髪の毛の話・1(相互記念捧げ物)

がむしゃら・早良さまの漫画を恐れ多くも文章化させて頂きました!ご本人様、ご自由にお持ち帰り下さいませ!
※捧げ物ですので、フレユリではありません。





髪は女の命、と言う。

今では少々大袈裟な表現かもしれないが、それでもやはり長く美しい髪には多くの女性が憧れるものだろう。その昔は、髪の長さが本人の美しさへの評価そのものだった国もあるらしい。

実際に自分が髪を伸ばすかどうかは別としても、美しい髪の持ち主には出来ればそのままでいて欲しい、と思う。その相手が勝手に髪を切ってしまおうものなら、相応のショックを受ける他人、というものも存在するのだ。

もっとも、そんな事は本人にとってはどうでもいいのかも知れないが。







「ふう……いいお湯だったわ」

「あ、ジュディス!あがったんで……」


入浴を終えて部屋へと戻ったクリティア美女、ジュディスの姿を、エステルがじっと見ている。

「…何かしら?」

柔らかく微笑むジュディスに、エステルは少し切なげだ。

「あ、ごめんなさい…ジュディスって、髪が長いんだな、って再確認してたんです」

湯上がりのジュディスは、しっとりと濡れて艶めく群青色の髪を下ろしている。普段トップで髪の毛をまとめている彼女のそのような姿は、同じ女性から見てもなかなかに魅力的なものだった。

「…わたしは、この長さですから。長い髪って、憧れます」

自らの毛先をいじりながら僅かに表情を曇らすエステルに、ジュディスが言う。

「そういうものかしら?でもエステル、あなただって長い髪も似合うと思うのだけれど」

「本当です!?」

伸ばしてみてはどう?と言うジュディスの言葉にエステルが瞳を輝かせる。

「リタ!リタはどう思いますっ!?」

「へっ!?あ、あたし!?」

いきなり話を振られてリタが慌てる。
しかし、読書中ではあったが一応話を聞いてはいたようだ。リタの答えを、エステルは満面の笑顔で今か今かと待っている。
こんな顔をされては、言える事なんて決まっているようなものだった。

「な、長い髪もアンタなら似合うんじゃない?」

「リタ…!」

「でも!!」

読んでいた書物に視線を戻したリタがボソボソと続ける。

「…今の髪型も、その…え…と、に、似合ってていいと思う…あ、あああ洗うの楽だしね!短いと!!」

リタは耳まで真っ赤になっている。どうしても一言多いのは、彼女の性格だから仕方ない。

「ありがとうございます、リタ!リタも今の髪型、すごく似合ってて可愛いです!!」

「お、お礼なんていらないわよ!……それと…あ、ありがと」

じゃれ合う二人をにこにこしながら見ていたジュディスだったが、ふと溜め息を吐いて呟いた。

「確かに、洗うのが楽、というのはいいわね」

「ジュディス?」

「長いと乾かすのも時間がかかってしまうし、かと言って自然乾燥も髪が傷んでしまうし…」

こうして話している間も、ジュディスはずっとタオルで髪の毛の水分を吸い取る手つきを止めていなかった。濡れたままで寝るなど以っての外だ。

ジュディスの言葉にエステルは暫し考え込んでいたが、やがておもむろに顔を上げると、ある疑問を口にした。
すなわち、


「……ユーリは、どうして髪が長いんでしょう?」


……というものだった。



宿の部屋の中、女三人で顔を突き合わせて考えてみる。

「ユーリなら、『面倒だ』って言って長いの嫌がりそうじゃありません?」

「そーいやそうね、あいつ、オシャレとか興味なさそうだし」

「…それをリタが言うのね」

『……………』


数瞬の沈黙。
それを破ったのはエステルだった。


「気になりますー!!」

「あ、あたしは別に…」


やや興奮気味のエステルに対し、リタは戸惑いながらもやはり興味はあるのか、視線がおろおろと落ち着かない。

「そう?私もとても気になるわ」

ジュディスもリタを見ながらエステルに同調した。

話は決まった、とばかりにエステルが立ち上がる。


「こういう時は、本人に聞くのが一番です!!」


「ええっ!?」

すっかりその気になっているエステルは、ホントに行くの!?と慌てるリタの様子にもお構いなしだ。

「行きましょう!!善は急げです!思い立ったが吉日です!!」

「え、ちょっとエステル、待ちなさいよ!!」

お姫様らしからぬ大股で部屋の扉に向かうエステルと、慌ててその後を追うリタ。


「……楽しくなりそうね」


にっこりと一人笑うジュディスも、手早く髪をまとめると二人を追って部屋を出るのだった。






「失礼します!!」


「うお!?」

「ど、どったの嬢ちゃん」

エステルは男部屋の扉をノックもなしに開け放ち、そのままの勢いでずんずんとユーリに詰め寄って行く。事態の飲み込めない男性陣は引き気味だ。


「ど…どうした?エステル」

「ユーリ!!」

「お、おぉ!?」

エステルが身を乗り出した分だけユーリが下がる。
他の仲間はそれを遠巻きに眺めていた。
鼻息も荒くエステルがユーリに問い掛けた。


「ユーリはなんで長髪なんですっ!?」


「………は?」


唖然とするユーリに更にエステルが畳み掛ける。

「ですから、なんで」

「ちょい待ち!とりあえず落ち着け」

話の腰を折られて頬を膨らますエステルを横目に、ユーリはジュディスへと視線を向ける。
説明しろ、と言いたいのだろう。意図を察したジュディスが笑う。


「女の私の髪が長いのはいいとして、男で、お手入れとかそういうのを面倒だと思っていそうなあなたの髪が何故長いのか、不思議で、ね?」

「おっさんだって長いじゃねえか」

「え、なんでこっちに話振るのよ青年!?」

「はっ、どうせおっさんの場合は変装とか二面性とかそんなんでしょ。ってゆーかどうでもいいし」

「リタっちひどい!!」

ユーリ以外に関心のないリタにばっさり切り捨てられ、部屋の隅でいじけるレイヴンをカロルが慰めていた。
どちらが年長者なんだか分からない。


「……おっさん、すまねぇ…」


『そういうわけで』


「へ…?」

振り返ると、何やら異様な迫力の女性陣がユーリに迫っている。


「ほんとのところ、どうなのよ?」

「どうなのかしら」

「どうなんです!?」


「え、いや」

たじたじになりながらもユーリは溜め息を吐くと、仕方ないな、と前置きして話し始めた。



「髪が長いと便利だろ?」



「便利、です?」

「ああ」

「どうしてよ?…まさかあんた、わざと女と間違わせといて、因縁つけてその相手から金品巻き上げ」

「何だその発想は!!つうかおまえ、オレのことどう思ってんだよ」

「…でも、髪が長くて便利な事なんてあるかしら?よく分からないわ」

「そうねえ、おっさんも」

「あ、ボクも!!」

「だからさぁ…」


全員の視線を一身に受け、再び大きな溜め息を吐いてそれこそ面倒臭さそうにユーリが一言。



「金になるだろ」



『…………は?』


言葉の意味が分からず固まる一同を意にも介さず、さらにユーリが話を続ける。

「なんでか知らねえけど、結構な高値がつくんだよな、野郎の髪だってのによ」

長い一房を弄びながらユーリは思案顔だ。何故売れるのか、本当に分かっていないのだろう。


「まあ、そのおかげで飢えを凌げた事もあったんだけどな…」

何かを思い出しているのかしみじみと語るユーリだが、仲間は何も言えず無言のままだ。


「あ、だから安心していいぞ?食えなくなったらとりあえずコレ、売っぱらって金作って来るから、………よ!!?」

『ユーリ!!!』

物凄い勢いで詰め寄って来た女性陣に掴み掛かかられて目をしばたたくユーリだったが、レイヴンとカロルも物言いたげにユーリをじっと見据えている。

ユーリは訳が分からずに固まるばかりだ。


「へ、なに…おまえら」

「あらあら、そういうのはちょっと、頂けないわね」

「ジュディ?」

「大将ぉ〜?俺様もそれには賛成できないわ」

「な、なんでだよ?髪なんてまた伸びるんだし、手っ取り早」

「何言ってるの!?ダメだよそんなの!!」

「あんたそれ、本気で言ってんじゃないわよね!?」

「何なんだよ!?」

次々浴びせられる否定的な言葉に混乱するばかりのユーリだったが、ふと見ればエステルがただ一人、俯いたままでいる。

「エステル?どう…」

「…ダメです」

きっ、と顔を上げたエステルは大きな瞳に涙を浮かべ、ユーリの胸を叩きながら必死の形相で叫んだ。


「そんなの絶対ダメです!!絶対、絶対です…!!」

「…エステル」

ぐるりと視線を巡らせれば、仲間は皆一様に頷きながら鋭い視線をユーリに向けている。
相変わらず訳は分からないが、どうやら仲間達は全員、自分が髪を売る事に反対のようだ。


「えーと?あの」

「…そんな訳ですから!!」
「うわ!?」

「絶対、そんな事しちゃだめですよ!!?」


瞳を潤ませながら見上げてくるエステルに、ユーリの混乱はピークに達していた。とりあえず、言うことを聞くしかない。

「は…」

「いいですねっっ!?」

「は、い…」


全くとんでもないわ、何考えてんの、とさんざん好き放題言われながら、何故こんなに反対されなければならないのか、最後までさっぱり分からないユーリだった。





「…みんな、なんであんなに怒ってんだ……?」

「ワフゥ?」

「オレにはわかんねぇよ、ラピード…」

「クゥ………」


相棒に話し掛ける背中は、どこか物哀しいものを漂わせていた。



ーーーーー
続く
▼追記

恋せよオトコノコ・2

続きです。







フレンに腕を掴まれたまま、ユーリは動く事ができない。自分を見上げてくる蒼い瞳は恐ろしくなるほど真剣で、それでいて堪らなく不安げに揺れている。
泣きそうな顔にも見えるその表情に、何故か熱いものが見え隠れしている気がしてならない。

だが、それが何なのかを知るのが怖かった。

掴まれた腕には徐々に力が込められ、痛い程だ。


「……離せよ」


掠れた声に自分自身で驚いたが、フレンが腕を離す気配はない。それどころかますます強くなる力と視線にユーリはとうとう耐えられなくなった。


「離せ!!!」


しかしフレンの取った行動はユーリの叫びとは全く逆だった。
左手首も掴んで思い切り引っ張ると、ユーリの身体がよろけながらフレンへと倒れ込む。腕を取られている為に受け身を取る事ができなかったユーリが顔をフレンの肩に打ちつけ、小さな呻き声を上げた。

更にもう一度、今度は声にならない悲鳴を上げる。

「っ……!!」

顔を上げた先には、今までの記憶にない程の至近距離で二つの空色がユーリを見下ろしていた。


ユーリは腕を取られた形のまま、ベッドに腰掛けたフレンにまるで引っ張り上げられるような不自然な体勢だ。床に突いた膝が濡れる感触があったが、そんな事よりもとにかくこの体勢をどうにかしたい。

息がかかる程の近さに躊躇しながらももう一度離すように言おうとしたユーリだったが、先にフレンが口を開いたためにそれは叶わなかった。


「……ユーリは、もう…この先、男に戻れなくてもいいんだ?」

「は…、いや、戻れるならそのほうが」

「でも、リタにはもういいって言ったんだろう?」

「わざわざ別個で研究……っっ、近い近い!!何なんだよ!?」

フレンがぐっと身を乗り出したので、思わずユーリは身体を逸らす。まるで下手くそなダンスを踊っているかのような姿勢に、腰が痛む。痛いのは、姿勢のせいだけではなかったが。

ユーリの苦しそうな様子に漸く気付いたのか、フレンの力が少し緩む。が、腕は解放されず、そのまま降ろされて身体ごと、一層力強く抱き締めた。
膝立ちのまま上からフレンの重さが加わり、ますます身体に負担が掛かる。状況は全く好転していない。

それどころかフレンはユーリの肩に顔を擦り寄せるようにしてきた為、ユーリの身体は強張るばかりだった。

「別個で研究が、何?」

「そ…そこで喋るな!い、息が、かかっ…!!」

「答えてくれるまで離さない」

「おまえな……!!」

フレンを振り返ろうとしても、見えるのはふわふわとした金髪だけだ。
どんなにユーリが身体を捩ってもフレンの腕からは抜け出す事が出来ず、それどころか本当に離すまいとするようにフレンの腕がぎゅっと締まる。

「あぅ……!!」

今度こそ本当にユーリが悲鳴をあげると、顎の下でフレンの肩がびくりと震えた。

「…ユーリ…」

「く、苦し…っ!マジ離せってば!!」

「……………」

「この…!答えりゃいいんだろ!?別個で研究しなくてもいいが、何かのついでに方法が見つかったら教えろ、ぐらいは言ったよ!」

「…それって、ほとんど期待してないって事だよね」

「だからそう言ってるだろ!もういいんだって!なんでおまえがそんなに怒るんだよ!?」

「怒る……?怒ってなんかいないよ」

一連の乱暴とも言える振る舞いを、どうやらユーリはフレンが怒っているものだと思っているらしい。
勿論、フレンは怒ってなどいない。振る舞いの原因は、別の感情によるものだった。


「オレが元に戻るのを諦めて、腹を立ててんじゃないのか…?」

「…ごめんユーリ、全然違う。むしろ僕は、ユーリがずっとこのままだったらいいと思ってる…」

ユーリの身体が震え、息を呑むのが肩越しに伝わった。


「……聞こえてた?」


何が、とは怖くて聞き返せなかった。

やはり聞かれていたのだ、とフレンは思う。返事が返って来ない事が、肯定しているようなものだった。
だがあえてそこには触れず、淡々とフレンは話し続けた。

「ユーリが女の子で、子供も作ることが出来て…それが誰の子供なんだろう、って考えたら、何だかとても不安になった」

「な、何言ってんのおまえ…」

「いつか誰かを好きになって、それで誰かの子供を」

「何言ってんだ、いい加減にしろ!!何の心配だよ!?訳分からな……」

「嫌なんだ!!そんなの、絶対嫌だ……!!」

身体を締め付ける力は強さを増し、決して万全とは言い難いユーリを気遣う様子はまるで見られない。
切羽詰まった叫びと同時に離れたフレンの顔は再び触れそうなほど近かったが、ユーリは身じろぎ一つ出来なかった。

いつの間にか腕を掴む手は離れ、掌全てで覆い尽くすかのように背中を抱いている。布越しに伝わる熱は、そのままフレンの激情を顕しているかのように感じられた。


「僕にとって、ユーリは大切な存在なんだ」

「ふ、フレン?」


「……………、…だ」


僅かに聞こえた、絞り出すかのようなフレンの言葉にユーリが目を見張る。
それはユーリにとって、今、最も聞きたくない言葉だったかもしれない。

だから、否定する事しかできなかった。


「い……嫌だ、聞きたく、ない…!」

「ユーリ、どうして…!」

「嫌だ…、離せ、離してくれ、頼むから」

「ユーリ!!」

もう一度、今度ははっきりと耳に届いたその言葉に、ユーリは世界がぐらりと歪んだような錯覚に陥った。


「君のことが、好きだ」




限界だ、と思った。






開け放たれた扉の向こうから、騒がしい足音が聞こえる。先程遠ざかって行ったものとは違う足音に顔を上げたフレンの目の前には、自分とユーリにとても懐いている少年の姿があった。

「フレン、さっきユーリが…!!」

「…テッド」

「ど、どうしたの?またケンカしたの…?」

フレンの様子に、テッドも戸惑っているようだ。


ベッドに腰掛けたフレンは右頬を押さえ、力無く笑っている。良く見れば右肩の布地も荒れ、切れているようだった。

「ホントにどうしたの?フレン、大丈夫?」

「…大丈夫。僕は大丈夫だ。それより、ユーリは?」

「あ、そうだった!もうユーリ、どうしちゃったの?僕、思いっきりお尻打っちゃったんだよ!」


目の前で騒ぐテッドの声も、どこか遠く感じられた。
扉から、窓へと視線を移す。
既に陽は傾きかけている。暗くなる前に追い掛けるべきだと思ったが、身体を動かすことができなかった。






部屋を飛び出し、転がり落ちるように階段を駆け下りた。何かにぶつかったような気もしたが、構っている余裕などない。

広場を全力で駆け抜け、市民街へと続く坂を一気に上りきったところで目の前が真っ白になった。
比喩的表現ではなく、本物の貧血だ。
もともと体調不良で伏せっていたのに急に走った為に貧血を起こし、ふらつく身体を引きずって何とかベンチに辿り着いた。

隣に座る男女が、何事かといった視線をユーリに向ける。
だが、ベンチの背もたれに頭を投げ出し、蒼白な顔に脂汗を浮かべるユーリを見ると彼らはそそくさとその場を去って行った。


(あー……くそっ……)


天を仰ぎ、両腕で顔を覆う。少し吐き気もした。
先程の出来事を考えて悪態をつかずにはいられなかった。



フレンの様子がおかしいのは分かっていた。

だがつい先日、ハルルに向かう前に会った時はそうでもなかったように思う。
フレンが自分を『女性』として意識しているのにはうっすらと気付いていたが、それ以上の…平たく言うと『恋愛対象』としては見ていないと思いたかった。

フレンもそれを否定した筈ではなかったか。
だが、冷静に思い返してみるとどうだっただろうか。

(…いや、あいつは違うともそうだとも言ってない)

友人として、ユーリが傷付く姿を見たくないとは言っていた。
それを聞いたユーリは、酒場で絡んで来た男達のような邪な目でフレンが自分を見てはいないと思ったのだ。
しかしそれは、フレン自身がユーリをどう思っているのか、という事とは別だった。


「……友人じゃ、なかったのかよ……」


顔を覆っていた両手を投げ出し、ゆっくり目を開けると既に辺りは黄昏も終わろうかという様子だった。
暮れていく空をぼんやり眺めながらユーリは考える。

どう考えても、先日会った時から今日までの間に何かあったとしか思えない。だがその『何か』については全く想像ができなかった。

呼吸は落ち着きを取り戻し、脂汗も引いて吐き気も治まった。だが下腹部はキリキリと痛むし、生理痛は悪化したような気がする。

勢いで飛び出して来てしまったが、一体どんな顔をして戻れと言うのか。
怒りのぶつけどころがなくてうなだれていると、視線の先に影が落ちた。


フレンが追い掛けて来たのか、それにしては遅かったな、などと思いながら顔を上げたユーリだったが、そこに立っていたのは思っていたのとは違う人物だった。


「何やってんの青ね…っと、ユーリ、こんなとこで」

「……おっさん」



飄々とした笑みも見慣れたその男の姿に、ユーリはどこか安堵しながらも言いようのない複雑な気分を味わっていた。






「……はあ。あのフレンちゃんに襲われるなんてねえ…」

「…ヤな言い方してんじゃねぇよ……」

「似たようなもんでしょうが。よく逃げられたもんだわ」


市民街の片隅にある宿の食堂で、ユーリはレイヴンと食事を取っていた。普段あまりこの辺りの店で飲食する事はない。
だが下町の部屋には戻りづらいし、レイヴンの連れとして出入りできるにしても城には行きたくない。
だからといっていつまでベンチに座っていても仕方ないという事で、レイヴンに連れて来られたのだった。

フレンが自分を捜し回っているかもしれない、という考えは、頭の隅っこに放り投げていた。


「でもどうすんの?これから」

「……そんなの知るかよ」


むすっとしてジュースのグラスを握り締める姿はなんとも可愛らしいものだったが、そんな事を言えば自分もフレンの二の舞になることは分かりきっていたので、レイヴンは口をつぐむしかない。
むしろフレンよりも容赦なく叩きのめされる可能性は高かった。


「…まあとりあえず、帰りたくなきゃ今日はここに泊まれば?」

「金なんか持って来てねえけど」

「食事してる時点で分かってんでしょ!ちゃんと俺様が出しといてあげるって」

「……………」

「…で、どうする?」

もう一度聞かれて、ユーリの出した結論にレイヴンも頷いた。


「ダングレストに行く。暫くこっちには戻らない」


「…ま、今はそれしかないかもね」

「そういやおっさんは何であそこにいたんだ?」

「俺?普通に飯食いに出ただけよ。城の中ばかりだと息が詰まるしね」

「…ふうん」

「で、そのままここに泊まって俺様も明日はダングレストに行く予定なんだけども」

「何だって?」

「あ、勿論部屋は別々よ?フレンちゃんと違って、おっさんまだ死にたくないし」

「…あいつも死んじゃいねえよ」


逃れるのに必死だったので手加減はしていない。歯の一本ぐらいは折れてるかもな、とユーリが言うとレイヴンが引き攣った笑いを浮かべた。



結局、体調の優れないユーリはレイヴンを残して宿の部屋へと早々に引き上げ、シャワーも浴びずに ベッドに身体を投げ出した。

肉体的にも、精神的にも疲労している。眠気はあっという間に襲って来た。


どちらにしても、一度下町の部屋には戻らなくてはならない。まさかフレンがいる事はないだろうと思いつつも、酷く憂鬱な気分のままユーリは瞳を閉じたのだった。




ーーーーー
続く
▼追記

お知らせ・拍手文更新

しました。

よろしければぽちぽちついでに続きをどうぞ!

このお知らせは、8月末で削除したいと思います。更新履歴はトップページのInformationより確認いただけます。

SWEET&BITTER LIFE・7(拍手文)





ひとしきり笑った後、ユーリはズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、トレーを避けてテーブルに少し乗り出した。

まだ余韻が残ってるのか、口元をニヤけさせながら携帯を持つ手をふらふらさせている。
笑いすぎて薄く涙の張った瞳で僕を見上げるようにしているユーリを見て、可愛い、と思ってしまう。

普段はどちらかと言えば『美人』と言ったほうがいいような気がするぐらい、ユーリは整った顔立ちをしている。本人は嫌がるけど、そう思ってるのは絶対に僕だけじゃない。
カフェでユーリの噂をしていた女の子達も、そんな事を言っていた。

でも、今日ここへ僕を誘った時と言い今と言い、ユーリはたまにとても子供っぽい表情をする。それがとても可愛くて、同時に胸を締め付けられるような…そんな感覚に陥る。
…あの女の子達は、ユーリがこんな表情もするという事を知ってるんだろうか。
できれば知って欲しくない。
親しい人にだけ向けられる筈の表情。
きっと、そうに違いない。僕が勝手に思っただけだけど、どこか確信めいたものを感じている。

もっと親しくなりたい。
そうすれば、僕は…

「おーいフレン、どうしたあ?」


ユーリが僕の顔の前で掌をひらひらとさせている。
どうせまた、僕があさってのほうに行ってると思ってるんだろうな。

「どうもしないよ」

「嘘つけよ、またボケっとしやがって。おまえ、そのトリップ癖どうにかしたほうがいいんじゃねえの?」

ほら、やっぱり。
でも違うんだ。君といる時だけなんだよ、こんなにも思考がまとまらなくなってしまうのは。

「癖なんかじゃないよ」

「そうかあ?」

「…君は分からなくていい」

何なんだ、と言って怪訝そうにユーリが僕を見ている。変に思われたかもしれないけど、理由なんか言えない。言ったらもう…変、じゃ済まないだろう。

…君に惹かれてるから、なんて…言えない。今は、まだ。
僕だって、気付いたばかりなんだ。
本当の理由を…いつか言えたらいいと、思う。

「…またトリップ…」

「違うってば。ちゃんと君を見てるよ」

「は…はあ?」

ユーリがますます怪訝な顔で僕を見る。まずい、そろそろ話を戻さないと。

「ええと…番号、教えてくれるんだ?」

「だからさっきからケータイ出してんだろ。…全然見てねえじゃん。さっさとおまえのも出せよ」

「う、うん」

僕も鞄から携帯電話を取り出した。

「じゃあユーリ、番号教えてくれ。入力するから」

「通信したほうが早いんじゃねえの?」

「え?通信?」

「…おまえホントに雑誌記者か?」

ちょっと貸せ、と言って僕の携帯を奪い取ったユーリが、勝手に何か操作をしている。

「ち…ちょっと!何してるんだ!!」

「履歴見たりしてる訳じゃねえから心配すんな」

「別に見られて困る事は…って、そういう問題じゃ……!」

「ほら、準備出来たぜ」

ユーリから返された携帯を見ると、何だか見慣れない画面になっていた。

「…受信待ち?いや、まだアドレス知らな」

「おまえな…」

思い切り呆れた様子で、ユーリが携帯を持つ僕の手首を掴んでテーブルの上に下ろし、自分の携帯を持つ手をその前に置く。

「じゃ、送信開始、っと」

暫くすると僕の携帯の画面にユーリの携帯からデータが送信されて来る。画面から顔を上げると、すぐ近くにはユーリの前髪が揺れている。テーブルの真ん中に身体を乗り出して自分の携帯を見ているユーリは、またあの子供っぽい笑顔を浮かべていた。
掴まれたままの手首が熱い。

「ん?」

ユーリはテーブルに肘を突いたまま、上目遣いで僕を窺って…だから、そんな表情されたら落ち着かないんだって…!

「あ、あの…ユーリ、今のは」

「赤外線通信しただけだろ。知らなかったのか?」

「…ああ…なるほど」

機能としては知っていたけど、使ったことはなかった。仕事で話をする相手といきなりこうやって携帯同士を付き合わせる事もないし、交換した名刺を見ながら後で直接入力する場合が多かった。
だからもう、こんな機能があった事なんかすっかり忘れてた。

「なんだおまえ、もしかして機械とかダメな人?」

ニヤニヤしながらユーリが手と身体を離して座り直す。僕もテーブルから離れて、溜め息を吐いた。

「そんな事ないよ。普段使わないから、完全に忘れてただけだ」

「ふうん?ま、そういう事にしといてやるよ」

「あのね…」

勝ち誇ったように笑うユーリにむっとしつつ、番号を登録しながら僕は逆にユーリに聞いてみた。

「そういうユーリはどうなんだ。機械とか、得意なのか?」

「いや、別に」

「………」

あっさり言われて閉口する。

「どっちかって言うと、そんな得意じゃないかもな。まあ、こんなもんは必要最低限の機能さえ使えりゃいいんだよ」

「まあそうなんだろうけど。じゃあなんで僕にはそんな事を言うんだ」

「ん〜?何となく。おまえ、からかい甲斐があるっていうかさ」

「…『面白い奴』って?」

「そうそう。ま、最初に会った時は『変な奴』だったからな。それに比べりゃマシだろ?」

「普通、そういうのってあまり本人には言わないんじゃないかな…」

「何だよ、怒ったのか?」

「…別に」

マシになった。
僕自身、そう思ってるから怒ったりはしてないけど、面と向かって言われると何だか切ないのは何故だろう…。

「んだよ…ほんと冗談の通じねえ奴だな」

「ち、違う!怒った訳じゃないよ!」

「…ま、オレもこないだ教えてもらったばっかなんだけどな」

「は?な、何が?」

「さっきの通信。オレも使った事なくてさ。つか、そういう機能そのものを知らなかった」

そういう意味じゃおまえ以下だな、なんて言いながら笑うユーリには、少しも悪びれたところがない。結構、酷いこと言ってないか?
…別にいいけど。

「じゃあ、教えてもらってからは僕が初めての通信相手なんだ?何だか嬉しいな」

「…やっぱ変な奴だよ、おまえは」

テーブルの端に寄せていたトレーを戻し、ユーリはまたケーキを食べ始めた。いつの間にかケーキは既に残り1/3程になっている。

…甘党の域、越えてないか?ユーリも変わってるんじゃ、なんて言ったら何を言われるか分からないから言わない。
確実に機嫌も損ねるだろうし、ケーキを食べるユーリの姿をこうやって見ているのは楽しいから、いいけど。

これが他の誰かだったら、見てるだけで胸やけして食欲なんか失くなってるところだ。

僕の視線に気付いたのか、ふとユーリが手を止めた。

「何だよ、ジロジロ見んな」

「いや、嬉しそうに食べるなあ、と思って」

「………」

「見てる僕まで何だか幸せな気分になってくるよ」

「どいつもこいつも…」

「ん、何?」

照れたんだろうか、僅かに頬を膨らませるとユーリは残りのケーキを凄い勢いで平らげていく。

「…エステルにも毎回言われる」

唐突に言われて、一瞬思考が止まる。

「ユーリは甘いものを食べてる時が一番幸せそうです〜ってさ、いっつも言われんだよ。自分じゃどんな顔してんだか分かんねえし、なんかヤなんだよなあ」

「…そう」

「なあ、そんなにオレ、ニヤけてんの?」

「いや、ニヤけてるとかそういうんじゃないんだけど」

「じゃあどんなんだよ」

「何て言うか…全身から幸せオーラが出てるとでも言えばいいのかな。満ち足りた感じというか」

「げ…」

何とも言えない表情でフォークを置いて、ユーリは僕から顔を逸らした。何やらぶつぶつ言ってるけど、よく聞こえない。
どうしたんだろう?

「ユーリ?」

「おまえにまで言われるんなら、そうなんだろうなあ…」

「…どういうこと?」

「さっきおまえが言った事も、やっぱりエステルに言われた」

「…………」

「しかもさあ、毎回だぜ。来る度に言われるから、もうスルーしてたんだけどな。あいつ、ちょっと天然だし」

「…へえ」

「だけど初めてのおまえにもそう見えるんだろ?…やっぱこれからは一人で来るかな…」

いやでもさすがにそれは、とか何とか言っているユーリをよそに、それこそ僕は全く違う事を考えていた。

毎回、いつも。
そんなに頻繁に、あの子とこういう所に来てるんだろうか。今日はたまたま彼女に用事があったみたいだけど、休日の度に彼女を誘ってたのか?
そういえば、いつもはユーリとエステルさんで半分ずつケーキを取って来る、って言ってたな。冷静に考えて、結構恥ずかしいって言うか…余程仲が良くないと出来ない行動じゃないか?
現に僕は、それに付き合う勇気がなかった。

唐突に、昨日の女の子達の会話が思い出される。
どうしてその事が気になるのか、もう何となく分かっていた。
だから、聞かずにいられなかったんだ。
関係ない、と言われるよりも、知らないでいるほうが嫌だった。


「ユーリ、あの子と付き合ってるのか?」


顔をこちらに向け、驚いたように目を見開くユーリを見つめて、更に聞く。

「エステルさんが、君の彼女?」

「は…はあ!?何でそうなるんだよ」

「だって、しょっちゅう二人でこういう所に来てるんだろう?デート以外の何ものでもないじゃないか。店でも随分親しげだし、ただの従業員に対する態度には見えなかったな」

「…何言ってんだ、馬鹿じゃねえの。大体おまえ、店に来たのなんてほんの何回かじゃねえか。そんなとこ見てたのか?意外だな」

「意外?」

僕の言葉には答えずにユーリが続ける。

「確かにあいつにはこういう場所に来るのに『付き合って』もらってたけどな、別に彼女とか、そういう意味で付き合ってる訳じゃねえよ」

「本当に?」

「おまえに嘘つく理由なんかねえだろ。なんでそんな事気にすんだ」

「…昨日…そういう話を聞いたからかな。何となく、だよ」

ユーリは何事か考えていたけど、次に言われた言葉に、今度こそ僕は固まってしまった。


「…おまえ、まさかエステルに気があるのか」


「…………」

「フレン?」

「な…」

「おい、ちょっと」

「何でそうなるんだ!!!」


テーブルに両手を叩き付けて思わず立ち上がってしまった僕は、ユーリだけじゃなく周り中からこれでもかという程凝視されて、大慌てで椅子に座り直して縮こまるばかりだった。


「…何やってんだ、おまえ…」

ユーリは呆れ顔だ。

「ご、ごめん。あまりに予想外の事だったから」

「で、どうなんだ」

「…何が」

「エステルの事、気になんのか?」

「違うって言ってるだろ!?大体、聞いてたのは僕のほうじゃないか!!」

気になるのは確かなんだけど、意味が違う。僕が彼女に対して、何か思うところがあるわけじゃないんだ。

「気になるんなら紹介してやらないでもないぜ」

「いい加減にしてくれないかな…」

「わかったわかった!ま、紹介するにしても一足遅かったな。あいつ、最近彼氏が出来たんだよ」

「知ってて僕をからかってたのか!?」


ああそうだよ、なんて言ってユーリは笑ってるけど、とんでもない勘違いをされるところだ。
でも、あの子に彼氏がいると言うなら、別にユーリとは何でもない、ってことなのかな。…気にする方向が何だか違うような気もするけど、それはもういい。

「彼女が今日、休みなのって…」

「ん〜…ま、色々あんだよ、あいつにも。何にしても、これからはここに付き合わすわけにもいかなくなっちまったよな。誰かさんみたく『デート』だなんて勘違いする奴がいるかもしれねえしなあ?」

「勘違いって言うか、そう見えるだろ、ってだけだよ」

「同じだよ。マジで次からどうすっかなあ…」


すっかり食べ尽くされたトレーの上で、ユーリはくるくると器用にフォークを玩んでいる。その細く長い指を眺めつつ、僕はごく自然に、ある提案を口にしていた。


「これからは、僕が付き合ってあげるよ」

「…は?」

「さすがに一人じゃ来たくないんだろう?」

「いや、でも」



休みが合わないとか野郎同士でとか、今更な事をユーリが言うけど、もう決めた。
手帳を取り出してスケジュールの確認を始めた僕を、ユーリは黙って見ていた。



ーーーーー
続く

ただ一人のためだけに・8

続きです






フレンの出ていった部屋の中で、オレはヨーデルに促されるままソファーに座った。
ちなみにここは謁見の間の隣にある控え室みたいなもんだがそこらの高級宿なんかよりよっぽど広く、設えも上等だ。
城の中だし主に貴族の連中が使うんだから当然なんだろうが、どうにも慣れないな、こういうのは。
…ま、今さらだけどさ。

ヨーデルは立ったまま、窓辺から外を眺めている。
…あ、溜め息なんか吐きやがって…ったく、わざとらしいんだよ。


「話があんならさっさとしてくれよ、あまり長くなるとフレンに感づかれるぜ」

ヨーデルがゆっくりとこちらを振り返った。

「そうですね……」

そうしてヨーデルが話し始めた内容に、正直オレは驚きを通り越してうんざりすることとなった。




世の中から魔導器が消え、ヨーデルが皇帝になり、フレンが騎士団長になった。

当時の状況だとか事情を知ってる奴は数少ないが、いずれも組織のトップを張る奴ばかりだ。星蝕み問題解決後の混乱が最小限に抑えられたのも、こいつらのおかげだと思ってる。

オレ?何もしてねえよ。オレの言う事なんか誰も信じねえって。
ギルドとして、出来る事を地道にやるしかない。なんだか最近、なんでも屋みたいになってる気もするが…まだ仕事を選べる状況でもないしな。

だからってわけじゃないが、オレは以前にもこの城で住み込みの仕事をした。

最終的にちょっとした騒動になって、それがほぼ片付いたところまではオレ自身も関わってる。だがその後の事は何も知らない。特に何か問題があったようにも聞かないが…あったとしても言わないかもな、フレンなら。

で、その後何だかんだあってフレンと会わなかったせいでオレは今こんな事をさせられてるんだが、その間のフレンの様子を聞いて不安になった事が幾つもある。

そしてどうやら、そのうちの一つが今、現実に面倒を引き起こしているらしい。



「……つまり、フレンの作ったテキトーな書類に手間掛けさせられた連中が、新法案成立の反対派になってる、と」

「その通りです」

「自業自得じゃねえの?」

「半分はあなたのせいなのでは?」

「何でだよ!?言っとくけどな、こ…恋人、なのに放ったらかしたのが悪いとか、いい加減理由にすんのやめてくれ!!」

世の中には、逢いたくたって逢えない状況の奴らだっている。それに、それほど深刻な状況じゃなくても頻繁に逢うことの出来ない場合だってあるだろう。
そういう奴らが皆、腑抜けて全く仕事が出来ないとか、そんな訳あるかってんだ。
…多少の支障は出るかも知れないが。

でもそんなのは本人の問題だ。フレンもそれなりにヨーデルからは何か言われたんだろうが、これ以上オレがフレンのミスの尻拭いをしてやる必要なんかないだろ?

充分有り得ねえ事を引き受けてやってんだ、それこそ政治の話なんか知ったこっちゃない。それをどうにかするのがフレンの仕事だし、さすがにそんな事はあいつだって分かってる筈だ。
オレだって、ギルドのゴタゴタをフレンに解決させようなんて思わない。

…荷は重いかもしれないが、それがフレンの選んだ道なんだからな。


オレの話にヨーデルはいちいち頷いていたが、少しだけ表情を引き締めて話を再開した。


「何も、フレンの仕事を直接手伝って頂く必要はありませんよ。あなたがフレンの傍にいてくれるだけでいいんです」

「…どういう事だ」

「私もまだまだ若輩者です。全ての反対派を押さえられるわけではありません」

「あんたは全面的にフレンの味方なのか?…それもどうなんだ、って感じだけどな」

「個人的な感情だけで動いている訳ではありませんよ。ただ、フレンのやっている事は間違っていない、と思うだけです」

「…ふうん?」


フレンが騎士団に残ったのは、法を正して世の中の理不尽を無くす為だ。フレンが何か間違ってるとはオレも思ってないが…

「反対派の連中の動きと、オレがここにいる事とどれだけの関わりがあるんだ?」

前回はまだ、オレは一応騎士として仕事をしていた。だからある程度自由に動くこともできたし、そもそもフレンの知り合いという触れ込みだったからオレがフレンと一緒にいても不自然ではない。

が、今回は違う。
部屋の外に出る事もあるし、特に人目につくなと言われている訳でもないが、基本的にはフレンの部屋での仕事しかない。唯一制限があるとすれば、勤務時間外にフレンの部屋への出入りを見付かるな、という事だった。…さすがに部屋に泊まり込んでるのを知られたらマズい、って事か?

今までフレンの、っていうか部屋の世話を担当していた使用人連中がどういう説明を受けてるんだか知らないが、そいつらが部屋に来る事もない。
よくよく考えると、ほんとこいつ、オレに何させたいんだ?

ああもう…マジで面倒臭い。

「いい加減、要点言えよ。ぐだぐだ余計な話ししてっと、肝心なところ聞き逃すかもしれねえぞ」

「…つまりですね、あなたがいれば、フレンは本来以上の力を発揮してくれるのです」

「……………は?」

「あなたがいない間、それはもう酷い状態で」

「しつっけえな!!それに何だよオレがいない間って!!オレは別にここに住んでる訳じゃねえぞ!?」

「いっそ住んでみませんか」

「断る!!さっさと続きを話せ!!」

「今回、どうしても通したい法案がいくつかあります。議決の為の審議と投票が行われるのが、あなたへの依頼の最終日です。それまであなたにはフレンの傍にいて欲しいのです」

「…具体的な理由は」

「フレンに頑張ってもらう為…怖い顔をしないで下さい、本当の事なんですから。」

思い切り睨みつけてやっても、ヨーデルは笑顔を崩さない。こいつなら、反対派の貴族とも充分やり合う事ができそうなもんだ。
まあ、こいつ一人で何でもかんでも勝手にやったらそれは独裁になっちまうが。

「反対派は、フレンが『何故』かミスばかりするようになった隙を突くつもりのようです。この機に乗じて法案を否決に持ち込み、代わりに自分達の希望を通したいのですよ」

「だからってなあ、今回はともかく毎回こんなんじゃあんただって困るだろ?しっかりしろって言ってやってくれよ」

そりゃ、契約期間中はちゃんとここにいてやるが、そもそも部屋で寝泊まりする必要ないだろ、って事をオレは言いたいんだ。

「それは勿論ですが。…フレンが『何故か』立ち直ったので、反対派の方々は随分と焦っているようです」

「…………へえ」

「どこやらのならず者を雇ったとか、雇わないとか。そういった話を耳にしましたので」

「あのなあ……」

「ご理解頂けましたか?」


にっこりと爽やかな笑みの裏で何を考えているのかわからないヨーデルに、とりあえず一言だけ言ってやった。


「護衛が欲しけりゃ普通に依頼しろ!!」



…全く。
フレンといいヨーデルといい、どうしてこう、ついでにあれこれ解決しようとするんだ。しかもオレを使って。
出入りを見られるなってのはフレンが使用人を部屋に連れ込んでるとか噂が立たないようにってのもあるだろうが、こういう事か。

どう、って、オレがいるのがバレたら警戒するだろ、『ならず者』とやらが。
普通は警戒させて襲撃を未然に防ぐもんだが、こいつらの場合『わざと襲撃させて捕まえて一網打尽』を狙ってるからタチが悪い。

最初から言わないのは、実際どうなるかわからない時点で先に計画立てるからだな。相手が動いて初めて事情を知らされるほうの身にもなれっての。

読みが外れて何もなけりゃなかったで……どうする気なんだろう。まさかまた、何か理由付けて呼ばれるのか?

…それは嫌だ。

今回も目星は付いてるみたいだし、だったら依頼期間中は仕方ない、護衛って事でフレンの部屋にいるしかないのか……。
襲ってこない、というのは少し考えにくい。目的の日がはっきりしてるからな。それまでに何か動きがある可能性は高い。

それにしても……

「なあ、これってフレンには黙っておくのか?」

自分で言うのも何だが、あいつはオレに危害が及ぶのを嫌う。
…の割に無茶な依頼しやがるが…

今回の事も、ちゃんと話したほうがいいんじゃないか。そうすればあいつも普段から警戒できる。一人の時に襲われる可能性なら、部屋よりむしろ外のほうが高い。
オレは保険みたいなもんだ。

「…話したほうがいいと思いますか?」

「別に問題ないと思うけど?」

「自分のふがいなさが問題を引き起こして、今またあなたを巻き込んでいる、と説明するんですか?」

「勝手に巻き込んだのはそっちだろ!?遊んでんのかてめえ!!」

「そんな、まさか。うまく説明出来そうでしたら、その辺りはお任せしますよ」

ヨーデルは、話を合わせるぐらいはする、と言う。
…何だ、この緊張感のなさは。まだ何か裏があんのか。
だがヨーデルは『話は以上だ』と言って、フレンを一旦部屋に呼び戻した。


「ああフレン、すみませんでした」

「いえ…」

フレンはちらりとオレを見た後、ヨーデルに向き直ると姿勢を正して次の言葉を待っている。


「ユーリさんですが、これまで通りフレンの部屋で寝食を共にして頂けるそうですよ」

「何だその言い方!?…だいたい、はっきり返事した覚えもないんだけど?」

「よろしいんでしょう?」

「…ユーリ」

フレンの視線には、何故オレの気が変わったのかを訝しむものが含まれている。…適当な理由でごまかせる感じじゃないんだが。

「……まあとりあえずは。あと三日間だけだからな」

「そういう事ですので。良かったですね、フレン」

「は…はあ。ありがとうございます」

「では、お話はこれで。二人共、仕事に戻って頂けますか?」

「わかりました」

「……はいよ」

立ち上がったオレがフレンの後に付いて部屋を出ようとした時、背後からヨーデルに声を掛けられオレ達は揃って振り返った。

「ユーリさん」

「何だよ?」

「よろしくお願い致します」

「…分かってるよ」

フレンが黙ってこちらを見ている。そのフレンにもヨーデルは笑顔を向けた。

「フレン」

「何でしょうか、陛下」

フレンの返しにすぐには答えずにこにこしているヨーデルに、フレンがもう一度おずおずと尋ねる。

「あの…陛下?何か私に」

「フレン」

「は、はい?」


「自重しなさい」


笑顔のままでそれだけ言うと、ヨーデルはお付きの騎士を従えてオレ達よりも先にさっさと戻って行ってしまった。その後ろ姿を見送るオレの隣で、フレンはまた固まっていた。





「ユーリ、陛下とどんな話をしたんだ」

フレンの部屋に戻るなり、オレは質問責めにあっていた。当然といえば当然だ。


「何故いきなり気が変わったんだ?何か交換条件でも」

「あのなあ、それを話したらおまえをわざわざ閉め出した意味、全くないだろ」

「…本当に、何か僕に言いたくない事があるのか」


「言いたくないっつーか…」

言いづらい、と言ったほうが合ってる気がする。
それに、オレ自身今ひとつ納得行かない部分もあって上手く説明できる自信がない。

フレンがまた、怒ってるんだか泣きそうなんだか分からない表情でじっとオレを見つめている。こいつはこんなにメンタルが弱かったか?

…オレのせいとか言われたら堪んねえんだけど。


「ユーリ」

「あ?何だよ」

「頼むから、事情を説明してくれ。君がいてくれるのは嬉しいけど、これじゃなんだか落ち着かない」

「オレは毎晩落ち着かない思いをしてるんだが」

「し…仕方ないだろ!すぐ傍に君がいるのに…!」

顔を赤くして視線を逸らす姿に、なんとも言えない気分になる。『いるのに』の続きを考えるとそれだけでまた溜め息が出そうだ。



「…分かったよ、話す。その代わり、おまえの精神的ダメージなんかは考慮しねえからな」

「は?精神的…?な、何の事?」

「聞けば分かる。聞きたいって言ったの、おまえだからな」



後から突っ込まれるのも面倒だし、絶対話したほうがお互い楽に決まってる。


……こいつも一回ぐらい、後から好き勝手言われる気分を味わえばいいんだよな。


ーーーーー
続く
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