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静観愚想/高野山・三

【静観愚想/高野山・三】

 八月十三日の高野山の奥の院の夜は異空間である。
 一の橋側と奥の院側からの参拝者たちによって十万本のろうそくの炎が二キロメートルに渡る木立の中の参道の両端に灯され、このよとあの世をつないでいくように、日常を越えた異次元の世界を作り出していく。
 奥の院までバスで行き、二キロメートルの参道を一の橋まで戻って来るルートでも良いし、その逆ルートでも構わないが、私は一の橋から奥の院に向かって歩いて行く道の方が好きだ。
 参道の左右の足下に灯された蝋燭の灯りが杉の木の林立する深い闇の中に浮かび上がり、それが延々と続いていく様は、滑走路の誘導灯に似て、弘法大師空海が私を迎えに来て、寂静の彼岸へ誘っていくようで、人の流れが途切れた時などに、ただ呆然と佇んでしまうのである。
 お盆に併せた火祭りや送り火の行事は沢山有り、それぞれに歴史もあって、郷土の風物になっているが、私は、高野山の幽玄な「ろうそく祭」が好きなのである。

静観愚想/高野山・二

【静観愚想/高野山・二】

 私が高野山に行く場合は、名古屋から近鉄特急にて難波まで行き、地下街を少し歩いて南海電車に乗り換え、極楽橋からケーブルカーで登って行くのだが、名古屋を始発の特急に乗ったとしても、高野山に着くのは昼過ぎになる。
 ケーブルの山頂駅からバスで千手橋まで行った後、軽く昼食を済ませてから、大師教会に足を向けるのを私は常としていた
 受戒を受けるためである。
 受戒堂は大師教会内の講堂の奥にある。
 受戒の申し込みをして講堂で俟っていると、名前が呼ばれ、堂の入り口で塗香を戴き、手を清めて中に入る。
 受戒を申し込んだ人全員が一同に会するのだが、十組以上の場合もあれば、私独りかもう一組の人たちがいる程度の場合もある。
 全員が堂内に入ると扉が閉ざされ、堂内は真っ暗になり、壇上の数本の蝋燭の炎の灯りが浮かび上がる。
 やがて、若い僧の唱える「南無大師遍昭金剛、南無大師遍昭金剛」の声に導かれて阿闍梨様が姿を現し、蝋燭の灯りの前に着座する。
 阿闍梨様の顔は見えない。
 皆既月食のように、、薄明かりの中に阿闍梨様の黒いシルエットだけが浮かび上がるのだ。
 そして、阿闍梨様の唱える言葉に続いて私たちも同じ言葉を繰り返す。
 「不殺生」、「不偸盗」…と十善業を唱えるのだ。
 そして、最後に一組ずつ、代表者が壇上に昇り、阿闍梨様から直接「菩薩戒を記したお札を戴く。
 その後、阿闍梨様からの法話がある。
 決まった言葉はないようで、フッ狂的な話もあれば、時候の話の場合もある。
 そして再び若い僧に先導されて退場される阿闍梨様を「南無大師遍昭金剛、南無大師遍昭金剛」と唱えながら見送るのだ。
 扉が開かれ、外に出た時、全ての悪業が払われ、清々しい菩薩に生まれ変わった自分になっている気がするのは私だけではなかろうと思う。
 高野山に行って、受戒を受けないで、何の高野山かという感じだ。
 私の高野山は、受戒と早朝散歩さえあれば満足なのである。

静観愚想/高野山・一

【静観愚想/高野山・一】

 夜明け前の高野山の大伽藍は、薄紫色の靄に覆われ、御影堂の軒下に吊り下げられている小さな燈籠の灯りが遠方を走る夜行列車の窓明かりに似て、その薄暗さを引き立てていた。
 私はこの早朝の時間帯の大伽藍が好きだ。

 高野山にある五十ほどの宿坊は、概ね奥の院寄りと大伽藍寄りの二手に分かれて存在しているが、私は大伽藍付近の宿坊に泊まることにしている。
 そして、早朝に宿を抜け出して、心を躍らせながら大伽藍に足を運ぶのだ。
 人影は殆どない。
 私は金堂の裏に廻り、根本大塔と御影堂の間の広い空間に立つ。
 目を閉じ、全身の毛穴をゆるめ、その場に凝縮された、それでいて膨大な広がりをみせる宇宙の気を体一杯に吸い入れる。
 採り入れられた気は私の体の中の悪しき者全てを溶かし、そのまま周りの空気の中に染み出ていく。
 全身での皮膚呼吸をする度に私の体への感覚は薄められていき、やがて、私の体丸ごとが透き通っていき、周りの青白い光と同化していく。
 私はこの全身での皮膚呼吸をするために高野山に出向いてきていると言っても過言ではないのである。

随筆家になろうと思う

【随筆家になる?】7月28日

 決めた!
 如何なる分野であれ、僕は小説家にはなれない。
 勿論、詩も俳句も短歌も書けない。
 でも、ものを書くのは好きだ。

 で、思ったのだ。
 プロの方には馬鹿にされるかも知れないけれど、随筆家(エッセイスト)にはなれるかも知れないと。

 随筆家になるには、気功の指導員と同じで、何の資格も要らない。

 勿論、プロになるつもりはないのだが、もう少し、書いている文章を文学的な言葉として紡いでいき、随筆らしいものにしていきたいと思うのだ。

 そうなると、、ロッテリアなどで書いているブログのように、その場での思いつきで文字を並べていき、一度読み直してから直ぐに投稿するなんて訳にはいかないだろう。

 本当なら、それ専用のブログを立ち上げなければならないのだが、アメーバブログに書いていく以外にはないので、タイトルに工夫を加えて、それが随筆だと判るようにしようと思っている。
 単独にそれだけを集めて書くとしたら、facebookの中に新しいグループを立ち上げて書いていくのが良いだろうと思う。

 気功以外に何も知らない僕ではあるが、癒しのスポットなどにはよく出掛けるので、その辺りから書き始めることになるだろう。

 随筆家(エッセイスト)としての和気信一郎を歩み出そうと思っている。
(今年いっぱい持つかどうかはわからないが…。)
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