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(虫)Iの時間

ムシウタ
炯様リクエスト
愛され大助が『土師』になったことで周りが大騒ぎする
なんだかギャグちっく




それは穏やかな病室で起こった。
起こったというか、起こされたので故意の事件であるが、犯人である一名を除いてまったく予想していなかったのだからやはり起こった、と形容していいのだろう。
「そういえば言い忘れていたんだけど」
元“かっこう”こと薬屋大助が安静にしている病室中央に置かれたベッドの周囲には、彼を慕う少年少女で囲いが出来ていた。分かりにくいツンデレだったりヤンデレだったり無自覚だったりしたが、“虫”が消滅した今、全てが等しくただの十代未成年でしかない。死線を潜り抜けて度胸と勇気と戦闘能力を兼ね備えた、厄介な若者たちだが。
そんな室内で唯一成人している土師圭吾といえば、彼らから一定の距離を置き、窓辺にパイプ椅子を設置して何かの本を読んでいたところだった。
学校が終わり見舞いと証したたまり場扱いを重ねるのも恒例となっている今日この頃、虫関連の事後処理で忙殺されているはずの特環職員が当たり前のように病室にいる光景はなにやらあくどい匂いがするが、「まぁ支部長だし」で済んでしまえる男である。一度目の驚き以降は、誰もが彼の存在をスルーしていた。
和気藹々(中心である大助は、傍若無人な見舞い人たちのパワフルさに辟易していたが)とした会話が途切れた一瞬を、まるで狙い澄ましたかのように滑り込んだ声に誰もが反応せざるを得なかった。治療具塗れの大助に向いていた視線が一瞬男に集中する。
人の視線に晒され慣れている男はいつも通り何を考えているのか分からないような、でも絶対悪いことを考えているんだろうと分からせる笑みを貼り付けたまま言葉を続けた。
「僕と彼はそりゃあもう恥ずかしいぐらいの相思相愛カップルだから、彼のことは皆諦めるようにね。彼が退院し次第、名前も土師大助になって同棲開始だからそのつもりで」
沈黙である。
無駄に美声で告げられた宣告に、誰もが脳の主電源を無理やり落とされた。コンセントを引っこ抜かれた電気製品の気分だ。言葉は無意味に空っぽの脳内に反響するばかりで、一向に意味を吸収しようとしない。
十秒か、それとも一分か。揺れるカーテンだけが時間が動き続けている事を証明している自主的フリーズの中悲しい事に一番に再起動したのは、中心人物だった。何せ今日は不在の妹を除けば、あくどい大人と付き合いが一番長く濃いのだから。
「――――――っ!」
まるで虫と同化している時に発せられた怒りや衝動の咆哮に似た絶叫とともに、彼の身体を支えていた枕の一つが人の囲いの隙間から男に襲来した。
投擲とか、飛来とか、とにかく人間が肘からのワンスナップで投げたものには似つかわしくない表現が似合うのは、悲しいかな“虫”の名残である。加えて厳しい戦闘訓練の証でもあった。
枕は男の顔が一瞬前まであった場所を貫き、全開になっている窓から脱出していった。これから室内を渦巻くだろう空気を儚んだ身投げのようであった。
男はどこか誇らしげに口を開く。
「君達見たかい。これが本当のツンデレだぜ」
「ばば、ば、ばっっっっかじゃねぇの! 馬鹿! くそ、く、くたばれ馬鹿!」
どちらかというと童顔の丸い頬を真っ赤にして、悲鳴と羞恥を何とか怒りに変換して意識を保とうとしている大助は、周囲に自慢(なのだろう。大助には分からないが、声が妹を紹介するときのように幾分誇らしげだ)する友人……保護者……恋人? に貧困な罵声を浴びせた。
確かに大助は土師圭吾とそういった仲である。
おはようからおやすみを経由して愛してるまで言い合う仲だったりする。長くご無沙汰であるが、することもしていた。
自分でもびっくりするくらい、時折おいおいまじかよと引くぐらい圭吾のことが好きで、依存して、執着しているが、同性(というより土師圭吾という個人)と恋愛関係になっている以外はきわめて常識的な大助だ。同性愛という事実を吹聴するべきでもないことは自覚しているし、中庸、平凡を化けの皮に選んできた彼にとってそれは秘匿するべき真実だ。
間違えても見舞いに来てくれた、大助の表も裏も知りながらも慕ってくれる(同情してくれる)彼ら彼女らにカミングアウトすることではない。
まさかこの場にいる全員が「同性愛者なんて気持ち悪い」なんていって大助を見限る事はないと思っているが(そしてたとえそうなったとしても自分は大勢の彼らより、一人の圭吾を選ぶのだろうが)だからといってライオンにわざわざ餌を与えるようなマネをする圭吾が憎く、射殺さんばかりで睨みつける。
「え、あの……え?」
硬直から回復した詩歌の戸惑うような声は、いたって普通の反応である。知り合いがいきなり同性愛をカミングアウトしてきたらこうなるだろう。敬愛や慈愛を彼女に注ぐ大助としては、もし見限られれば少し寂しい。
「まじかよおおおおお“かっこう”手前、もう食われてんの? ファック、いつだ!? どの時期だ!?」
「アンネさん「食う」なんて言葉がはしたないです。ここは可愛くソフトににゃんにゃんと言いましょう。“かっこう”さんも表現は統一でお願いします」
天を仰いで「オーマイゴット!」とか言いそうなほど(予想とは違う)ショックを受けているアンネリーゼと、淡々と嗜めながらも実は内容は変わっていない愛理衣の言葉に、大助は本日二度目の硬直を味わう。
同世代の美少女に性生活を聞かれるなどと、早々あるはずがない。ないというのに何故ここで起こっているのか。しかも食うだのにゃんにゃんだの……キスやハグではない露骨な内容を指していることは明白だ。
諸悪の元凶が口を開いた。
「彼が中学にあがってしばらくした時だね」
「うわあああこいつショタコンだあああああああああ!」
「ちょ、うるさいよ、御嶽さん!」
アンネリーゼの絶叫に、ようやく止まっていた有夏月が反射的に抗議の声を上げる。
「いやだってまじかよ! ……そういえば初めて会った時も何か一緒にいたよな、お前ら」
「“霞王”を捕縛した時は勿論覚えているよ。彼の力を持ってしても欠落者にならなかったほど強力だったからね。それで僕に被害が行かないか緊張していてね。君を連行した後は彼から引っ付いて心音を聞くなんて可愛い安心の仕方を」
「うわあああああああああああああああ! うわあああああああああああああ!」
「か、“かっこう”落ち着け! さすがに傷に障る! 大丈夫だ、聞かなかったから! 俺たちは何も聞いていないから!」
東中央支部でも数少ない、“かっこう”に物怖じしない虫憑きであった“兜”こと倭は、その強面とは相反する心配そうな声を出してなだめる。
決戦で受けた怪我は勿論、一度は欠落者になった衝撃に長年夢を消耗してきた衰弱。眼帯の下で青みがかった瞳はそれだけではない他の理由も含んでいるが、それを公開するのはまだ少し後のことなので割愛。ともかく心身ともに比喩でなく瀕死状態である大助が、一時の興奮で暴れるなど自傷行為に等しい。
すでにぜいぜいと息切れを起こしている彼の肩をやんわりと、しかし有無を言わせぬ力強さでベッドに戻してやりながら、倭は自分の常識人さと生真面目さを呪った。
彼は功労者たる大助に対して純粋な敬意や労わり以外の思慕を持っていないが、一癖も二癖もある人物に思いを向けられていることには合掌するしかない。さすがに自分の上司である支部長のショタコン疑惑には胃が痛いし、下世話な話思春期の身として身内の性実態を無意識下で想像してしまう本能が恨めしかった。ナチュラルに大助を「下」にして想像してしまったことも心苦しかった。というかもし万が一逆の立場だったとしてももう考えたくもなかった。
「シャイな彼のために黙っておこうとは思ったんだけど、よく考えなくても、組織だ夢だしがらみだの何のなくなった君達がこれから少女マンガレベルの青春を謳歌すると思うと、さしもの僕も不安でね……釘を刺しておこうと思って」
とんでもない理由である。
一回り年下の少女達(この場にいないが一部少年達が含まれるところに、まぁ気苦労があるのかもしれない)に向かってそれはもう大人げない宣戦布告だった。
恋に盲目といえば可愛らしいが、やっている事がえげつなさすぎる。
「へぇ?」
明確な敵意に最も早く反応したのは、他でもないアンネリーゼだ。元お嬢様の面影は外見にしかない。口調も目付きもそれこそ悪魔染みた凶悪さで光っている。
「おいおい天下の土師支部長様とは思えない必死さじゃねぇか……好奇心だの気の迷いで”かっこう”に手を出したならぶっ殺そうかと思ってたんだがよぉ」
「心外だね。あらゆる悪事を結果の理由にしてきた僕だけど、彼を裏切った事は一度もないだけが自慢の男だ」
「おうおう、ノロケてくれるじゃねーか。つまりあれだろ? 俺らにツンドラな“かっこう”がお前の前ではデレデレにゃんにゃんなことに優越感を抱いてんだろ?」
「”霞王”先に言っておこう……彼の甘え方は君の想像以上の破壊力を持っている」
「なん、だと……?」
「いや、何言ってるんだお前ら両方落ち着けよ。一回深呼吸してそこの窓から飛び降りてみたらどうだ? な?」
「大助くんも混乱してるよ」
やんわり言い切った大助に、ようやく回復した詩歌が困ったように笑う。どこまでもふんわりと柔らかな物言いに、大助も目を伏せた。
なんというか、彼女は純粋で無垢で、ただただ天使のように綺麗なものだと大助は思っているからばつが悪い。考えすぎで神聖化しすぎだとは分かっていても、彼女が常に潔く白くあり続けたのは真実だ。
そんな彼女の前で男同士の性事情など、もはや刑罰に処される蛮行に違いない。
けれどひたすら縮こまる大助の前で、詩歌はふんわりといつもの笑顔で微笑んだ。
「大助くんにはもう大切な人がいるんだね」
「え、あ……う、うん」
彼女に抱いた気持ちに恋愛感情がない、わけではなかったと思う。しかしそれよりも同じ道を行く同士や、近さで言えば家族に対する気持ちが強い。
自分が幸せにしたいとも思うが、それ以上にもっと素晴らしい人と幸せになってほしいと思う。
大助は誰より自分の醜さも矮小さも理解していた。
「そういう風に思える人がいるって、すごく素敵なことだね」
「あ、ありがとう、詩歌……」
彼女との会話はいつも自分の中の淀みが浄化されていくような気がする。まっすぐな心で見返してきてくれる彼女の言葉はいつだって大助の背中を押してくれる。
「えへへ、どういたしまして」
「ざまぁ、目の前で浮気されてるぜ」
「幼稚園児同士が手を繋ぐ事に嫉妬するほど矮小な大人じゃないんでね。実に微笑ましいじゃないか」
「つまり支部長は幼稚園児相手に発情しているという見解でよろしいのですか?」
「お前らは黙れ」
外野からちょっかいを出してくる三人を睨んでも、どこ吹く風である。
場の空気が当然のように大助と圭吾の恋愛関係を許容している事が異質だと思ったが、自分からつつく勇気もなく、黙秘に徹した。黙秘してもおちょくられるだろうし。
「二人きりの彼はすごいよ。口は悪いし無愛想なのに絶対傍を離れないんだ。ソファは横か足元。お風呂での背中流しっこは楽しかったな」
「つまり”かっこう”さんは猫属性だと?」
「くじけそうになった時はこっそり布団に入ってきた事もあったかな……弱さを僕にだけ見せてくれる彼に、僕も大人気なくその日は燃え上がったさ」
「ほほう……おもしれぇ。詳しく聞いてやるよ、そのノロケってやつをな」
「おいやめろおおおおおおおおお! お、お前俺のそういう……その、話なんて聞いてもしょうがねぇだろ! 興味ないだろ! な?」
「いや、興味あるね! お前のエロさとやら、とくと語ってもらおうじゃねぇか」
「お嬢さんには少し刺激が強いかもしれないが、そこまで啖呵をきられたら僕も黙っているわけにはいかないな。男の矜持にかけて」
「お前ら馬鹿! 本当に馬鹿! 馬鹿ばっか! 十八歳未満にしていい話じゃねーよ!」
「……そもそも未成年との性交渉は合意の上でも犯罪なんだけど。もうアウトだよ、うちの支部長……というか、十八歳未満にしてはいけない話の内容をしたんだ……そうなんだ」
「やめろよ! その温い目はやめろよ!」
有夏月の温い目から逃れるように自らの顔を両手で覆って悶絶している大助はついにシーツに潜って丸くなった。重症で動けないために逃げる事が出来ないからだろうが、女性陣からすればそんなところがかわいいと盛り上がられる所以だろう、と男達は思った。思えたところで大分洗脳というか、汚染されている。
外の世界を拒絶してしまった大助にかける言葉などなく、何とも言えない沈黙を保っていた二人の耳には、さらなる試練のように言い争いが飛び込んできた。
「いやでも略奪愛って燃えるよな。問題無い、問題無い」
「愛は根深く強かです」
かっこいいような馬鹿らしいような不屈の闘志を見せてくれた二人だったが、突如振り返って大助を見ると親指を立てて決めポーズを作る。シーツはめくられて奪われた。
「とりあえずアリスとかにもチクっとくな!」
「なんでややこしくなりそうなところから攻めてくんだよ!」
おせっかいが心情の少女に知られれば、扉を蹴破って問い詰めてくるに違いない。何がどうしてそうなったのかは不明だが、彼女は大助をまるで弟か何かのような「不出来な不器用」だと思っている節がある。彼女の前で無様な言動を取った事はあるが、だからって何故大助の周りにはこうも過剰な人間が集まるのだろうか。
再びなにやら不穏な会話の応酬というか会話のドッチボールをし始めたところで、ふと大助はとある考えに行きついた。
じわじわと脳を蝕む脅威に、大助はうろうろと視線をさまよわせて、ようやく決心した。
「なぁ、おい」
大助は彼と同じくぎらつく二人に引いていた倭と有夏月をこっそりと呼んだ。場の空気を乱したくなかったので、二人とも静かに大助に耳を寄せる。
大助は思いのほか真剣な……深刻な顔をしたまま押し殺した声を出す。
「愛とかなんとか言ってるけど、あの……あいつらって圭吾の事好き、なのか?」
瞬間二人は温い眼をした。
死んだ目といってもよかった。
呆れられているような気がしたが、大助にとってかなり死活問題である。
大助としては自分に人を引き付けておけるような魅力がないことは知っているし、圭吾に大切にされているのは理解できても、何故自分など好きになったのかいまだに理解していない。毛色の違う物珍しさだと言われても納得できそうだ。
アンネリーゼも愛理衣も相当な美少女だ。年齢が離れている事に関しては、そもそも中学進学と同時にAもBもにゃんにゃんも教えられた大助にとって何の障害でもない。自分が捨てられたらどうしよう――必要とされる居場所を無我に欲する大助にとって、見捨てられる事ほど恐ろしい事はない。
だというのに相談を持ちかけた二人は大助を哀れむような、呆れるような目をするばかりだ。いままでの意趣返しだろうか。
「……“かっこう”、それはないよ。正直引くよ」
「……まぁ、これはひどいな」
「え?」
二人は深い溜息を吐くばかりである。
「君がそんなんだから二人がああなるんだよ」
「支部長はお前の事だけはなんというか……あくどいからな」
「え?」
強かな大人が、たとえ悪逆だと罵られても手に入れたいと望むらしい相手はそのことをさっぱり理解していない。魅力といえば魅力なのだろうが、振り回されるポジションにしかなれない(かといって争奪戦に乗り込みたくもない)人間にとっては、いい加減自覚しろと言いたい。
ここらあたりではっきりといわないことが、結果的に優しさであり、甘やかしなのだろうけど。綺麗なものには綺麗でいてほしいという、穢れた人間の一種の願望だろう。
「その心配は杞憂だから大丈夫だよ薬屋。あ、土師って呼んだ方がいいのかな……まぁ、そのあれだ。す、末永くお幸せに」
「幸せの形は人それぞれだからな……何か犯罪臭が漂った時は極力協力しようと思うから安心してくれ」
「なんでお前ら微妙に優しくなるんだよ」
やんわりと肩を叩く手の温さに、必要以上の同情と労りを感じて首を傾げる。
柔らかい風が外の生きた匂いを運んで大助の髪を揺らす。世界に死の匂いは無く、ただただ優しかった。

(虫)たたかう

ムシウタ
匿名様リク


あさぎ+かっこう

へたれバトル描写です





それはまさしく誇りであった。
獅子堂戌子は誰に何を言われようと、どう思われていようと、その考えを改める事は生涯無かった。誇りへの侮辱を許さず、自らにも誇りを挟持とする事を科した。
ほんの一時、あの輝かしい一瞬の時間は彼女の宝だ。





人の夢を搾取する呪いのような”虫”でも、己の消滅に恐怖しているのだろうか、断末魔を上げる。魂を吐き出す声は怨嗟であり、呪いであった。
初めて聞いた者は呆然と立ちすくむ事もあったーーが、彼女も、そして彼もそんな無様を見せた事は無かった。絶叫がそこかしこであがりすぎて、もはやそれはただの音でしかない。そもそも彼と彼女にとって断末魔など、車のクラクションといかほどの違いがあるというのだろうか。
すべてを押し潰すような砲撃に砕かれ、またある”虫”は磁力を纏ったスティックに吹き飛ばされるようにもがれて消えた。
火炎放射器のような螺旋の炎が身を襲うも、”かっこう”は避ける事すらしなかった。肌の露出がほとんどないコートを翻し、視線をそらさずに上空で放射口に飛び込む。燐光を灯した剛腕が火打石のような口角を砕き、緑の血がはねた。まだ成長途中の幼い頬に張り付く血は、すぐにチリへと還る。
”あさぎ”はそんな彼の姿を視界には入れていない。そこかしこで聞こえるあらゆる音にかき消された相手の息遣いを心配する関係でもなかった。
ぐるん、とスティックを回して、彼女は空中を直角に移動する。放たれたかまいたちをあざ笑うかのように理不尽な移動だった。唖然と”あさぎ”を見上げる宿主と”虫”は、次の瞬間眼前で背中を晒す姿となった。高速移動による風圧で周囲の風を纏い、揉まれるようにはためくコートが数瞬遅れで音を運ぶ。
振り返る時間もなく、スティックは彼女の何倍もある”虫”の巨体を両断した。
戦場だった。
幼い少年少女たちが悲壮な覚悟と憤怒を持って、たった二人の虫憑きを殺そうとしていた。もはや彼らに容赦の二文字はなく、宿主である二人を殺す事に何の躊躇も無い。
それほどまでに二人は恐れられていた。
二人を囲む少年少女とかわらぬはずの”かっこう”と”あさぎ”を。
最も多く存在する分離型ではない二人を倒すとなれば、特殊型を攻撃できるタイプの虫を使うしかないし、”かっこう”に至っては数少ない同化型で、そもそも狙うべき的がその身一つしかないのも原因だが。
「怯えているのに向かってくるとは健気だねー。優しい聖母のような僕としては慈悲を持って虫を狙うしかないじゃないかー」
「お前の武器で人間殴ってみろ。跡形も無く塵になるだろうが」
「君はならなかったけど、と」
「強化されててよかったぜ!」
突っ込んできた巨大なだんごむしのような球体をよける。すさまじい回転と質量によりアスファルトが砕けて飛散する。それぞれ己の武器で石礫を振り払った二人は、互いに目標を定めて走る。
瓦礫にゴムボールのようにバウンドして方向転換を図ろうとしただんごむしは、しかし”かっこう”の砲撃によりその質量の大部分を失った。
”虫”とつながっている宿主の悲鳴が響く。砲撃は止まず、二発目が完全に”虫”の生命を終わらせた。
躊躇はなかった。
それが誰かを傷つけていると知っていたし、誰からか憎まれると十分に理解していてもためらいはなかった。
悩み、悔やむ時間は誰にも見せるべきではないと、互いをよく知っている。
悲鳴が響く。怨嗟が残る。
倒れていく思いは誰かに引き継がれ、その刃が何十倍にもなって身に降り掛かるとしても立ち止まる事は無い。
「……化け、物め」
「いかにも」
”あさぎ”は肯定する。
願ってはいけない夢を見てしまった一人の少女は、戦闘狂と揶揄され、化け物と罵られてもそれを受け入れた。受け入れられた。
彼女の背中には同じ思いを宿した少年がいる。
「ぼく達はそれ以外の何者でもないさ」
虫憑きなのだから。
この場にいる全員が等しく化け物だというのに、それを自覚しているのはたった二人だけだった。けれど彼女にはそれで十分だった。
ホッケースティックを高々と振り上げるーー必要は無かった。膝を付き苦痛にうめく宿主の横には、羽をもがれ足を潰されたトンボに似た”虫”が蠢いている。能力によって迅雷の疾さを手に入れた”あさぎ”は、己の腕を振る。
瞬間、彼女の足下を砲撃が貫いた。
「……君はそちら担当だろ−」
「そりゃ悪かったな。いつまでもノロノロやってから、お疲れかと思ったんだよ」
「なんだと、この生意気なー」
のんびりと語尾をのばす口調とは裏腹に、加速した肉体が見えない早さでスティックを振るう。が、”かっこう”はひょいと首を傾げて大降りの攻撃を回避すると、追撃をさけるために大きく飛び退いた。港の倉庫街にいくつも立ち並ぶコンテナの上に避難すると、ゆるりと周囲を見回す。
崩れ落ちて虚脱した人。いまだに闘志を燃やす少人数。怯えて逃げたくてたまらないという顔をしている大多数。
”かっこう”は容赦なく牙を剥く。
「命が惜しい奴は特環に従え。惜しくない奴はかかってこい」
赤い点滅を繰り返すゴーグルのせいで、彼はいっそう人ならざるもののように見えた。
本当は寂しがりやで、不器用で、お人好しなところがあって、押しに弱くて。そんなどこにでもいる当たり前の少年なのに。
誰も知らない。気付かない。
その暴力的な生き様が、”あさぎ”にはひどくまぶしいものだった。
他人の不幸を望む願いによって生まれた”あさぎ”に比べて、彼の生まれた理由はなんと幼稚で、それ故に健気だろうか。
そんな彼が彼女にだけは背中を預ける。コートに阻まれた少年の背中の温度も堅さも、彼女だけが知っている。
それはなんという誇らしい事だろう。
彼の背に立つ。”あさぎ”は言った。
「命が惜しくなければ、ぼく達が相手になろう」

(虫)拭って

ムシウタ

雪様リクエスト
みんなの前で泣いてしまうかっこう

当然のごとく愛されております






光の粒子が空へ立ち上る。人の狂気から生まれてしまった異形達が、この世界から消えていく。
青い空に濛々と上がる白煙。崩れた瓦礫が広がる壊滅した都市。その爆心地のような赤牧市に、いまだ押さない十代の少年少女が、皆呆けたように空を見上げていた。
憎んで利用して、殺しあって。手に入れたものと失ったものを抱えて、そうしてここまで生き残った人間の目に、この光景は夢のように映っていた。
逃げたくて、何度願っても消えてくれない時限爆弾に憔悴しながら、今ようやく開放される。
現実味のない夢の光景。誰もが「何故もっと早く」と願わずには居られない、尊い命をいくつも飲み込んだ末に広がる光景。
「う、あ……」
声は小さく、聞き取れたのは数人だ。彼の傍にいる数人にしか聞き取れなかっただろう。
ゴーグルもコートもない。一度戦場から離れていたからゴーグルの予備が無かった。コートは隣に立った少女にかぶせた。
どこにでもいる少年の姿だけで、”かっこう”は消滅した。
体を蝕む虫の装甲も、甲高い鳴き声と共に消えていく。祝福か呪いか分からなくても、それは別れだった。
”かっこう”の役目は終わった。
目的は果たせなくても、多くの虫憑きを奮い立たせ、生き延びさせた。恐怖の圧制に屈することなく、共に並び立つ少女もいた。
終わった。
終わる。
”かっこう”の硬い殻が消えていく。
大助は叫ぶように声を上げた。
「あ、あ、うあああああああああああああああああ」
涙が止まらなかった。
苦しみが報われた小さな達成感と。膨大な助けられなかった命への後悔と。今生き残っていることに感謝すればいいのか、苦しめばいいのか。
分からない。分からないまま終わってしまった。
願いが叶う前に全ては過ぎ去って、残っているのは死に掛けの心と身体と、寂しさ。
虫に憑かれた日から何一つ変わっていない弱く、子供の心だけ。
居場所が欲しい。必要とされたい。他の誰でもない自分が欲しいと言って貰いたい。
誰か。――誰か。
涙は絶叫であり慟哭であり、おそらくこの場にいる誰よりも大助が出してはいけなかった類の感情だ。
感情は伝播した。
現実を受け入れた少年少女たちも、やはり同時に安堵と悔恨を抱えていた。一人また一人と崩れ落ちていく。
ただのちっぽけな人間に戻って、”かっこう”は薬屋大助になって初めて悲鳴をあげた。



 

一度馬鹿になった栓というのは、なかなか元に戻らないらしい。気合や我慢で止められていたはずなのに、今は流れ落ちて初めて気付く体たらくだ。
「あ」
ぽろ、とまるで鉛筆を落としてしまったような感覚で涙が落ちた。
その瞬間ガタゴトガン、とけたたましい音を立てて数人が椅子を巻き込みながらひっくりかえる。そのリアクションもいい加減飽きないのかと当人ながら他人事のように思ってしまう大助だ。
「こ、今度はなんだああ!」
起き上がりながら顔を真っ赤にして叫ぶアンネリーゼはなぜか呼気を荒げている。最終決戦すら最後まで走りぬいた屈指の虫憑きである彼女を、何がそんなにも蝕んでいるのだろうか。
こちらは無言で席を起こす有夏月や鯱人も、どこかげっそりしている。
「いや、ただひさしぶりにハンバーグ食べたな、と思って」
長く出来合の惣菜ばかり食べていたし、後半はただ生きることに必死すぎてすぐにエネルギーになるものばかり食べていた気がする。決戦後には病院食や流動食ばかりで、肉類はほとんど味気のない鳥のささみなどだけだった。
牛肉の油が冷えてもおいしく食べられるように工夫されている。手作りハンバーグ、などというものを食べたのはいつぶりだろうか。
「驚かせんなよ!」
「むしろいい加減慣れてくれよ」
どうにも最終決戦終了後に大泣きしてから、涙の栓がバカになってしまったらしい。ことあるごとに突拍子もなく溢れ出すそれのせいで、復学した学校ではすっかり繊細な男子扱いだ。めんどくさいので訂正していないが、周囲の対応もいやに過保護になりつつある。
「で、そのハンバーグって誰の手作りだよ」
「けーご」
相席連中はガタゴトガンゴシャ、と再びすさまじい騒音を立てて転げまわった。もはやなにがどうなったのかわからないが、椅子と一体化するようにねじれまわっている。ただ一人、大助の隣でゆっくりと小さな弁当箱の中身を食べ続けている詩歌だけ、驚いたように目を見開いた後、ゆるゆると笑みを浮かべた。
「土師さん、料理もできるんだね。すごい」
「あいつ、なんでも器用にこなすんだ。仕事だって夜遅くまでやってるくせに、身体丈夫じゃないんだからとっとと休めって言ってるんだけど」
「でも、おいしく食べられるように作ってくれるんだよね。優しいね、土師さん」
「ん、まぁ……」
これはいちゃついているのか惚気られているのか、だとすれば三角関係なんじゃないだろうかと周囲に思われているなど当事者は知りもしないだろう。(ここにいない悪い大人だけは理解しているのだろうが)
詩歌は当然のように大助の目じりに溜まっていた涙を白い指先で拭う。大助は女生徒の険のない接触は居心地が悪いと同時に、思春期らしいあこがれもあって頬を赤らめた。いちゃついてんのか、と地獄の淵から出てくるような声を出したアンネリーゼの声を届いていない。
優しさ、温かさ、仲間という存在。
欲しかったけれど諦めたもので、きっと自分の道を進む限り決して手に入らないものだと思っていた輝かしい者たち。
それを自覚するたび頬を温かい何かが伝う。
「あ」
ぽろりと再び落ちた雫に、アンネリーゼが目を突きそうな速度で拭う。
今はこんなにも自分の涙をぬぐってくれる人間がいることが、ただうれしかった。

(虫)羨望嫉妬

ムシウタ
遊佐様リクエスト
一玖×かっこう
なぜか一玖→かっこうになってしまった。そこはかとなく下品

 

 


「お前には無理だ」
“かっこう”はいくらでも同じ言葉を吐き出せた。
信頼する片割れから居場所を奪われようとも、持たされた偉業の力が通用しなくても、権力だの立場だの、つまらなくも無視することの出来ないものを振りかざされても。
無理やり抱かれようと、女をあてがわれようと、吐こうとも痛めつけられようとも。
東中央支部火種一号局員“かっこう”は、その名を心に刻んだままだ。
よどみかけた眼差しで、何度も何度も同じ場所で迷う軟弱物だというのに、それでもその一転に置いて、彼は頑なであり、盲目で絶対だった。
「一玖君嵩。お前には無理だ。諦めたお前には無理なんだ」
「諦めてなどいない」
「いいや。虫の力を使った時から俺たちはただの化け物で、人間じゃなくなったんだ。だからお前は救世主にはなれない」
「俺たちはなれない」と繰り返す。
訓練や戦闘の傷痕を隠すために最低限の露出しかしない彼の胴体は白い。虫の能力により底上げされた回復能力でも癒えきれない傷痕がうっすらと浮かび上がっているのは、体温の上昇が原因だ。
いまだ中学生だというのに、もはや性交の道具となることを受け入れた子供の顔は、一玖には面白くない。
暇つぶしのつもりだった。嫌がらせに近かった。
ただそれだけが理由で、彼の秘蔵っ子といわれた一号指定を中央本部に呼び寄せた。呼び寄せてそれなりの任務を与えるだけで、飼い殺しの状況は誰よりも本人が理解していただろう。
監視された通信機で温い上辺の確認をするだけの土師圭吾と“かっこう”の会話は、それでもひどく甘ったるい匂いを発していた。砂糖水のように“虫”を引き寄せようとする餌のようだった。
浮き出たあばらにじんわりと浮かび上がっている汗は、すでに冷えてしまっているだろう。貧相ではない程度に引き締まった訓練の成果は、しかし心を守りはしない。
落としてやろうと思った。八つ当たりだった。
呪われるように始まりともいえる虫憑きになってしまった一玖は、もう長い間夢を見ている。みっともない夢にすがり付いている滑稽な自分も、現状も、周囲も何もかも疎ましく、苛立った。
弱い心で経とうとする“かっこう”も、所詮一人の虫憑きを利用するしかないくせにお綺麗な顔をする土師圭吾も。
自らが捨て、もてなかったものを持つ相手への嫉妬ややっかみであるなどと、一玖に進言するものは居ない。
絶望に濡らしたはずの瞳は、今は静かに澄んでいる。
まるで一玖を恨む事よりずっと大切なことがあるとでも言わんばかりのそっけなさに、常に口元に浮かんでいた嘲笑はすでに形骸となってしまった。
襟元を崩しただけの自分とは異なり、衣服らしい衣服を身に纏っていない少年の輪郭を浮かび上がらせる薄いシーツ。
両者の間にあるはずの絶対的な“差”は、時を経るごとに消えていっているような気がした。
「では問おう。あの男ならなれるとも?」
「さぁ。けれどあいつは数え切れない種をまいた。俺は所詮そのたった一つ部に過ぎない……なら、いつかそこに辿り着く奴がいる。世界は一人で救えるほど単純じゃねーよ」
「人間のような事を吐く」
「人間に戻るために生きてるんだよ、俺たちは」
視線は遠い。逃避している目ではないのに、どこまでも遠くを見ている。
一玖の口元にあった笑みはすでに消えていた。
サングラスで隠された双眸をうかがうことはできないが、その眉根が厳しく寄っている事に、本人も気付いていない。
何故だ、と問いたかった。
しかし淘汰ところで納得も理解も出来ないだろう。
目に見えないものを信じるものと信じないもの。いうなれば二人の間に横たわった溝は決定的に踏み越えられぬものだった。
「あの男と」
それは言ってはならない言葉だった。
それは敗北を認めてしまう。それは嫉妬を認めてしまう。
築き上げたはずのものがはりぼてでしかないことを知っていても舵手縋りつくしかない、取り繕うしかない幼さを、一玖も抱えていた。
土師圭吾のように。“かっこう”のように。
けれどそれを笑って、みっともなく口に出来るような……気安く、暖かく、太い関係を持つ相手が居なかった。
築き上げてこなかったものを羨むしかないその姿は、一玖が何より恐れていたもののはずだ。
それでも口に出した。
欲しかった。
叶えたい夢のように、みっともなく。刹那に爆発的に浮かんだ常道は、虫に取り付かれたあの時と何一つ変わらなかった。
けして交わるはずの無い視線を絡めたかった。
欲しかった。
目の前の、何の力も権力も持たない子供が、一途に欲しかった。
「あの男と、何が違うと言うんだ」

(UF)想い出は幼い

アルティメット・ファクター

赤猫丸が再ブレイクしたと聞いて

二巻後(決別のフォトン・クロス)イフストーリー的な




人類連邦政府の主だった顔ぶれが反アルティメット派であることは明白だったが、それでも突如発表された「アルティメット規制管理法」は各都市に大きな影響を及ぼした。
なにせいまや民間では花形産業である民間総合軍事企業には、退役アルティメットも少なくはない。勿論多くもないが、それぞれ穏やかに居場所を見つけたアルティメット。また彼らを分かり合える同胞として受け入れていた周囲の人間の動揺と困惑、そして深い悲しみと怒りを巻き起こした。
反対運動や暴動を恐れた人間も数多くいたが、それを上回る熱狂的な支持が人類連邦政府の独善的な法案を守った。
フォ−ト・アジール駅でテロリスト組織“エクスカリバー”が起こしたハイドロ・ターミナル・ステーション爆破事件によって、世論が急速に反アルティメットに傾いていた事も理由の一つだ。
アルティメット規制管理法――文字通り、アルティメットを管理するための法だった。
全てのアルティメットは政府に登録する義務があり、その体内に位置検索などを含めたマイクロチップを埋め込まなければならず、また許可なしに指定の住居を離れてはいけないという拘束法案だ。これに従わないアルティメットは、厳重に罰せられる。
超人たちは生み出され、戦わせられたときと同じように拒否権はない。人権など、人間ではないから存在しないということらしい。
まるで全てのアルティメットはエクスカリバーに行けといわんばかりの暴論だった。事実数少ない上層部のきな臭さを掴んだ人間は、これがエクスカリバーと効率的に「戦争ごっこ」するための一石だと気付いていたが、声高にいう事は出来なかった。
規制の発布から施行までのなんとも都合のいい一週間の猶予が、アルティメットたちに残された自由だった。
「いっちゃうの……?」
傘を握り締める両手が白くなっていた。それほどの力がこめられた少女の手には、それでも軍事講習と仕事で付いたナイフだこと拳銃跡がある。
雨音に掻き消えるようにかほそく、寂しさと屈辱、打ちのめされた哀れさが声に宿っている。対する青年もまた、何かを諦めたような笑顔を浮かべていた。
「いくら俺でも全人類敵にはまわせねぇんだ」
「分かってるよ! ……リボーが戦いたくないからいっちゃうのも、わかってる、けど!」
相対しているリボーは傘を差さず、その全身を濡らしている。愛車であるHELLIONにくくりつけられた長距離旅行用の鞄ははちきれんばかりに膨れ上がっており、とにかく当面必要なものを詰め込んだのだろう。衣服の隙間に銃弾や爆弾、戦場用医療キットが詰め込まれていることが、無常な現実を晒している。
リボーの存在は、ストラスバーグの証人喚問ですでに不特定多数の人間に明らかになっている。すぐに素性は洗い出され、鉛の亡霊所属の驚異的なアルティメットであることが知られるのも、そう遠くはない。
ゴスペルをはじめとするウィッシング・ウェル社は勿論、なじみの武器屋などは彼の人柄を信じて他言しないだろうが、それでもすぐに存在は露見する。その時もしゴスペルたちの身に危険が及ぶ事になれば、彼は己から監視下に下るだろう。そうなってしまえばおしまいだ。
「この一週間はきっと、政府の戦争ごっこを始めるための簡単な仕切りだ。アルティメットのいなくなった街、そしてアルティメットだけの……エクスカリバー。戦争になればきっと人間は勝つだろう……たくさんの命を失って」
「うん……」
「親父さんは?」
「……私とお母さんがお願いして、部下の人たちに説得してもらったの。多分数日以内に、どこかに潜む予定」
「そっか」
沈黙が、言葉を喰らい尽くすかのように重かった。
アルティメットでも、鉛の亡霊でも、青い正義を持っていても――どうしようもない現実があった。
「リボー」
静かな声は、じっとリボーの後方で二人を見守っていたギャラガーのものだ。いつものスーツをぐっしょり濡らしながら、同じように大型二輪の後部に荷物を積んでいる。別れの時はすぐそこに迫っていた。
「どこにいくの?」
「とりあえずまぁ……東かな。エクスカリバー入りするために、たくさん西に行くだろうから。それに東部にはほとんど足を運んでねーし、顔もばれにくいだろ」
「そっか」
きっとゴスペルはこれから何度も地図を見てしまうに違いない。そうして仕事で街を離れるたび、赤い髪を捜してしまうだろう。
「ああ……元気、でな?」
「なんで疑問系なのよ! もう、それに気をつけなきゃいけないのは、リボーたちの方でしょ!」
「そうだな」
雨が冷たくて、震えてしまいそうな身体を必死に奮い立たせる。大きな声を出して、声が震えている事がばれないように。
心配をかけないように、ゴスペルは振舞った。そうすることが正しいと思った。
リボーは家族に促され、自らの単車に跨った。ダスター・グラスを目にあてがい、ついに出発の準備は完了してしまう。
「リボー、ギャラガーさん」
「生きてりゃ会えるさ」
最後の最後で涙ぐんでしまう自分を恥じながら、ゴスペルは二人の姿を目に焼き付けるように見つめた。最後にリボーは、ゴスペルの大好きな笑みを浮かべてくれた。やんちゃなガキのような、にっかりとした笑顔。
ギャラガーもまた頬を引きつらせている。彼なりの笑みはいつもよく分からないけれど、それでも柔らかな声色だった。
「うん。班長は僕が守るから、安心して」
「お、言ったな」
最後は笑顔で――それだけはお互いに決めていた。
アルティメットと人間。何も変わらないけれど、もはや一緒には居られない。
「じゃあね」
「ああ」
「元気で」
雨の中排気を撒き散らして消えていく二つの影は、すぐに見えなくなった。
位置が知られる事を恐れて置いていかれた二人のエージェント・ノートは、ゴスペルの手の中に納まっている。
彼女と彼らを結ぶものはない――心以外。
涙は堪えた。いつか必ず会うために、その時泣く為に。

 




悪法の発表から早くも一年。
法は事実上あってないものだが、あの一件が人類とアルティメットの間に深い溝を残した事は事実だ。
ゴスペルは砂塵が吹き荒れ荒野で涙を零す。
塵芥が目に入ったわけではない。黄土色が続く景色に花のように鮮やかな赤い髪を見つけたからだ。
隣には並び立つ黒いスーツ姿の男。
荒れ狂う風に体を揺らがせることなく、髪とジャケットだけが激しく揺らいでいる。
ゴスペルは震える声で、必死で声を出した。隣で驚きのあまり引き金に指をかけることさえ忘れたクラウディアの内面を代弁するように。
「――なんでそこにいるのよぉ!」
並び立つエクスカリバーを指揮するように、リボーは居た。その横にギャラガーとマルコという“家族”を従えて。

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