わたしね、咲いてみようとおもうんだ。


「いま、なんて言ったの?」


聞き間違いであって欲しい。


「だからね、わたし、咲いてみようとおもうの」

「う、そ、でしょ?」


もう一度聞く余裕はなかった。

頭から血の気が引き、身体中が真冬日のようにガタガタと震え出す。
雨が降っているからだろうか。全身が水気に覆われて、寒いような、重たいような感覚を覚えた。

それでいて、茎を震わせて絞り出した声はカラカラに渇いていてひどく息苦しい。


「どうして、急にそんなこと」

「あのね、昨日お水をもらっていた時に聞こえてきたの。
『はやく綺麗に花が開くのを見たいな』って。
わたしは『あいつが好きな花だからはやく見せてやりたい』んだって!」


それは。
それは、本当に彼女が咲くのを見ることが目的なのだろうか。
何も分からず、ただ言葉をそのまま受け取って喜んでいる彼女を利用し、供物にでもするような、そんなのは。

見ているようで見ていない。どこまでも純粋で健気な彼女への冒涜ではないか。


「いつも、お水をくれるたびにわたしをやさしく見つめてくれてるの。
でもね、最近ずっとかなしそうな顔をしているの。きっと、なかなかわたしが咲かないからさびしがらせてしまっているとおもうんだ。
わたし、すごく嬉しくてたまらないの!
あの人がね、待ってるの。
わたし、あの人にわたしが咲いたところを見てほしいの!」

「だめ、だめよ。絶対にだめ」


ああ、どうして。

どうして私は彼女と同じように、ただ水を与えられ、日の光を与えられるのを願うことしか出来ない立場に生まれてしまったのだろう。

一度咲いてしまったら。もう二度と蕾へ戻ることは出来ないのだ。
ほんの僅かな時を死に物狂いで咲き誇れば、やがてすぐに老いが忍び寄り、見るも無惨な姿を経て朽ち果ててしまう。

咲いて欲しくなかった。いつまでも純粋で、誰のものでもない彼女のままでいて欲しかった。
そして、他の誰でもなく私の為に咲き続けて欲しかった。


「お願い、待って。私を置いていかないで」


必死で懇願する私を不思議そうに彼女は眺め、その間にもどんどん花弁が開いていく。

こんなにも愛しているのに、こんなにもすり抜けていく。
誰にも止められない。一度意志を固めてしまえば、あとは自然に花開くだけなのだ。

それなら。
私以外の誰かに綺麗な彼女を奪われる、それならば、いっそ。


「──ぇ──」


ぽとり。

もはや八分咲きに差し掛かっていた真っ赤な頭が、私の足元へ静かに落ちた。

一瞬、私の身体にぶつかって傷が付いてしまうのではと肝が冷えたが、そんな心配をよそに真っ直ぐ落ちていって。
音もなく落ちていく姿さえも綺麗で。

そんな綺麗な彼女が、もう誰に掠め取られることも無いのだと思うと、ひどく穏やかな気持ちになった。


「──あれ、赤が落ちて、る」


だから、全ての元凶である彼が何をどうしようとも、何の意にも介さない。


「──赤が一番好きなのにな。いつの間にか咲きかけてたみたいだし」


だって私には、彼が次に何を言い出すか分かり切っている。


「──黄色もいつの間にか咲いてたのか。それじゃあ、お前を代わりに持っていくか」


ああ、ほらね。
だから、彼女は私だけのものよ?


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