スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

にんげん

drrr

新羅から見た臨也
若干六巻のネタバレ?




目の前では臨也が眠っている。

わき腹の処置を終え、新羅は疲労から来る溜息をつく。

麻酔で深く瞼を閉ざした臨也は、日ごろより輪をかけて顔が白い。年中コートを着込んでいるせいで日焼けをしないだけなのだが、静雄などは「もやしみてぇなもんだろ。暗いところで育つところとか」など愚痴っていたこともあった。

鎮痛剤が切れたらしく痛みに脂汗を浮かべながら、「悪いんだけど、ちょっと診てくれない?」と転がり込んできたのは数時間前だ。いつもならセルティと甘い夜を過ごすところだが、今日は仕事でいないために了承した。だから引き受けたのであって、普段なら追い返しているところだ。

「自業自得の後始末を任せないで欲しいなぁ」

完治を待たずに抜け出してきたらしい臨也は、無理がたたって傷が開きかけていた。腹に穴を開けてここまでやってくるとは、こいつは本当にマゾなんじゃないかと思ってしまう。

「臨也はさ、自分が普通の人間だって思うの、いい加減にやめればいいのに」

岸谷新羅にとって最も劇的で印象的な出会いは、もちろんセルティとの出会いに他ならないが、二番目を上げるとするならば、平和島静雄と折原臨也の存在を上げるだろう。

人間の身体能力をはるかに超えた肉体を持つ平和島静雄と、人間としてあらゆる欲望を納めた強欲な≪人間≫の象徴である折腹臨也。

高校時代にふらふらとつるんでいたが、二人に比べれば自分など一般的で凡庸としか考えられない。

臨也はけして壊れているわけでも狂っているわけでもない、正気で正常な人間のくせに、周りに害悪しか撒き散らさない存在だった。高校時代にはその性質はすでに存在しており、現在でもこの池袋という小さく巨大な街を影から歪ませている。

「臨也は人間が好きとか、変態的な事言うけどさ」

自分の事をたまに上げて、新羅は後始末をしながら続ける。麻酔で懇々と眠り続ける身体にお情け程度のシーツをかけてやりながら、その端正な顔を見下ろした。

「君って誰からも愛されないよね。人間なのに」

人間の底知れなさが知りたいと彼は言う。

そのために彼は人を操り、惑わし、唆し、騙し、傷付け、狂わせて――人を愛している。

そんな全人類を愛している臨也の、愛されない例外が二つ。

平和島静雄と、臨也本人。

「人間を愛しているくせに、どうして自分を愛してやれなかったんだい?」

臨也は人の欲望をかき集めたような、最も人間らしい人間だ。

そのくせ、彼は自分を愛さない。人間という存在の自分を愛さない。

その愛は見たこともない人間に等しく注がれ、気色悪いことだが、新羅もその中に含まれているのだろう。

「だから君は、そこまで恐れられるようになったんだよ」

自身を愛していないから、彼は簡単に誰の前にもその姿を現し、名を名乗る。隠れもせずにそこに居続けるその不気味さが、彼に人を近づけさせない。

保身に事欠かないどこまでも卑怯なくせに、愛するためにその姿を現すことをためらわない。

口で愛しているといっておきながら、その目はどこまでも他人を蔑んでいるくせに。

「君がいつからそんな風なのかは知らないけど、一応仮にも友人と言えなくもない存在だからね。死なれるとそれなりに不便だよ」

部屋の電気を消す。眠っているこいつのためにつけるなど、電気代がもったいないからだ。

暗闇に浮かぶ白い肌。学生時代から手当てのために何度も見た。

「君は可哀相だよ、臨也」

恵まれた平凡な家庭に産まれ、平凡な両親に育てられ、平凡な生活を営んでいたはずなのに。

「そんな風に生きて、可哀相」

だから新羅は哀れむ。

異常な親の元に産まれ、異常な(というとまるで悪いもののようだが)存在たるセルティと出会い、おそらく普通ではない生き方をしていた自分とは違うくせに、と。

もちろん産まれや育ちがそれほど重要かといわれれば、新羅は違うというけれど。

新羅は臨也を哀れんだ。

「愛されたいだけの癖に」

そんな愛し方しか知らないから、君は自分にすら愛されない存在になった。

「そんな生き方をするなんて、折原臨也が可哀相だよ、臨也」

何とはなしに触れた頬は、氷のように冷たかった。

とても、人間とは思えないほど冷たかった。

 

 

あくま

drrr

折原臨也の独り言




折原臨也は悪魔である。

無論それは彼の首無しライダーデュラハンの女性のように、れっきとした人ならざるものという意味ではない。

そういう意味においてならば、臨也はどこまでも平凡であり、凡庸な存在だった。

ごく平凡な両親。ごく平凡な家庭で、しかし幼くして臨也は異端だった。

臨也は人間が好きだった。

こんな自分を愛している両親。こんな自分を信用しきって、当人にとっては重大な秘密を教えてくれる友人。こんな自分に笑いかけて、「あー」だの「う−」だのしか話さない幼い妹。

分からなかった。臨也には何もかも。

分からないから、知りたかった。人という生き物の奥深さを、余す所無く一から十まで知りたかった。

そして知りたいが故に、ありとあらゆる情報を集め、人心を操作に、実験と人間観察を繰り返した。

それは自分の思い通りになることもあれば、ならないこともあった。

どれだけ入念に計画を練って、問題点を修復していっても、実験は思いもよらないことで頓挫し、失敗し、時には予想以上の成果を挙げる。

臨也はますます人間が好きになった。もっともっと知りたくなった。

 

そして気がつけば、オリハライザヤという名前は狭い街で禁忌のように扱われるまでになっていた――……。

 

 


 

「心外だ」

臨也は足を揺らしながら、夜風に言葉を吐き出した。

古い外壁をリズミカルに叩く音が、夜の池袋で静かに鳴り響く。

五階建てのテナントビルは東京には五万とある凡庸な外見をしており、裏通りに面していることもあいまって、柵を超えて足を下ろす臨也を見るものは誰も居ない。

臨也は鋭い視線を足元に向ける。手の中で次世代型携帯を弄びながら、怒声と殴打音を心地よさそうに聞いていた。

その姿だけならばまるでコンサートを聴きに来たように品のいい外見を、臨也は全て裏切って屋上から足を下ろす。

「俺は救世主でも悪魔でも、ましてや預言者でも化け物でもない」

臨也の天敵にして池袋最強の男、平和島静雄や。

生ける都市伝説首なしライダー、セルティ・ストゥルルソンや。

池袋最大のカラーギャング創立者、竜ヶ峰帝人や。

延々と人間への愛を囁く妖刀を宿す剣士、園原杏里のように。

 

他者より踏み出した証も能力も、臨也には何もない。

 

何もないから、人を愛して――知りたい。

「連続放火魔事件も、蓋を開ければ高校生の憂さ晴らし、か……つっまんないなー」

放火しようとしていた、まさに臨也が腰を下ろすビルを狙っていた複数の高校生達。偶然通りかかった中年のホームレスを「ただそこにいたから」という理由で暴行を加えている。

「何一つ予想の範疇を出ない事象というのは、喜ぶべきじゃないな」

イレギュラーこそ愛すべき人間の奥へと繋がっている。

毎日毎日あらゆる人間を観察し続ける臨也は、いつまでたっても満たされない上に突き動かされるように人を求める。

本物の化け物より、なんと化け物らしい。

 

「でも、俺はそんな君たちも愛してるよ――」

 

「人間だからね」

 

笑う臨也の顔は、どこまでも無邪気で。

どこまでも人間らしい色に輝いていた。

 

 

 

more...!
prev next