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かれは聖域


元カレKは口下手な男だ。

優しいが、意地っぱり。
人望はあるが、
間違ったものには間違ったとしか言えない。


そんな彼が出世コースから外れた部署へやられたのは、
1ヶ月前、
私が仕事に追われていた頃だった。


あれから彼は、
「全部どうでもいい」
とばかり言う。





荒れた口調の彼に、

「課長止まりになっても笑いやしないから、頑張りなさい」

と言ったら、
彼は直ぐに落ち着きを取り戻していた。



元々無欲な人だった。
出世に拘るようになったのは、
私の要求を実現しようとした結果かもしれない。




気力を失った声で、彼は言う。

「さくらを待つの、あと一年だけにしていい?……あと一年は、待ってるよ」




「……あと一年は、全力で支えますよ」


彼の声に
不意に
涙が出そうになった。

一握りのお仕事


主任から電話があった。


主任「君に仕事です!!」
さくら「はい。行きます。」
主任「頑張れよ……短期だけど、チャンスです!」



……さて、
と思い机の上を見渡す。
今日はお守りのネックレスをしてたから、
神様が味方してくれたかな。


……いや、神様じゃなくて主任がくれた仕事だって。



主任は私が仕事に入る前日に、
個別で指導してくれると言った。
場所は主任の部屋である。
セクハラ事件があった私を知る主任は、

『無論、襲いません(笑)』

と、茶化す。


それと、

『部屋に行くって、あんまり人に言わないでね』

とも制される。



ふふふ、聞く人が聞いちゃあヤバげな話ね。
ああ、だから誤解されないように『話すな』だわね。
了解です。



女だから
人間だから
技術者だから


その全てを、認められ認めたい。

チョコレートのパン


家にあるお米とか缶詰めを食べて、
後は机に向かって過ごしていた。



働き口は沢山あるけれど、
例えば日払いキャバに頼るより、病院で働きたい気持ちが強い。


セクハラで職場を追われた女にキャバは似合いな気もするし、
面白いようにも、
洒落にならない気もする。

だけど看護婦さんになるのも、夢だった。


ただ、主任が職を探してくれているし、今は自分の技術を研ぐべきだと自制する。



結局黙って机の前にいる。





夢と意地を貫いて、
財布の中は残り300円。


チョコレートのパンでも買って終わりにしようかしら。
それもまた、夢と意地。

よろめく体

元彼
S様と
半年ぶりに電話をした。



彼はまだ私を好きでいて
私を助けたいと言い
ずっと待ってると言った



私は働いてもないのに疲れきった体をベッドに投げ出して
言葉一つ一つに気を入れず
会話を垂れ流した



輝いていた私なんかどっかに行っちゃったわよ、
と考えつつ言葉には出さない。



よろめく体を支え、
風邪をひいたかなぁと思い薬を飲んだ。

耳元で聞こえた声を反芻する。



『俺のマンションに来なよ』

涙の出ぬ死んだ眼に



打算なんかじゃ この腕は動かねーんだよ。




燃えない心抱えきれず、
死んだ眼を潤ませながら言った。



頭で何考えても、
それが悪でも善でも、
心からいいと思える美しさにしか、
命かけられないじゃない。




梅雨時の湿り気は、
皮膚をじっとりと濡らしていた。
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