最近になって思うこと

それは、セクマイありきの人生ではないということ

あたし自身、ビアンで、こんな田舎だからビアンさんはおろかばんぎゃ(愚民)ビアンさんはおらず

都会ならビアンさん限定のオフ会が多いが地元だと1箇所(以前申し込んだら人数が少ないという理由で開催されなかった)しかなく、他だとセクマイごちゃまぜオフ会だ

オフ会があるだけ幸せなんだと思う

だけど、あたしがよく言うFtMさんにアレルギー反応を起こしているというのは、中には遊び目的で近付いてくるチャラい人もいて、知り合った人からLINEでしつこくされ勝手に嫉妬された

それで怖くなり、以来セクマイごちゃまぜオフ会はかなり慎重になっている

あたし、FtMさんのことよく分かってない、のよね…

というか、そもそも性別なんて関係ないのだけど

頭では分かってるつもり、だった

当事者であってもわからないことだらけだ

よく、「異性愛者と同じ権利が欲しい。理解して欲しい」との声が聞こえてくる

分からなくもないかな?
同性婚が認められたらこの上ない幸福感に包まれるし、それまでのカミングアウト出来ず悶々と隠して交際しなければならない辛さからも開放されるから

だけど、最近、本当に権利って必要なのかな?理解してほしいってそれはノンケさんに対する押し付けでしかないのかな?って


当事者であってもわからないことはたくさんあります。ノンケさんなら尚更です
でも、「わかれ、わかれ」と権利を振りかざして「これだから社会は、世の中は」と噛み付いているだけにしか聞こえなくて


ごめんなさいね、こんな言い方で

あたしは、セクマイありきの人生なんかじゃないと最近になって気づいたのだ

フツーに仕事して、フツーに趣味を楽しんで友だちと遊びに行ったりしている中のその1部としてビアンとして生きる。というカテゴリーが自分の中にあって


ビアンありきじゃない
そんな息苦しい生き方はしたくない
ただ、一つだけ欲しいのは、女の子同士付き合っても人前で堂々と手を繋いで歩いたりといった平凡な生活が欲しいのだ

社会を変えてまで自分たちの生活を良くしたい訳ではない(あくまでも私の場合)

だから信頼出来る友人以外にはカミングアウトはしていない
する必要性を感じないから


セクマイさんは特別な人ではなく、その辺にいる人たちと何ら変わりはないんだよと言いたい