恋せよオトコノコ・1

続きですが、内容は「オンナノコは大変です・2」の続きになります。





その言葉をとうとう口に出してしまい、フレンは自分で自分の言った事に頭を抱えたい気分だった。

湯気の立つカップを見つめ、自分の台詞を反芻する。

女の子のままがいい。

そうすれば――――


二、三回軽く頭を振って、肩越しにちらりとユーリの様子を窺った。ベッドに横たわり、頭からシーツを被って丸くなっているために表情などは見えない。 だが、先程感じた気配から、起きているのは確実だった。


(…聞かれた、かな…)


全くの無意識だった。だからこそそれは『本音』なのかもしれないが、一足飛びにそこまで考える自分に冷や汗が出る。


どうやら、自分はユーリを女性として好きらしい。しかしフレンは、いつからそれを意識していたのかをはっきりと思い出すことが出来なかった。

共に育った幼馴染みで、背中を預け合うことのできる親友。フレンにとって、ユーリはとても大切な存在だ。二十数年という長い年月の大半を一緒に過ごしたと言えるユーリだが、当然の如く『男性』であった彼を、そのような対象として意識した事はなかった筈だ。

それが、ユーリが女性になってもさほど違和感を感じることなく受け入れ、あろう事かはっきりと、恋愛対象として意識している自分がいる。
それを自覚し、仲間にまで図星を指された今となっては否定するつもりもないが、それならそれで手順を踏むべきなのではないか。
何かにつけ、最終的な結末ともいうべき二文字が頭をよぎるのは何故なのか。

自分がそうしたいから、というのは確かにあるが、ユーリはよくこう言う。

『たった一ヶ月やそこらで、そんなに意識が変わるものなのか』

…と。
これは何もフレンだけに言っている訳ではなく、ユーリに関わる人間、特にあからさまな態度の変化を見せた者全てに対して向けられたものだ。

その言葉やこれまでの態度から察するに、ユーリのほうの『意識』は変わってはいないのだろう。だが、本当に一ヶ月という間だけのことなのか、というのがフレン自身には分からないのだ。

これはきっかけに過ぎない。

もしかしたら、自分はずっとユーリの事が好きだったのではないか。
だから、積み重ねた年月があると思っているから、とりあえず世間体を気にする必要のなくなった途端にこんな事を考えるようになったのではないか。

つまり、『ユーリと結婚できたらいい』と。


(…だからって、どうすればいい?大体、ユーリのほうは…)


キッチンに突っ立ったまま、悶々とする思考の渦に呑まれそうになっていると、不意に背後の気配が動くのを感じた。

「…フレン?何やってんだ、そんなとこでいつまでも…」

身体を起こしたユーリが、怪訝そうに眉を寄せてフレンを見ている。
自分が一体どれ程の時間そうしていたのかわからないが、手にしたカップからは既に湯気は消え、生温い温度が僅かに触れる指先に伝わるだけだった。







「何やってたんだよおまえ、ほんとに」

「…ごめん、ちょっと考え事」


温めなおしたココアのカップを手渡し、苦笑混じりに言うフレンを、ユーリは相変わらず疑わしげな視線のままで見上げていた。

ベッドサイドに立ったまま、フレンはユーリのことを見下ろしている。カップに口を付けようとしたユーリだったが、すぐ隣でいつまでも立ったままのフレンの事が気にならない筈はない。

「…で、今は何やってんだ」

「どうしようかな、と思って」

「?…何だよ、帰れって言ったの気にしてんのか?突っ立ってるぐらいなら座れよ、落ち着かねえから」

別に帰ってもいいけどな、と言いながらユーリがカップに口を付けようとして一瞬躊躇し、ふうふうと息を吹きかけて湯気を掻き消している。

もっと近くで見たい、と思ったら、自然と体が動いていた。


「……なんでこっち座るんだよ」

「何となく?」

「狭いだろ、あっち座れ」

ユーリが顎で指す先には、普段話をする時に座る小さなテーブルと椅子がある。
ユーリは起き上がってベッドに腰掛けているが、フレンはその隣に座ったのだ。しかも、少しでも動いたら肩が触れてしまいそうなその距離にユーリは居心地悪そうに身じろぎ、縮こまるようにしながら両手でカップを持っている。

ちらちらとこちらを窺うようにするユーリを、フレンは不思議な気分で見つめていた。




(……落ち着かねえ……)


一方、ユーリはどことなく、フレンの態度が今までと違うような気がしていた。

体調を気遣っているから、というのもあるのだろうが、自分と違って妙に落ち着いているのが気になる。

ユーリが女性になってからというもの、フレンは時に異常とも思える程の過保護っぷりを発揮している。
その行動は本人が無意識の時は大胆で、大いにユーリを慌てさせた。
いきなりユーリを横抱きにして家まで連れ帰ったり、今日のように半ば押し倒すような格好で下半身(正確には腹部だが)に触れたりと、第三者から見れば一体何事かと思われるようなことも少なくない。

そうかと思えば妙なところは純情で、ユーリの胸元を正視することも出来ない様子だ。うっかり裸を見られでもした日には、そのあまりの狼狽ぶりにユーリのほうが思わず謝りたくなる。

実際、無防備だ何だと言われ続けているにも関わらずユーリもあまり生活態度を改めないせいもあるが、とにかくフレンが自分の事を過剰に『意識』しているのは分かっていた。


『ユーリとフレンは、お似合いのカップルになると思うんです』


ハルルでエステルに言われた言葉が脳裏に甦る。

(なにがカップルだよ……)

それは恋仲の者に対してのみ、当て嵌まる表現ではないのか。なると思う、という事は、今後自分とフレンがそういった関係になり得るとでも言いたいのだろうか。

「…冗談じゃねえぞ…」

思わず声に出してしまって、慌てて隣のフレンを見る。
その途端に視線はばっちりと合い、フレンがずっとこちらを見ていたことに気付いてユーリは息を呑んだ。


「どうしたんだい、ユーリ」

「…は…」

「甘さ、足りなかった?」

「あ…いや、大丈夫だ」

「そう?良かった」

優しい微笑みは、昔から変わらない。
……変わらない筈なのに、何かがやはり違って見えた。
居心地の悪さは頂点を極めている。フレンといると落ち着く事のほうが多かったのに、今ではそれがすっかり逆になっていた。


「…ユーリ、僕の顔に何か付いてる?」

困ったように笑うフレンに言われて初めて、ユーリは自分がフレンの顔を凝視していた事に気が付いた。何が違うのだろうかと思っていたら、そのままジロジロと見続けていたらしい。

何でもない、と言ってカップを口元に運ぼうとするユーリだったが、フレンの言葉に手が止まった。


「で、なにが『冗談じゃない』んだ?」


「…聞こえてたのかよ」

再びゆっくりと顔を上げるユーリに、フレンはやれやれといった感じでわざとらしく息を吐いた。

「そりゃあね。この距離で聞こえないほうがおかしいよ」

「だったら最初に言えよ。何聞こえないフリしてんだ」

「聞こえないフリなんかしてないよ。ココアが不味いんじゃなければ何なのかな、と思ってね」

嘘をつけ、と思いながらユーリはそのココアを一気に煽ったが、予想外の熱さに小さく声を上げる。俯くユーリをフレンが覗き込む。

「あ……っち!」

「ちょっ、何やってるんだ!熱いに決まってるだろう!?」

「うるせえな、もう冷めてると思ったんだよ!」

湯気は消えている。掌に伝わる温度もそれ程ではない。
だが厚手で大振りのカップにたっぷり入っていた中身はまだ充分な熱さで、飲み干す前に口を離したものの舌先を火傷したらしい。

「大丈夫?水、持って来ようか」

「あー…いや、いい。大丈夫だよ、こんぐらい」

小さく舌先を出してしきりに痛む箇所を気にするユーリだったが、やがて手にしたカップに視線を落として黙り込む。溜め息を吐いて、ボソボソと話を始めた。


「…ハルルに寄って、エステルとリタに会って来た」

「え?あ、ああ。知ってる」

ハルルにユーリを迎えに行くジュディスに、一緒に帰るかと誘われた。だが都合が合わなかったのでフレンは同行せず、ユーリに二日ほど遅れて帝都に戻って来た。その足で、そのままユーリの元を訪れたのだ。
その辺りの話をユーリは何も聞いていないらしい。
軽く説明すると、少し驚いたようにフレンに聞き返してきた。

「なんだ、それでオレの体調知ってたのか」

「…今まで何の疑問も持ってなかったのか?」

「下町の誰かから聞いたかとも思ったが、まあどうせどっかから耳に入れて来たんだろう、ぐらいにしか」

「誰かに言ったのか?その、体調悪いって」

「女将さんには言った」

世話になっている手前、言わない訳にはいかない、とユーリは言う。

「…まあそれで、リタとも話をしたんだけどな」

「どうだった?何か手掛かりは…」

「ない。今のところ、解決策は見つかってないみたいだった」

「…………」

何と言っていいのか分からずに言葉に詰まるフレンにユーリが笑顔を向ける。

「そんな顔すんなよ、大して気にしてねえから」

フレンはユーリに女性のままでいて欲しい。だが、それはフレンの勝手な願望で、ユーリ自身は男性に戻りたいと思っている筈だ。だからフレンは『手掛かりがない』ことに安堵し、同時に自己嫌悪に陥っていた。何も言うことが出来なかったのは、そのどちらをもごまかしてくれる都合のいい言葉が咄嗟には出て来なかったからに過ぎない。

決してユーリの心情を慮ってのことではなかっただけに笑顔を向けられてさすがに心苦しい思いをしていたフレンだったが、続くユーリの言葉に耳を疑った。


「…もう、このままでもいいと思ってさ」

「なんだって!?」

掴みかからんばかりに身を乗り出して来たフレンに若干身を引くようにしながらユーリは話を続けた。

「リタにはもっと、優先しなけりゃならない事がある。オレの事をあれこれ考えてる余裕なんかねえ筈だ。だから、もう原因を探ろうとしなくていい、って言って来た」

「な…ユーリはそれでいいのか?リタは何て言ってるんだ」

「おまえと同じ事言われたよ、それでいいのか、ってな」

はあ、と一息ついてココアを啜る。僅かに表情が渋くなるのは、もう熱くはない筈だが火傷した舌先には染みるのか、それとも話の内容に依るものか。

「さっきも言ったが、リタには精霊魔術の研究やら新しい動力の開発やら、やる事がたくさんある。研究者は一人じゃないにしても、中心になるのはリタなんだ。おまえだって、とりあえず治癒術くらいは何とかしてもらわなけりゃ困るだろ」

「それはそうだけど、」

「それに」

フレンの言葉に被せるように、ユーリが語調を強くした。

「とりあえず何の問題もないってハッキリしちまったからな、誰かさんのおかげで」

「…どういう意味?」

「健康なんだろ、オレ。体調が悪いったって、これは女なんだから仕方ねえんだし。リタも言ってたよ、ある意味何の問題もない、ってさ」

「ある意味って、何のことなんだ」

「その…ちゃんと生理が来てる事が、らしいけどな」

言いにくそうに目を逸らすユーリの姿に、フレンはジュディスに言われた事を思い出す。


「…その気になれば、子供も作れる、か…」


隣に座るユーリが明らかに身体を強張らせるのが伝わった。これでもかと言うほど大きく見開かれた瞳がフレンを見据えている。

「その気って…おまえ…」

「生理っていうのは、妊娠の為の準備なわけだから」

「あ、まあ、そうなんだろうけど」

「…いつか、ユーリにも子供が出来たりするのかな」

「は!!!?」

ユーリがまだ飲みかけのカップを取り落とし、床にココアが散る。更に立ち上がったユーリの足に蹴られたカップが鈍い音と共に床を転がり、反対側の壁に当たって止まった。

フレンがユーリの右腕を掴んでいた。

「ちょ…!!」


激しく動揺するユーリに何故か胸が騒ぐ。
ユーリを見上げるフレンにも、自分が何をしたいのか分からなかった。



ーーーーー
続く
▼追記

光射す庭・5

続きです。







丘を渡る風に吹かれながら、ユーリは『外』の景色に目を細めている。フレンはそんなユーリの横顔を見つめ、風に揺れる髪を眺めていた。


「…で、何処に案内してくれんの?」


顔を上げたユーリがフレンに尋ねた。
フレンはユーリをずっと見ていたのだが、いきなり話を振られて少々面食らってしまい、思わず『え、何が』と聞き返した。するとユーリがむっとしたように頬を膨らませて一歩フレンに歩み寄り、腕を組んでフレンを睨みつけた。
…だが、その頬は赤い。


「オレに下町を案内してくれるんだろ?そのために捜してた、って言ったじゃねえか」

「え?」

「違うのかよ!?」

「あ、ううん。もちろん、喜んで案内するよ!…ユーリ、なんで怒ってるの?何だか顔も赤いけど…」

「別に怒ってねえよ!」

でも、と不安げに眉を下げるフレンからユーリは視線を外し、そしてぼそぼそと呟くように言う。

「…あんまり、じっと見んなよな」

「…ん?どういうこと?」

「だからぁ、おまえ何かってーと真っ正面から人の顔ジロジロ見るけどさ、それをやめろ、って言ってんの」

不思議に思ってユーリを見ると、『ほら、それ』と言ってまたしてもユーリはそっぽを向いてしまった。

怒っているわけではなさそうだ。だがやはり少し顔が赤い。照れているのかな、とは思ったが、それが何に対してなのかがよくわからなかった。

「僕、人と話す時にはちゃんと目を見て話しなさい、って教わったんだ。だからそうしてるんだけど…ユーリ、何か気に入らない…?」

「…オレは、あんまりそういうのに慣れてない」

「どうして?」

「…………」

答えたくないのか、今度は本当に不機嫌な様子だ。
どうも、ユーリにはよくわからない部分がある。
しかしそれを知るにはまだ、お互い知り合ってから日も浅い。第一、フレンも自分の事を全てユーリに語り聞かせた訳でもない。

人見知りだと言っていたから、そういう事なのだろうか。

そう思っても、やはりフレンは誰かと話す際に相手の顔を見ずに、というのに抵抗がある。それでは互いの表情もわからないし、相手を無視して一方的に会話を進めてしまう事もあるかもしれない。

それに何より、フレンはユーリともっと仲良くなりたいと思っている。そんな相手だからますます見てしまうのかもしれないが、自分の視線が不快だと言うならそれも考えなくてはならない。ユーリにそのような思いをさせたい訳ではないのだ。

だから、思い切って聞いてみる事にした。


「…ユーリ、僕に見られるの、嫌?見られてると話しづらい?」

こちらを向いたユーリが困惑しているのが伝わって来る。
今の自分はやはりユーリを真正面から見ているのだが、今度はユーリも視線を外さなかった。

「…嫌って訳じゃ、ない。さっきも言ったろ?慣れてねえんだよ」

「だったらこれから慣れていけばいいと思うよ。そのほうが、絶対いい」

「そうか?何で?」

首を傾げる姿にフレンは思わず笑みを零す。

「だって、お互いの顔がよくわかったほうが話してて楽しいじゃないか」

「う…ん?」

「僕、ユーリの笑ってる顔、好きだよ」

「はあ。…ありがと」

「だから、ちゃんとユーリの顔を見て話したいな。ユーリは笑うととっても可愛いから」


自然に出た言葉だった。

しかし、ユーリはみるみる表情を曇らせ、フレンにまた一歩詰め寄ると今度は明らかに怒りを滲ませた声で、それこそ真正面からフレンの目を見据えて言った。

「今、何つった」

「え?」

更に近付いたユーリが腰に手を当てて身を屈め、見上げるようにしてフレンを窺う。視線は鋭く、フレンは何が何だか分からず逆に一歩引いてしまう。今度は確実に怒っているようだが、一体何が彼の逆鱗に触れたのか。

「今、何て言ったのか、って聞いてんだよ」

「え…えっと、僕はちゃんと、ユーリの目を見て話したいな、って」

「その後だよ!」

「…ユーリは、笑うと…」


そこまで言って、漸くフレンもユーリの怒りの理由を理解した。

出逢いの時も、一瞬ユーリを女の子だと思った。
性別は既に聞いていたが信じられなくて、本人に聞いてみようとして…さすがにやめた。もし自分が女の子に間違われたら嫌だな、と思ったからだ。

話をしてみれば確かにユーリは男の子だったが、その笑顔は素直に可愛いと思う。
だがやはり『可愛い』という形容詞はどちらかと言えば女の子に対して使われることが多い筈で、これまた自分が言われたら、と考えたら複雑だった。

なので、ユーリの気持ちは理解出来た、のだが。


「ユーリ、もしかして…僕が『可愛い』って言ったから、怒ってる?」

「当たり前だろ!そんな事言われたって嬉しくねえよ!」

「でも…本当に可愛いと思うよ」

「はあ!?まだ言うのかよ!!」

「だって…」

怒っているのが分かっても、では他にどう言えばいいのか分からない。フレンも大人から可愛いと言われる事はあったが、ここまで怒るものではない。

すると、オロオロとするフレンにくるりと背を向け、ユーリは下町のほうに向かって一人で勝手に歩き出してしまった。
慌ててフレンがその後を追う。

「ま、待ってよ!ごめん、そんなに嫌ならもう言わないから!!」

「うるさい!言わなくたって思ってんだろ!」

「そんなの仕方ないよ!だってほんとに可愛いと」

「また言った!!」

「ご、ごめ…あ、ユーリ待って!!」


何やら言い争うようにしながら下町に戻って来た二人を、大人達は暖かい眼差しで見守っていた。
戦争と重税で疲弊した生活の中で、子供達の元気な姿というのは町に明るさをもたらす数少ない要因だ。

それが、普段から年齢の割に大人に対して遠慮をする事を覚えてしまったフレンであれば尚更だった。フレンの『子供らしい』振る舞いを久し振りに見た大人は頬を緩ませ、何やら必死な様子で言い訳らしきものをしているフレンの隣で唇を尖らせる仏頂面のユーリにも柔らかな視線を向けた。
雰囲気の全く違う二人だったが、良い友人になるだろう、と誰もが感じていた。


結局ユーリの機嫌は直らないまま、臍を曲げた彼が家に帰ると言い出したので、フレンは仕方なしにユーリを彼の家まで送ったのだった。
入り口の扉の前で『明日は必ず一緒に下町を案内する』という約束だけはなんとか取り付け、また迎えに来るというフレンにユーリは一瞬眉を寄せたかと思うと、じっとフレンの瞳を見た。

明るいところで見るユーリの瞳は薄紫の中で様々な光が反射して、何か、見たこともない宝石のようだと思った。同時に真っ直ぐな視線に何故か耐え難くなり、気が付けばフレンはユーリから視線を外していた。


「…何で目ぇ逸らすの」

「え…その」

「おまえが言ったんだろ、目を見て話せ、って」

「そう、だけど。ユーリ、何か話したい事があるの?」

「…まあいいや。明日なんだけどさ、案内は適当でいいぞ」

「な、何で?」

「今日、だいたい見て回ったし」


川に近付くなとか色々言われたけどなー、と言ってつまらなそうにするユーリに、フレンは今朝この家へユーリを迎えに来た時以上の切なさを感じていた。

「…僕、君を連れて行ってあげたい場所、たくさんあったんだけど…」

「ほんとは黙っとこうと思ったんだけどな、おまえ、何かやけに楽しそうだったし。でももう帰って来ちまったし、めんどくさくて」

「…めんど…。そ、そう…」

がっくりと肩を落とすフレンを見て、ユーリはにやにやと笑っている。どうやら機嫌は直ったらしかったが、今度はフレンが沈む番だった。
そんなフレンを暫く楽しげにユーリは見ていたが、フレンが『そろそろ帰る』と言うとそれを引き止めた。

「何?」

「案内は適当でいいよ、おまえがどうしても見せたい場所とかあるなら別だけど」

ユーリの言葉に、フレンは少し考えた。
どうしても見せたい場所、と言われると、強いて言うなら今日も行った木のある場所か、丘からの眺めぐらいしか思い付かない。

フレンが首を捻っていると、再びユーリから視線を感じた。見ると、先程までの揶揄うような笑みはもうない。どこか真摯な眼差しに、フレンも今度はきっちりとユーリの目を見て答えた。

「お店の場所とか近道とか、教えてあげたい場所ならたくさんあるけど…どうしても、っていうのとは違うかも」

「だったらそっち後回しでいいから、行きたい場所がある」

「どこ?」

「おまえの家」

「……え!?」

「一人で暮らしてんだろ?おまえの家、見てみたい」

ダメか?と聞くユーリに、フレンは首を振った。

「僕は構わないけど、でも何もないよ?それでもいい?」

「ああ」

「じゃあ、明日はこのあたりを少し回ったら僕の家に案内するよ」

「それなんだけど、おまえの家ってどの辺にあるんだ?」

「あの空き地より、少し下町寄りだけど…ユーリ、どうして?僕、ちゃんと迎えに来るから大丈夫だよ」

しかしユーリは、家にわざわざ迎えに来なくていい、と言う。
不思議に思って聞くと、渋々といった調子で理由を説明し始めた。

ユーリの母親は、フレンを随分と気に入ったらしい。それは今朝の様子から、フレンにも伝わった。仲良くしてやってくれと言われて嬉しかったし、勿論そのつもりだった。昨日、ユーリも同じ事を言われたらしい。
フレンと仲良くしろというのは構わないが、礼がしたいから家に連れて来い、というのがどうもユーリは嫌なようだった。

「どうせおまえ、今朝もうちに来たんだろ?今日も絶対言われる、おまえを家に連れて来い、って」

「…ユーリがそんなに嫌なら、僕は無理にお邪魔するつもりもないけど…」

泣きそうな顔で俯いたフレンに、ユーリが慌てて手を振る。

「違うって!別に、おまえがうちに来るのが嫌なわけじゃねーんだよ」

「そうなの…?」

一つ溜め息をついて、ユーリが続けた。

「その…オレの母さん、ちょっとオレに甘いっていうか…べったり、なんだよな」

ユーリには、フレンと同じく今まで年の近い友人がいなかった。周りは大人ばかりで、どちらかと言えば彼らの顔色を窺うような暮らしをしていたのだと言う。詳しい事は話せないが、自分は母親の言うような、いわゆる『人見知り』ではなく、単に相手の出方を見ているだけなのだ、と。

だが母親はそれには気付かず、ユーリの人見知りのせいでこの下町で友人が出来るかどうか、とても気にしていたらしい。
失踪騒ぎを経て早々に友人になったフレンを好意的に見るのはいいが、会わせるとどうも余計な話までされそうで、それが嫌だから迎えには来なくていい、と、そういう事らしい。


「余計な事って?」

「…よくあるだろ、親しみを持たそうとして昔話したりとかさ」

「例えば?」

「もっとちっちゃかった頃の話とか、ドジ踏んだ時の話とか…そういう話されんの苦手なんだよ、オレ」

「…そういうもの?…よく、わかんないや。でもユーリが嫌なら、僕はそれでいいよ。どうする?どこか他のところで待ち合わせする?」

「教えてくれたら一人で行くって」

「ダメだよ、迷ったらどうするんだ?……そうだ、だったらこうしない?」

あの木の下で待ち合わせをしよう。
それなら自分の姿をユーリの母親に見つかる事もないだろうし、フレンの家からそこまで遠いわけでもない。少し行きすぎてはしまうがどうだろう、と言うフレンの提案に、ユーリも笑顔で頷いた。




家へと戻るユーリを少し離れた場所から見送り、フレンは帰途で今日の出来事を思い返していた。
人見知りというのとは違う理由は何となく分かった。むしろ、ユーリの機嫌や表情はころころとよく変わる。
それこそ、猫の瞳のようだ。

だが、ユーリがこれまでどのような生活をしてきたのか、想像できない。

帝都に住んでいて、下町の情勢には明るくない。周りを大人に囲まれて育ったらしいという話からは、やはり裕福な環境だったのでは、という事しか思い付かなかった。

貴族というものに、あまり良い感情は持っていない。

詮索するのはよくないと思いながらも、それらはフレンの心にいつまでも引っ掛かったままだった。




ーーーーー
続く

結婚狂想曲(リクエスト)

8/6 18:55拍手コメントよりリクエスト。リク詳細は追記にて。







「ユーリとフレンは、どうしてそんなに仲がいいんです?」


もう何度目か知れないその質問に、フレンは青空の色をした瞳をぱちくりと瞬かせ、ユーリは宵闇の色をした瞳を伏せて溜め息を吐き出した。

どうも、自分達は他人から見ると普通の幼馴染みや友人と言った関係には見えないらしい。

二人とも早くに親を亡くし、寄り添うようにしてなんとか命を繋いできた。
周りの大人達も優しかったし、仲の良い友人なら他にもいた。
だが、確かにユーリとフレンにとって、お互いの存在というものは特別であるように思う。
二人はその外見的特徴だけではなく物腰や性格まで正反対で、何故そんな二人が互いに命を預ける事が出来る程の信頼関係を築いているのか、本当に理解できる者は少ないだろう。

何せ、当の本人達ですらはっきりとした説明はできないのだ。

フレンはそれでもあれこれと思い付く限りの理由を挙げて、主にユーリに対する理解を深めてもらおうとする。素っ気ない言葉遣いや態度のせいで誤解されやすいが、彼がどれだけ優しくて真っ直ぐで、信頼に値する人物なのかを本当に心を込めて柔らかく語る姿はまるで、愛の伝道師もかくや、と言った風情だ。

フレンが本心なのがわかりすぎる程わかる為、他の者は口を挟むのも躊躇われ、最終的にはただ黙って『そうですか』と言うしかない。

一方、ユーリはフレンがそんな話をする度に顰めっ面をして溜め息を零し、大袈裟とも思える自分への評価に、ふい、と顔を逸らすかそそくさとその場を立ち去ってしまうのが常だった。

今もユーリは、エステルの質問にいちいち真面目に答えているフレンを横目に、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

今日だって、特別な事をした記憶はない。
普段通りに会話し、戦い、食事をしながら何気ない会話を楽しんでいただけだ。
それなのに、自分達がそうしていると必ず仲間の誰かが言うのだ。

『何故そんなに仲がいいのか』

と。

時には揶揄うように、またある時には微笑ましげに。そしてまたある時には胡散臭げな眼差しで。

その度にユーリは『放っといてくれ』と思う。
一時期険悪だった事を考えれば、その状態より今のほうが自分達だけではなく仲間達にとっても良い筈だ。
仲違いしている時に心配されるのはともかく、そうではないのに何故こうも気にされなければならないのか。
どうにかして、いちいち詮索されずに済む方法はないものか。そんな事を考えながら、フレンとエステルの会話をじっと見ていた。


「僕とユーリはずっと一緒だったから、それが当たり前なんです。特別な理由なんてありません」


その言葉に、全員の視線がフレンとユーリに集中する。
また余計な事を、と思ってフレンを見れば、にっこりと微笑まれて不覚にも頬が熱くなるのを感じ、慌てて顔を逸らした。


「どうしたんだい?ユーリ」

「…何でもねえよ」

「そう?顔が赤いよ」

「おまえなあ…」


二人のやり取りを見る仲間の視線に含みを感じる。
次に言われるであろう台詞も容易に想像できた。やはり今までに何度も言われて来たからだ。

しかし、今回は少しばかり様子が違っていた。一通り揶揄うだけ揶揄うと、何故か皆、疲れたように溜め息を零すのだ。

「ど、どうしたんだい?みんな」

「…そろそろネタも尽きたんじゃねえの」


それは正しかったようで、もういい加減、二人の仲睦まじい様子を見るに耐えないのだと言う。

幼馴染みで親友。
しかし最近、恋人というカテゴリも加わった。二人が同性であるという事に何の疑問も感じない程それは自然な流れで、仲間は最早その事に触れもしない。

だからこそ、ユーリは『わかってるなら放っといてくれ』と言いたいのだった。


告白して来たのはフレンのほうだった。
好きだ、と言われて普通に『何だよいまさら』と返したら、困ったように笑いながらユーリを抱き寄せてキスをした。それで初めてユーリはフレンの言う『好き』の意味を理解したが、だからと言ってフレンに対する感情は変わらなかった。
少し過剰になったスキンシップも、甘い響きが混じるようになった言葉も不快ではなく、むしろ落ち着く。だが人前では抵抗があるので、ユーリはフレンが自分に対する好意を隠さない事が恥ずかしい。だから、仲の良さを揶揄われたりすると今まで以上に過剰に反応してしまい、それでさらに冷やかされる事にうんざりしていた。

そう思っていたところへ、仲間達のこの態度である。

もう、いっそ――



――結婚すれば?


「…結婚すっか?」


皆が半ば冗談で言った言葉とユーリの言葉が重なって、一瞬の間を置いた後、ユーリ以外全員の驚愕の叫びがこだました。



「え…ユーリ!?それ、本気で言ってるのか!?」

「へ……、いや、その…何だよ、その食い付きは」

「だって君からそんな単語が出るなんて思わないじゃないか!」

身を乗り出して手を握るフレンにユーリは引きながらも仲間達を見た。

「ちょ……おい、おまえら何か言えよ!冗談に決まってんだろ!?」

「……いいんじゃない?」

さして興味なさそうにリタが言った。

「今みたいなよくわかんない関係のままより、いっそ潔く結婚されたほうがこっちも落ち着くわ」

「何だよそれ!?」

ユーリの抗議を無視してジュディスがリタに続く。

「そうね。そうすればユーリも無茶をしなくなるでしょうし、騎士様もそのほうが安心よね」

「おい……!!」

「何よ、なんでそんな慌てちゃってんの?青年が自分で言ったんでないの」

「さすがにそれはない、とか否定されると思ったんだよ!!」


そこまで行けば仲間も呆れて、もう自分達に関わろうとしなくなるのではないかと思っただけで、深い考えなどない。ただ単に面倒臭くなって、つい適当に口を衝いて出ただけだった。
だと言うのに、フレンはともかく他の誰も否定しない。何やら怪しげな雰囲気に、ユーリは本気で焦り始めていた。


「ちょ…っと待て、無理に決まってんだろ!?」

「……ユーリ、本当にただの冗談だったのか?」

「おまえなあ……!!」

ユーリの手を握ったまま、フレンが悲しげに問い掛ける。

「君が望むなら、僕は何だってやる覚悟なのに」

「何だって、って……どういうこと、だ?」

「どうせ君のことだから、男同士だとかそういう事を気にしてるんだろう?」

「当たり前だろうが!!」

気にしているのはそれだけではないが、やはり越えられない壁、というものはある。
同性での結婚は認められていない。だがユーリは形にこだわる必要はないと思っているので、その事自体に不満はない。別に結婚という体裁をとらなくとも、一緒に暮らしたければそうすればよいのだ。

「その為にフレンがいるんですよね!!」

エステルが目を輝かせながら立ち上がった。

「エステル!?」

「フレンはいずれ、騎士団長になる事が決まっています。そして、帝国の法を変えて全ての人々が等しく扱われる世の中を作りたいんですよね?」

エステルの言葉に、フレンだけでなくカロルやパティも頷いた。

「そうだよね、男同士だから、ってだけで結婚出来ないのって、よく考えたらおかしいかも」

「ううむ、うちとしては複雑じゃが…確かに同性でも愛し合っている者はいるのじゃ」

「あ、あい……」

幼い外見に反して妙に生々しいパティの物言いに、ユーリは言葉が出ない。見ればリタも顔を赤くしていた。

「フレン、わたし今からヨーデルにお願いしておきます。いずれフレンが騎士団長としてお城に戻った時は、出来るだけフレンに協力してあげて下さい、って!!」

「エステリーゼ様……ありがとうございます」

「礼なんか言ってんじゃねえよ!!法を変えるって、他に優先する事は山ほどあるだろ!?」

「そうと決まれば次は結婚式をどこでやるかですよね!」

「聞けよちょっと!!」



盛り上がるエステルを中心に、既に仲間はユーリとフレンを置いて勝手に話を進めている。

式は下町でやるのがいいとか、城の人間にも知らせたいから披露宴は城で行って下町の住人を招待すれば、とか、新婚旅行はどこがいいとか、移動ならバウルがいるから世界一周旅行はどうだ……等々。


唖然とするユーリに、フレンがにっこりとしながら言った。

「これは、本当に結婚しないとおさまらないね」

「おまえな!!煽ってんじゃねえよ!!」

怒りより恥ずかしさで顔を赤らめたユーリがフレンの襟首に掴みかかりながら怒鳴るが、フレンはそのままユーリの背中に腕を回して抱き寄せてしまった。ますます暴れるユーリだったが、フレンは全く意に介さない。
抵抗を諦めたユーリがぐったりと自分の肩に顔を埋めるのを見て、その髪を撫でながら優しく囁いた言葉に、ユーリが何とも形容し難い唸り声をあげた。



「今度、ちゃんとプロポーズするよ」



いつの間にか仲間は皆、フレンとユーリのほうへと視線を向け、それぞれが意味ありげな笑みを浮かべている。

フレンはその笑みに微笑みを返したが、フレンの肩に顔を埋め、皆に背を向けるユーリはそれに気付かないのだった。





ーーーーー
終わり
▼追記

カミングアウト!!〜お風呂でのぼせ編(裏)〜(※リクエスト)

8/6 00:58拍手コメントよりリクエスト。
タイトルのまんま、最初から最後までエロしかありません。
裏ですので閲覧にはご注意下さい。







決して狭くない、むしろ一般的な感覚からするとよほど広いと言えるその空間に、肩を寄せ合って入る必要などない。
だと言うのに二人はぴったりと肌を密着させ、およそこの場に相応しくない行為に耽っていた。

普段なら、時折天井から落ちる雫が立てる小さな音も風情だと思えるほどの静かな場所に、今は悩ましげな吐息と水面のさざめきが響いていた。



「んんっ……は、あ……」

バスタブの縁を握り締め、白い喉を反らせてユーリが喘ぐ。

背中に感じるのは湯の熱さではなく、恋人の体温。
首筋に感じるのは湯気の柔らかさではなく、恋人の息遣い。

上昇する体温に比例して荒くなる呼吸に興奮を煽られ、フレンは手の動きを加速させた。
ばしゃん、と水を跳ねさせてユーリの身体も跳ねる。

「うあ……!!っちょ、そんな動かした…ら、出るッ、て!!」

「ん…?いいよ、出して」

「あぁッ……!」

左手で根元を揉み込み、右手で激しく扱くとユーリの腰が浮くのを、更に強く腕で挟み込むようにして押さえ、肩に張り付く黒髪を掻き分けるように舌で撫で上げた。
絶頂を堪えるユーリの呼吸が奏でる不揃いのリズムに、フレンの理性も狂わされていく。


「なんで、我慢するの」

「ふぁ…あッッ!だ…って、ここで出したらッ!!っン、も…入れな……あ、ああア!!」

「いいってば、シャワーあるんだから…!」

ほらイってよ、と耳元で囁かれてユーリが全身を強張らせた。
バスタブに食い込まんばかりに爪を立て、縁に頬を押し付けて背を反らす。ユーリの根元を弄っていた左手をさらにその奥に滑り込ませ、皺を伸ばすようにぐるぐると動かし、少しだけ中に潜り込ませるとユーリの声が一際高くなった。

「あ、ふッ、ぅあ、ダメ、も……ッッ!!」

「ふ…、ユーリ……!」

激しく波立つ水面から伸び上がる上気した身体をびくびくと痙攣させて、ユーリは自らの上げた嬌声の残響を感じながらぐったりと背後のフレンに身体を投げ出した。
吐き出した白濁が目の前に漂うのが正視出来ずに顔を背けると、耳元に小さな笑い声が聞こえてユーリはますます顔を赤くした。



湯から上がっても、フレンはユーリを解放しようとしない。
浴室の床に向かい合わせで座るユーリと互いの脚を腰に絡ませ、背中に回した腕でユーリの身体を支えながらもう一方の手で器用に石鹸を泡立て、それをユーリの身体に塗り付けていく。
単に身体を清めるに留まらない手つきにユーリは表情を歪ませた。

「はっ、あ、も…普通に、洗えよ…!」

「この体勢が既に普通じゃないと思うけど」

「あの、な…!もうダルいんだって…!」

「…そうなのか?さっきのでのぼせたのかな」

ユーリの呼吸は荒いままで、身体もフレンが支えていなければそのまま後ろに倒れてしまいそうだ。
フレンは更に身体を前に寄せ、絡めた脚に力を入れてユーリの腰を引き寄せた。
あっ、と小さな声を上げたユーリがフレンの肩にしがみつくような格好になり、フレンはその背中を抱きながら、突き出されたユーリの尻の谷間に泡塗れの指を滑り込ませる。

「ひあ……ッ!」

フレンの肩に額を押し付けていたユーリがぴくりと震えて顔を上げ、耳に届いた小さな悲鳴にフレンは目を細めた。

「…まだ、奥まで触ってないのに…今日はやけに可愛らしい声を聴かせてくれるんだね」

「は…っ、だか、ら…力、入らな…」

フレンは指を進めた先、湯の中でも軽く触れた部分に力を込め、今度はゆっくりと、しかし一息に人差し指を埋め込んだ。ユーリの身体が先程より大きく揺れる。

「んああぁ!!」

「泡のおかげでよく滑るね…気持ちいい?ユーリ」

「っ、ちょっ…やめ、頭に響く…」

「…まだ一本だよ?具合悪いなら早くしたほうがいいかな」

人差し指をぐるぐると動かしながら、続けて中指を差し入れた。温まって柔らかくなった内側は石鹸の泡の力も借りて潤いを増しており、三本目の侵入も容易く受け入れてなお物欲しげに蠢いている。

「柔らかい…今日、凄く熱いよ」

「ぃやっ……め、あッん、あ、ア!!」

フレンの肩に顔を押し付け、苦しげに息をつきながらも指の動きに合わせて揺れる腰を見下ろし、フレンは喉を鳴らした。

白い肌はすっかり薄紅色に染まっている。
湯で温まっているのと快楽によるもの、どちらが強いのだろうかと考えながらちらりと視線を横に向けると、苦しげに眉を寄せ、瞳を閉じて肩に顔を押し当てるユーリの様子が目に映る。

上気した頬にかかる濡れた髪はより艶やかさを増してユーリの肌色を引き立たせていた。
べったりと張り付く髪を払う事なくフレンに身体を預け、薄く開いた唇からは浅い呼吸を繰り返して肩を小刻みに震わせる姿はいやらしくも可愛いもので、ユーリのこのような表情を見られるのが自分だけだという事に、フレンは至上の喜びを感じる。

だからこそ、こうしてたまに会えば激しくユーリを求め、新しい表情や仕種を見つけたくて仕方ない。自分しか知り得ないユーリが増えていくという事は、それだけユーリと自分の繋がりがより深くなる事なのだとフレンは思っていた。

「う…ぁ、フレ…ン、オレ、もうマジで頭が、くらくら…する…っ」

ユーリが僅かに目を開けて、上目遣いで必死に訴える。その表情も堪らなくそそられるが、ここで本当に倒れられてしまうのはフレンとしても本意ではなかった。
本当は、このままユーリに自分の欲望を突き立てて浴室中に響き渡る嬌声を堪能したかったが、仕方ない。

埋め込んだ指で内壁をぐるりとなぞり、位置を確かめてから一点に指先を集中させて強く擦るように押し付けると、途端にユーリがフレンの腕の中で大きく身体を弾けさせた。

「んあぁッ!?う、アあ――――ッッ!!」

「く……」


フレンの腹に熱い感触が広がり、びくびくとユーリが痙攣する度に、ユーリから放たれたものの残滓がフレン自身にも降りかかる。
密着させた下腹部から伝わるユーリの熱に嘆息していると、急に身体にかかる重さが増した。見るとユーリは肩を掴んでいた両腕をだらりと投げ出し、ぐったりとして上半身をフレンの胸へと投げ出している。

「ユーリ?ユーリ…大丈夫かい?」

「…てめぇ…」

僅かに顔を上げただけで恨みがましく見上げてくる額に口づけを落とし、フレンはシャワーを手に取った。
殆ど水に近いぐらいの温度に調整してからコックを捻り、まずは自分達の足元から洗い流していく。

「…ユーリ、少し身体を離してくれないと、ちゃんと流せないよ」

「…あー…、冷てえな…」

「気持ちいいだろう?ほら、前も流すから起きて」

相変わらず自分の胸にもたれ掛かったままのユーリの肩を軽く押すが、ユーリは怠そうに唸るだけで動かない。ユーリはあまり自分から事後の触れ合いを求めるほうではないので、不思議に思ってフレンはユーリの顔を覗き込んだ。

「…ユーリ、どうしたんだ?本当に具合悪くなった…?」

確かに具合は良くねえけど、と前置きしてユーリはフレンから顔を反らし、ぼそっと呟いた。

「………腰、抜けた」



身動きの取れないユーリの身体を清めてから、フレンはバスタオルで包んだユーリを抱き上げ、下ろせと喚く抗議の声を無視して寝室まで運んだのだった。




ベッドに横たえたユーリはまだ身体が怠いらしく、しどけなく四肢を投げ出して胸で息をついている。
冷たいシャワーで流したのにも関わらず火照った身体は桜色に染まったままで、フレンは堪らずにその身体に覆い被さると何かを言いかけたユーリの唇を自らのそれで塞いでいた。





抱え上げた両膝の間に身体を割り込ませ、ユーリの後孔を貫く。既に充分解された孔はフレンの猛りを易々と受け入れ、根本までを一息に飲み込んで強く締め付けてくる動きに否応なしに昂ぶる衝動を抑えられず、激しく腰を打ち付ける。


熱い。


繋がった内側も、互いの吐息も触れる肌も、室内の温度さえ上がっているように感じる。


「はっ…、は、ユーリ、熱い……!」

君は?と聞いてもユーリは首を振るばかりで、意味のある言葉は出て来ない。

閉じられた瞳の端から流れ落ちる涙を舐め取り、開いた唇の端から零れる涎を舌で掬い、唇を重ねてさらに口内を貪るように差し入れた舌で掻き回す。

「んん、んッふ、ふぅっ、んんッッむ、うぅんン!!!」

鼻から苦しげに漏れる息がかかるが、それすら熱い。
口内は言うに及ばず、塞いで埋め尽くして、ただひたすら突き上げる自身を包む全てが熱い。

文字通り熱に浮かされながら、最後にユーリの中へも『熱』を注ぎ込んだ。




ユーリからも『熱』が散らされる様を見下ろしながら、このまま溶けて一つになれたらいいのに、とぼやけた頭の片隅で考えていた。










※※※※※※※※※※※

「………………」

「満足か」

「はっ!?ああユーリ、僕達は幸せ者だね!!」

「達、じゃねえ。とりあえず鼻から口からいろいろ出てるもんを拭け」

「あれだけ好き勝手ぶっちゃけた妄想を実現してもらえる機会を与えてもらえるなんて、本当に僕達は幸せだよね!」

「達、じゃねえ。おまえは鬼か。具合悪ぃっつってんのに容赦ねえな」

「そういう状態でもないと君を好き放題するなんてなかなか難しいよ」

「普通にしろよ」

「そうじゃなければ縛るとか」

「人の話を聞け!!」

「ちょっと恥ずかしかったけど、カミングアウトもしてみるものだね!」

「……………次はねえからな!!」



ーーーーー
終わり
▼追記

『自信過剰』で行こう!・後(リクエスト・ユーリ女体化)

続きです。







一通り作業を終えた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

デスクワークで固まった肩を解して伸びをする。…外の様子でも見て来ようか。
そう思って扉を開けると、聞き覚えのある鳴き声と共に大きな影が上空へと消えていくところだった。

影が見えなくなった場所に浮かぶ満月に照らされて、風に揺れる長い髪を押さえながらその人が振り返った。

「ユーリ…どうしてここに?」

「ん?仕事が終わって戻るとこだったんだけどさ、おまえがこっち来てるって聞いて」

「わざわざ会いに来てくれたの?」

「いや、ジュディとカロルが寄ってけってうるさくてさ。どうせダングレストに戻った後は下町に帰るつもりだったし、そん時でいい、って言ったんだけどな」

「……そう、か」

普段と変わらない調子で言うユーリに、僕は少し寂しくなった。ユーリから、積極的に『会いたい』と思ってくれた訳じゃないんだな。

…そんなの、いつもの事だ。確かに下町に帰って来た時は必ず僕の部屋へ来てくれるけど、それだって毎回、箒星の女将さんとかハンクスさんから僕のところへ顔を出せとしつこく言われるから、今ではその前に来るようになった、というだけに過ぎない。

その証拠に、帰って来たその日に僕に会いに来た後は自分の部屋にいて、またいつの間にかいなくなっている。ユーリが来た時に僕が留守だったりしたら悲劇だ。
それでも僕は、それがユーリの性格だと分かっている。だから少しばかりの切なさを感じながらも、また会える日を楽しみにしていた。

だけど、今は何故かとても不安になっていた。昼間、あんな話をしたからだろうか。僕に会いに来るのが本当に面倒で嫌なら、誰に何を言われようが聞き入れないと思う。
誰かに言われて仕方なく、と言うユーリの態度は、素直に『会いたかった』と言えない彼女の照れ隠しなんだと僕は思っていた。

本当に、そうなのか?

…胸が苦しい。
俯く僕に、ユーリが近付いた。

「…フレン?どうした?…何かあったのか」

「いや、何も。何でもない」

「あのなぁ、もっとマシな嘘つけよ。そんなんじゃ誰も騙されねえぞ」

怒ったような、呆れたような調子で腰に手をやって僕を覗き込む。
いつもなら、つい『可愛い』と言ってユーリを不機嫌にさせてしまうところだけど、今の僕は余程余裕がないらしい。

仕種そのものより、ユーリの唇や、胸元に目が行ってしまう。
月明かりに照らされて青白く輝く肌がとても神秘的で美しくて、ふらふらと吸い込まれるように彼女に向けて両手を差し出して抱き締め……

「ちょっ…おまえ大丈夫か?」

…ようとしたら、ユーリが一歩下がってしまった為に僕の両手は何もない空間を交差して自分自身を抱く格好になってしまった。

…なんで、ここで避けるかな…

「どうしたんだよ、ふらふらと…風邪でも引いたか?寒いなら早いとこ部屋に入ろうぜ」

「…ああ…そうだね…」

さっさと横を通り過ぎて建物に入るユーリの後ろ姿に、溜め息を吐かずにいられない。そこは避けるんじゃなくて、抱き返してくれるところなんじゃないかと思うのは僕だけなのか?

「フレン?何してんだ、早く戻って来いよ!」

「…今行くよ」

月を見上げて、もう一つ溜め息が零れた。


部屋に戻るなり、僕はユーリにベッドに突き飛ばされた。
『押し倒された』でも、『押し倒した』訳でもない。それはもう、力一杯突き飛ばされて呆然としている僕の甲冑を剥ぎ取ると、ユーリは覆い被さるようにして僕の額に自分の額を押し付けた。

間近に迫る薄紫の瞳や、鼻先に感じるユーリの息遣い。少し顔を上げたら唇が触れてしまいそうだ。
でも――――

「…熱はなさそうだな」

案の定というか…ユーリはすい、と僕から身体を離すと、そんな事を言って僕を見下ろした。

大丈夫だと言ってるのに、ユーリはすっかり僕を風邪っ引き扱いして毛布を何枚も重ね、念のために今日はさっさと休め、と言って出て行ってしまった。
心配してくれているのは間違いない。僕以外に、あんなに顔を近付けたりもしない。でももう、それが信頼の証なのか、近すぎて『対象外』だからなのか分からなくなっていた。

…起き上がってユーリを追う気にもなれなかった。




翌朝ジュディスがバウルで迎えに来ると、僕はユーリと共にバウルに乗せてもらってダングレストへ向かった。
元々寄る予定ではあったが、随伴の騎士はそのままオルニオンから帝都に帰らせた。バウルで移動するなら護衛も必要ないし、ユーリ達もいる。ダングレストからもユーリと共に帝都へ送ってくれるというので、その申し出はありがたく受け取った。

バウルでの移動中、僕はユーリとろくに話さなかった。ユーリもジュディスもそんな僕に怪訝そうな視線を投げ掛けたが、気付かないフリをするしかなかった。



「フレン、今日はすぐにユニオンに行くのか?」

ダングレストに着いてすぐ、ユーリが僕に問い掛けた。

「…いや、バウルのおかげで予定より早く着いたから。本来の予定は明日だったし、今日は特に予定はないよ」

宿の手配をしないとな、と考えていたら、ユーリが続けて言う。

「だったらメシ食いに行こうぜ。おまえもたまには酒場で一杯やりたいだろ?」

…これもユーリなりの気遣いなんだろう。笑顔で話すユーリに僕もぎこちない笑顔で頷いて、二人で酒場へ向かった。



――ところが。


「…………」

「何だよ、仕方ないだろ?あっちがいっぱいだったんだから」

店の前で躊躇している僕に、ユーリも溜め息混じりで入り口を眺めていた。

はじめ『天を射る重星』に向かった僕達だったが、予想外の混雑ぶりに入店を諦め、次にやって来たのがこの『紅の流星群』だった。

「向こうに比べたらメニューは少ないけど、前よりだいぶマシになったんだから大丈夫だって」

味も、雰囲気もな、と笑うユーリに、僕は曖昧な返事しか出来ない。

僕はもう、この店に来るつもりはなかった。来れば、あの時の事を思い出してしまう。…ユーリ以外の女性を抱いた時の事を。
しかも今、僕は色々と不安になっている。よりによって今この場所か、と思うとどうしても足が動かなかった。

「フレン、どうしても嫌だってんなら…………」

ユーリが言葉を切り、僕の後ろをじっと見ている。

「ユーリ?どうし…」

「…知り合い?」

「え?」

振り返ると、僕のすぐ後ろで女性が微笑んでいた。

「…あなた、は」

掠れた声で言う僕に、女性は殊更嬉しそうな笑顔で抱きついた。突然の出来事に混乱しているのは僕だけではない。ユーリも僕の隣で固まっていた。

「な…何するんですか!離れて下さい!!」

「あら…つれないのね。たった一年でもう忘れちゃったの?」

「なん…どうして、こんな…!」

割り切っている筈だ。
店の外で、それこそ一年も経った今になって。
しかも、この場にはユーリが……!

「…そちらが彼女さん?」

「…え…」

僕に抱きついたまま、その女性はユーリに顔を向けた。

「噂は聞いてるわよ?あなたのところ、最近調子いいみたいじゃない」

「…どうも」

「ギルドは評判いいし、こんな素敵な恋人までいて羨ましいわ。…今は騎士団長なんですって?凄いわねぇ」

「……」

ユーリが僕に冷たい視線を向ける。妬いてくれてるのか、なんて喜ぶ余裕なんかある訳がない。
僕らを無視し、女性は喋り続ける。

「ねえ騎士団長様?『あちら』のほうも、さぞかしお強くなられたんでしょう?」

「は!?な、何の事…」

「私で随分と練習したじゃない。今はこっちの彼女を喜ばせてあげてるんでしょ?」

「ちょっ…………!!」

慌てて女性を引き離し、ユーリを見る…が、ユーリは黙って僕から顔を背けてしまった。
どう考えても、良くない状況だ。誤解だ、と素直に言えないのがまたさらに状況を悪くしている。

「ねえ、あなた」

女性がユーリに声を掛け、ユーリがゆっくりと顔を戻す。
…何か言える雰囲気じゃ、ない。

「……何だよ」

「こんな王子様みたいな顔して、凄いわよね、彼」

「………何の話……?」

「あら、知らないなんて言わせないわよ?もう子供じゃないでしょ」

「はっきり言え!!」

ユーリの怒号が夕暮れの路地に響く。
これ以上はまずい、と思ったが、遅かった。


「ベッドの中での話に決まってるでしょ?」


ぴんと張り詰めたような空気が肌に痛い気がした。
ユーリはにこにこと笑う女性をじっと睨みつけていたが、ふと視線を落として俯くとそのままくるりと僕達に背を向けて歩き出した。
慌てて後を追おうとした僕の腕を女性が掴む。

「…どういうつもりですか」

「相変わらず、上手く行ってないみたいじゃない?」

レイヴンから聞いたわよ、と彼女は言った。
…わざと焚きつけたとでもいうのか!?逆効果にしかなってない。余計な事を…!

彼女の話を全て聞き終える前に、僕はユーリを追い掛けていた。

途中で追い付いたユーリを無理矢理僕の泊まる部屋へと連れて来て、僕はユーリに全てを話した。浮気、とは違うと思うけど、やっぱり後ろめたい。妙な誤解をされるぐらいなら、全部話したほうがいいと思った。


「…ユーリ、その…今はもう、さっきの人とは会ったりしてないんだ。だから」

「あの、さ」

「…何?」

「おまえ…そんなに、その…オレとしたいわけ?」

「…………そりゃ、まあ」

…質問がストレートすぎて、つい間抜けな返事になってしまった。でも…否定もできないし。

「それで、オレの為に他の女とヤった、と」

「いや、それはちょっと語弊が…」

「……………ずるい」

「…は?」

泣きそうな顔で、ユーリは僕から目を逸らす。

「オレは…あまり、そういう事に興味ない…なかった。おまえには辛い思い、させたのかもな。…悪かった」

「ユーリ…」

「正直、怖い。この年まで経験もなくて、こんなんじゃ…」

「ユーリ、僕は」

「こんなんじゃ、おまえだってつまんないよな…?」

「え……?」

顔を上げたユーリの瞳には光がない。
…やっぱり、怒ってる…?
次の瞬間、ユーリの口から出た言葉に僕は戦慄した。



「オレも、他の奴で練習してやる」



…ユーリの言葉が頭に届くまで、暫くかかった気がする。
我に返った僕は、ユーリの肩を掴んでそれこそ物凄い剣幕で捲し立てた。そんなの、許せる訳ないだろ!!

「な……何バカな事言ってるんだ!?なんでそんな…だいたい練習って、本当に意味分かってるのか!?」

「ああ、分かってるぜ。さっきの女のおかげでな。…要は、ああいう男と寝ればいい訳だ」

「ユーリっっ!?」

「そうすればおまえに抱かれる『自信』もついて、がっかりさせる事もなくなるんだからな!!」




今にも宿を飛び出そうとするユーリを必死で抑え、宥めすかすのに一晩中かかった。
暴れ疲れて眠ったユーリを抱き締めて、長い髪を撫でながら頬にキスをする。
…相手がユーリなら、がっかりなんてする筈ないのに…


妬いてくれるぐらいには、意識してくれてるんだと分かっただけでも今はいいと思う。

…いや、やっぱりもっと意識して欲しいかな。

目が覚めた時のユーリの反応が少し怖かったけど、僕は彼女の身体を抱いたまま、離すつもりはなかった。


ーーーーー
終わり
▼追記
カレンダー
<< 2011年08月 >>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31