【4の上】
小学五年生の時であった。
僕の五段階の通知表の数字の横に、小さな「上」のハンコが押されるようになった。
僕は段階の世代で一クラスは50人もいた。
従って、成績が「4」であっても、5に近い4なのか、3に近い4なのかでは、かなりの差がある。
親父はそれが判らないと言って、担任に申し出たのだ。
親父は成績に厳しかった。
勿論それは彼の満足のためである。
我が息子の成績の満足の基準は「5」である。
クラスの中で5番以内に入っていることが満足の条件なのだ。
最低でも10番以内出なくては気が済まないのだ。
だから、息子が「4」をもらった場合でも、「5に近い4」ならば、まだ自分の心を抑えることが出来たのだ。
そのために親父は担任にバカげた要求を突きつけ、僕の通知表には「4上」という妙な数字が付けられるようになったのである。
【変人】
思えば僕の親父は変人だった。
周りの大人たちは、きっとそう見ていた二違いない。
頑固で理屈っぽく、融通が利かない男であった。
これが職人とか、そういう仕事の親方と言うのなら、まだ話はわかる。
だが彼は、肺結核の治療を終え、自宅療養のために家でごろごろしている、カミさんに食わしてもらっている男なのだ。
しかも、教員をしている妻の転任によって、その村に来ているだけの男である。
親父が玄関で誰かともめていた。
村の祭の代表の人が寄付か何かをもらいに来たのだ。
僕なら町内の組長さんがそうやって来たなら、はいはいと言って、それなりの寄付をする。
だが、親父はそうしなかった。
その村は、人口1,000人未満の小さな村だ。
村に続いている風習はそのまま続けていくものなのだ。
親父の主張はこうだったらしい。
村の祭りは神社の行事である。
つまり、宗教儀式だ。
日本は憲法によって思想信条の自由は保障されている。
私は神道を信仰してはいない。
従って、神社の行事に対する寄付は断る。
とまぁ、こんな感じなのだ。
村の人たちは、祭で神輿を担いで村中を練り歩き、子どもたちに菓子を配って廻る。
ただ、その資金を寄付してもらいたいだけで、別に神道がどうだとか、何処のお寺の檀家に入っているとかなどの話ではないのだ。
現に、その村にはお寺は一つしかなく、ほぼ全員が、その寺、臨済宗妙心寺派のお寺の檀家である。
全て昔から続いている村の行事なのだ。
この理屈っぽい親父のせいで、僕が形見の狭い思いをしていることなど親父には判ってはいなかったに違いないのだ。
【一人の女性】
僕には忘れられない女性(ひと)がいる。
彼女は既にこの世には居ない。
肺腺ガンで逝ってしまったのだ。
僕は彼女を救いたいと思いながら、真剣に救いたいと思いながら、勇気がなく、なり振りかまわずに治療することが出来ず、結局、救えなかったのだ。
勿論、全力を尽くしても救えなかったのかも知れないが、僕の中にあった照れに対して取り戻せないほどの後悔を持っている。
そして、僕が逝くと、僕は彼女の居るところへ行くんだろうなと思っている。
僕の夢の中には、よく彼女が出て来る。
そう、僕の奥さんだった女性だ。
三、四日に一度は見る夢の中で、僕たちはいつも何処かに出掛けている。
森の中を歩いたり、自転車に乗って出掛けたり、時々、はぐれて捜し廻ることはあるが、楽しい時間を過ごしている。
だから、多分だが、僕たちは来世も夫婦か兄弟か友人として一緒に歩くんだろうと思っている。
そう言えば、最後の入院中、「イチゴ食べる?」、「ジュンス飲む?」などの問いには頷いていたが、「次の世も一緒になる?」という問いには返事をしなかったなぁ。
彼女はさほど待ってはいないのかも知れないが、僕は必ず行くと思っている。
今のところはだが。
【一人の女性】
僕には忘れられない女性(ひと)がいる。
彼女は既にこの世には居ない。
肺腺ガンで逝ってしまったのだ。
僕は彼女を救いたいと思いながら、真剣に救いたいと思いながら、勇気がなく、なり振りかまわずに治療することが出来ず、結局、救えなかったのだ。
勿論、全力を尽くしても救えなかったのかも知れないが、僕の中にあった照れに対して取り戻せないほどの後悔を持っている。
そして、僕が逝くと、僕は彼女の居るところへ行くんだろうなと思う
僕の夢の中には、よく彼女が出て来る。
そう、僕の奥さんだった女性だ。
三、四日に一度は見る夢の中で、僕たちはいつも何処かに出掛けている。
森の中を歩いたり、自転車に乗って出掛けたり、時々、はぐれて捜し廻ることもあるけれど、楽しく話している。
だから、多分だが、僕たちは来世も夫婦か兄弟か友人として一緒に歩くんだろうと思っている。
そう言えば、最後の入院中、「イチゴ食べる?」、「ジュンス飲む?」などの問いには頷いていたが、「次の世も一緒になる?」という問いには返事をしなかったなぁ。
さほど待ってはいないのかも知れないが、僕は必ず行くと思っている。
今のところはだが。
【二人の女性】
僕には忘れられない女性(ひと)が二人いる。
二人共、既にこの世には居ない。
一人は肺ガンで、もう一人は乳ガンで逝ってしまった。
二人共、救いたいと思いながら、真剣に救いたいと思いながら、勇気がなく、なり振りかまわずに治療することが出来ず、結局、救えなかったのだ。
勿論、全力を尽くしても救えなかったのかも知れないが、僕の中にあった照れに対して取り戻せないほどの後悔を持っている。
そして、僕は、僕が逝ったら、そのうちのどちらの女性の方に心を向けて行くんだろうかと考えた。
僕の夢の中には、そのうちの一人しか出て来ない。
勿論、恵子ちゃんだ。
そう、僕の奥さんだった女性だ。
三、四日にに一度は見る夢の中で、僕たちはいつも何処かに出掛けている。
時々、はぐれて捜し廻ることもあるけれど。
もう一人の女性が誰かは、今は言えない、言わない。