【地獄の世界/第二回〔パラミタスクール〕】
(二)
「六道の第一は〔地獄〕です。」
私が言うと、
「熱湯の血の池地獄とか針の山地獄とか?」
と、阿椰が言った。
「そんなの想像の世界で、今の私たちの周りにはないでしょ?」 日霞は諭すような口調だった。
「となるとー、交通地獄とか受験地獄とか…?」
と言う阿椰に続いて、
「今は就職地獄とか何とか詐欺地獄とかもあるのかなぁ。」
と、薬師野も呟いた。
「そんなのなら沢山あるわね。
地震地獄、台風地獄、洪水地獄などの天災地獄がね。」
と、日霞が言った。
「仕事場や家庭でのセクハラ、パワハラ、いじめなんかもそうですよね。
初めて和泉が話しに入ってきた。
小さな声だった。
「そうよねー。
子どもたちが自殺に追い込まれるような〔いじめ〕なんて、完全に暴行とか恐喝とかという犯罪で、いじめられている子どもにとっては、毎日が地獄でしょうからね。」
和泉の言葉に日霞が応じた。
「そう考えると、私たちの住んでいる今の日本って、まるで地獄の世界だね!」
と、阿椰が言った。
私は話の軌道を修正すべく口を挟んだ。
「みなさんがお話になっている〔地獄〕は、全て環境や条件といった外部的な事柄ですよね。
勿論、それらの外部的な条件に対しては、行政的に、法律的に、或いは社会的に解決していかねばならない事柄なんですが、いま私たちがこの〔パラミタスクール〕で話し合っていく問題はそこではないんですね。」
四人は、腕を組んだり空(くう)を見たり、目を畳に落としたりし、しばらく沈黙が続いた。
「私たちが解決する地獄って、何処にあるの?」
阿椰が口を切って訊いた。
「私たちはこの〔パラミタスクール〕において、自分をパーラミターの状態にし、○○菩薩への道を歩むべく、そのための勉強をしているんですから、その視点で考えれば…、」
「そうか、わたしの心の中なんだ!」
阿椰が私の言葉を遮るように、やや強い言葉を発した。
「そうかぁ、地獄は私の心の中にあるのかぁ。」
薬師野はいつもの口調だった。
「わたし…、」
和泉が小さなこえで話し始めたが、その内容は阿椰さえ口を挟むことの出来ないほどに鋭く本質に迫るものだった。
(つづく)
【今の生き方の勉強/第二回〔パラミタスクール〕】
(一)
季節は秋めいてきていた。
第二回目の〔パラミタスクール〕が始まった。
今回は、前回に参加された阿椰(あや)と薬師野(やくしの)、日霞(あさか)の三人に加え、和泉(いずみ)が参加した。
再会した阿椰と日霞が手を取り合って飛び跳ね、薬師野はそれを嬉しそうに眺めていた。
そういう行事や簡単な挨拶を終えた後、
「好い季節になりましたね」
と、私は言って、本堂の外に広がる庭に目をやった。
夏のような湿気の多い風ではなく、爽やかな秋の風が障子を開けっ放した本堂に流れていた。
私は話を続けた。
「今回から和泉さんが参加されますので」
と言って、和泉の方へ手を伸ばした。
「和泉と言います。
よろしくお願いします。」
頭を下げた和泉に、阿椰、薬師野、日霞の三人はそれぞれに名前を告げた。
「この先生ね、全く叱らないからね、思ったこと、何でもしゃべっていいからね。
疑問や感想など、その場で口にしていいよ。」
阿椰が和泉に向かって笑いかけた。
「先生!
今回の勉強の内容は何ですか?」
と、日霞が阿椰の話には乗らずに、真面目な顔で言った。
「今回は、まず、六道について勉強しようと考えています。
勿論、話は脱線していくでしょうが…。
ね、阿椰さん!」
私が言うと、阿椰はペロリと舌を出し、それを観ていた和泉がクスクスと笑った。
「六道って、六道輪廻の六道ですよね。」
と、薬師野が訊ねたので、私は軽く頷いてから言葉を繋いだ。
「六道と言っても、死後の世界とか、次の世で何に生まれ変わるのかといった神秘的な空想の話ではなく、私たちがパーラミターによって菩薩になっていくための現実の中での生き方について語り合おうということで、六道について勉強しようと考えているんですよ。」
「死後の世界でなく、今の生き方の勉強なんですね。」
と、日霞が安堵の声を出した。
「では、まず、六道の六つを頭に入れておきましょう。」
そう言って、私はボードに〔地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天〕と記したのである。
(二)
(つづく)
【あらゆる場面で、心を分散しないで/〔パラミタスクール〕】
(十七)
「さて、、二日間にわたって勉強してきました第一回目の〔パラミタスクール〕も、いよいよ終わりが近づいて来ました。
最後に、二日間の感想やこれからの抱負のようなものをお話頂きましょうか。
まず、阿椰さんから。」
私はそう言って、促すように阿椰に向かって手を伸ばした。
「いっぱい勉強したので、何から話していいか判らないんだけど、わたし、家事をするにも、誰かに喜んでもらえるように、心を込めてすることが、自分の利己的な欲望から離れた菩薩のような生き方が出来るんだってことが解ったことかな。」
「それって大事よね。」
日霞が声を出した。
「あらゆる場面で、心を分散しないで、禅という視点を失わずに取り組むこと、そこが大事な生き方だということかな。」
と、薬師野も続いた。
「私は…、六波羅蜜のことについて教えて頂けたのが、とても勉強になりました。
中でも、布施の心と持戒の念を大切にして精進していこうと思います。」
と、日霞が言うと、
「書道菩薩に向ってね。」
と、阿椰が笑顔を向けた。
日霞も笑顔を返していた。
「薬師野さんは如何ですか?」
私は訊ねた。
「私は、夜の坐禅買いが良かったですねぇ。
次回も教えて戴けるんですよね?」
「そうよ、〔癒し〕の丸木舟と空の体感、してもらわなくっちゃーね。」
と、阿椰が言い、日霞と薬師野は、うんうんと首を盾に振った。
「それに、朝の散歩も楽しかったので、また、企画して下さいね。」
日霞が言うと、これまた同じように、阿椰と薬師野がうんうんと首を振った。
「では、今回の合宿を終わりましょう。
あなた方が熱心に論議してくれたので、とても良い〔パラミタスクール〕になりました。
此処の和尚に訊いて、また、なるべく早く計画しようと考えています。
勿論、みなさんが参加出来る日を決めますからね。
では、ありがとうございました。」
「ありがとうございました!」
三人の声が本堂に響き、〔パラミタスクール〕は閉会したのである。
【/〔パラミタスクール〕】
(十七)
「さて、、二日間にわたって勉強してきました第一回目の〔パラミタスクール〕も、いよいよ終わりが近づいて来ました。
最後に、二日間の感想やこれからの抱負のようなものをお話頂きましょうか。
まず、阿椰さんから。」
私はそう言って、促すように阿椰に向かって手を伸ばした。
「いっぱい勉強したので、何から話していいか判らないんだけど、わたし、家事をするにも、誰かに喜んでもらえるように、心を込めてすることが、自分の利己的な欲望から離れた菩薩のような生き方が出来るんだってことが解ったことかな。」
「それって大事よね。」
日霞が声を出した。
「あらゆる場面で、心を分散しないで、禅という視点を失わずに取り組むこと、そこが大事な生き方だということかな。」
と、薬師野も続いた。
「私は…、六波羅蜜のことについて教えて頂けたのが、とても勉強になりました。
中でも、布施の心と持戒の念を大切にして精進していこうと思います。」
と、日霞が言うと、
「書道菩薩に向ってね。」
と、阿椰が笑顔を向けた。
日霞も笑顔を返していた。
「薬師野さんは如何ですか?」
私は訊ねた。
「私は、夜の坐禅買いが良かったですねぇ。
次回も教えて戴けるんですよね?」
「そうよ、〔癒し〕の丸木舟と空の体感、してもらわなくっちゃーね。」
と、阿椰が言い、日霞と薬師野は、うんうんと首を盾に振った。
「それに、朝の散歩も楽しかったので、また、企画して下さいね。」
日霞が言うと、これまた同じように、阿椰と薬師野がうんうんと首を振った。
「では、今回の合宿を終わりましょう。
あなた方が熱心に論議してくれたので、とても良い〔パラミタスクール〕になりました。
此処の和尚に訊いて、また、なるべく早く計画しようと考えています。
勿論、みなさんが参加出来る日を決めますからね。
では、ありがとうございました。」
「ありがとうございました!」
三人の声が本堂に響き、〔パラミタスクール〕は閉会したのである。
【丸木舟を造るんだ!/〔パラミタスクール〕】
(十六)の4
「この〔兪〕ですが、この意味を知った時、私は衝撃的な感動を覚えたんですね。
色不異空の意味、私と気としての存在である空とが離れては存在しないという意味が、自分の体感的な経験とぴったり重なったんですよ。」
私が述べると、日霞が、
「ということは、〔兪〕という字が〔不異〕の意味を持っているということですね?」
と言った。
「この〔兪〕という字を見ても、空とか気とかのイメージは出て来ないんだけどなぁ。」
薬師野が小声で言った。
「そうなんですよ。
偶然、解字を見ていたら、それが見つかったんですよね。」
そう応えた私に阿椰が鋭い視線を送り、
「じらしていないで、早く、その意味を教えて下さいよ!」
と、強い口調で言った。
「この〔兪〕という字は、〔月〕の部分と、それ以外の部分とで構成されていて、〔月〕は、どちらかと言えば〔目〕という字を書くべきなんですね。」
「目に関係あるんですか?」
日霞が訊いた。
「いや、目の上下を尖らせて、何かを上から見ているように考えてみて下さい。」
私が言うと、3人は指で描いていたが、
「船だ!
公演にあるようなボートだよ!」
と、阿椰が叫んだ。
「なるほど。
真ん中の〔=〕のところが人が座るところで、周りはボートの形だ。」
と、薬師野が呟く。
「では、あとの部分は何を表しているんでしょうか?」
日霞が訊ねた。
「くを二つ重ねたようなところはオノやマサカリなどの取っ手を表し、あとの山型と横一で、刃の部分を表しているんですね。」
と、私は答えた。
「そうか、オノをふるって舟を作るという意味なんだ!」
阿椰が言った。
「丸太をくり抜いて、舟、つまり、丸木舟を造るんですよ。
この〔くり抜く〕というところが〔兪〕の意味になっているんですね。」
私は言った。
「くり抜かれた部分は確かに〔空〕だよなぁ。」
と、薬師野が言う。
「そこで、、癒し〕というのは、病巣部や心のしこりなどをくり抜いてラクにするという意味になったんですね。」
と、日霞が話した。
「私は、白隠禅師の軟酥の法を気功流に作り替えて、体の」前側を洗い流す気功をした後で、体の感覚を味わっていた時、体の前側がくり抜かれた空洞感になり、自分が丸木舟になったような感じになったんですね。
丸木舟を立てた形でね。」
私はそう話したあとで、この三人は気功は未経験で、この丸木舟という感覚は体感したことがないということに気がついた。
で、慌てて、こう付け加えたのだ。
「あとで、みんなで丸木舟になる体験をしてみましょうか。」
すると、三人は、お互いに顔を見合って目を輝かせ、阿椰が代表して、
「嬉しい!」
と叫んだのであった。