続きです。







『一日目・その2 ご奉仕します?』






すっかり陽も落ちた頃、やっと書類整理が終わった。
…今日のぶんは。

どんだけ不適切な書類を出したんだか知らないが、なんせ三ヶ月ぶんだ。全部が全部じゃないにしろ、相当な数には違いない。

そういや、『最初はまだマシだった』って言ってたな。空白に落書きしてあるぐらいだった…っても、『ぐらい』じゃ済まないんだと思うが。消したからって通るもんじゃないだろ。
それが段々と酷くなって、サインが全部オレの名前になって……。

これ、改めて考えなくてもとんでもない事なんじゃないか。
オレとフレンの関係…別に、その…恋人とかいう事じゃなくて、友人だってのを知ってる奴はまあ、それなりにこの城の中にもいる。
だが、それを良く思わない奴は少なくない筈だ。特に、オレに対して悪感情を持ってる奴らは多いだろう。
そういう奴らがあのふざけた書類を目にした可能性があるかもしれないと思うと、ぞっとする。別にオレの事はいいんだが、フレンがどう思われたんだか。

フレンは常々、オレに『周りに与える影響力を自覚しろ』だなんだと言うが、そりゃこっちの台詞だ。影響力ってんなら遥かにフレンのほうが大きい。
なのにたった三ヶ月会わないぐらいでこうも……


「………はぁ……」

思わず溜め息が漏れる。
大丈夫なのか、この先。

「ユーリ?…疲れたかい?」

「……色々と」

「ユーリには向いてない仕事だから、仕方ないかな。でも助かったよ、ありがとう」

「どーいたしまして……」

「??」

実はおまえにも向いてないんじゃねーの、という言葉が喉元に引っ掛かってたが、我慢した。そんな事言ったら、どうせまた『半分はユーリのせい』とか言われんだ。
…こいつ、どれくらいだったらオレに会わなくても大丈夫なんだろう。何か気になるな。


「なあ、フレン」

「何だい」

「おまえが正気を保ってられる期間を教えろ」

「………ごめん、質問の意味が全く分からない」

「これからは、禁断症状が出る寸前に会いに来てやるから」

「……………」

質問の意味を理解したらしいフレンが、ぐったりした様子で机に体を投げ出し、頬杖をついてオレを睨む。

「…それは、ギリギリまで来ないって事かな」

「三ヶ月毎に拉致られてこんな格好させられたんじゃ、オレだってたまんねーよ。とりあえず、その前に顔出すくらいしとかねえとまた、何を言われるか…」

「とてもじゃないけど、次は三ヶ月もたないな」

「…だったらどれぐらいなんだ」

「さあ。そんなの僕にだって分からない。それに、仮に期間とやらがはっきりしてるんだったら、その間は来ないつもりなのか?なら尚更教えられないよ」

ふい、と顔を逸らす様子はまるで子供みたいだが、はっきり言って全く可愛くない。
半分冗談だったんだが、ますます不安になるな、これは。


「…とにかく、こんなのは二度と御免だからな」

そう言うとフレンはこちらを見て何か言いたそうな顔をしたが、諦めたように一つ息を吐くと書類を手にして立ち上がった。

「…陛下にお会いして来る。色々とお詫び申し上げなければならないし」

「オレは?まだ勤務時間とやらは残ってるみてえだけど」

「嫌がってた割には随分とやる気だね」

…なんかごく最近、同じような事を誰かに言われたな。こいつらオレを何だと思ってんだ。

「『依頼』なんだから手ぇ抜く訳にも行かねえだろ、信用にも関わるしな。適当な仕事して変な報告されたらうちの首領が泣いちまうよ」

「……君って、妙なところで義理堅いよね」

「妙とは何だ、失礼だな。この格好さえどうにかしてくれりゃ、もっと働いてやってもいいぜ?」

「却下。それじゃ何の意味もない」

「笑顔で言い切ってんじゃねえよ…。で?次は何すりゃいいんだ」

「そうだね……」

フレンは顎に手を当てて少しだけ考える素振りをしたが、顔を上げると殊更爽やかな笑顔で言った。


「お風呂の準備、しておいてくれるかな」


「………………」

「ユーリ?」

「…分かった」


フレンが出て行った後、オレは言い知れない不安に襲われていた。

…何だ、あの笑顔。

他意はないんだろうと思いたいが、一応用心しとくか?向こうからはオレに触れないわけだし……って別に一緒に入るとかねえよな、さすがに。
いや別に一緒に入っても問題はない…のか?


……何でオレ、こんな事気にしなきゃなんねえんだ……








一応の準備は終わらせた。

っても、普段がどうなのか分からないから適当にやっただけだ。
普通に湯舟や床を洗って湯を張って脱衣所にタオル用意したぐらいだな。洗う必要ないんじゃないかってぐらい綺麗な風呂場だし、時間もかかってない。

…普通にこの風呂場、箒星のオレの部屋より広いんだぜ。騎士団長ともなるとさすがの厚待遇だ。
私室内に風呂があるのはまあ、安全面から考えてもそうおかしな事でもないが。
入浴中ってのは人間が最も無防備になる瞬間の一つだ。






「だから…さっさと入って来いって」

「…………」

「そんな目で見るな!!」


案の定というか何というか、オレは一緒に入れと言い出したフレンと睨み合っていた。


「完全に仕事外だろうが、そんなの!!」

「身の回りの世話、って書いてあったし、これも立派な仕事だと思うけど」

「じゃあ聞くが、おまえ普段から使用人を風呂に付き合わせてんのかよ」

「いいや。そんな事したらセクハラどころの騒ぎじゃないよ」

「…………」

「旅をしていた時だって、一緒に入ったりしたじゃないか」

「…ごく、たまにな。それに他の奴らだっていただろ」

普通の宿でそんな事はしないが、ユウマンジュなんかは特別な場所だ。だからみんなで入ったりもしたが、今は明らかにそういう状況とは異なる。…色々な意味で。
するとオレの様子を見てフレンがわざとらしく手を打って頷いた。


「ああ…そうか」

「…何だよ」

「ユーリ、何か変な想像したんだろう」

「は?」

「別に、服を脱ぐ必要はないよ。僕、そんな事は一言も言ってないよね」

「……………」

「背中を流すぐらいしてくれてもいいんじゃないかな、とは思ったけど」

それもどうなんだ。
服着たままだったらいいとか、そういう問題じゃないと思うのはオレだけか?
黙るオレに構わずフレンは更に続ける。

「それに、せっかくメイドさんの格好してるんだから少しぐらいそれっぽい事をして欲しいし」

「…何だ、『それっぽい事』って…」

「ご主人様、お背中お流しします、とか……うわっ!?」

「さっさと入って来やがれ!!」


机に置いてあった本を適当に掴んで投げつけると、仕方ないといった感じでやっとフレンは風呂場に向かった。

…面倒見きれねえ。
だけど実際、フレンが風呂に入ってる間、することもないしな…。


やがて聞こえてきたシャワーの音に、オレは少しだけ考える。
そうだな…背中ぐらい流してやるか。
久々に思いっきり、な。







「フレン、入るぜ!!」

「へ……っ?あ、な、何だ!?」

風呂場の扉を勢い良く開けて中に入ると、シャワーを浴びていたフレンが振り返る。さすがに驚いたのか素っ頓狂な声を上げたが、オレの姿を見ると何とも微妙な表情になる。

…が、それはオレも同じだった。


「ユーリ、何だいその格好…」

「…おまえこそ」

フレンの腰には、しっかりとバスタオルが巻かれていた。腰から膝まで、ぴったり覆われている。

…自室の風呂場だぞ?しかもシャワー浴びてる最中まで、って…どんだけだよ。


「なんでタオル巻いてんだよ。健康法かなんかか」

「そんな訳ないだろ。用心の為というか…もう癖みたいなものだよ」

「…ちゃんと洗ってんのか?」

「当たり前だろ!?出る直前にきちんと流してるよ!!」

「ふーん…。大変なんだな、騎士団長ってのは」

「君こそ何なんだ、それは…」

オレは別に、妙な格好してるつもりはない。
長い袖を二の腕の中程までたくし上げ、長いスカートとエプロンをまとめて右の腰辺りで結んでるだけだ。鬱陶しいタイツは脱いでるが。


「だって濡れるだろ?」

「…そんな中途半端な格好で仁王立ちしないでくれないか」

「中途半端の意味が良く分からねえが、別におまえを喜ばしたい訳じゃねえしな。まあ背中ぐらい流してやるからさっさと座れよ」

側にあった椅子を足で押してやると、フレンはあからさまに嫌そうな顔をした。


「…もうちょっとこう、何か…」

「ゴシュジンサマー、お背中流しましょーかー」

「……うん……」

もういいや、と言ってフレンがオレに背を向けて椅子に座る。

「…前から気になってたんだが」

「うん?」

「おまえ、そういうマニアックな知識はどっから仕入れてんだ」

「ま…マニアック?」

「メイドがどうとかご主人様がどうとかさあ。…パティの水着の時も思ったけどな」

「理解できるんだったら君だって同類だろ!?」

「…まあいいけどな。どうでも」

だったら聞くな、とぶつぶつ言うフレンの後ろに膝立ちになって、オレはもう一度袖を捲り直した。







「い、いたたた!ユーリ、痛いって!!」

「うるせえなあ、ちょっと黙れよ」

「ちょ…っ、いい加減に……!」

「おっと、手ぇ出すなよ?」

力一杯フレンの背中を擦りながら、振り返ろうとしたフレンの肩を押して無理矢理前を向かせる。
フレンがオレに『手を触れる』のは契約違反だからな。
悔しそうな顔してまあ…


「ユーリ…何の嫌がらせだい?」

「嫌がらせっつうか、仕返し?」

「…何の」

「作んなくていいメシを作らされたり、触んなってのにズルされたり、こんな格好で無理矢理働かされたり、諸々引っ括めてだ…よ!!」

「いっ……!!」


わざと乱暴に擦り上げてやってから、湯をかけて流すと背中が少し赤くなっていた。

「ほら、終わったぜ!」

最後に一つ、ばちんと叩いてやると、フレンは大袈裟に前につんのめった。

「いっ…たあ…!」

「何だよ泣いてんのか?情けねえなあ騎士団長様ー?」

「うるさい!!」

「はは。ついでに頭も洗ってやろうか?」

「…遠慮しておくよ」

「そういや、ガキの時はたまに洗ってやったよなあ」

ふとそんな事を思い出して口にしたら、フレンが驚いたような顔で振り返った。


「どうした?」

「いや…。君のほうからそういう話を振るのは珍しいな、と思って」

「そうか?…ま、たまにはな」


こんな格好じゃなけりゃ、もっと素直に昔話もできるんだけどな。
そう言ったらフレンもさすがに苦笑していた。





「ユーリ、明日は普通に一緒に入るかい?」

「遠慮する」

「なんだ…」



いい年した野郎が、同じ男と風呂に入りたがるなってんだよ。

オレは、これぐらいでちょうどいい。あんまりべったりなのは面倒なんだ。


…フレンもそう思ってくれたらいいんだがなあ…

無理かな、やっぱり。



ーーーーー
続く
▼追記