続きです。ユーリ視点。
「大丈夫なんかね、あいつ…」
フレンの部屋を後にしたユーリは、市民街をぶらぶらしながら零していた。
世界から魔導器が失われてからというもの、ユーリはギルドの仕事であちこちを駆けずり回る日々を送っていた。
責任は自分達にある。だが、一部の関係者を除き、魔導器が使えない世界になったことにユーリ達が深く関わっている事を知る者は少ない。
確実に不便になるのだ。必ず不満を口にする者が出て来るに決まっている。
ユーリ達だけがその非難の矢面に立たされることのないよう、国民への説明に際して最大限の配慮がなされたからである。
ユーリ自身は別段、発表されたところで構わない、と思っていたが、仲間達が辛い思いをするのは嫌だったから、黙って状況を受け入れた。
そのかわり、という訳ではないが、街の復興の手伝いや魔物退治など、出来る限りの事をする。
それが、かつて星蝕みを打倒した仲間全員の思いだった。
純粋な剣技以外の技は使えないし、怪我をすれば命を落とす危険性といったら以前の比ではない。
だが仲間がいるからなんとかやっていける。
そうして世界中を巡り、久しぶりに帝都に戻って、ユーリは真っ先にフレンの顔を見に行った。
心配だったのだ。
一人で頑張りすぎて、煮詰まっているのではないか。
そんなふうに思った。
新皇帝陛下からの信も篤く、部下からも尊敬され、頼りにされる。
だがフレン自身は、疲れた時、誰に頼ればいいのだろう。
それが自分であってくれればいい、とユーリは思う。
帝国騎士団長としてではなく、幼なじみで親友のフレン・シーフォとして、気兼ねなく話をして、少しでも悩みを軽くしてもらいたかった。どうせ、常に何か悩んでいるに決まっているのだ。
果たして久しぶりに会ってみれば、案の定というか、厄介事を抱えている最中であった。
(もうちょいオレ達を頼れってんだよ…。難しく考えすぎなんだっつの)
余程悩んでいるのか、会話の最中も終始固い口調だった。もっとくだけてくれていいものを。
帰り際には少し調子を取り戻したのか、「一緒に寝よう」なんて冗談を言ってはいたが。
「…とりあえず明日は、街を襲う魔物の情報でも集めるとするか」
ユーリは下町に向かって歩いていった。
「ユーリ、戻っておったんなら挨拶ぐらいしに来んか!」
翌朝、噴水広場に行くなりハンクスに見つかって怒鳴られ、ユーリは少々むっとしながら答えていた。
「いきなりそれかよ。相変わらず元気そうで何よりだな、じーさん」
「やかましいわ。全く、少しはフレンを見習え」
「いい加減それ、やめてくんねえかな…」
毎度の挨拶のようなものではあるが、いつまで言われ続けるのかと思うと少々哀しいものがある。
「そんな事よりじーさん、最近この辺りに魔物が出て来て困ったりしてねーか?」
「なんじゃ、フレンに聞いたか」
「まーな。で、どうなんだよ」
「ワシらの住むあたりはまだ被害に遭っとらんが、どうも南のほうの高台にある森のあたりで魔物が増えとるらしくての。隊商なんかが度々襲われとる」
「マジかよ…」
「うむ。そろそろ物流にも支障が出るかもしれんの。」
「護衛はどうなってんだよ?ギルドか?それとも騎士か」
「どっちも頑張ってくれとるが、魔物にやられても回復がままならん。尻込みするのも仕方ないかもしれんのう…。ま、そんな事では困るんじゃが…」
「…下町の警備は?」
「ん?ここらの騎士はちゃんとやってくれとるよ。どこやらでは役に立っとらん奴らもいるようじゃがの」
一口に「下町」と言っても広い。陳情書を出したのは別の地区の住民ではないか。ハンクスはそう言った。
「なるほど。ありがとな、じーさん。なんかあったらすぐフレンに言えよ。あと、オレらにもな」
「…ユーリ、無茶したら承知せんぞ」
「へいへい。大丈夫だよ、ったく」
ハンクスを見送って、ユーリは一人、考えていた。
南の高台か。確かエアルクレーネがあった気がするが、あの辺りは歩きで行くのは少々キツい。それに、途中で魔物に襲われないとも限らない。
「ジュディに頼んで様子、見て来てもらうか…」
とりあえずギルドの誰かに連絡を取る為、ユーリは市民街へと足を向けた。
「あらユーリ、久しぶりね」
「…あれ、ジュディ!?何してんだ、こんなとこで」
今まさに連絡を取ろうとしていた人物とばったり出会い、ユーリは驚いたがすぐに笑顔を浮かべる。
ラッキー、手間が省けた。
「なあに、そんなに私に会いたかったの?」
妖艶な笑みを浮かべて近づいてきたジュディスに向かい、ユーリはああ、と頷く。
「ちっと頼みたい事があってさ、連絡取ろうとしてたんだよ。会えて良かったぜ。帝都には何しに?」
「お仕事よ。最近、このあたりの陸路が危険ということらしくて、直接私に商品の運送を頼んでくる商人さんが少なくないの」
「こっちの頼みってのも、まさにそれに関係してるんだよ。な、今ちょっといいか?」
かい摘まんで事情を説明すると、ジュディスは二つ返事で頷いてくれた。
「分かったわ。とりあえず、森の様子を見て来ればいいのね?」
「ああ。どのみちオレらだけじゃ危険だし、何かするにしても他の連中と協力したほうがいい。ある程度、現状把握しといたほうがフレンも動きやすいだろうしな」
「ふふ、相変わらずお友達思いなのね。妬けちゃうわ」
「やめろって。…じゃあ、頼んだ。気をつけてな」
「ええ。まかせておいて」
去って行くジュディスを見送り、ユーリはフレンの元へ向かった。
「お邪魔しますよ、っと…。あれ、いないか」
いつも通り窓からフレンの部屋に侵入するが、そこには誰の姿もなかった。
まだ昼を少し過ぎたあたりだ。執務を終えて戻るのは、もう少し先だろう。
(ま、何の約束もしてないしな…)
今日訪ねるという話もしなかった。思いがけず早く情報が集まったために、勢いでそのまま来てしまったが、よく考えたら早計だったかもしれない。ジュディスの報告を待って、明日あたり出直すか。それとももう少し待って、とりあえず現状だけでも話しておくか。
「どーすっかな……」
昨日訪れた際に「二人で寝る広さはある」と言われたベッドに無遠慮に寝転んで、ユーリはこれからどうするか、考えていた。
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続きます