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ふりふり。

話題:満月



今日の満月もお財布フリフリしてみました(笑)


今日は満月な上に、ブルームーンで、一粒万倍日だそうですよ。



こんなチャンスは滅多にありません!(笑)



皆さんも満月に向かって、お財布フリフリして金運アップを目指しましょう(*´∇`*)(笑)

疲れました。


話題:今日1日のまとめ。



お葬式って、長丁場でとても疲れますね。
行事と行事の間に待ち時間も長くて←


待ち時間の間は、親類達と無駄話をする時間になってしまうので、人間嫌いの私は余計な神経まですり減らして疲れたようです←


17時頃に家に帰って来ましたが、その後すぐに寝てしまったくらいです(笑)




何か、色々なことがありまして、色々考えることもありまして、色々が複雑で、色々が嫌になる感じです。


気が滅入っているので、記事には出来ませんが……また落ち着いたらドロドロな話を書くかもしれません(笑)



とりあえず、明日も明後日も仕事なので、今日は早めに寝ます。


ここ最近、醜いものや汚いものに触れすぎて、心がガサガサしているので、明日からは美しいものや可愛いもの、楽しいことで心を満たせるように頭を切り替えて生活したいと思います。



現実問題として、家も職場も、醜いものばかりが目につく場所でしかないのだけれど(笑)←




それではおやすみなさい
(*v_v*)zzZ

知らないオッサン。


話題:どうでもいい話



祖母のお通夜で、10年振りに父親に会いました。


お互い素知らぬ顔で、目も合わせなかったのに、食事会になり、そろそろ終盤に差し掛かった頃、お節介な叔母が「○○(私の名前)が話したいってよ」と、私の手を引き父親の方へ連れて行こうとするので抵抗していると、「○○ちゃん、こっちおいで〜」といい感じに酔っぱらった知らないオッサンに呼ばれました。


あ、父親でした。


私は話したいことなど何もないので「結構です。帰ります」と言い、廊下に出ました。

叔母は「気持ちはわかるけど、仲良くしておいた方が得だよ」と、私の将来を気遣ってくれての行為でしたが、それだけは余計なお世話でしかないのです。


私と父親の関係は、10年前にとっくに絶ち切られていて、私は『父親のいない自分』ともう向き合って生きてきたのです。

私達の間の溝は、年月とともに深くなって、もう何をしても埋まらないところまで来ているのです。


私にとっては、もう知らないオッサンでしかなかったのです。





祖母のお通夜や滞りなく終わり、明日は葬儀です。



明日もまた知らないオッサンと顔を合わせることだけが苦痛←

ばば、


話題:ありがとう。



命の大切さに気付かせてくれてありがとう。


気紛れで忘れっぽい私は、明日にはまた死にたいとか命に価値なんてないとかほざいてしまうかもしれませんが(笑)


でも、婆ちゃんの生きようとする姿を見て、私は初めて『生きる』ことを肯定出来た気がします。


自分の生きる理由も価値も、見出だすのは難しいけれど、それでも生きようと思います。










平成24年8月27日23時5分。
祖母はこの世を去りました。



最期は、穏やかに、眠るように逝ったそうです。




婆ちゃん、ありがとう。

延命。

話題:命について



昔、老人ホームに実習に行った時に、延命治療によって生かされている老人達を沢山見た。

自分の意思で身体を動かすことも出来ない。話すことも出来ない。食べることも飲むことも出来ない。

何も出来ないのに、ただ命を繋がれている人々。

管に繋がれているだけの人々。


それはもう、死んでいると同じではないか?


『人』ではなく、とっくに『物』に成り果てているのではないか?


こんな状態で生かし続けることに、一体何の意味があるのだろうか……?



ずっと、ずっと、そう思ってきて、私は延命治療というものが嫌いだった。


意味のない行為に思えていた。





先日、婆ちゃんのお見舞いに行って、管に繋がれた姿を見るのが辛かった。

もう自分の意思で動かせるのは右手だけで…、でも婆ちゃんの意識はハッキリしていて、会いに来た私に『ありがとう』とまで言ってくれたのだ。


完全絶食状態で、管を外せば死んでしまう身体。

それでも身体は温かくて、手を握ると握り返してくれて……



婆ちゃんは生きていた。













今日、婆ちゃんが危篤になった。


病院に行くと、叔父と叔母、母親がいた。

婆ちゃんはもう意識がなかったけれど、声をかけると酸素マスク越しに僅かに口をパクパクと動かした。
手足はもう死人のように冷たくて、もう自分の意思では何も動かせない。
数週間前は、あんな風に手を握り返してくれたのに…。




私の大嫌いな、延命治療で生かされている婆ちゃんがそこにいた。





多分、今夜がヤマだろうとみんなが言った。

帰り際、私は婆ちゃんに『婆ちゃん、頑張って』と声をかけた。


かけてしまった。



本当は、『頑張ったね』って、『もう頑張らなくていいんだよ』って、そう言うつもりだった。

痛いのに、辛いのに、延命治療で生かされているのは可哀想で、もう楽にさせてあげればいいのにと、会う前はそう思っていた。



でも実際に婆ちゃんを見てしまうと、やっぱり、どんな姿でも生きていて欲しいと思ってしまったのだ。






私にとっては『物』にしか見えなかった、あの老人ホームの老人達にも、それでも生きていて欲しいと願う身内がいたのだと…大切な『命』なのだと…今頃私は気付いた。







延命治療は万全ではないから、何れ必ず『死』を迎えることになる。

婆ちゃんも、死んでしまう。


それでも、少しでも長生きして欲しい。
そう思う気持ちは本心だった。


そして、穏やかに、穏やかに、最期を迎えてくれたらと、思う。
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