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(され竜)色付き夢

されど罪人は竜と踊る

0,5巻がいまだ買えていない苛立ちで書きなぐった
モブから見たギギ+ガユ





「ちょ、やばすぎ! あの人マジ美形じゃん!」
学生御用達、皇国内で数十店舗展開しているカフェテリアで、おしゃべりに興じていた私達の意識を友人の一人が奪っていった。正確には発せられた内容が、だけど。
その子は女子高生にありがちな恋に恋する子で、今までも街中で見つけた美形の写真を撮っては友人間の話の種にするような子だった。私も友人も、悪い事をしているという意識はない。ちょっとした、乙女の妄想ごっこの一部だ。
「どこ?」「つーか前から思ってたけどあんたの美形って範囲広くない?」「前は三十のおっさんだったじゃん」と便乗する友人に混ざり、私も辺りを見回す。国の境界にあたるこの街は種族の坩堝で、放課後の今は学生も社会人も、犯罪者みたいに怖い空気を纏う攻性咒式士も溢れかえっている。市場や露天が多い区画で、様々なそそる匂いに引き寄せられるように主婦の姿も多い。
「ほら、あの赤い屋根の露天! ドラッケンの人だよね!」
示された指の方向と目印に、私達は一斉にそちらを見、そして息を呑んだ。
猥雑とした街中に妖精や天使が降り立っているのかと本当に思った。
まさか咒式弁護士の夢を持つ私に、そんな幼児や痛い少女のような夢想感性があるとは思わなかった。しかし自身の持つ語彙と感性はその決断以外の回答を拒絶している。
そこだけ色が抜け落ちて他とは隔絶した空間があるような、次元の穴が開いているようだ。
象牙の肌に雨のように細く幻想的な銀の髪。長い睫に縁取られた瞳は月光を固めたような鋼の瞳。左右対称の顔は、しかしその半面に蒼い炎のような刺青が踊っている。
美姫や女神のような第一印象だが、顎のライン、主張する喉仏にその下は完璧に鍛え上げられた雄々しさを露にしている。よく見れば身長も百九十を超えているようで、背中には長大な剣を背負っている――攻性咒式士。
両腕、美しく割れた腹筋、そして性別を超えた艶かしさを発する足など、成人男性にしては露出しすぎな衣装もまったく気にならない。
北方の少数民族ドラッケン族。見るのは初めてではない。以前見かけたドラッケン族の女性も息を飲むほど美しかったが……私は完全な美というものを初めて見た気がする。
「――や、っば……あんな絶世の美貌初めて見たんだけど……ビビリすぎてジュース零した」「中性的ってああいう人のことを指すと気付いた。神的な意味で」「あんたハイレベル見つけすぎ。あの人の前とか女の自分に耐えられない」「ドラッケンの人って皆きれいだよねー。見たの三回目だけど全員美形。うらやましすぎる」「でも竜狩り一族じゃなかったっけ? 怖すぎ。よく見たら魔杖剣持ってるし」
興奮しながらも声を潜める友人達に、私も声は出さずとも同意する。所詮十代女子の関心など限られている。
全員が何度も目で意中の彼を追う――よく見れば周囲の女性もほとんど彼に視線を奪われている。一部の男も――それこそ舐めるように観察していた中、私は思わず「あ」と声を出してしまった。
視界では美貌の男性が寄りかかっていた柱から背中を離す。同行者らしき人間がその露天で買い物をしていたらしい。長くその場にいた事を考えると、露天恒例の値段交渉でもしていたのだろう。
大きな紙袋を二つ受け取った人影が、美貌の男の影から見えた。
「ガユス先生だ」
男の同行者は、通っている予備校の教師その一だ。
赤い髪、眼鏡の奥は青い目。いつも顔色が悪く冗談も多いが、授業は面白くて分かりやすい。手には今しがた値切りに勝利した戦利品を抱えており、それを美貌の男に押し付けている。男は黙ってそれを受け取った事から、親しい間柄なのだろう。
いつもは臨時でも教師らしく簡素で清潔な格好を心掛け手いるようだが、今日は本業の格好らしい。おそらく防具であろう短外套。剣帯や防護ベルト、腰に二つ下がった魔状剣がいつもクラスで「ひょろい」と言われている彼を数倍厳しく、頼りがいがありそうに見せていた。
「え? 誰?」
私の声を目ざとく聞きつけた一人が顔を寄せて訪ねてくる。隠す事でもないので、素直に話す。
「あの男の人の連れ。赤髪の人が通っている予備校の先生。本業は攻性咒式士って聞いていたけど、本当だったんだ」
そういえばクラスの女子が「先生の同僚の人美形だね!」とはしゃいでいたことがあった気がする。あの時はまさかここまで完璧な外見の人だとは思わなかった。
「攻性咒式士が先生? やっぱどこも不況なのか」「あー分かる気がする。なんかちょと頼りなさそうだもん」「でもかっこよくない?」「最初に極上見ちゃって今はじゃがいもにしか見えない」喧騒は増す。けれど女子高生の集団の喧しさなど、このエリダナでは誰も気にしない。
先生は予備校で見るときとどこか違って見えるのは私の錯覚だろうか。
先生の口元は絶えず何かを話しているようだった。厳しくしかめられた不機嫌面で何かを言うと、男も短く返す。あまり仲が良好そうに見えないが、先頭を歩く先生に続いて袋を抱える男の様子が、少し滑稽だった。喧嘩するほど仲がいい、というやつだろうか。
偶然私達がいた方向へ歩いてくる。先生と私の目が合った。しばしきょとんと目を瞬かせている様子が大人なのにどこか可愛げがあって、思わず手を振る。友人達の羨望と嫉妬を浴びたいわけではなかったが、私はそもそも先生の授業が好きだった。
先生はへらりと虚脱するような笑みを浮かべた。異性が好感を抱く、顔立ちに似合う笑みだ。あまり予備校でも見たことが無いが、どうやら機嫌がいいらしい。
「先生、こんにちは」
「ああ、こんにちは。青春を満喫しているようで何よりだ。試験でも着実に点数を上げているし、将来は明るいよと現在不況に喘ぐ大人が無責任に褒めて持ち上げておくよ」
先生の滑らかな冗談に友人が噴出した。他人というカテゴリから、「ちょっとかっこよくておもしろい人」に移行したのかもしれない。
「先生は本業の方ですか? その、後ろの人も?」
「背後のはギギナという荷物移動装置だから気にしなくていい。見たら速やかに眼球洗浄をオススメする。そうと言いたい処だがご覧の通り開店休業中でね。今日は卸売りでお買い得だから値切りに来た」
先生は身体をずらし、後ろで伏し目がちに立っていた男の持つ袋を少し見せる。
中には先程の青果店の商品が色とりどり、大量に詰め込まれていた。
「生鮮食品をそんなに買い込んで大丈夫なんですか?」
「こっちが冗談のように食べるからな。それに大量に買った方が一個のコストを抑えた交渉が出来る」
こっち、と背後の男を指差す。
もしかして先生は彼の分も食事を作るのだろうか?
「あの、料理、されるんですか?」
友人の一人が思い切って、という雰囲気で先生を上目遣いで見つめる。かっこいい男性と関わりたいという性欲以前の、少女の欲望だ。
確かに購入されているのは全て調理されていないものだ。男子厨房に入るべからず、なんて言葉も遠い国にはあるらしいか、それでも料理といえば女性的な印象は拭えない。
先生は見知らぬ年下少女の問いかけにも嫌な顔せず、愛想良く答えた。
「家庭の事情で十より前から嗜んでいる。もう趣味みたいなものかな」
確かに先生がシンプルなエプロンを身に付け、台所に立つ姿は似合っているかもしれない。しかし子供の頃から料理をしているとは、なんだか自分だけが先生の秘密を知っているようで少し優越感を感じる。まったく見当外れの感情だと気付いているが、友人達も好感度が上がったように色めき立った。
「ガユス」
そんな姦しい空間でも、鋼の声は全員の耳に入った。
美貌の男――ギギナさんは、私からすれば長身の先生よりもさらに背が高い。先生を見下ろす瞳は眠たげにも見える。おそらく伏し目だからだろうけど。
「いつまで無駄に酸素を消費している。貴様が喧しいから付いてきたが、事務所で確認していた割引市場の時間がもうすぐだぞ」
瞬間先生の顔が蒼白になった。タイムセール狙いの主婦でもここまで顔色を変えないだろう。
「しまった、肉が! ええと、悪い。それじゃあまたな!」
「あ、はい。それじゃあ」
先生は慌しく別れを告げると、ギギナさんの袖を引っ張って焦ったように声を上げる。
「急げ、ギギナ。これを逃したらお前の食事は無い! そもそも今現在も何故俺が作ってやらなければならないのかわからんが!」
「貴様の失態を何故私が拭わねばならぬ。よもや人を荷物持ちにさせておきながら報酬が無いなどと言わないだろうな?」
そこでギギナさんは笑った。
女神が悪魔になったかと思うような、悪意を滴らせた笑み。それすらも美しいが、私達などより付き合いの長い先生は更に顔を蒼くさせる。もはや貧血から失神しそうな顔色だ。
「だ、だから食いたきゃ走れ、ギギナ! そして店員が女だったら口説け。男だったら俺が言いくるめる!」
「売女のような台詞を私の前で吐くな」
「思考回路を頑張って人間用にしろ、糞ドラッケン!」
二人は駆けていきながらも驚くぐらい豊富な罵詈雑言を打ち合っていた。その声は徐々に小さくなり、やがて雑踏に消える。
非日常から日常に戻ったように、突如周囲の喧騒が回復した。色鮮やかだった一瞬の出来事が空気に分散していく妄想が浮かんだ。
「なんか……すげー」「頭わりーけどそうとしかいえない」「濃過ぎ。やば、まじやば」友人達も、まるでおとぎの国から目覚めた金髪少女のようにどこか呆けている。あまりに鮮やかな関係に当てられた、とでも表現すればいいのだろうか。
「でもなんか恋人みたいな会話だったよねー」「ちょ、あんた自分になびかない男を同性愛者にする自己防衛やめなよ」「やっべー二次元オタクですか」「そういう意味じゃなくてぇ、ほら。おしどり夫婦って言うか、あれこれで通じる仲っつーかさぁ」「……ちょっと分かるけど」
私はすっかり氷が解けて薄まったカフェオレを啜る。水っぽい味が喉を冷やす以外の役目も無く胃に落ちていく。
何事にも興味のなさそうだったギギナさんが、表情を動かす程度にはガユス先生と親しいのだろう。その関係はきっと、温い女子高生の私達にはたどり着けない、たどり着く必要のない関係……に見えたりした。
「なんか、ご馳走様ってやつですか」
喧騒に紛れる感想。
とある放課後の、なんでもない出来事。

(虫)未帰還

ムシウタ

欠落者かっこうでナチュラルに土師大
リクエスト品





「こっちにおいで」
柔らかい声だけど、それは命令だ。
間接というより身体全体が動かし辛いけれど、そんなことはどうでもよくて。だからぎこちない身体を動かして前に歩く。手を軽く広げる男の腕の中へ、抱きつくわけでもなく止まる。触れそうな距離の男の胸。男の身長は高い。
そのまま待機していると、ゆるく抱擁された。広げていた腕が自分を囲む。人間の体温は熱い。けれどそこまで熱くない。温い。
「座ろうか」
男はソファの前、フローリングに立っていた。男が座ると、自動的に自分も座る。向かい合わせで、自分はソファに膝を付き、男の太ももをまたいだ。不安定な身体を支えるために腕を伸ばす。ソファの背もたれは遠く、男の肩は丁度いい支えだった。
「あったかいね、君。子供体温ってやつかな……ああ、それとも単純に僕の熱量が低いのかな?」
問いかけではない。沈黙を返す。言葉を紡ぐ必要が無い。考える意味も無い。そこには何も生まれない。けれど男は命令と同じくらい、独白を続けて聞かせる。
「カフェオレが好きだったね。無理してブラックを飲んで噴出した小さな君に笑ってしまったことを、一応謝っておくよ」
記憶はある。カフェオレも知っている。コーヒーは苦かった。
「すっかり細くなって、あの頃だって別に筋骨粒々というタイプじゃなかったけれど。それにしたって愛しい彼女にお姫様扱いされている現状を、君はきっと恥じるだろうね」
腕を持たれる。手のひらと手のひらが触れ合う。温い。
男の独白は続く。男は肌によく触れる。確認するような動きだった。
「害悪でしかなかった”虫”も、君達を繋げるものだったね。それを言うなら僕達も出会い、戦うきっかけだったわけだけど」
塞翁が馬ってやつだね、と笑う男。いや、男はいつも笑っている。笑い男だ。
「たくさん殺したね」
男は笑う。自分に向けて笑っている。
「たくさん傷つけたね」
戦う事。特別環境保全事務局。虫憑き。敵。味方。
泡のように浮かびそうで、水面に生まれるまでに消えてしまう。はじけて消える。何もかも。
何も無い。どこにもない。
「でも僕らも傷付いた」
両腕を撫でていた手が離れ、頬をすべる。ガーゼとか、包帯とか、色々皮膚を隠しているけど。
「そうして失った」
何もすることはなく、命令は無い。何かを言ってくれれば抱きしめる事も言葉を発する事もできるけど、何も与えてくれない。
だから何もしない。何も出来ない。心に浮かぶ泡は細かく、次から次へとはじけていく。後には静かな水面だけが残っている。
「平和になったものだ。君が作った平和だ。一瞬だけ戻ってきてくれた君の夢の最後が、打ち砕いて作ったものだ」
窓の外を男は見る。外は急ピッチで進む建設がそこかしこに見えている。子供は道路をかけていき、親は喋りながらその背を見守る。
何も無い。
ただ日常だけがある。
電気もつけず、窓から差し込む光で十分明るい室内で二人だけが切り取られている。
あの頃のことを引き摺っているのは、男だけだ。
「君は約束を守ってくれたね」
約束。
泡が沸く。けれど消える。そこには何も残っていない。
けれど何かあったことは残っていた。
中身の無い宝箱のように、事実の痕跡を残している。
「今度は僕が約束を守る番だ」
男は笑う。笑いたくて笑っているわけではないことを知っている。
事実だけで、そこに付随する感情は無い。
男の背が丸まり、顔の位置が低くなる。話され、身体に沿うように垂れ下がったままの両腕が振動で揺れる。
男は自分の胸に顔を埋めた。声が震えている。顔を見せたくないようだ。
「だから」
ここは夢の続き。
何も無い、空白の未来。
「かえっておいで、はやく」
耳に滑り込む声。
指が震えた。
それがただの振動のせいなのか、意思なのかは分からなかった。
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