ行くから」

「行くって…どこに」

「そこに」

言いながらオレの正面に椅子を持って来て座るフレンは、ここ何日かでは一番なんじゃないかという笑顔でオレを見ている。

…冷静に考えて、昨日の出来事なんかそんなに悠長に構えてられるようなもんじゃないと思うんだが……。

とりあえず、今は別の嫌な予感がする。
何故かと言うと、フレンの野郎がスプーンを自分で持ってるからだ。

食堂から持って来たんであろうトレーの上には、クリームシチューとロールパン、サラダとデザートの林檎が乗っている。
で、そのトレーは目の前に座るフレンの膝に乗っていて、一本しかないスプーンはフレンの手に握られている。

これでわざわざフレンが自分の食事をするってんなら凄まじい嫌がらせだが、恐らくそうじゃない。
そうじゃないが、今からフレンがやろうとしている事も相当だ。

案の定、フレンはシチューをスプーンで掬うと、それをオレの口元に突き付けた。

…突き付けた、って表現は正しくないかもしれないが、そんな事ははっきり言ってどうでもいい。オレにとっちゃそう見えるんだ。


「ユーリ、はい」

「………『はい』、…なに」

「何、って。早く食べなよ。冷めるよ?」

「…スプーンよこせ。自分で食う」

フレンに向かって掌を差し出すが、フレンはそれを見ようともしない。

「ほら、口あけて」

さらに近くに迫ったスプーンを避け、トレーのロールパンを取ろうと手を伸ばすが、フレンに手首を掴まれてしまう。

「何すんだ、離せよ!」

「動いたらスプーンからこぼれるだろ。早く食べてくれ」

「…おまえ馬鹿だろ。何が嬉しくてそんな真似、しなきゃなんねえんだよ」

「こういうの、恋人らしいと思うんだけど?」

「みんながみんなこんな事してるわけねえだろ!!自分で食うからスプーンよこせってんだよ!」


するとフレンはスプーンを暫し見つめ、……そのまま自分の口に入れてしまった。

「あ!てめっ!!」

抗議の声を上げた次の瞬間、掴まれていた手首を力一杯引かれ、前のめりになったところにフレンが顔を寄せた。
空いたスプーンを持ったままの右手に後頭部を押さえられ、そのまま唇が合わされる。


「んむぅっ!!?」

「ん……っ」


…最悪だ。フレンの口から、オレの口の中にシチューが押し出されてくる。
唇を閉じられないまま飲み下すのはかなり辛く、漸く唇が離れた時には息が上がっていた。
…ってか、恥ずかしいのと怒りとでどうにかなりそうで、フレンを怒鳴りつける。


「何しやがる、この野郎!!」

「ユーリが素直に食べてくれないからだろう?」

こんの……!マジで腹立つ!!

「ヘラヘラしてんじゃ……ねえ!!」


掴まれたままの手首を振りほどき、フレンの膝にあるトレーを素早く奪い取ると、オレは左手でフレンの横っ面を張り倒した。

先にトレーを取っとかねえと、せっかくの食事まで駄目になるからな、当然の措置だ。
反動で吹っ飛んでいった林檎が床に転がっている。後で拾っとくか。

……ああ、フレンも椅子から転げ落ちてるぞ、勿論。
利き手な上、割と本気だったからな。平手だったのを感謝してもらいたいぐらいだ。



「…いつも思うんだけど、もう少し手加減したらどうなんだ」

「いつも言ってるが、必要ないだろ。…つか、いつも殴られるようなことしてんじゃねえ!!」

椅子に座り直したフレンからスプーンを奪い取り、ぬるくなったシチューを口に運ぶ。
…全く、なんでメシ食うのにこんな苦労しなきゃなんねえんだよ…。

ふとフレンを見ると、張られた右頬を摩りながらも、何故か笑顔でオレを見ている。

「何笑ってんだ。気持ち悪ぃな」

「…本当に大丈夫みたいで、良かったと思って」

「怪我の心配してくれるんなら、余計な力を入れさせんな。結構響いて痛えんだぞ」

「ご、ごめん。…でも、やっぱり嬉しくて」

「しつこいな…。もう大丈夫だって言ってんだろ」

「違うよ。…いや、それもだけど…」

それまでとは違う、少しはにかむような笑顔で覗き込まれ、食事の手が止まる。…今度は何を言うつもりだ、こいつは。


「君が、僕の恋人だ、って言える事が嬉しいんだ」

「…………何だ、いきなり」

「仕事を始めて少したったころ、とりあえず仕事が終わっても恋人役は続けるけど、その前に結果次第で『役』じゃなくなるかも、って言ったよね」

「…言ったな」

「本当にそうなったんだな、って」

「…それはいいけどよ…頼むから、誰彼構わず言い振らしたりするなよ」

「…そこまで常識がないと思われてるのかな、僕は」

「割と思ってるぞ。大体、さっきの行動だって常識的とは言えねえだろ」

「そう?看病するといえばあれだと思うけどな」

「……もう、いい……」

早まったような気がする。これから先、ずっとこんな調子だったら……結構、キツいかもしれない…。


相変わらず笑顔のフレンと目を合わせられなくて、一人黙々と食事を続けた。

…味なんかろくにわからなかった。










「…で、とりあえずオレはどうすりゃいいんだ」

昨日、あれ以降の話が全くわからない。怪我したのは結果的にはオレだが、はっきり言ってあれはフレンの暗殺未遂のようなもんだ。割と大ごとな筈だよな。


「服は持って来てあるから、着替えて医務室に行ってくれ。後で経過を聞かせてもらうけど、その後は部屋に戻って休んでくれて構わないよ」

「訓練は?あいつら、どうしてんだ」

「昨日はあのまま自室待機だ。今日、明日で一人一人から話を聞かせてもらう予定だよ。君の怪我の具合にもよるけど、問題がなければ明後日ぐらいからは訓練を再開してもらいたい」

「オレは構わねえけど。…事情はどこまで説明するつもりなんだ?」

「例の彼女については、ある程度の説明はする。入団の経緯と君への行い、嘆願書を不正に利用しようとした件により除籍して身柄を確保した、といったところかな。それ以上の事はもし聞かれても答える必要はないから」

「…分かった。まあ取り調べやら何やらについては任せるしかないからな。頑張ってくれよ」

「人ごとだな…。本来なら君だって、取り調べというか、事情聴取の対象なんだぞ」

「こうやって話してんので充分事情聴取になってんだろ?そういう建前もあってここにいるんじゃねえのか、オレ。それにしたって私室に引っ張り込むのはどうかと思うがな」

「大丈夫だよ、今朝やっと意識が回復した、って言ってあるから。皆、君のことを心配してたよ。誰も何も疑問に思ってないから、安心していい」

…それもどうなんだ。特別扱いにもほどがある。
公私混同とか職権濫用とか、誰か一言、言ってやれっての。

「……まあいいわ。あの女にはまだ話を聞いてないのか」

「ああ、色々と手続きもあったからね。夕方から取り調べを予定してる」

「じゃあ、もう今夜はここに来る必要ないな」

オレの言葉に、フレンが表情を曇らせる。
何だよ…。だってそうだろ?
今日の取り調べにどれだけかけるのか知らないが、すんなり行くとは限らない。

「おまえ、全然寝てないだろ。今日はもう、仕事が終わったらさっさと寝ろよ。どうせ、遅くなりそうなんだろ?」

「そうだけど…」

「話なら明日の夜、聞かせてもらう。オレもまだ、色々と気になってる事とかあるしな」

「…わかった。それじゃ、僕はそろそろ戻るから。君も着替えて、医務室に行ってくれ。食器は僕が返しに行くよ。食堂には、あまり行きたくないだろう?」

「元凶作っといてよく言うぜ…」

「今更だね。ああ、ちゃんと怪我の経過報告には来てくれよ」

「へいへい。執務室か?」

「ああ。じゃあ、また」



フレンが出て行き、オレも着替えることにした。
……やっぱり、女騎士の格好なんだな。まあ…当然なんだが。




医務室で額の傷を診てもらってる最中、医者が新しいガーゼに取り替えながら話してくれた内容によると、もう少し弾道の角度が浅かったらヤバかったらしい。
あの女が座ったままだった為に、弾は低い位置からオレの額を掠めて上に抜けたんだろうという事だが、よくよく考えたらかなりギリギリだったんだな。
…フレンが怒るのも、無理はないか。

しかしそのフレンはと言えば、治療が終わった途端制止も聞かずにオレを抱きかかえると医務室を出てしまったらしく、医者としても経過が不安だったと文句を言われてしまった。なんせ頭の怪我だから、見た目以外に何か影響を受けてないとは限らない。

何かあったらどうする気だったんだ、全く。
しかも抱きかかえて、って……うわ、想像したくない。

まあ怪我そのものはひと月ほどで治るらしいし、多少傷跡が残ったとしても髪で隠れるから問題なさそうだ。

フレンに報告すると、意外にもそれだけであっさり帰された。オレがいる間も引っ切りなしに様々な報告やらなんやら入って来てたから、相当仕事が溜まってたんだろうな。



とにかく、これで厄介事が片付きそうだ。
まだ細かな疑問はいくつかあるが、それも明日になればある程度分かってくるだろう。

ここ数日で色々ありすぎだ。


明日は少しぐらいゆっくりしたいと思いながら、宿舎に戻ることにした。





ーーーーー
続く
▼追記
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2011年06月 >>
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30