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ねえ暇ならちょっと世界を見せて頂戴な



へるきゃっとちゃんの!



だいすきなだいすきな一人であります。いつだって素敵な言葉を投げかけてくれて、触れる度に感動すら憶える程に、きっと近くて遠い。憧れれば憧れるほど、遠くなるものね。だって、生まれもったセンスが違うんですもの。それってきっと、埋めようがない永遠の溝なのだろう。だからこそ、わたしはずっと彼女のことがお気に入りでとっても絶妙な距離で知覚できる。





はなしかわって、上品な人がすき。
どうしようもなくね。

おばあちゃん世代の方たちって、上品なですと、喋り方が女性詞(じょせいことば)で聞いていて心地いい。わたしもできるのなら、女性詞を口にしたい。でも、環境や若さがそれを赦さない。
その詞に出会う場面っていうのは、教壇だったり、電車で隣あったり、接客中であったりと、彼女たちはいつだって穏やかで気のいい賢い人たちばかりです。



上品な人の次に賢い人がすき。
きっと、わたしにないものだから。

姫のお菓子、蜜と唾













実は宮崎駿よりも高畑勲の作品の方が好きなんです。

めくるめくるめくるスカート

ハイテンションが常。

常に酔っ払っているみたいに明るくゲラゲラ笑って下らないことで涙浮かべてそして笑う。

寝ておらぬ。寝ていない。ブルーライトに焦げた視神経が先の自律を乱す。

ハイテンションと引き換えにボキャブラリーを差し出す。言葉が出てこない。つら、、、くはない。脳みそ焦がしちゃったからさあ。

黙って煮てお湯の中

まつげで電波をキャッチする不思議少女のニーソックスに染みをつけてやりたい

ね〜え




忙しい

とは違うけれど、

自分の時間がとれない


といいつつも、こういった隙間の時間はある。ということで、本を読む。





そうそう、本といえば。
私の小さい頃を知ってる人から、
融子は読書家って印象が強いらしく、
今でも好きだよね本を買いなさいよ、なんて言われる。

うう、ごめんなさい
今は読まないよ


小さい頃ゆうたら15年前とか
そこらへんの話で
そのころってゲームボーイはあったど
極めると飽きちゃうんだよね。

で、親戚のおうちとか行っても
遊ぶ相手居ないし遊ぶ場所もないから
選択肢は本を読むことくらいしかなくって。

だからいつもお宅にある本を
漁って読んでた。




本を読むと褒められるので嬉しかった。
本だけはいつでも好きなときに頼んだら買ってもらえた。ゲームはコンクール100点のとき、お菓子は習い事の帰り道くらいしか買ってもらえなかったのに本は扱い甘かったなあそういえば。


今思えば10歳〜から中学上がるまでが人生で最も活字を求めていた時期。
このころはハリーポッターとかダレンシャンとか海外の児童書を記憶するまで読んでた。一番のお気に入りはイギリスの不幸の始まりっていう終始暗い話し。そしてそれらは新刊出るの遅いからやっぱり飽きて家にある大人が読む本までも見境なく漁る。私、10歳くらいで内田春菊のストレートなエロ表現のある小説読んでたんだよおそのころ。悪いことをしていた意識はあったので誰にもいわなかったけれどこのときから私はカマトト能力を得てしまった。


今でこそ理解できるけど、
読むの早すぎだってマセガキめ




でっ!
ぜ〜んぜん本を読まなくなったとはいえども暇な時間は読むよ〜〜〜

だけどこうやってiPhone弄ってる時間の方が圧倒的に長いのが嘆かわしい。

電子辞書断固反対派
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