TOV
ラピ+ユリほのぼの










旅路の仲間も九人と大所帯になり、戦闘面においても安定してきた凛々の明星メンバー(正確にはそこに海賊娘や帝国騎士も含まれているのだが)。成人がフレンを含めた三人しかいない、という若さというより幼さが目立つパーティーで、どこか浮ついた空気が流れるのは仕方ないことだろう。
戦闘能力だけはすでに歴戦の猛者と言っても差支えないだけに、遠足気分は抜けないものだ。だからこそ年長者が目を光らせる必要があり、不足の事態を招いたのは誰の責任でもない。
「ガウ!?」
「ラピード!」
噴出したエアルクレーネに巻き込まれたのは、先行を買って出ていたラピードだ。高濃度のエアルが周囲の空気を動かし、体重の軽いカロルとパティが受け身も取れずに転がる。殿を務めていたユーリは手を伸ばして二人を抱きとめると、咄嗟に最前列に飛び出した。土地を考えればエアルクレーネに刺激された魔物の処理はジュディスとレイヴンで十分だろうし、すぐに体勢を整えたエステルとリタもいる。
そんな打算的な思考が冷静に廻っていたかは定かではなく、ユーリは珍しく反射的に身を投じていた。
淡い光を発するエアルクレーネは、間欠泉のような存在だったらしく、吹き出るエアルは徐々に沈静化していく。万が一を考えて制止の声を発していたリタの言葉もはっきりととらえきれないまま、姿すら燐光の中で見えない相棒へ手を伸ばす。
見え始めた青い毛並みがぶるぶるとこらえるように震えていることにぞっとして、ユーリは飛び込むように相棒を抱えると、すぐさまエアルクレーネから離脱した。
瞬間的とはいえ高濃度エアルに触れた肉体はひどい虚脱感を覚えていたが、そんなことよりも、と腕の中のラピードを見下ろす。エアルの緑の燐光に包まれたラピードがか細く「キュウン」と鳴いた。
「ラピー……!?」
駆け寄ってくる仲間たちが地面に膝をついた瞬間、ラピードの身体にしみこんだエアルがひときわ強く発光した。視界を焼かれ、思わず目をつぶる。腕の中の重さが消失したかのように軽くなったことに、ユーリは息をのんだ。
やがて数秒にも満たぬ光も収まり、はっとラピードを見下ろす。そして。
「ワフ?」
「…………は?」
懐かしい相棒の丸いラインに、思わず全員で声を出した。

 

「じゃあ、生まれてすぐのラピードなんです?」
「そうだなー。なっつかしい」
「本当。でも、大事なくてよかったよ」
ユーリの腕の中で裾を噛むことに夢中になっているラピードに、エステルの興奮した顔が近付く。
急遽朝方出発した街まで戻って来たはいいものの、当日宿泊ということで今夜は大部屋だ。今まで何度も男女混合で宿をとっているとはいえ、いまだに頭の固いフレンなどはいい顔をしない。下町育ちの彼のどこにそのような教養が生まれたのか定かではないユーリは、リタに「とりあえず時間経過でもとに戻るから大丈夫」とのお墨付きにすっかり安心し、小さくなった相棒に夢中だ。
「でも、本当に中身はそのままなの?」
「おお。ラピードがそう言ってる」
「……ユーリ、本当にラピードと喋ってるよね……」
「本当に幼い頃のラピードなら、ユーリや僕以外にも懐いているはずだよ。性格は少し甘えん坊に戻っているみたいだけど、エステリーゼ様達にはあまり近寄らないからね」
「そうなんです? うぅ、喜べばいいのか、悲しめばいいのかどちらでしょうか」
「青年には昔から懐いてたのね」
羨ましがる視線や納得したような視線を向けられながらも、ユーリの視線は己の腕の中に注がれている。いつもの不敵な顔つきではなく、目じりが下がった顔つきは普段以上に中性的な柔らかさを発揮している。
寝台の上に胡坐をかき、その膝の上に置いた相棒を撫でたり、腕を貸したりと御満悦だ。普段はラピードが咥えている煙管はユーリの手の中でゆるく握られている。身体に合わせたナイフを吊り下げるベルトとナイフ、ブラスティアも今はユーリの荷物に押し込まれていた。
生まれて数カ月というラピードであるが、もとより大型犬に部類される犬種だ。成犬時の鋭角的な面はなく、子犬特有のやわらかさと曲線で構成された肉体は、小型犬ならばすでに成長しきったほどには大きい。両手でしっかりと抱えないといけない程度には身体もしっかりしているので、何もかも世話をしなければならない子犬というほどでもない。
「ラピード、このころはちゃんと両目あるんだね」
「ああ。俺が無茶した時に、ちょっとな」
「ならラピードの目は漢の勲章なのじゃな!」
パティの言葉に肯定するように「わう!」と鳴いたラピードは、しかし押さえていた腕がするりとぬけだしてしまうと、慌てたように腕を追いかけた。親離れできていない子犬そのものの行動に、だれともなく微笑んでしまう。
いつもは相棒に似てニヒルというより、人をからかうような男前っぷりを発揮する犬の甘えっぷりが、外見も相まってかわいくて仕方ないのだ。唾液でべたべたになっている腕を気にすることもなく、ユーリも愛おしそうにその様子を見つめている。
今日は全員が一室ということで、しかも寝台も人数分ある。(もちろん数名分は持ち込まれた簡易寝台だったが、自然と成人組が質素な方を選ぶのが通例となっている)就寝前の自由時間を満喫しているが、ラピードの一件もあり、全員が室内で待機していた。
いつもは夜の街に繰り出すレイヴンも、目の保養とばかりに青年と子犬の戯れを観察している。レイヴンが心の中で、残念なのはほのぼのすぎて夜のオカズには向かないことだろうか、と下世話すぎる感想を抱いているところで、「ラピード、眠くなったのか?」と体勢を変えた。
「わうー」
よくよく見れば確かに腕の中の子犬は今にも寝むってしまいそうなほどぐったりと弛緩し、瞼をくっつけては開いてを繰り返している。まだまだ遊び足りないといやいや首を振る相棒を、困ったように見つめて笑ったユーリは、そのままごろりと寝台に倒れこんだ。
「ほら、昔みたいに一緒に寝ようぜ。大きくなってからすっかり添い寝してくれなくなったじゃねぇか」
ほがらかに笑うユーリはラピードの鼻先に柔らかく唇を押し付けた。「ふわあああ」と悲鳴を上げたエステルを振り向いて確認したが、リタが倒れたエステルを介抱しながら手を振るばかりだ。疑問に思いながらもユーリは相棒の甘えた声に引き寄せられるように首を戻す。
「明日も頼むぜ、ラピード」
「きゅん」
眠気と決意の狭間でかわいらしく鼻を鳴らしたラピードに微笑んで、ユーリも相棒に倣うことにした。瞼を閉じれば自然と睡眠の闇は伸びてくる。
「……おやすみ」
呟いた瞬間、応えるように唇に温かい何かが触れた。

 

「あーらら興奮して倒れちゃって……でもワンコはいいわねぇ、青年にキスしてもらえるなんて役得だわ〜ん」
「そうですか? 案外普通にしてくれますよ」
「……え? ……ふ、フレンくん、君……」