いますぐきて きんきゆうじたい
仕事も一段落し、さて煙草でも吸おうかと椅子に座ったままうんと伸びをしていた矢先、携帯に一通のメールが届いた。
メールを開く。
題名:なし
本文:いますぐきて きんきゆうじたい
またどこか壊したかな、と肩をコキコキと鳴らし外へ出る。
いい天気だ。あとで洗濯しよう。
メールの送り主が住む、お隣さんのお宅をのびり訪ねる。
ピンポーンとチャイムを鳴らすと、「開いてるー」と中からだるそうな声が聞こえたので、そのまま扉を開けた。
「ごめん身体とれた」
「あらま」
挨拶も何もかもすっ飛ばしてそう口にした彼女は、生首のみの斬新な姿で出迎えてくれた。
またどこか壊したり失くしたのだろうとは思っていたが、身体丸ごととは。
今回は何をしたのだと問うと、階段から転がり落ちた拍子にポロリと取れてしまったらしい。
頭だけぽーんって空を飛んだよ、落ちた時衝撃でちょっと泣いたわ。
そう拗ねたように訴える顔の青痣だの擦り傷だのが痛々しい。
彼女(=生首)を腕に抱え、勝手知ったるもので居間の箪笥から救急箱を取り出し、手当てをしてやる。
「一つ気になったんだけど」
「んー?」
「どうやってメール打ったの?」
「舌ですんごい頑張った」
「あらま」
「思いっきり舌尖らせてさー。スマホで助かったよ、ボタンだったら固くて押せる気がしないもん」
落ちた時に携帯持ってて良かったよ、と不機嫌そうに呟いた。
だから普段に増して気だるそうな喋り方なのかと一人納得する。そりゃあ疲れるわ。
それはそれとして。
「もう一つ訊いていい?」
「んー?」
「身体はどこ行った?」
「わかんない」
「わかんない?」
玄関にも廊下にも見渡せる範囲には見当たらなかったが、何処かに隠れているのだろうか。
「なんかねー、多分落ちた時の衝撃でびっくりしちゃったんだと思う」
「? うん?」
「最初はピクリとも動かなかったんだけど、段々ビクビク痙攣し始めて」
「うん」
「いきなりバッ!って飛び上がって、家中行ったり来たりしてから、なんかダバダバ暴れながら出てった」
「出てった?」
「出てった」
「外に?」
「外に」
「あらま」
これは確かに、緊急事態かもしれない。
腕がもげただの、指をご近所さんの犬に咬まれて一本持ってかれただの、毎日のことなので周りも慣れたものだが。
流石に首なしの人間が街中を駆け回っているとなると、少々騒ぎになりそうだ。
まさか身体だけで動けるとは予想していなかった。人体には無限の神秘が詰まっているらしい。
と、考え込んでいる場合ではない。
今頃一人で混乱しているだろうし、速やかに捜し出して保護せねば。
「ちょっとその辺捜してくるわ」
「冷静になったらひょっこり帰ってくるんじゃない?」
「でも頭が無いからなあ。帰り道分からないかもしれないし」
「あー、確かに」
そんなことを話しながら玄関へ向かうと、彼女(=生首)もごろんごろんと転がりながら着いてきた。痛くないのかな。
「そんなに遠くには行ってなさそうな気もするけどね。様子を聞いた感じ」
「一人で落ち着ける所にいるんじゃない?公園とか」
「あーあそこね、おけおけ」
試しに行ってみる、と踵を返すと、ふと名前を呼ばれ振り返る。
「....あのね」
「うん?」
「....いってらっしゃい」
「....ん、すぐに連れて帰るから」
「うん」
玄関を出て、扉を閉める。
扉越しに、彼女がまだこちらを見つめているような気がして、コツンと額を扉に当てた。
少しの間そうしていたが、気持ちを切り替えて公園の方へ歩き出した。
無事でいますように。
──結果的に、彼女(=身体)は公園で無事に保護することが出来た。
私と彼女(=生首)の予想通り、自分の分かるエリアで冷静になれる場所を探していたのだろう。
公園までの道すがら、以前彼女の指を持ち去った犬を散歩させていたご近所さんとすれ違った。
「多分あの子の身体だと思うけどさっき公園でブランコ漕いでたわよー」と、気さくに教えてくれた。良い人だ。
公園に到着し、ブランコにちょこんと腰掛けたままの彼女(=身体)の目の前に立ち、どっこいせとその場にしゃがみ込んだ。
ビクッと彼女(=身体)が反応する。
下から見上げるように、顔(が本来ある辺り)を見合わせると、ビクビクと怯えていた彼女(もうめんどくさい)はふっと気が緩んだように力が抜け、勢いよく私に抱き付いてきた。
「おおーよしよし」
「....!....!!」
「うん、うん。一人で怖かっただろー?もう大丈夫だからねー」
表情も言葉も無いが、どうやらこの子は感情に素直な性格らしい。
頭が無いからだろうか、普段の彼女よりも精神年齢が幼く感じる。
暫くそのまま抱き締めていると、大分落ち着いたのか、「もう大丈夫」と言いたげにそっと身体を離した。
私の手をぎゅっと掴み、ぺこりとお辞儀をする彼女に、思わず笑みがこぼれる。
「....あいつも、君くらい素直に甘えてくればいいのにねー」
そのいじらしさに、無意識にそんなことをぽろっと呟いてしまった。
と、それを聞いていた彼女は一瞬キョトンとしていたが、慌てて両手をバタバタと振り回し、もどかしそうにまた私の手をそうっと握った。
「....っぷ、っはははは!
うん....分かった分かった。ありがとね」
そろそろ帰ろうか、と手を繋いだまま歩き出した。
ああ、やっぱりこの子も彼女なんだな。
──玄関の扉を開けると、「おかえりー」と彼女(=生首)が転がってきて出迎えてくれた。
彼女(=生首)と対面した瞬間、彼女(=身体)は靴も脱がずにダッと駆け出し、驚く彼女(=生首)を宝物のようにぎゅっと抱き締めた。
「ちょ、痛い痛い痛い、分かったから、怒ってないからちょっ待って苦しい、苦しいって」
「なんか迷子になってやっと親と再会できた娘みたいで可愛いよね」
「いや何訳わかんないこと言ってんのっていうか助けて痛い痛い痛い」
「....!!....!!」
感動の再会だ。シュールだな。
「─この子も無事に帰ってきたし、そろそろ一人に戻る?道具もちゃんと持ってきたし」
「....いつも引っ掛かるんだけど、それ本当に只のボンドじゃないの?」
「木工用ボンドで人体をくっ付けられる訳がなかろうに。
中身はちゃんと私が腕によりをかけて作った魔法のボンドだから安心おし」
「成分が気になって仕方ないんだけど」
「企業秘密です」
そんなことを言いつつ、彼女(=身体)の首に魔法のボンドを塗り付ける。
彼女(=身体)はじっと何かを考えるように静かにしていたが、私が抱え上げた彼女(=生首)と眼を合わせると、意を決したかのように思いっきりサムズアップをしてみせた。
「「....?」」
二人ともその真意は読み取れなかったが、彼女(=生首)の分も併せてこちらもグッ!と親指を立てた。
それを見た彼女(=身体)が満足そうに微笑む気配が伝わってきたので、頃合いかとゆっくり頭を首に乗せる。
ボンドはものの数秒でくっつくので、念のため10秒程頭を押さえたままにし、ゆっくりと手を離した。
「....うん、ちゃんとくっついたね。さすが私の魔法のボンド」
「....」
「ん、どうした?何か違和感とかある?」
「....え、ああいや、大丈夫だよ。ありがとう」
「....? ならいいけど、何かあったら言ってね」
「ん、うん」
どうしたのだろうか。微妙に、様子がおかしい。
もしや私のボンドに不具合が?と少し不安になったが、それならば言葉を濁す理由も無いので恐らく違うのだろう。
何だか驚いたような、難しそうな、というより苦虫を噛み潰したような顔をしている。
気にはなるが、本人が言いたがらないのならあまり詮索するものでもないなと思い直す。
「....あ、あのね!」
「おう!?」
思い直した矢先に急に声を上げたのでちょっとビビった。
「あ、あの、ね」
「う、うん?」
「....」
「....うん?」
「....あたし、こんなに甘えられるの、あんただけなんだからね」
「....へ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「あ、あたしの身体がこんなんだってのもあるけどさ。
でもそうじゃなくて、その、えーっと....」
いつの間にやら顔を真っ赤に染めた彼女は、先程の公園で見た彼女に何故かそっくりで。
何故だか、幼い頃の彼女を思い出して。
「....これでも、あんたのことが大切で堪らないんだから」
「....うん」
「だから、っああもうあとは察しろ!」
「えええ!?ちょ、そこはもうちょい頑張ろうよ!?」
「なに!?これでも伝わんないの!?」
「伝わってるよ!?伝わってるけどさ!?」
「だから!!いつもありがとう大好きだっつってんの!!あああもう無理ほんと無理恥ずかしい無理!!」
「....あらま....」
─人とは少し違う身体を、幼い頃から抱えてきた彼女。
それでも、決して人には涙を見せず、歯をくいしばって凛と立ち続けてきた彼女。
そんな彼女を守りたくて、彼女の拠り所になりたくて。
私はずっと傍にいるよ、と信じて欲しくて。
色々な想いや記憶が、脳内で溢れ返る。
ああ、素直じゃない素直な彼女が、大好きです。大好きです。
怒ったように背を向けた彼女を、後ろからそっと抱き締めた。
絶対に離れない。魔法なんて無くたって、離れる訳がない。
「─結婚してください」
──あの子のサムズアップが見えた気がして、少しだけ泣いた。